新型コロナ後遺症 症状は?治療法は? 分かってきたこと

新型コロナでは、マスクの着用はすでに個人の判断になり、5月には季節性インフルエンザなどと同じ「5類」に移行されることが決まりました。

しかし、「通常の感染症」になったとしても残されているのが、けん怠感や息切れといった「後遺症」の問題です。

「後遺症」はどんな症状で、いつまで続くのか。治療法はあるのか。

さらに、体調不良のたびに「後遺症ではないか」と不安に感じる人も。
実際にその不安に悩む記者が、いま分かっていることを取材しました。
(科学文化部 添徹太郎)

【コロナ後遺症 その症状は】

WHO=世界保健機関の定義では、新型コロナの後遺症は次のように定義されています。

▽新型コロナの発症から通常3か月間以内に出る。
▽少なくとも2か月以上続く。
▽ほかの病気の症状としては説明がつかない。
この3つ全てに当てはまる場合に「新型コロナの後遺症」とされています。

具体的な症状は主なものを挙げると、けん怠感、息切れ、記憶障害、集中力の低下、嗅覚や味覚の障害などとされています。

ただ、患者が訴える症状は50種類以上に上るとする研究もあります。発症の頻度についてはまだよくわかっていません。

というのも、そもそも新型コロナ感染後に何らかの症状が出ていても、それが感染と関係しているのか、それとも別の原因なのかを判別するのが非常に難しく、調査・研究が難しいからです。

“本当に後遺症かどうか 見きわめて対処を”

森岡慎一郎医師 国立国際医療研究センター
「今の段階ではどうして新型コロナに感染した後に、長く続く症状が出るのか、メカニズムや機序ははっきりとは分かっていません。個人的には新型コロナと関連があると考えられるものを『新型コロナ後遺症』と呼び、関連があるかどうかはわからないものの感染後に続いている症状を『罹患後症状』と呼ぶように区別しています。患者さんが訴える症状が、本当に新型コロナウイルス感染症と関連あるかどうかを見きわめて対処法を考えなければいけないと思います」

後遺症だとは思わずに見過ごされているケース、または逆に、別の病気が原因なのに新型コロナの影響だと思ってしまうケースもあるとみられます。

【後遺症の頻度】 海外では

2021年5月、イギリスで軽症患者から入院した患者までおよそ10万人を対象に行われた大規模調査では、感染したおよそ1万3000人のうち、およそ2800人、21.6%に発症から12週間以上経った後も、けん怠感や筋肉痛、不眠や頭痛といった症状が出ていたという調査結果が報告されています。
アメリカのシンクタンク「ブルッキングス研究所」が2022年8月に発表した調査では、アメリカ国内の18歳から65歳の労働人口のうち、新型コロナの後遺症がある人はおよそ1600万人にのぼり、最大で400万人が、仕事ができない状態に陥っているおそれがあると推計しています。

経済的な損失を計算すると最大で年間2300億ドル、日本円で30兆円以上にのぼるとしていて、経済への影響も指摘されています。

【後遺症の頻度】 日本では

では、日本の新型コロナ患者ではどの程度の後遺症が出ているのでしょうか。いくつかの調査が行われています。

国立国際医療研究センターの森岡医師の研究グループは、2020年2月から2021年11月までの間に医療機関を受診するなどした新型コロナ患者から回復後の症状を聞き取る調査を行いました。調査に答えたのは20代から70代の502人。

回復後に何らかの症状があると訴えた人の割合は
▽半年後では32.3%、
▽1年後は30.5%、
▽1年半後でも25.8%となりました。およそ4人に1人の割合となります。

症状ごとの頻度は

では、どんな症状が出ていたのでしょうか。1年後の段階では以下のような結果となりました。
▽記憶障害が11.7%、
▽集中力の低下が11.4%、
▽嗅覚の異常が10.3%、
▽頭に「もや」がかかったように感じ、思考力が低下する「ブレインフォグ」が9.1%、
▽抑うつ状態が7.5%、
▽味覚の異常が5.9%、
▽息切れが5.6%、
▽けん怠感が3.8%、
▽脱毛が3.5%、

また、女性の方が嗅覚の異常や脱毛、集中力の低下が続く傾向があったほか、新型コロナで中等症や重症だった人は息切れ、せき、けん怠感が続く傾向があったということです。

【受診記録からリスクを分析】

名古屋工業大学の平田晃正教授らの研究グループは、別の方法で後遺症が出るリスクを分析しています。

平田教授たちが使ったのは、医療機関を受診した際に作成される「レセプト=診療報酬明細書」です。ここには診断名や受けた治療が記載されています。

個人情報を保護するため匿名化された125万人分のレセプトのデータを使い、新型コロナに感染した人と感染していない人で何か違いがないかを調べます。

新型コロナの後遺症として報告が多いけん怠感、頭痛、呼吸困難など10の症状をピックアップして比較しました。

対象したのは年間の医療費が20万円未満、つまり重い持病などはないと考えられる人たちで、2021年春までの1年間。この期間、国内ではおおむね第1波から第3波の流行の波が来ていました。

“感染経験あり”は通院割合が5倍にも

これらの10症状のため医療機関を受診した割合は次の通りです。
新型コロナに感染したことがない人では約3%、感染したことのある人では約16%。新型コロナに感染した人はけん怠感や頭痛などの10症状で通院する割合がおよそ5倍となっていたのです。

さらに「第4波」や「第5波」の時期も、最大で6倍程度高くなっていました。

ただ、平田教授によると、オミクロン株が拡大した「第6波」の時期(ことし1月から3月)については、まだデータは集まりきっていませんが、2023年3月時点の分析では3倍とこれまでよりは低めになっているということです。

“感染経験あり”は“後遺症”の症状で受診多い

平田教授
「あくまでレセプトのデータなので、コロナに感染したこととの因果関係がわかるわけではありませんが、感染した人ではいわゆる後遺症とされる症状で受診することが多いことがデータとしてわかりました。オミクロン株が主流だった第6波でリスクが低下しているのはワクチンの効果やウイルスの病原性の低下が影響している可能性があります。とはいえ、患者数の絶対数が増えているので、こうした症状で受診する人の数は増えていると考えられます」

【時間経過で症状の頻度に違いも】

回復後の時間経過で後遺症とみられる症状の頻度には違いがあるという調査もあります。

大阪大学の忽那賢志教授は、大阪府豊中市と共同で2022年3月末までに新型コロナに感染した人およそ2万6000人を対象に、郵送とスマートフォンのアプリでアンケート調査を行いました。

得られた回答は4000人余り。

「何らかの症状があった」と答えた人は、
▽感染後10日間の療養期間が終わった時点で、半数近い47.7%。
▽発症から1か月で、5.2%。およそ20人に1人にあたります。
▽発症から2か月で、3.7%でした。

このほか、アンケートの分析からは、感染した際の重症度が高かった人の方がその後の症状を訴える割合が高く、ワクチンを接種した人では症状がある人は少なくなる傾向がみられたということです。
忽那教授
「後遺症に悩んでいる人ほど調査に回答することが多いと考えられるので、調査結果の解釈には注意が必要ですが、重症化した人ほど後遺症が多い、あるいはワクチンを接種した人では後遺症が少ないなど、おおむね海外で行われた同様の研究と同じ傾向が見られています。時間がたてば落ち着くケースが多いですが、長く続く人もいます」

【未解明のメカニズム 仮説段階では】

こうした新型コロナの後遺症。

一体どういうメカニズムで起こっているのかはまだ解明されていません。

免疫学が専門で、新型コロナ後遺症の研究を行っているアメリカ・イエール大学の岩崎明子教授は、現時点で考えられている後遺症メカニズムについて、以下のような仮説を紹介してくれました。

▽「せきや熱といった初期の症状がおさまっても、残ったウイルスやその断片が長期にわたって炎症を起こしている」
▽「本来、体を守るはずの免疫が感染をきっかけに自分の体を攻撃している」
▽「感染によってダメージを受けた臓器の修復が長引いている」
▽「ヘルペスウイルスなど、以前から体内に存在していたウイルスが新型コロナ感染をきっかけに再活性化している」
岩崎教授
「感染してから数か月後でも体内のいろんなところにウイルスの抗原(ウイルスの一部)やRNA(新型コロナウイルスの遺伝子)があるということが分かってきて、ウイルス感染の感染が長く持続しているという仮説が特に注目を浴びています。その可能性があるんじゃないかということで、私たちの研究室では新型コロナの治療薬を使って後遺症を治療する研究を行うことにしています」

後遺症の判別研究 “「コルチゾール」の濃度に差”

岩崎教授たちは検査で後遺症かどうかを判別できるようにする研究も進めています。

新型コロナの後遺症の患者に特徴的な血液の成分がないかや、後遺症がある人では特定のホルモンの数値が上がっていないかなどを調べ、血液検査などで診断を支援できるようにする研究です。

いま注目しているのは、「コルチゾール」の濃度です。炎症や免疫の働きを抑えるのに関係するホルモンです。

通常、コルチゾールは、朝、目が覚めたときに血中の濃度が大きく上昇し、血糖値や血圧を上げることで活発に行動できるようにする役割があるとされています。

岩崎教授たちの研究では、「新型コロナ後遺症」とされる人は、目覚めた際の「コルチゾール」の濃度が健康な人に比べて大幅に低いことが分かってきたということです。

ただ、まだまだ後遺症のメカニズムについては完全には解明されておらず、謎が多く残されています。

【治療法の現在地は】

では、新型コロナ後遺症の治療法はどこまで進んでいるのでしょうか。

忽那教授
「いまのところ後遺症に対して効果が証明された有効な治療法がないことが問題です。後遺症のリスクを避けようと思うのであれば、ワクチン接種や感染予防がより重要です」

森岡医師
「いくつか治療法の臨床試験が進められていて、中には神経症状に対する高圧酸素療法やファイザーの飲み薬『パキロビッド』に効果がありそうだという結果が出ています」アメリカ退役軍人病院がおよそ5万6000人を対象に行った研究では、パキロビッドで治療を受けた患者は新型コロナ後遺症とされる症状の多くで発症リスクが低下したと報告されています。

「ゾコーバ」の効果は 研究進む

また、日本の塩野義製薬は、新型コロナの飲み薬「ゾコーバ」が後遺症の緩和に効果があるか研究を進めています。

というのは、この薬の治験で「ゾコーバ」を服用した患者のうち、半年後にせきやのどの痛み、けん怠感、味覚障害など、後遺症でみられる14の症状のいずれかを訴えたのは14.5%だったのに対して、偽の薬を服用した人では26.3%と高くなっていたのです。

塩野義製薬は「ゾコーバを服用した人では後遺症とみられる症状が出るリスクが45%下がっていた」としています。

また、集中力や思考力の低下、物忘れや不眠などの神経症状が出るリスクも33%下がったということです。

治療の可能性示す結果も

日本からはほかにも、鼻の奥を強くこする「上咽頭擦過療法」が、コロナの後遺症とされるさまざまな症状を改善したという報告が複数出されています。

この療法自体はもともと鼻の奥の慢性的な炎症に対する治療として保険が適用されているもので、新型コロナの後遺症への効果はまだ科学的な検証の途上ですが、一部の医療機関ではコロナ後遺症の患者に対しこの治療を行っています。

確立したものはなく研究段階ではありますが、今後の治療の可能性を示す結果が少しずつ出てきています。

【診療の現場は】

頻度もメカニズムも不明、治療法もまだ確立していない。

そんな状況の中、新型コロナ後遺症を訴える患者の診療はどうなっているのでしょうか。

大阪市にある医学研究所北野病院は、後遺症の専門外来のある医療機関の1つです。

この外来では受診を希望する人たちでなかなか予約が取れない状況となっているということです。
このうち、10か月以上前に診察の予約をして、ようやく受診できたという男性は感染した後、不眠と集中力の低下に悩んでいました。

男性
「初診まで時間がかかりましたが、相談できるところができたことに安心しました」

外来では、症状を詳しく問診し、新型コロナと関連があるのか、それとも別の疾患なのかを判断しています。

そして、必要に応じて精神科や神経内科など、専門の診療科につないでいます。
丸毛聡医師 呼吸器内科
「新型コロナをきっかけに持病が悪化したということもありえます。例えば新型コロナがきっかけで関節リウマチが悪化することがありますし、うつや不安障害が悪化する人もいます。睡眠時無呼吸症候群が悪化してけん怠感につながる場合もある。直接的なコロナの後遺症なのか、あるいはほかの疾患なのか、まず鑑別することが重要です。症状が具体的に分かれば、専門の診療科で治療法を探すことができます」

【抑うつ状態になる人も】

さらに、後遺症を訴える人の中には、体調不良が続くことで、後遺症ではないか、仕事が続けられないのではないかといった不安が強くなり、抑うつ状態になる人もいるといいます。
丸毛医師
「後遺症で苦しむ患者さんがたくさんいるのは間違いありませんが、後遺症という言葉が先行して、自分はそうではないかという不安から逆に症状を引き起こしてしまうパターンがあります。この病院でも40代、50代の働き盛りの方で、新型コロナに感染して、すぐに仕事に復帰できないという方が大体6割ぐらいいます。いつまで続くのか、ネットで調べたら後遺症だからこうなってしまうんじゃないかといった不安で余計に悪くなる人もいます」

【診察に消極的な診療所も】

厚生労働省は、新型コロナの後遺症を疑う症状がある場合は「地域の医療機関やかかりつけ医に相談して欲しい」として、マニュアルも公表していますが、地域の診療所などの中には後遺症の診察に消極的だったり、「気のせいでは?」とされてしまったりするケースもあるといいます。

国立国際医療研究センター病院の森岡医師は、後遺症を訴える患者が診療を受けられる体制を整備することが重要だと指摘しています。
森岡医師
「何らかの症状を抱えている方が、感染後1年半たっても4人に1人ぐらいいるという私たちの研究から考えても、患者さんの受け皿がもっと必要だと思います。新型コロナ後遺症を訴える患者さんは、症状やいきさつを詳しく聞くために一人当たりの診察時間っていうのが少し長引くことがありますから、医療機関によっては診られる患者さんが少なくなってしまうので、診療報酬の面なども含めて取り組んでいく必要があるのではないかと思います」

厚生労働省は、全国の都道府県に対し、新型コロナ後遺症に対応できる医療機関のリストを作成し2023年4月28日までに公表するよう要請しています。

【記者も実感している後遺症不安】

2022年1月、当時、アメリカ・ニューヨークにあるNHKアメリカ総局で勤務していた私(添徹太郎)は新型コロナに感染しました。

発熱はなく、のどの痛みと体のだるさ、途中3日間ほど味覚、嗅覚がなくなる程度の症状で、1週間後には仕事に復帰することができました。

しかし、回復してから10日以上経ってから、疲れやすく、集中力が続かないなど、それまでとは違う体調不良が始まりました。仕事で科学論文を読もうとしても集中できません。

記者会見やインタビュー中に、急に頭がぼうっとして、話のつながりがわからなくなったこともたびたびあります。

突然激しい動悸にみまわれたり、夜寝ていても激しい不安感で目が覚めたりすることも頻繁にありました。

1か月経っても状況は改善せず、「自分はもとに戻らないのではないか」と不安になりました。

新型コロナ後遺症なのかどうかは分かりません。
私も40歳を過ぎ、ストレスや加齢が原因の可能性もあります。しかも私の体重は健康とされる水準を大幅に超えています。肥満も原因のひとつかもしれません。

新型コロナの後遺症なのか、それとも別の原因なのか。この不安な気持ちが、新型コロナ後遺症の大きな問題のひとつなのかと、実感しています。

その後、日本に帰国しましたが、コロナ後遺症外来での診察はまだ受けられていません。予約が取れないからです。

幸い、不眠や動悸といった症状は改善しつつありますが、完全に消えたわけではありません。不安も同様です。

丸毛医師の「不安が症状を悪化させる」という言葉が重く響いています。