手のひらにまめを作った女子マネージャー

手のひらにまめを作った女子マネージャー
高校球児にとって特別な場所・甲子園。

この春、センバツ高校野球で初めて女子マネージャーが試合前にノックを打つことになりました。

「甲子園連れて行くけん、野球部に入ってくれん?」

幼なじみに誘われて始めた部活動で、みずから志願してバットをつかみ甲子園でのノッカーになるまでの物語です。

わずかな部員“13人目”は…

21世紀枠でセンバツに初出場する徳島・城東高校は県内屈指の進学校で、毎年、およそ60%が国公立の大学に進学しています。

野球部は女子マネージャーを含めてわずか13人です。

強豪校であれば部員が100人を超えることもありますが、今大会に出場する中では、最も少ない部員で甲子園への切符をつかみました。

女子マネージャーもたった1人、2年生の永野悠菜さん。

部員の少ない中で重要な役割を担っています。

幼なじみのひと言が高校生活を大きく変えた!

永野さんが野球部に入ったきっかけは、幼なじみのひと言でした。
「甲子園に連れて行くけん。入ってくれん?」
中学卒業を間近に控えたころ、同じ城東高校へ進学が決まっていた森本凱斗キャプテンに誘われたのです。
キャプテンの森本凱斗選手
「やると決めたら最後までほんまにやってくれる人。頼れる存在のマネージャーが欲しかったので誘いました」
永野悠菜さん
「知っている選手が他にもおるんで、安心感があったので入りました。甲子園の事は詳しく知らなかったけど、すごい場所だなっていうイメージはありました」
運動部の経験が全くなく、むしろ運動は大の苦手。

体力に自信もありませんでした。

「頼られたことがうれしかった」という永野さんは、野球を全く知らない中で引き受けてしまいました。

それでも高校球児が目指す「甲子園」について、目を輝かせて語る部員の話を聞いているうちに、少しずつ憧れの気持ちがわいていきました。

「監督。私、ノッカーやりたいです!」

1年ほど前(2022年4月)、永野さんにとって転機がありました。

その日は監督が不在で選手がノッカーを務めていました。

「ノッカーしとると、ノックが受けれん」

選手が本音を漏らすのを聞いてしまいました。

練習中、永野さんは「何か解決策はないか」と考えを巡らせました。

「部員が少ない中で選手の練習時間を増やすために、自分にできることはないだろうか」

思い立ったら即行動する性格という永野さん。

唐突な行動に出ました。

その日の夜に新治良佑監督にLINEを送ったのです。
永野さん:ノックの打ち方を教えていただきたいです…

新治監督:すげえな。まかせろ。何時にくるか?
新治監督は驚きながらも快諾しました。

次の日の朝7時から、部員にはないしょの監督と女子マネージャーの「特訓」が始まりました。
永野さん
「監督に『ノックのボール、右と左、どっちの手で上げる?』って聞かれたんですけど、意味がわからなくて。バットの握り方を習うところから始めました。最初はノックバットを振るだけでフラフラで、毎日、全身筋肉痛でした」
朝から監督の指導を受けながら、まずは素振りから。

そのうちボールを打つようになり、ひたすらネットに向かって打ち続ける日々でした。
ノックバットを持って構えることも、力を入れて振ることも初めての経験。

当然バットにボールが当たらないことも多くありました。

数を重ねるうちに手はまめだらけになり、血まめもできました。

時には手や指の皮が裂けることもありました。
森本キャプテンの言うように意志が固い永野さん。

“やると決めたらやる”

そう決心し、辞めることはしませんでした。

選手にテーピングを巻いてもらって、毎日、ボールを打ち続けました。

上手とは言えない姿を選手に見せることが恥ずかしいと思うこともありました。

変わらずバットを振り続けていたある日。

監督のひと言で選手に対してノックを打つことが決まりました。

秘密の特訓を始めてから、2か月がたっていました。
永野さん
「監督に『見えないところでの努力も大事やけど、努力している姿を見せることも大事や』って言われ、ふんぎりがつきました。選手の前で空振りもしつつ練習するようになって、うまくいかなかったときを見せてきたからこそ、今、私のノックを受けてくれるんかなって思っています」
新治監督
「最初の頃は0点でした(笑)。今はようやく70から80点くらいになったかな。ノックを打ちたいって言われたときは、正直『永野さんは、何を言ってるんだろう!?』と驚いたんです。でも部員以上に練習をやっていましたよ。彼女が毎日頑張っているから、部員たちも『俺らもやらないと』って気持ちになったようです」
去年(2022年)のクリスマスには、部員全員から「木製のノックバット」と「バッティング用の手袋」を贈られました。

しかし、つい先日、ノックを打っている最中に折れてしまいました。

思い出のバットが折れ、思わず涙がこぼれてしまったのです。

落ち込んだ様子を見ていた新治監督が「今度は部費で買おう」と提案し、1本目と同じモデルのノックバットが再び贈られました。

甲子園での練習 女子部員は参加禁止の過去

高校野球では、甲子園で女子部員が練習に参加することができませんでした。

「硬式ボールが飛び交うグラウンドに女子部員が入るのは危険だ」という理由からでした。

2016年の夏、開幕前に甲子園球場で行われた練習で、女子マネージャーがノックの補助役で参加し、大会関係者に制止されたことがありました。

この判断に対し、外部からさまざまな声が寄せられたのです。

こうした流れを受けて、去年の夏から試合直前の練習で女子部員が主にノックのボールを渡す役割が認められました。

ことしのセンバツからは、ノッカーも認められたのです。

甲子園の試合前の練習でノックをする女子部員は、95回のセンバツの歴史の中で永野さんが初めてです。

監督は7分間の守備練習のうち、およそ2分間の内野ノックを任せようと考えています。
永野さん
「もう早くも緊張してしまっています。野球だけじゃなくて社会全体の女性の意識が変わるきっかけになればいいな」

夢の舞台で…

甲子園出場が決まり、ユニフォームが新調されました。

“13人目の部員”として、甲子園でノックを打つ準備として、これまでずっとジャージを着ていた永野さんにも初めてユニフォームが手渡されました。
新治監督
「日に日にプレッシャーを感じてすごく苦しんでいるな、というのが正直なところです。『やったー、打てる』というような簡単な気持ちじゃないので。でも彼女自身は自分の役割に対して強い覚悟を持って向かってくれています。緊張すると思うけれど、これは彼女の人生を変えるくらい大きなことなので。運命のノックですね。頑張ってほしいです」
永野さん
「ユニフォームを着て13人がつながっている感じがしました。実際にグラウンドに立ったら緊張でうまくできないかもしれません。でも自分が緊張したら、それが選手に伝染してしまうと思う。練習のとおりに打つことができたらみんなを安心させられると思う。練習以上のことはできないと思うが、うまく打つことを重視するのではなくて、1球・1球、思いを持って打ちたい。おったら助かるマネージャーじゃなく、おらんかったときに困るマネージャーが目標なので」
ふとしたきっかけで始まった野球部の一員としての高校生活。

13人で手にした甲子園でのノックまで、あと少し…。

城東の初戦は22日の予定

城東高校の初戦は今月22日、東海大菅生高校(東京)と対戦します。

いよいよ本番

試合が行われる3月22日、永野さんは少し緊張した面持ちで、甲子園の一塁側のベンチ前に姿を見せ、対戦相手の試合前の練習を見守りました。

そして永野さんは、部員から贈られたバッティング用の手袋とノックバットを持って、甲子園のグラウンドに足を踏み入れホームベースの近くに走って行きました。

時折、笑顔を見せながらスタンドとグラウンドに向かって礼をしました。
午後1時50分、ついにセンバツで女子部員として初めて甲子園でノックを打ちました。

およそ2分間に渡って力強いフォームで内野のノック続け、ボールがうまく飛ばないこともありましたが、最後まで引き締まった表情を崩さずに終えました。
永野さん
「すごく緊張していましたが、始まる前にみんなが落ち着かせてくれたので安心して打てました。もっとできていた時があったので100点ではないですが、楽しかったので100点です」
ネットワーク報道部
鈴木彩里記者
2009年入局
スポーツニュース部を経て現所属
「格好いい!」
永野さんのノックを初めて見たときの感想です。彼女の挑戦が女子部員たちの新しい道しるべになることを願っています。
徳島局
平安大祐記者
2019年入局
元高校球児
Jリーグやバスケットボールなどスポーツを取材。
永野さんは野球部で欠かせない存在で、選手全員から信頼されていることがわかりました。