“回らなくなる”回転寿司

“回らなくなる”回転寿司
次々にレーンに流れてくる寿司から選んで取る。そのワクワク感を楽しみに回転寿司へ、という人もいるのではないでしょうか?

ただ、新型コロナの感染拡大や最近相次ぐ「迷惑動画」騒動を受けて、注文制に切り替える店も出てきています。

取材を進めると、「寿司を回す」ことが店側の負担になっている意外な実態も見えてきました。(ネットワーク報道部記者 太田朗)

「迷惑動画」の影響で…

ことし1月、大手回転寿司チェーンの店舗で卓上の醤油ボトルや湯呑みを舌でなめる動画がSNSに投稿されました。

「ペロペロ動画」と呼ばれて、ネット上で一気に拡散し、たちまち「炎上状態」に。

こうした状況を受け、会社は、全店舗で「注文した商品のみを提供する」オペレーションに変更すると発表しました。
大きなセールスポイントであった“寿司の回転”を一時的とはいえ、やめる判断をしたのです。

楽しみながら食事ができるそのエンターテインメント性や手軽さから、ファミリー層だけでなく、インバウンド需要も取り込んで、業績を伸ばしてきた回転寿司業界。

取材を進めると、その規模にかかわらず、「寿司を回す」ことが負担になっているという意外な実態が見えてきました。

店舗改装で“回転”を廃止

千葉や東京を中心に関東で約90店を展開する「銚子丸」のグループ。

老朽化で全面改装し、去年10月にリニューアルオープンしたという、都内でも指折りの人気店を取材しました。

こちらが改装前の店内です。
中央に寿司が回転するレーンが設置され、その周囲に座席が配置されています。

望む商品がない時は、回転レーンの内側の職人に直接声をかけるか、タッチパネルを使用するかして注文していました。

一方、改装後の店内がこちらです。
レーンの中の職人たちが寿司を握るスペースがなくなり、ボックスシートの座席が増えているのが分かります。

最大の特徴は「フルオーダー制」への移行です。

客がタッチパネルで商品を注文すると職人が寿司を握り、座席横に設置されたレーンで届けられる仕組みです。

このレーンにさまざまな種類の寿司が回ってくることはありません。

“回転廃止”で売上向上

フルオーダー制を導入したねらいについて、会社は次のような理由を挙げています。
・コロナ対策
・客が注文しやすくなる
・握りたて作りたてを提供できる
・注文内容をすべて把握してマーケティングにいかせる
もともと回転レーンから寿司を選ぶ客は減っていましたが、コロナ禍でこの傾向が加速したことも後押ししました。

また、注文の取り違えなどミスを減らすことにもつながっているといいます。
銚子丸 経営戦略室 下公祐二さん
「これまでは情報を共有できなかったので、1人の職人に口頭での注文が集中して、間違いや遅れ、ひどい時にはオーダー忘れが発生しました。フルオーダー制だと注文の情報を各ポジションで共有できるので、従業員どうしで手薄なところにヘルプに入ることもできます。改装に費用がかかったとしてもフルオーダー制に対応できる店に変えて生産性を上げれば、さらなる売上・利益が見込めると判断しました」
リニューアルの前後で比べると、客数・売上ともに増加しているといいます。

会社では、寿司を“回さない”店舗を徐々に増やしていく方針でしたが、「迷惑行為」が起きたこともあり、すべての店舗で一気に移行することを決めました。

“回転離れ”は自然な動き?

ただ、メリットは感じながらも、すぐに切り替えるのは難しいとする会社も少なくありません。

匿名を条件に話をしてくれたのは、大都市を中心に回転寿司チェーンを展開する会社の関係者。

新型コロナの感染拡大を受けて、一時的に回転レーンを止めましたが、感染が落ち着いてきたタイミングで再び回し始めたと言います。
回転寿司チェーンの関係者
「客足が戻ってくるにつれて、来店客がピークの時間帯にオーダーをさばききれなくなっていたので回転レーンを動かすことにした。タッチパネルではどうしても味気ないので、さまざまな商品を回して見せることで魅力を視覚的に訴える効果もある」
しかし、今後は“回らない”店への移行を進めていくことも視野に入れています。
回転寿司チェーンの関係者
「すべて厨房での作業で済ませられるのであれば、職人を減らせるし、注文品だけなら会計時に皿を数える店員もいらなくなる。ピーク時の大量の注文に耐える提供体制を整えるためには店の改装などに巨額の費用は必要だが、長年の課題である人手不足が解消する見込みはなく、今後検討していくことになるだろう」
また、食品ロスの問題を軽視できないと話すのは、別の回転寿司チェーンの関係者です。

大手チェーンでは、来店客の人数や性別、年齢や滞在時間などのデータを解析し、適切な需要予測を確立しているため、客がレーンから取らずに廃棄される寿司の割合を3%程度にまで抑えられると言います。

一方で、このようなシステムがない会社では廃棄率が10%以上に上る店もあり、特に、1品当たりの単価が高い回転寿司店の場合は損失も膨らみやすいといいます。
別の回転寿司チェーン関係者
「需要予測システムや回転レーンから古い寿司を自動で取り除く仕組みがなければ、結局は従業員の経験と勘に頼ることになる。大手は時間と金をかけてデジタル技術を導入して店舗運営の効率化を進めてきた。これまでアナログな手法でやってきた店ほど食品ロスがゼロになるインパクトは大きい。つまり、回転をやめるメリットも大きくなる」

回さない店は主流になるのか

専門家は今の状況をどう見ているのか。

「回転寿司の経営学」という著書があり、「回転寿司評論家」として知られる米川伸生さんに話を聞きました。

――回転寿司業界では寿司を回さない店が増えている

米川伸生さん
「特にグルメ回転寿司店※は食品ロスがゼロになるメリットが大きいのでどんどん踏み切っている。行列ができるような繁盛店はレーンから寿司が取られていくが、そういう店は全国でも少なく、多くの店はやめたいと思っていたところにコロナが来たことで喜んでやめたのが実情だ。全国で4000から5000あるとされる回転寿司のうち80%は回さなくなっている。今はレーンに流している店でも、ピーク時の注文をさばききれないという課題が解決されれば回すのをやめたいという店がかなりの数あると思われる」
※地場産品を中心に中・高価格帯のネタも提供する回転寿司店

――“回さない”ことで客離れにつながる懸念は?

米川伸生さん
「何がその店の武器なのか見つめ直すことが重要だ。回転寿司のシステム化はほぼすべてオペレーションに費やされてきたが、これからは味の追求に最新技術を導入していかなければならない。いかにおいしい寿司を安く提供することができるかが勝負だ」

回転寿司はどこへ向かう

レーンを流れてくるたくさんの寿司の中からお目当てのものを選ぶ楽しさが、回転寿司のだいご味の1つでした。

しかし、店舗側にとっては、“回す”ことがコストアップやリスクにつながっている実態もみえてきました。
コロナ禍で最も深刻な影響を受けた業種の1つである外食産業。

徐々に日常の生活を取り戻しつつあるとは言え、物価高騰や人手不足の影響も広がっています。

それだけに、客を逃さないよう大胆な変化を取り入れる店が相次ぐのは不思議なことではありません。

「寿司を回す」ことに代わる魅力をどのように打ち出すのか?

回転寿司業界の今後に注目です。
ネットワーク報道部記者
太田 朗
2012年入局
2022年から現所属
休日は家族で近所の店、旅行や出張先ではご当地店を訪れる回転寿司の大ファン