袴田事件再審認めるか 東京高裁きょう決定 司法判断は二転三転

57年前に起きたいわゆる「袴田事件」で、死刑が確定した袴田巌さんが求めている再審・裁判のやり直しを認めるかどうか、13日に東京高等裁判所が決定を出します。発生から半世紀以上にわたって有罪か無罪かが争われている事件についてどのような判断が示されるのか、注目されます。

袴田巌さん(87)は、57年前の1966年に今の静岡市清水区で一家4人が殺害された事件で死刑が確定しましたが、無実を訴え、裁判のやり直しを求めています。

9年前の2014年、静岡地方裁判所が再審を認める決定を出し、袴田さんは死刑囚として初めて釈放されましたが、その後の東京高裁は一転して再審を認めず、さらに最高裁が審理が尽くされていないと判断したことから、東京高裁で再び審理が行われる異例の展開をたどっています。

高裁での争点は、袴田さんが逮捕されてから1年以上あとに現場近くのみそタンクから見つかった衣類についた血痕の色の変化です。

衣類は犯人のものとされ、確定した判決で有罪の決め手とされた証拠ですが、弁護側は法医学者による実験などをもとに「みそに漬かった状態で時間がたつと血痕の赤みはなくなる」としてねつ造された証拠だと主張しています。

一方、検察は血痕がついた布を1年余り、みそに漬ける実験を行い、「一部に赤みが残った」として申し立てを退けるよう求めています。

東京高裁は13日午後、再審を認めるかどうか決定を出す予定で、発生から半世紀以上にわたって争われている事件についてどのような判断が示されるのか、注目されます。

袴田さん 散歩日課に 姉「再審開始を見届けなければ」

袴田巌さんは、2014年に48年ぶりに釈放されてから浜松市の自宅で姉のひで子さんと2人で暮らしています。

釈放からまもなく9年となる中、袴田さんは今月10日に87歳の誕生日を迎え、自宅では食事会が開かれてひで子さんや支援者から祝福を受けました。

長期間にわたり死刑への恐怖のもとで収容された影響で、いまも十分な会話ができない状態が続いていますが、ひで子さんによりますと、最近は表情が豊かになり、以前よりもことばの数が増えたということです。

袴田さんは釈放されたあと、自宅の近くを散歩することが日課になっていました。

しかし、去年の夏ごろからは長く歩くことが難しくなり、支援者の車で外に出かけることを望むようになったということです。

また、糖尿病を患っていて、日常生活では介助が必要な場面もあるということです。

一方、袴田さんが逮捕されたあと、無実を信じて半世紀以上にわたり支え続けてきたひで子さんも先月で90歳となり、去年からは毎月、医師の往診を受けるようになりました。

高齢のひで子さんが今は袴田さんに代わって再審の請求人になっているため、弁護団は弁護士の1人を請求人に加えるよう求め、去年12月に裁判所から認められました。

東京高裁での審理の最終日にひで子さんは「巌はいまだ妄想の世界にいますが、真の自由を与えてください」と裁判官に訴えました。

ひで子さんは「年でいえばいつ何があっても覚悟しているけど、再審開始を見届けなければ死ぬにも死ねない。今は何も言わないけど、巌の48年はすさまじいものだと思う。死刑囚ではなくなったよって伝えてやりたい」と話しています。

“有罪”か“無罪”か 司法の判断は二転三転

有罪か無罪かが半世紀以上にわたって争われてきた「袴田事件」。

再審を認めるかどうか、司法の判断も二転三転してきました。

1966年6月、今の静岡市清水区でみそ製造会社の専務の家が全焼し、焼け跡から一家4人が遺体で見つかりました。

その年の8月、会社の従業員だった元プロボクサーの袴田巌さんが強盗殺人などの疑いで逮捕され、当初は無実を訴えましたが、19日後に犯行を自白しました。

裁判では再び無罪を主張しましたが、事件から1年余りがたち、裁判が始まった後で、みそ製造会社のタンクから血のついたシャツなど犯人のものとされる5点の衣類が見つかりました。

1968年9月、静岡地方裁判所は、5点の衣類は袴田さんが事件の時に着ていたものだと認定し、有罪の証拠だとして死刑を言い渡しました。

一方、袴田さんが自白した時に作られた45通の調書のうち44通は強要された疑いがあるとして、証拠として扱いませんでした。

その後、2審の東京高等裁判所と最高裁判所でも無罪の主張は退けられ、1980年に死刑が確定しました。

地裁が再審認める 高裁は一転して認めず

翌年の1981年、袴田さんの弁護団は再審=裁判のやり直しを求めます。

弁護団は、事件直後の捜索ではタンクから衣類が見つからなかったことや、衣類のサイズが合わないなど不自然な点がある上、自白も強要されたものだと主張しましたが、静岡地裁は認めませんでした。

東京高裁では衣類に付着した血痕のDNA鑑定が行われましたが、劣化が激しかったことからこの時は「鑑定不能」とされて退けられ、2008年、最高裁でも退けられました。

27年に及んだ1回目の再審の申し立ては認められませんでした。

2回目の申し立てで、静岡地裁は再び5点の衣類のDNA鑑定を行うことを決めます。

その結果、弁護側の専門家が「シャツの血痕のDNAの型は袴田さんと一致しない」と結論づけたことなどから、2014年に裁判のやり直しを認める決定を出しました。

「捜査機関が重要な証拠をねつ造した疑いがある」と当時の捜査を厳しく批判し、死刑囚の釈放も初めて認める異例の決定でした。

しかし、検察が決定を不服として抗告。

東京高裁では弁護側の専門家が行ったDNA鑑定の手法が科学的に信頼できるかどうかが争われました。

2018年、東京高裁は「DNA鑑定の信用性は乏しい」として、地裁の決定を取り消し、再審を認めない決定を出します。

犯人のものとされる衣類は袴田さんのものと考えて不合理ではないとする判断でした。

一方、釈放については「本人の年齢や生活状況、健康状態などに照らすと、再審についての決定が確定する前に取り消すのが相当とは言いがたい」として、取り消しませんでした。

最高裁 「審理が尽くされていない」と再度 高裁で審理命じる

今度は弁護側が決定を不服として最高裁判所に特別抗告。

最高裁は3年前の2020年、衣類に付いた血痕のDNA鑑定について「DNAが残っていたとしても極めて微量で、性質が変化したり劣化したりしている可能性が高い。鑑定には非常に困難な状況で証拠価値があるとはいえない」として、弁護側の主張を退けました。

一方で、血痕の色の変化について、「1年余りみそに漬け込まれた血痕に赤みが残る可能性があるのか、化学反応の影響に関する専門的な知見に基づいて審理が尽くされていない」と指摘し、再審を認めなかった東京高裁の決定を取り消し、もう一度、高裁で審理するよう命じました。

結論を出すうえで裁判官5人の意見は3対2で分かれ、2人は「再審を開始すべきだ」とする意見を述べていました。

再審を求める特別抗告で裁判官の意見が割れるのは異例のことでした。

最高裁の決定を受けて争点は衣類についた血痕の色の変化に絞られました。

2年に及んだ高裁の審理では専門家の尋問が行われたほか、双方が実験を行うなどして、科学的な見解をもとに主張を展開しました。

また、裁判長と裁判官が静岡を訪れて検察の実験の様子を視察。

裁判長は袴田さん本人とも面会しました。

そして、去年12月、すべての審理が終わり、13日の決定を迎えました。

最大の争点は“血痕の色の変化”

最大の争点は「5点の衣類」についた血痕の色の変化です。

「5点の衣類」は、袴田さんの逮捕から1年余り後、すでに裁判も始まっていた時期に現場近くのみそタンクから見つかった血のついたシャツなどです。

袴田さんが犯行当時着ていたものだとして有罪判決の決め手となった証拠ですが、逮捕されたあとに衣類が入れられたとすれば、証拠がねつ造された可能性が浮上します。

このため最高裁は3年前、衣類がいつ入れられたか審理を尽くすため「血痕の色の変化」について科学的に説明するよう指摘。

高裁では長期間みそに漬かった状態でも赤みが残る可能性があるのか争われました。

弁護側は「1年以上みそに浸かっていたら血痕は黒く変色するはずで、赤みがあるのは袴田さんが逮捕された後に誰かが入れたものだからだ」と主張。

法医学の専門家に鑑定を依頼し、血液の成分「ヘモグロビン」は、みそのような成分のものに触れると化学反応が進み、数週間以内に赤みがなくなるという実験結果を提出しました。

これに対し検察は血痕のついた布を1年2か月間みそに漬ける実験を行い、「一部には赤みがみられ、長期間みそに漬けた血痕に赤みが残る可能性を十分に示すことができた」と主張しました。

審理では法医学などの専門家への証人尋問も行われ、双方が行った実験の結果や手法の信頼性などについて意見を述べました。

再審が認められるには、弁護側が示した証拠が過去の裁判で審理されたことがない新しい証拠であるという「新規性」と、無罪の可能性を示す明らかな証拠であるという「明白性」の2つの条件を満たしている必要があり、これらの点を裁判所がどう判断するかが焦点となります。

元裁判官「明白性をどこまで厳密に求めるかが鍵」

再審を認めるかどうか、判断のポイントについて刑事裁判の経験が長い元裁判官の半田靖史弁護士は「この事件では5点の衣類以外に有力な証拠は無いと言われているので、この証拠に疑問が生じた場合は、実質的にその点だけで再審を開始する判断もありえる」と話します。

そのうえで、双方が示した実験結果などについて無罪の可能性を示す明らかな証拠であるという「明白性」をどこまで厳密に求めるかが鍵を握ると指摘します。

半田元裁判官は「血痕に赤みが残るかどうかが結論を左右する重要なポイントだが、『どのような条件でも絶対に赤みが残ることはない』という基準で明白性を求められるとハードルはかなり高くなる」と話しています。

袴田さんの釈放については「前回の東京高裁も再審は認めなかったが釈放は取り消していない。釈放から9年がたったがこの間、袴田さんは逃亡することもなく、年齢も重ねて肉体的・精神的にも苦しい状態になっていると思われるので、釈放を取り消す判断まではしないのではないか」と分析しています。

また、決定が与える影響について「袴田事件は再審請求の象徴とも言える事件で、認められれば証拠の開示や検察官の不服申し立てのあり方など、課題が指摘されている再審の法制度に関する議論に弾みがつくだろう」と話していました。