私には爪切りが必要だった 経験者だからこその「すごい」備え

私には爪切りが必要だった 経験者だからこその「すごい」備え
行き届いている…!

爪切りまでもが出てきた時、胸に刻まれた被災経験の大きさを感じずにはいられませんでした。

東日本大震災から12年。
被災者の備えから、震災当時、小学生だった私たちが学んだことをまとめました。
(報道局 中藤智晴/澁谷茉友)

子どものために 周りのために

私たち(中藤/澁谷)は今月2日、「3.11」を前にした取材で宮城県に足を運びました。
テーマは、「避難生活で女性たちが経験した困難」。東日本大震災での避難生活の体験を語ってくれるという2人の女性に直接話を聞きに行きました。
1人目は、宮城県石巻市の杉山歩夢(あゆむ)さん(32)です。
震災当時、赤ちゃんを抱えて1ヶ月あまりに及んだ避難生活についてお話を伺った後、自宅で今の備えを見せてくれることになりました。
杉山さんが夫と子ども3人の家族5人分として非常時に持ち出すリュックに備えていたものがこちら。
避難用グッズ
・懐中電灯、電池、ケータイ充電器など
防寒具
・毛布、タオルケット、カイロなど
生活用品
・割りばし、スプーン、ごみ袋など
衛生用品
・消毒液、マスク、生理用品
 ノンアルコールウェットティッシュなど
食料
・個包装のお菓子、非常食、水など
種類も量も多い!

杉山さんが特に念入りに備えているのは、大容量の消毒用エタノールに子ども用マスク(20枚)。子どものための感染症対策グッズだと言います。
杉山さん
「震災の後に生まれた9歳の次男は小児がんになったことがあって。今は寛解して免疫力も人並みにある状態なんですが、感染症は避けたいので、マスクや消毒液をできるだけ準備しています。私自身の安心材料にもなっていますね」
杉山さんはこのほかにも自宅や自動車での備蓄も行っています。震災の避難生活では子どもや女性に必要な物資が足りず、不安な思いをしたためだと言います。
杉山さん
「いつどこで災害が起こり、避難生活が何日続くかは予想できないものだと思っています。いったん避難して安全を確保できたら自宅に取りに戻るという想定で、日用品をもうワンセットと、車には毛布や衛生用品のほか、水や果汁100%のジュースを常備しています」
震災の前は災害への備えをしていなかったという杉山さんですが、これだけ大量の備蓄を今も続けるのは家族のためだけではありませんでした。
杉山さん
「子どものミルクやナプキンがない不安の中で、周りの人に助けてもらった当時の体験は忘れられません。みんなで分け合えるように多めに用意しているんです」
今も12年前の感謝の気持ちを持ち続けて、周りの人のことまで考えて災害に備えている。強く印象に残った言葉でした。

ポーチが次から次へと

次にお話を伺ったのは宮城県気仙沼市の小野奈美子さん(54)です。
津波で自宅が全壊し、長期間の避難生活が続いたという小野さん。今どんな備えをしているか、非常時に持ち出す備えを見せてもらいました。

玄関に置いてあった大きなリュックサック2つ(小野さん夫婦2人分)に入っていたものがこちら。
防災グッズ
・懐中電灯、ラジオ、ブランケット、冷却タオルなど
防寒具
・ひざ掛け、タオル、手ぬぐい、軍手など
衣類
・Tシャツ、靴下、下着など
衛生用品
・トイレットペーパー、消毒液、マスクなど
小野さんも緊急時にすぐに役立ちそうなものを中心に備えていました。

そしてもうひとつ、目にとまったのが、ポーチで小分けにしているところでした。
衣類をまとめたもの、防寒具をまとめたもの、衛生用品をまとめたものなど、すぐに取り出しやすいように用途ごとに仕分けているそうです。

どうして爪切りが…?

中でも小野さんこだわりのポーチに詰まっていたのがこちら。
・爪切り、手鏡
・ヘアブラシ、髪ゴム
・ドライシャンプー、ボディーシート
・剃刀、歯ブラシセット
・綿棒、絆創膏
どれも「身だしなみ」に関するものです。
確かにあれば便利かも知れないけれど…?
小野さん
「水や食料、衣服は支援物資で届いたんですが、細かいものはそうもいかないので。長い避難生活では爪切り1つをとっても人に借りるのって面倒だし、衛生的にも気になりました。だから自分で用意できたらいいなと思って。食事をしたら歯を磨きたいし、手が汚れたらティッシュで拭きたい。少しでもきれいにしておけるものがあれば避難生活の中でも気持ちが落ち着くかなと思います」
小野さんの避難生活は4か月にも及んだということです。
実際に避難生活を体験したからこその備えだと感じました。

しかも、備えの中身は年に1回ほど見直しを行っているといいます。
小野さん
「その人の状況によっても揃えるものは違うと思います。子どもが小さいと子ども用のものが中心になるし、うちはもう息子が成人して独立したので、自分が好きなものや必要だと思うものを揃えています。次の見直しでは持って逃げることを考えて、もう少しコンパクトにするつもりです」

お手本のようです

震災の教訓が生きた杉山さんや小野さんの備えを防災の専門家はどう見るのか。
早速、災害時の備えに詳しいNPO「ママプラグ」理事の宮丸みゆきさんに聞いてみると、2人とも命を守る基本グッズがそろっているとしたうえで、小野さんの「こだわり」について次のように話していました。
宮丸さん
「この方(小野さん)すごいですね。リュックにそのまま入れてしまうと、どこに何があるか分からなくなってしまうことがあります。ジャンル別に透明のポーチに入れることで、一目見て何がどこに入っているのかすぐにわかりますよね。さらに、ビニール製のポーチに入っているので、浸水被害で濡れたり、汚れたりすることも防げます。お手本のようです」
専門家をして「お手本のよう」と言わせるなんて、震災の教訓の深さを改めて感じます。

さらに爪切りや手鏡といった身だしなみを整える物も準備している点についても聞いてみました。
宮丸さん
「これも素晴らしいです。命を守るために必要なものしか入れてはいけないと最初から決めつけてしまう方もいますが、健康や生活の質を守るのも大切なことです。例えば、避難所でお風呂に入れない状況でも、ゴムで髪を結ぶだけで、全然気持ちが違います。自分にとって大切なものをちょっと入れるだけで避難生活の質がぐんと上がります」

自分にとっての日常に必要なものを

一方、震災を知らない世代も徐々に増えてきていますし、長期の避難生活を経験していない人のほうが多いのが現状です。そうした中でも杉山さんや小野さんのように、自分にとってベストな備えをするにはどうすればいいのでしょうか。
宮丸さん
「2泊3日でキャンプに行くことを想定して『何持っていくかな』と考えてみると、自分にとって必要なものが見えてくると思います。毎朝食べているものとか、寝るときの枕とか、これだけは欠かせない習慣を書き出してみるといいと思います。そして、避難生活の中でどうやって実現させられるかを考えてみると備蓄をするときの役に立つと思います」
宮丸さんもお勧めの、東京都が呼びかける非常袋の作り方をまとめました。
(1)数日間の旅行を想定したカバンを用意する
(2)基本の防災グッズを追加
【例】
ヘッドライト、折りたたみ式ヘルメット、
敷きマット、携帯用トイレ、ゴミ袋、
手間なく食べられる食料、タオル、
ブランケット、500mlの水1~2本、カッパ
(3)自己流のアレンジをさらに追加
【例】
小野さんの場合、身だしなみを整えるもの
あえてこれを優先させることも大事!

・家族がいる場合、
 1人につき1つの非常持ち出し袋を用意
・連絡先や持病、必要な薬などのメモや
 家族写真も入れておくと身元確認に役立つ
こうして準備するものを並べてみると、やっぱり相当な量にはなりそうです。
宮丸さんから詰め方のコツも教えてもらいました。
(1)ごみになるのでパッケージから出して

(2)圧縮袋を使ってコンパクトに

(3)背負って10分程度、
   余裕を持って歩ける重さが目安

楽しみながら準備しよう

宮丸さんは自分の好きな推しグッズや好物といった自分への「ご褒美」を入れるようにして、準備そのものを楽しんでほしいとアドバイスしてくれました。

そういえば私(中藤)の家には親が送ってくれた非常持ち出し袋がそのままだった…。
まずは中身を出して、使って、触って、私の好きなものを追加してみることからはじめてみたいと思います。