物流「2024年問題」 広がる“バケツリレー方式”

物流「2024年問題」 広がる“バケツリレー方式”
物流業界に「2024年問題」と呼ばれる危機が迫っています。来年4月からトラックドライバーの時間外労働などの規制が厳しくなり、長距離の輸送が困難に。輸送量の減少が懸念されています。こうした中、中距離輸送を組み合わせて目的地に荷物を運ぶ“バケツリレー方式”が広がりつつあるのをご存じですか?(静岡局記者 小尾洋貴、松江局記者 堀場貴登、経済部記者 樽野章、科学文化部記者 秋山度)

浜松で“待ち合わせ”

日本の物流の大動脈とも言える新東名高速道路。

静岡県浜松市にある浜松サービスエリアは、大阪と東京のほぼ中間に位置しています。
その隣に設けられたスペースに平日の午後8時、大型トラックが続々と集まってきます。

休憩のため?

いえ、違います。

到着したトラックの運転席部分と荷台が切り離されました。

そして、別のトラックに荷台が接続されます。
そう。

ここで行われていたのはトラックどうしの積み荷部分の交換です。
ドライバー
「会社が神戸なので大阪で荷物を積んでここまできました。このまま大阪に戻って荷物を降ろして神戸の会社に戻ります」
実はこの場所、関東と関西からそれぞれやって来るドライバーの“待ち合わせスポット”なんです。

このスポットは、トラックドライバーの働き方改革につなげようと、地元の運送会社と高速道路会社が設けました。

“バケツリレー方式” 仕組みは?

通常、関西と関東を行き来するドライバーは、1日かけて目的地に到着し、積み荷を降ろしたあと車内で睡眠をとります。

翌日には、新たな荷物を積んで、1日かけて出発地へと戻る、いわば2日がかりの勤務が基本です。

それがこの待ち合わせスポットを使えば中間地点の浜松で積み荷を交換したあと、出発地点に戻ることができます。
日帰りでの勤務が可能になり、労働時間や拘束時間の短縮につながります。

ドライバー「家で夕食を」

大阪・堺市に住む山崎茂さんは10年以上、トラックのハンドルを握っています。

この日は日帰り運行の日です。
山崎茂さん
「日帰りなので、トラックで寝たりしないでいいので、体が楽。家に帰るのが一番気持ちがリセットできるので」
山崎さんの帰りを待つ妻の香織さんも気持ちが楽だといいます。
山崎香織さん
「昼間出て、夜走って起きたときにいたら、無事に帰ってきたなとすごく思う。ほっとしますかね。ちゃんと外のご飯でなくて家でつくったご飯を出してあげられるのはいいなと」
拠点としている大阪市内の支店に出勤し、目的地の浜松に向けて出発です。
途中、休憩を挟みながら、4時間ほどかけて“待ち合わせスポット”に午後7時前に到着。

逆に、関東からスポットに到着した積み荷の交換相手と合流。

さっそく運転席との切り離し作業を行います。

山崎さんのトラックには、関東から運ばれてきた積み荷が。

山崎さんの運んできた積み荷は関東から来たトラックに。

10分ほどで作業は完了しました。

このあとの楽しみを尋ねると。
山崎茂さん
「妻のグラタンが食べたいです。家で寝るのが一番リラックスできるので」
山崎さんと交換相手のドライバーはそれぞれ、来た道を引き返していきました。

「物流2024年問題」運送会社の戦略は

“待ち合わせスポット”の利用を進める、奈良県の運送会社は、「物流2024年問題」を強く意識した戦略を打ち出しています。

ドライバーの長時間労働が指摘されてきた運送業界。

働き方改革のため、2024年4月から時間外労働の規制が強化されます。

ドライバーの年間の拘束時間は、3516時間から3300時間に制限されます。

健康を守るために必要な措置ですが、民間のシンクタンクの調査では、7年後の2030年には35%の荷物が運べなくなる可能性があるとされています。

長距離輸送が難しくなるケースも増える中、“バケツリレー方式”で荷物を運ぶ方式をいち早く取り入れたのです。
前田修 執行役員
「以前は実家に預けたりとかしていたのが夜の間に帰ってくるので旦那さんと協力して子育てできるとか、ドライバーさんからの評価はあります。労働時間の削減ができたというのが一番大きいですね」

倉庫の時代?

「物流2024年問題」を前に、広がる“バケツリレー方式”。

しかし、浜松市の「待ち合わせスポット」のような施設が各地にあるわけではありません。

そこで、必要になるのが、荷物を積み替えるための倉庫です。

全国では新たに倉庫業界に参入する動きも出ています。

島根県出雲市にある、来年創業70年となる運送会社は、6年前、本社の隣に、広さおよそ400平方メートルの倉庫を建て、倉庫を活用した事業を始めました。
倉庫には、書籍などが届き、仕分けされて次の目的地に運ばれます。

また、飼料用のコメ、店舗用の商品棚なども保管されています。

この会社は、20台のトラックを所有し、東京などへの長距離運送を稼ぎ頭としてきました。

しかし、運送業への新規参入がしやすくなってからは会社間の競争が激化。

売り上げの確保が難しくなり、人件費や燃料費などのコストもかさみ、利益が出ない状況に陥りました。

さらに、長距離輸送を担当するドライバーの長時間労働も問題に。

このままでは、いわゆる「2024年問題」に直面してしまうことは明らかでした。

「4代目」の決断 先代の懸念は…

こうした経営状況を重く見て、改革を訴えたのが会社の4代目、錦織大輔さん。

社長である父親に長距離運送から撤退し、代わりに倉庫を活用した事業に参入するよう提案しました。

錦織さんは理系の大学院を卒業後、実家の運送会社に入社。

業界の「素人」だったからこそ、当たり前だった長時間労働に強い違和感を感じたといいます。
錦織大輔さん
「長距離便の仕事は、ワークライフバランスが整っているとは思えなかった。倉庫の仕事はノウハウがなかったが、『やる恐怖』と『やらない恐怖』を比べたら、『やる恐怖』が勝った。2024年問題もあり、このタイミングしかなかった」
錦織正さん
「まわりから『本当に長距離やめて大丈夫か』とよく言われた。倉庫は未知数な事業だったので、私だけだったらできなかったが、若い力が知恵を出してくれた」

倉庫を核にネットワークを

錦織さんは、倉庫を核にして、地域の配送ネットワークを充実させることが必要だと考えています。

例えば、東京などの長距離運送のトラックが島根の複数の地点に荷物を運ぼうとすると、その分、細かいルートの配送が必要になって時間がかかります。

そこで、拠点となる倉庫を設け、そこに各運送会社からの荷物を集約するようにします。

錦織さんの会社が担うのは倉庫から地域の複数の地点への配送。
倉庫の運営で安定した収益を稼げるうえ、地域の中距離までの配送で済みます。

また、長距離運送を担う会社にとっても、細かいルートの配送が省けます。

さらに、荷主にとっても、倉庫を活用することで、長時間労働の原因の1つとなっている、「荷待ち時間」を減らすことができます。

父親の正さんにとって、30年以上続けてきた長距離便から撤退することは、勇気のいる決断でした。

しかし、“この機会を逃したら、業態変換はできない”と考え、会社の生き残りをかけて、倉庫事業にかけることにしました。

新しい物流業者を作る

結果、従業員の労働環境も改善。

長距離のドライバーと現在のドライバーを比較すると、年間480時間ほど、労働時間を削減することができました。

錦織さんは、デジタル技術を使って、取引先との間で、仕事の進ちょく状況を把握できるようにし、担当者だけでなく、全員が情報を見られるようにするなど、効率的な業務も進めています。

会社の未来をこう語りました。
錦織大輔さん
「配送のみならず、その前にあたる商品の品質管理などの事業にも挑戦して、新しい物流業者のイメージを作っていきたい」
静岡局記者
小尾洋貴
2016年入局
岐阜局を経て静岡局
製造業・金融・生活情報を取材
浜松ギョーザをこよなく愛する
松江局記者
堀場貴登
2019年入局
交通など幅広い分野を取材
生っ粋の旅客機ファン
経済部記者
樽野章
2012年入局
国土交通省を担当
科学文化部記者
秋山度
2012年入局
消費者から見た物流問題などを取材