「今こそ立ち上がる時」“辞めツイッター”たちが作る新SNS

「今こそ立ち上がる時」“辞めツイッター”たちが作る新SNS
「ひどく混乱する様子を見て、今こそ自分たちが立ち上がるべき時だと思った」
起業家のイーロン・マスク氏が買収したツイッターの元社員が語ったことばです。アメリカでは今、ツイッターを辞め、新しいSNSを作ろうという動きが相次いでいます。こうした“辞めツイッター”たちが目指すのは「信頼できるSNS」。ツイッターに代わる新たな選択肢を模索する理由に迫ります。(ロサンゼルス支局記者 山田奈々)

2つ目のツイッターだから「T2」

ツイッターとよく似た投稿画面のこちらのSNS。

投稿できる文字数もツイッターと同じ英語で280文字です。
見た目や投稿の方法は似ていますが、実は新しく開発中のSNS「T2(ティーツー)」の試作版アプリです。

2023年1月に公開され、2月末時点で利用者はまだ数百人ほど。「T2」という名称は「2つ目のツイッター」という意味だということですが、一体どのようなSNSなのか。

それを探りに、2月中旬、CEOのガボール・セル氏と共同創業者のサラ・オウ氏を、カリフォルニア州・バークレーのホームオフィスに訪ねました。
2人とも古巣のツイッターを離れた、いわゆる“辞めツイッター”です。

セル氏は、2016年まで約2年間ツイッターの製品開発部門で働いた経験があり、グーグルに買収されたアプリ会社を立ち上げるなど起業家の顔も持つ人物です。

オウ氏は、イーロン・マスク氏による買収後の2022年11月、大量解雇された社員の1人で、ツイッターでは、投稿内容の管理や利用者の安全対策などのルール作りを担っていました。
ガボール・セルCEO
「昔ツイッターで働いていた頃から、ツイッターに代わるSNSを作ったらどうなるか、考えていました。でもツイッターがあるのに別のアプリを使う人がいるだろうかという疑念から、実行には移しませんでした。それが、マスク氏がツイッターを買収し、大規模な人員削減を実施した2022年11月4日に変わったんです。ひどく混乱する様子を見て、今こそ自分たちが立ち上がるべき時だと思ったのです。それがツイッターで働いたことがある人材の責任でもあるのではないかと。それで、サラに電話し一緒にやらないか誘いました」
サラ・オウ共同創業者
「解雇されたことについては、悲しみと喪失感を味わい、まだ自分の中で整理している最中です。でも、ネット上の安全対策を担うことができる仕事を続けたいという思いはありました。それで、ガボールのアイデアに賛同したんです。ゼロからSNSを立ち上げるメリットは、問題が起きてから対症療法的にあれこれルールを作るのではなく、問題が起きる前に明確なルールをきちんと設定することができる点にあると考えたからです。安全な利用においてのルール作りには、試作版を使っているユーザーの意見を反映していきます」

「フラッグ」で問題投稿を通報

「T2」の投稿内容の管理で取り入れられるのが「フラッグ(=旗)」と呼ばれる仕組みです。
「フラッグ」では、投稿の下にある旗のマークをクリックすると「情報に誤りが含まれる」「失礼な表現が含まれる」などの選択肢が現れ、ユーザーが、投稿内容に問題があると感じた場合には、すぐに運営事務局に通報できる仕組みです。
SNSの投稿の分析などを行うアメリカの団体「NCRI」によると、ツイッターでは、マスク氏による買収直後の2022年10月末、黒人に対する人種差別的な投稿が従来の6倍近くに増えたというデータがあるといいます。

マスク氏はツイッター買収の目的を「言論の自由」の実現だと説明していますが、「自由」の意味を、何を投稿してもかまわないことだと捉える人が増えてしまったのではないかという懸念が広がりました。
さらに、過去に差別的な発言をした人のアカウントを復活させるなど、その対応には疑問の声もあがり、著名人のツイッター離れにつながりました。

「フラッグ」という新しい仕組みを活用すれば、既存のSNSにある「いいね」マークや、「よくないね」マークだけでは判断がつかなかった、投稿内容の問題を明確にし、分析することができます。

問題のある投稿をした利用者への警告や投稿の削除などに生かすなどして、健全な利用を促せるとしています。
T2 ガボール・セルCEO
「アプリの見た目や投稿文字数などの形式はツイッターと同じですが、安全対策の面で中身は大きく違います。現時点ではフラッグで通報された投稿内容は運営側が手作業で確認する形となっていますが、ゆくゆくはAI=人工知能を導入して通報内容の仕分けや、投稿を削除すべきかどうかなどの判断を自動化することも検討しています」

なりすましを防ぐ仕組みを

もう1つ、「T2」のアプリ開発で重視しているのが、徹底した利用者の本人確認です。

ツイッターではマスク氏の買収以前から、機械が自動的にツイートする「ボット」や、偽のアカウントの問題が取り沙汰されてきました。

買収提案後、企業価値の算定に関わるこの偽のアカウントの数について、全体の5%未満だと説明するツイッター側と、それより多いはずだと主張するマスク氏の間で折り合いがつかず、マスク氏が買収を一方的に撤回すると表明する事態にまで陥りました。
さらに、紆余(うよ)曲折を経て、買収後に、マスク氏はアカウントが本人のものであると証明する有料の認証マークを導入。

しかし、当初、一定の料金を支払えば誰でも簡単に認証してもらえる仕組みだったことから、なりすまし被害が急増し、導入から数日で認証サービスの一時中断に追い込まれました。

T2では、スマートフォンのカメラ機能などを使って本人確認を徹底する方法などを検討しています。

ネーミングにも白熱の議論

実は「T2」という名前は、とりあえず付けられた仮称です。

私が開発チームの仕事場を訪れた際は、アプリの本格的な公開に向けて、新しい名前を考える会議が行われている真っただ中でした。
ネーミングコンサルタントを交えた会議で検討されていた名前の1つが「Blip(ブリップ)」。

「ささいなこと」という意味がありますが、比喩的に言えば、池に落とされた小さな石のように、SNS上で人々が事実や思いをシェアし、それによって人々がつながるといった意味にもとれる、などと議論されていました。

別の候補の名前が「Figgy(フィギー)」。
英語でイチジクを表すFigを絡めたことばで、たくさんの実をつけるイチジクの木から「成長」「繁栄」といった意味を連想させるほか、英語のFigure(=考える)という単語にも関係します。

「親しみやすい名前にしたい」「上から目線にならない単語を選びたい」など意見交換は白熱していて、新名称の決定は次回に持ち越されましたが、新しいSNS立ち上げにあたって、その気迫がひしひしと伝わってきました。

人種差別に焦点をあてた新SNSも

アメリカでツイッターに代わる新しいSNSを作ろうというのは「T2」だけではありません。

目下開発中で、すでに利用を予定している人が6万人に達しているという「SPILL(スピル)」というSNSは、“辞めツイッター”の元社員2人が中心になって立ち上げました。
特にネット上の人種差別撲滅に力を入れていて、既存のAIでは投稿管理の際に黒人コミュニティ特有の単語を問題発言として通報・処理してしまう点を問題視。

黒人コミュニティで頻繁に使われるフレーズを機械学習させた最新のAIを導入するとしています。

このほか、いわゆる“辞めツイッター”が作ったものではないものの、新しく多彩なSNSが次々とうまれています。

「ポストニュース」というSNSは、広告など無しで質の高いニュースを読めることを強みとしてうたっています。
「ジャーナリストの井戸端会議の場」と称して、新聞社などに有料購読の記事を投稿するよう促しています。

ユーザーは読みたいニュースごとに少額の料金を払って読んでいく仕組みで、メディアごとに定期購読の料金を支払う既存の仕組みから、今後はユーザーが読みたい記事1つ1つに対し対価を支払う方向に業界全体の流れを変えたいという目標を持っています。

さらに、ユーザーが、投稿内容の管理やルール作りを特定の企業に任せるのではなく、みずからコントロールできる仕組みを目指す「ダムス」というSNSも登場しています。

SNSの必要性を見つめ直す契機に

ツイッター買収の前後に生まれた新たなSNSのコンセプトに共通するのは、差別的な発言やフェイクニュースが氾濫するなか、ユーザーにとって「信頼できるSNS」を作りたいという点です。

「T2」のセルCEOは「SNSのビジネスは、非常に複雑であるため、業界では新しいSNSを始めることに対するためらいがあった。でも、誰かがやってみなければいけないと感じたんです」と語っています。

ツイッターの混乱をきっかけに、SNSの真の役割とは何なのか、なぜ世の中に必要なのかといった根本的な疑問が湧き上がり、それに答えようとする人たちが出てくるというのは、失敗を恐れずとにかくやってみる、起業家精神にあふれたアメリカらしいと感じます。

利用者の私たち一人一人が、それぞれのニーズや価値観に合わせてSNSを選ぶ時代が、もうすぐそこに来ているのかもしれません。
ロサンゼルス支局記者
山田奈々
2009年入局
長崎局、経済部、国際部などを経て現所属