サケが“ダイヤ”になる日!?

サケが“ダイヤ”になる日!?
「いつまでもサケが“安くて美味しい魚”であり続けることができるのか。“赤いダイヤ”になるかもしれないな」
新潟の水産関係者から聞いた、驚きのひと言でした。今、日本で最も多く消費されている魚、サケ。すしネタの定番「サーモン」としても愛されています。そのサケにいったい何が起きているのか?サケをとりまく日本と海外の現場を取材しました。(食の安全保障プロジェクト 新潟放送局記者 米田亘/サンパウロ支局記者 木村隆介)

“高根の花”となったサケ

“サケの街”として知られる新潟県村上市。年末年始の贈答品などとして「塩引き鮭」を作るのが伝統です。

家々の軒下に吊り下げられたサケが寒風に揺れる様子は、町家が立ち並ぶ城下町の冬の風物詩となっています。
サケとこの街との結び付きは古く、江戸時代には村上藩の藩士が、サケが遡上(そじょう)する川に「種川」と呼ばれる産卵用の川を作り、世界で初めてサケが自然に増殖する環境を整えたと伝えられています。

村上市では塩引き鮭の材料などとして国内で漁獲される天然のサケを多く扱っていますが、サケを取り扱う商社によりますと、国内で流通するサケのうち、いまや輸入される養殖のサケが8割にのぼっているということです。

私(米田)はサケ漁が盛んな北海道から新潟に赴任しましたが、最近、国内でサケの深刻な不漁が続いていると聞き、独特のサケ文化が残る新潟で、サケを取り巻く状況がどうなっているのか調べてみることにしました。

価格が高騰するサケ市場

まず訪ねたのは地域の飲食店や旅館などにサケの加工商品を卸している水産加工会社。

最近は素材として輸入の養殖のサケも使っているとのことですが、そこで社長が語ったのは、サケの流通をとりまくある“異変”でした。
新潟県の水産加工会社社長
「国産のサケだけではなく円安で輸入のサケも価格が高騰している。当社のような規模の小さな会社ではどうしても“買い負けて”しまう」
買い負け?いったいどういうことなのか。
この水産加工会社は新潟県内の卸売会社からサケを輸入していますが、去年急速に進んだ円安で輸入コストが急上昇。輸入にあたった商社、そこからサケを買い付ける卸売会社がそれぞれコストを販売価格に上乗せしたことで、調達価格は20%ほどの大幅な値上がりとなりました。

この影響で会社が去年確保できた量は前年の8割にとどまったといいます。社長は険しい表情で次のように語りました。
水産加工会社 社長
「養殖のサケの価格が急に上がったのでたくさん買うことができなくなった。当社の取引先は小売店や飲食店。その先には消費者がいる。仕入れコストの上昇分を販売価格に転嫁せざるをえないが消費者に受け入れてもらえるか不安だ」
さらに話を聞くと“買い負け”の背景には、別の要因があることも分かってきました。
水産加工会社 社長
「サケの人気が高まり、世界的なブームが起きている。この影響で質のよいサケを日本に安く仕入れることができなくなるかもしれない。これが根本的な問題なんだ」

世界的な“サーモンブーム”の実態

新潟の水産加工会社の社長が話していた海外でのサケの人気。その実態はどのようなものなのか。

南米の新興国ブラジルでその一端をかいま見ることができました。
200万人もの日系人が暮らすブラジル。最大の都市、サンパウロでは、肉料理・シュラスコのレストランよりも日本食レストランの方が多いと言われるほど日本食は人気です。

その中でも人々が好んで食べるのがサケを使った料理です。サンパウロで消費されるサケは、そのほとんどが隣国チリから輸入されたものだと言われています。
市内で日本食レストランを営む店主によりますと健康志向の高まりなどで仕入れ価格は去年、3年前に比べて2倍にまで上昇しましたが、チリ産のサケの需要は衰えなかったということです。
ファビオ・シウバさん
「サーモンを使った料理は日本食のレストランはもちろん他のレストランでも人気です。イタリアンレストランに行っても、サーモンのパスタやグリルしたサーモンのサラダの人気が高いですね。今後も需要は増え続けるでしょう」
人口2億人を超える巨大市場ブラジルでのサケ人気。そのあおりを受けて、養殖の本場チリでも価格は高騰し、もはや手軽に味わう食品とは言えなくなっています。
チリ産の輸出先を見ると、ブラジルは全体の約12%と、アメリカ、日本に次ぐ3位になっています。

一方、日本のシェアは15年前の2008年には全体の36%と輸出先ではトップでしたが、去年は20%まで低下しています。

これからも安定調達できるのか?

世界で巻き起こる「サーモンブーム」。その理由は何なのか。

国内の大手食品メーカーの担当者に話を聞くと、健康志向の高まりで世界的に水産物の消費量が増えていることが背景にあるといいます。いまや海外のバイヤーが日本企業には買えないような値段で競り落とすことも珍しくないそうです。

さらにウクライナ情勢も影響しています。

この食品メーカーでは、養殖のサケの一大産地であるノルウェーから日本への空輸ルートを変更したことで輸送コストが上昇し、これも販売価格に影響しているといいます。

メーカーの担当者は、懸念していました。
メーカーの担当者
「このままサケの価格上昇が続くと消費者が買い控えるということにもなりかねず、供給側としては品質を下げてでも値段が安いサケを確保するという『悪いサイクル』に陥りかねない」
今後もおいしいサケを手軽に味わうことができるのか?

輸入を手がける大手商社の担当者に尋ねました。
三井物産シーフーズ 黒木部長
「エネルギー価格やエサ代の高騰でサーモンの養殖にかかるコストが増加し、さらに円安の影響もあって、仕入れにかかるコストは総額で30%から40%も上昇しています。現時点では輸入量が不足する事態にはなっていませんが、今後、世界で拡大するとみられる需要に対し、供給側がどう対応していくかが課題となります。世界ではチリやノルウェー、アラスカといった従来の生産地に加え、黒海で養殖するトルコにもバイヤーから熱い視線が注がれています。当社では新たに輸入先を開拓することで安定調達に努めるとともに養殖にも力を入れています。海面での養殖に加え、技術的に難しいとされていた陸上での養殖も実用化に向けて本格的に動いています。天然のサケは記録的な不漁が続いていますが、これから天然モノは『ごちそう』と言われるような高級品となり、サーモンが占める割合がこれまで以上に増えるかもしれません」

「安くておいしい」はいつまで続く?

安くておいしい魚の代表格として日本の食卓に欠かせないサケ。しかし世界的な需要の高まりと生産・調達コストの上昇でサケを取り巻く状況が一変しています。

手ごろな価格と高い品質がこれからも両立するのか、それとも手の届かない“赤いダイヤ”となってしまうのか。

サケを尊ぶ文化が残るここ新潟で、引き続き「食」の未来について考えていきたいと思います。
新潟放送局記者
米田 亘
2016年入局
札幌局・釧路局を経て現所属、農業や漁業を担当
好きなごはんのおかずは「サーモンの塩こうじ漬け」
サンパウロ支局長
木村 隆介
2003年入局
ベルリン支局、経済部などを経て現所属
中南米の取材を担当

注目ポイント:佐藤庸介解説委員(食料・農林水産担当)

水産物の「買い負け」は、10年以上前から話題になってきました。この問題を取り上げた2006年度の水産白書によりますと、「買い負け」とは世界的に水産物需要が高まって国際価格が上昇し、日本の輸入業者が価格競争について行けず、他国にとられてしまうことと説明しています。

当時ですでに人口13億人を超えていた中国が消費を活発化させていたほか、BSEの発生などに伴い、欧米で食肉が敬遠され、水産物の人気が高まりました。このような大きな流れは、その後も続いていると言えます。

一方で、生産の面では大きな問題が起きています。日本の周辺の海で、水産物が以前のように取れなくなっているからです。
ここ数年、不漁が頻発しているサケは、その中でも象徴的な存在です。国内で漁獲される天然のサケが減少する中で、必然的に輸入される養殖のサケへの依存は高まることになります。

かつて買い負けが話題になり始めた時よりも事態は深刻です。

サケはマグロと並んで、日本で消費量がトップクラスの魚です。なんといっても魅力は、いつも手ごろな値段でスーパーに並んでいるところです。

サケをめぐっては、国内でも陸上での養殖が活発になっていますし、去年は主力産地の北海道で漁獲量が前の年より56%増え、持ち直しへの期待もあります。

サケはあくまで庶民の味方であってほしい魚です。万が一にも「赤いダイヤ」と呼ばれるようなことにならないよう、生産と消費の動向には注意が必要です。