もう一度だけ、あなたに会いたい 最後の願いをかなえるために

もう一度だけ、あなたに会いたい 最後の願いをかなえるために
大切な人が迎えた、最期の時。

まだ身体があるうちに、頬に触れたり手を握ったり、顔を見て感謝を伝えたり、きちんとしたお別れ、お見送りをしたい。

そんな願いをかなえる「納棺師」の人たちが向き合った、コロナ禍の最期の迎え方とは。

あまりの悔しさに、涙した理由とは。
(社会部記者 坪井宏彰)

「納棺師」の仕事

亡くなった人の納棺を手がける都内の会社の社長、染谷幸宏さん(56)です。
「納棺師」と呼ばれる仕事の内容は幅広く、亡くなった人の体をお風呂に入れてきれいに洗う「湯かん」や、好きだった洋服への着せ替えをはじめ、口元やひげなど顔もきれいに整え、お化粧も施します。

長い闘病の末に顔色が変わった人や、やせてしまった人もいますが、できるだけ元気だったころの姿に近づけるようにするためです。

中には誰にもみとられずに1人で亡くなって発見が遅れた人や、事故などで大きく傷ついた人の遺体もあります。

こうしたケースで家族が最後の別れをしたいと希望する場合、「特殊修復」と呼ばれる技術で処置をすることもあります。

使命は、家族の記憶に残る最後の姿にふさわしい、その人らしい姿に近づけることです。

最後の願いをかなえる

「特殊修復」を始める前に染谷さんは、必ず手を合わせて「これから処置させていただきます」と声をかけます。
そして、長い時間かけてその人の体と向き合います。

その最中、さまざまなことばが出てくるといいます。
「痛かったよね」

「これからなんとかお別れできるようにしますからね」

「何とかするから、任せておいてくださいね」
染谷幸宏さん
「人が最後に人生を終える時の、送る側の願いをかなえられるのが私たち、ということを使命に感じるし、やりがいになっています。なんとか最後の願いをかなえてあげたいと」

「今の顔ではお別れできない」

去年、染谷さんにとって印象に残るケースがありました。

電車と衝突して亡くなった若い男性の妻からの依頼でした。
遺体の損傷は激しく、技術的にも見通しが立たない状態でした。

それでも、男性の妻は深々と頭を下げて染谷さんの手を握り、何度も懇願しました。

「今の顔ではお別れできない。なんとかしてほしいんです」
染谷さん
「どこまでできるか分かりませんが、精一杯、会社の全力を傾けて対応させていただきますと申し上げました。なんとかしなきゃという責任感で、やると言った以上はやろうと」
手がかりとなるのは生前の数枚の写真です。

特殊なワックスなどを使って欠損した部分を埋める高度な「形成処置」を行い、できるだけ本人の髪、皮膚を残して復元、最後はメイクを施して本人らしい自然な表情に近づけました。
期限の3日間で、合計20時間ほどかけて修復を終えました。

従業員を通じて、処置を終えて面会した際に、妻が男性の髪に何度も触れて別れを惜しんでいた様子や、火葬の際に遺髪を大事に持ち帰ったことなどを聞き、染谷さんは納得してもらえた様子にほっとしたといいます。
染谷さん
「遺族が最初に見た遺体の記憶をなるべく消せるように、そして遺族の記憶に残る最後の顔、本人らしい姿を取り戻せるように。そう思いながらいつも向き合っています」

「五感で死を受け入れる」

こうした作業は、遺族の悲しみのケアを行うグリーフケアの視点からも大切なものだと言われています。

災害や病気などで大切な人を失った遺族の心のケアを行う団体の代表を務める橋爪謙一郎さんは、次のように話しています。
橋爪代表
「大切な人の死を受け止める時、遺族は五感で感じるところで受け入れていく。そうやって現実を受け止めることがグリーフワークの第一歩で、そのための手伝いがサポートの一番大きな要素なので、遺体の修復で家族にとってその人らしい覚えておきたい姿に近づける努力は大事だと思います」

悔しくて涙 コロナ禍の制限下で

コロナ禍のこの3年、染谷さんの仕事にも大きな影響がありました。

感染対策を理由に、国のガイドラインで新型コロナウイルスで亡くなった人の体に触れることを控えるよう求められたため、体をきれいにする「湯かん」や、最後の化粧を施すなど納棺のための大切な仕事がほとんどできない状況になったのです。

遺体は納体袋に納められた上で、棺に目張りをしテープで密閉。
火葬場での遺族の立ち入りも認められないなど、徹底した対策が取られ、家族が顔を見たり触ったりして、きちんとしたお別れや見送りをする機会がないまま火葬されてしまうケースが相次ぎました。
一方で染谷さんの会社には遺体を安置できるスペースがあるため、葬儀会社からの要望を受けて、新型コロナで感染後に亡くなった人の遺体の安置を請け負うことが多くなりました。

感染拡大時には収容能力いっぱいの遺体を安置することもありましたが、近隣にある火葬場でコロナによる死者の受け入れの制限が続いたこともあり、安置は最長で2週間に及ぶケースもありました。

それでも、何もできることがない状況に、化粧を担当する同僚は悔しくて涙したと話します。
同僚の納棺師
「この人が骨になって家族のもとに帰るのか、自分の家族だと考えたらといたたまれないなって。最後に顔を正面に向けてあげようとか、そういうことしかできないし、やれることができずに悔しくてしかたなくて、いつも泣いていました」

それでもできることを

それでも、感染後に亡くなった人の遺族から「どうしてもきれいな姿にして送りたい」と化粧などの依頼が来るケースもありました。
当初は染谷さんの会社でも防護服・ゴーグル・二重の手袋など、考えられる最大限の感染対策をとって対応していましたが、去年以降は遺体からの感染リスクは低いと判断できるとして、マスクと手袋1枚のみという通常の遺体と同様の対応をとるようにしました。

当時はまだ国のガイドラインは見直されていませんでしたが、染谷さんは遺族の依頼に応えてきれいに化粧を施して送り出すこともありました。

しかし、そうやって送り出したにも関わらず、最終的には納体袋に入れられてひつぎに目張りをされ、そのまま遺族が顔を見ることもお別れをすることもできずに火葬されてしまったこともあったということです。

ことし1月、国はこのガイドラインを見直しました。

「最後の別れをできるようにしてほしい」との遺族からの声を受けた対応でした。

見直し後のガイドラインでは、「遺体に適切な対策をとれば納体袋は必要ない」「触れたあとに適切に手洗いすれば遺体に触れることができる」となり、コロナ禍に入って3年、ようやく最後のお別れができるように変更されたのです。
染谷さん
「コロナで亡くなった人の家族で、メイクを希望する人はかなり増えています。お別れがきちんとできるようになったということで、ガイドラインが変わったことはありがたいと思っています。コロナ禍できちんとした別れができない方々を目の当たりにしたことで、亡くなった人とのしっかりした別れの大切さを改めて感じる3年間だったと思います」

いつか必ず訪れること

染谷さんがこの業界に足を踏み入れたのは1992年、今から31年前のことです。

死者の見送り方、葬儀の形もその間に大きく変わりました。

近年は経済的な理由などから近親者だけで行う「家族葬」や、葬儀を行わずに火葬する「直葬」が増えるなど、小規模で簡略化した形に変わりつつあり、コロナ禍で感染対策のためにその傾向がいちだんと進みました。

一方で、「団塊の世代」の多くが75歳以上の後期高齢者となり、人生の最終段階を迎える人たちの数は増え続けています。

2040年には年間に亡くなる人の数が168万人とピークを迎える見込みです。

染谷さんの会社ではここ数年、誰にもみとられず1人で亡くなった人の遺体修復の依頼が増えているといいます。

それだけに、1人1人が尊厳のある最期を迎えられるようにするため、どのように死者を見送るのか、そして自分自身はどんな最期を迎えるのか、少しでも考えておいてほしい。

そのことを今、強く思っています。
「『私が死んだらどうするの?』って家族に言うと、普通は『そんなこと言わないで』と言われて話す機会がないと思います。でも、人は必ず亡くなります。自分自身も、大切な人も、必ず亡くなる時が来るのです。いつか必ず来るとわかっていることに備えることは決して不謹慎ではないと思います」
「人の亡くなり方はさまざまですが、大切な人が生きてきた証としてお別れの時間を大事にしてほしい。火葬してしまったら、もう2度と会うことはできないのだから」
社会部記者
坪井宏彰
2013年入局
広島局、経済部を経て社会部で新型コロナ関連の取材を担当