降車ボタンも押し放題 “宇宙一”面白いバスって?

降車ボタンも押し放題 “宇宙一”面白いバスって?
『宇宙一面白い公共交通を目指すプロジェクト』
あるバス会社が、「宇宙一」という壮大な目標を掲げ、ほぼ月イチのペースで趣向を凝らした路線バスを発表してきました。この2月に最終回を迎えるまで、計12回。いったいどんなバスが登場したのか。そして、「宇宙一」を目指したバス会社の本当のねらいとは?(岡山放送局記者 小山晋士)

最終回は“子どもが降りたくなくなるバス”

「自分が押して音を鳴らしたい!」

バスを降りるときに押す、あのボタン。子どもの頃、そんな気持ちありませんでしたか?

2月に発表された「子どもが降りたくなくなるバス」は、そんな仕掛けが満載でした。
まずは「押し放題の降車ボタン」。バスの車内に設置されたそのボタンは文字どおり何度押しても大丈夫とのこと。

なぜか?ボタンを押すしてみると、「ニャー」という猫の鳴き声が聞こえてきます。音を変えてあるので、間違ってバス停で止まってしまうことはありません。

好きなだけ何度でも押すことができます。
そして、子どもの憧れ「バスの運転席」。車内の左側の一番前が、乗客用の「運転席」に改装されています。

本物と同じハンドル、シフトレバーのほか、ウィンカーやメーターも備え付けられ、まさに運転手さんの気分が味わえます。
また、何枚とってもいい整理券といったバスならではの設備のほか、カプセルトイの販売機も設置。
これだけ子どもが好きなものがそろえば、降りたくなくなるのは間違いなさそうです。

不惑を超え、3児の父である記者の私も、取材中に思わず「楽しい」とつぶやいてしまいました。子どもだけでなく、大人も降りたくなくなるバスに仕立てられていました。

このバス、実際にJR岡山駅前と市郊外を結ぶ路線で土日・祝日限定で運行されています。

路線バスはつらいよ

このプロジェクトを展開したのは、県内で路線バスを運行する「両備グループ」です。両備グループ傘下は、5つのバス会社を抱え、県内全域に路線網をめぐらせています。
プロジェクト立ち上げのきっかけは、バス利用の減少。このグループでは、毎年、2~3%のペースで乗客が減少してきたといいます。

背景には、少子化やマイカー利用の影響がありました。

岡山市は車社会。それを裏付ける「交通手段分担率」という数値があります。通勤・通学の際にどの交通手段を使うか調査したものです。
政令市のなかで電車やバスなどの公共交通を使う割合が最も高かったのは川崎市で66%。

それに比べて岡山市は、マイカー利用が56%を占め、公共交通の利用はわずか10%。路線バスに限れば、さらに割合は小さくなります。

そんな厳しい利用状況に、コロナ禍が追い打ちをかけました。

自宅でのリモートワークや感染リスクの少ないマイカー通勤が加速し、路線バスの利用者が一気に30%以上も減少。赤字の一部路線の廃止に踏み切らざるをえない状況となります。

今回のプロジェクトは、これまでの発想にとらわれたままでは局面を打開できないという危機感から生まれたものでした。
松田社長
「公共交通の業界の常識が、サービス業から見たときには非常識じゃないかということに直面した次第です。ほかの業界の常識を入れて、ホスピタリティーをきっちり提供して、お客様にもう1度選んでもらえる乗り物にすべきだと考えた」

ダジャレてんこ盛り いたって真剣です

そこで、去年1月に第一弾として打ち出したのが「幸運のプラネタリウムバス」。

車内の天井を冬の夜空にみたて、オリオン座などの星座が映し出されます。車内にいながらプラネタリウムが楽しめます。
家族連れなど多くの人を呼び込み、最大で乗客が3倍になった便もありました。

このバスが運行された期間全体では、前年と比べ約40%増加しました。
その後も、ほぼ月に1回のペースで、新たなアイデアを盛り込んだバスを投入。
卒業シーズンの去年3月には、車内のモニターに卒業生に贈るメッセージを流す、その名も「贈る言葉ッス」。

続いて登場したのは、通勤・通学中にリラックスし、五月病を吹っ飛ばしてもらおうと、車内に観葉植物などを置いた「5月のモヤモヤふっ飛バス」。ダジャレも臆せず盛り込みました。
さらに、運賃以外の収入を増やそうという取り組みも。

「アートな路線バス」では岡山などで開催された『瀬戸内国際芸術祭』にあわせて、車内で若手アーティストの絵画を販売。
期間中、総額で67万円を売り上げました。

プロジェクトは成功したの?

こうしたおもしろバスによって、利用者の掘り起こしというねらいを果たすことができたのか。

過去11回の企画で、前年と比べ利用者が減ったのは、車内で地元産の野菜を販売した「宇宙一新鮮!?市場ッス」の1回だけ。
全体としては、前年よりも利用者の増加につながりました。

「お客に選ばれなければ、公共交通も生き残れない」

松田社長は、強い危機感から生み出された「おもしろバス」の1年をこう振り返ります。
松田社長
「われわれがちゃんと汗をかけばお客様にも選んでいただけるなということを実感したのがこの12回の感想。国の財源に頼るだけではなくて、お客様に選ばれていくような取り組みをしていくことによって地方の公共交通の維持・存続をやっていきたい」

知恵を絞って乗り切ろう

宇宙一面白いバスのプロジェクトは終了となりますが、会社では「乗ってみたい」の追求を続け、次の一手を検討していくとしています。

過疎化に少子化、ライフスタイルの変化などの影響を受け、利用者が減少しているバスや鉄道などの地方の公共交通機関。これをどう維持していくのかは、全国共通の課題です。

路線の維持や存続に自治体などからの公的な支援を求めることが多くなりがちですが、「知恵を絞って乗り切ろう」という姿勢がもっと広がれば、将来の可能性が見えてくるかもしれません。

そうした中で、岡山から次にどんな一手が繰り出されるのか、取材を続けます。
岡山放送局記者
小山晋士
2004年入局
鹿児島局、岡山局、テレビニュース部などを経て2021年から2度目の岡山局勤務