“見えればつながる”再生プラスチックで新たな一手

“見えればつながる”再生プラスチックで新たな一手
あなたがいま手にしているその再生プラスチック、何から作られてどこからやってきたのか分かりますか?

それを“見える化”し、取り組む人たちが“つながる”ことでその輪が広がっていく。そんな新たな取り組みが始まっています。

静岡県にある漁港で廃棄された漁網が東京の居酒屋で配膳トレーに生まれ変わるまでを追いました。

(経済部記者 榎嶋愛理)

東京都内の居酒屋で

訪れたのは東京・中野駅近くの居酒屋。

プラスチック製の配膳トレーをよく見ると、QRコードが印刷されています。スマホで読み取ってくださいとのことですが…。
画面に表示されたのは「静岡県沼津地域」それに「廃漁網」。お店やメニューの情報ではありませんでした。

この配膳トレー、実は漁網から再生したプラスチックで作られています。
表示されているのは、静岡県沼津地域の漁船で使われ、その後廃棄された漁網から再生されたプラスチックという情報でした。

遠い漁港で使われてきた漁網なんだと頭の中で想像していました。

静岡県沼津地域の漁港

QRコードに表示されていた静岡県沼津地域。

巻き網に使用されるポリエステル製の漁網は、平均で3年から5年使われると修復が難しくなり廃棄されるといいます。

大量に生まれる使用済みの漁網の取り扱いが課題となっていましたが、特に使いみちが見つからず、そのまま廃棄されていたのが現状でした。

ポリエステル製の漁網は、国内で年間およそ1300トンが廃棄されているとみられています。

再利用が難しいうえ、多くが産業廃棄物として埋め立て処分されています。

そうしたなか、漁網を作る会社から大手素材メーカーに相談があり、再生プラスチックのプロジェクトが始まりました。
帝人スマート&セーフティ事業推進班 西川敏彦 班長
「弊社グループはポリエステル繊維を生産していますが、私は長く産業資材向けの繊維を扱う業務にあたっていました。タイに駐在していた時にお客さんからポリエステル製の漁網を捨てずにどうにか活用できないかという話があり、そのときにアイデアが生まれました。会社としても30年くらい前から素材メーカーとしてリサイクルに取り組んでいたので、やってみようという話になりました」

漁網からの再生プラスチックは簡単ではなかった

会社は2019年に3人のメンバーでプロジェクトを立ち上げました。漁網からどんなリサイクル製品を作れるのか、検討はそこから始まったといいます。
プロジェクトには網メーカーやプラスチックの成形を手がける会社などが協力。技術的には生産が可能であっても、コストをどう下げるかが大きな壁となりました。

当初はコップやおわんなどの食器を試作しましたが、強度を上げようとすると工程が多くなり、コストがかさむことから断念したといいます。

試行錯誤のうえ実現可能となったのが配膳トレーでした。

生産工程も“見える化”へ

プロジェクトでは今後、生産工程も見える化しようとしています。漁港から居酒屋までたどりつく間に、さまざまな人たちが関わっていることを知ってもらうことが目的だといいます。

最終工程のペレットをどこからか調達するだけでも、再生プラスチックの製品をつくることはできますが、それでは取り組む人たちが“つながらない”といいます。

素材メーカーや網メーカー、洗浄する会社や成形メーカーなどそれぞれの工程を担う会社がタッグを組んでいることが見える化されれば、さらに取り組みが広がると期待しています。
居酒屋チェーン「チムニー」 中日本第1事業部 森雅史部長
「私どものような飲食店も料理がおいしい、接客がいいだけではだめだと思うんです。それ以外の付加価値として環境への配慮が企業にも求められるなかで、トレーを使いたいと考えました。漁網でできたトレーは普通のものと比べても全く遜色なく使えています。またお客さんにもリサイクルの工程を見てもらえることで環境への意識の改善に貢献できると思います。この取り組みを通してわれわれ企業としての価値も高まっていけばうれしい」
帝人スマート&セーフティ事業推進班 西川敏彦 班長
「今、環境問題への関心の高まりでいろんな形のリサイクル製品が出てると思うんですが、実際は本当にどこまでリサイクルできて、どこからの材料なのか明確になっていないものも多いと思います。そうした中で、QRコードをつけて読み取ってもらうことで、見える化できるのではと考えたんです。プロジェクトを始めて数年たちますが、賛同してくださる企業さんも徐々に増えています」

“見えればつながる” さらに広がる取り組み

見える化によってつながっていく取り組み。いまでは参加企業は13社に増えました。

プロジェクトのスタート時は5社でしたが、輪は徐々に広がりはじめ、網メーカーや網の洗浄を担う企業、トレーを作る成形メーカーだけでなく、海洋工事などで漁網を使っている会社なども参入しています。

ふだんであればライバルどうしの網メーカーも複数社がプロジェクトに加わり、業界を超えてプロジェクトは進んでいます。

また、漁網の回収に協力している漁港もおよそ10か所あり、宮城や静岡、三重や長崎など全国各地に広がっています。
プロジェクトでは、配膳トレーだけでなく、そのほかの製品の試作も始まっています。バッグや筆箱、ブックカバーなどです。

完成すれば、こうしたリサイクル製品にもQRコードをつけ、“見える化”に取り組んでいきたいとしています。

将来的には、漁網から漁網にもう1度再生する完全な循環型リサイクルを目指して、日々研究を重ねているということです。

新たな一手のこれからに期待

多くのリサイクル製品を目にするようになり、生活のなかで当たり前の存在になっています。特に若い世代を中心にあえてリサイクル製品を選ぶ人も増えているようです。

私も先月、靴を購入しようと出かけた時、「サステイナブル素材使用」と表示された商品に手を伸ばしました。

消費者の意識は大きく変わろうとしています。

一方で、取り組みを一過性で終わらせないためには、企業にとっては、単なる社会貢献の位置づけから、実際にビジネスとして成立することが必要となります。

「私たちが暮らす地球のために何ができるのか」QRコードを見つけた多くの消費者がそう思いをはせる光景を想像しています。
経済部記者
榎嶋 愛理
2017年入局
広島局を経て現所属