エスカレーター 乗り方の“暗黙のルール” 調べて分かったこと

エスカレーター 乗り方の“暗黙のルール” 調べて分かったこと
毎日の通勤や通学などで使うエスカレーター。歩いて乗ると事故につながり危険なため、最近では各地で“2列乗り”や “立ち止まって乗ること”が呼びかけられています。

でも立ち止まっていても、思わず左か右のどちらかに寄ってしまうという人も多いのではないでしょうか。

東京は左、大阪は右とはよく言われますが、なぜ乗り方がわかれているのか?ちょうど境にある県の状況を調べると見えてきた、“ルール”にまつわる謎に迫ります。
(津放送局 石塚和明 / 高木理加)

左右どっち?

エスカレーターの乗り方、片側は立って乗る、もう片方は急いでいる人が歩く、という“暗黙のルール”が広がっています。

ただ、歩いて乗ると転んだり、他の人にぶつかってけがをさせてしまったりと事故につながる危険があります。

そのため「立ち止まって乗って」という呼びかけが各地の鉄道会社で行われていて、埼玉県では2年前、立ち止まることを求める条例もできました。名古屋市でも同様の条例案が先月議会に提出され、ことし10月の施行を目指すなど新たなルールへの変化が見られつつあります。

とはいえ「歩くのは危険だからしないけれど、通路をふさぐと迷惑かも…」などと考えて、とりあえず片側に寄って乗っているという人も多いのではないでしょうか。実際に都市部の駅では、片側だけに立っている光景をよく目にします。

そんな中で、次のような質問が視聴者からNHKに寄せられました。
「エスカレーターに乗るとき、東京は左に立って、大阪では右に立ちますが、三重ではどちらに立つのが正解でしょうか」
東京と大阪で違うというのはよく聞く話です。

でも、ちょうど間にある三重県は、あるときは「東海地方」になったり、またあるときは「近畿地方」になったりで、どこに帰属するのかよくわからない県。三重県の状況を調べれば、東西の境や正しい乗り方がわかるかもしれない…。

そう考えて、早速、調べてみることにしました。

正しい乗り方は

多くの人が利用するエスカレーターといえば電車の駅。まずは、三重県内を走る私鉄の近鉄に聞いてみることにしました。

対応してくれたのは広報の中湖達也さんです。
記者「三重県だとエスカレーターで左と右、どっちに立つのがいいのですか?」
近鉄広報 中湖達也さん
「ふだん、私は四日市駅で勤務していますが、左側に乗っているお客様をよく見ますね。でも『どっちが正解?』と聞かれればどっちに乗ってもOKになります」
記者「どっちでも?」
中湖さん
「はい。とにかく大事なのは手すりにつかまって立ち止まって乗ることです。歩いて上ったり下ったりすると、ほかの人にぶつかって転倒事故につながる可能性もあります。ですのでもっといえば『左右どっちに立ってもOKですが、危険なので歩かないでください』というのが正解になります」
「どちらでもいいけれど、とにかく立ち止まって乗る」のが正解、ということですが、実際には三重の人たちがどのように乗っているのか、やはり気になります。三重県内の駅を回って調査することにしました。

四日市「左乗り」が圧倒!

まずは県北部にある四日市市の近鉄四日市駅へ。

しばらく見ていましたが左、次も左。左側に乗る人が圧倒的多数です。
利用者に話を聞いてみても、左という意見ばかり。結果は、159人中、左が150人 右が9人でした。

県庁所在地の津でも左多数

続いてやってきたのは三重県の中部、県庁所在地の津市にある津駅です。

こちらも左…左…左…。

結果は、95人中、左が87人、右が8人。

四日市とほとんど変わらない結果に。県北部から中部までは左という感じになりそうです。

“ここら辺はもう大阪やね” 名張は右!

続いて名張市の桔梗が丘駅に。

近鉄に乗れば奈良県はすぐそこ、大阪だって1時間半かからないような場所ですが…。

取材を始めると、早速右!次も右!またまた右!みんな右です。
利用者に聞くと…。

「ここら辺は大阪から引っ越してきたり、大阪に通勤したりする人が多いから、みんな右やね。もう大阪やね」(名張市在住)

やはり、大阪などと行き来する人が多いことが影響を与えていそうです。中には、住んでいる場所と勤務場所で変わるという興味深い声も。
「住んでいる松阪の最寄り駅では左に立っている人が多いのですが、名張では右に立ちますね」(松阪市在住・名張市勤務の女性)

結果は58人中、左が8人、右が50人。初めての「右乗り」優勢となりました。

熊野 “どっちでも変わらんよ”

和歌山県と隣接し、県南部にある熊野市でも、街なかで話を聞いてみました。

すると24人中、左が7人、右が17人。調べた人数は少ないですが「右乗り」が多数でした。

ちなみに歩いていた人によると、「この辺りには2列で乗るエスカレーターはあまりないし、混むこともないからどっちに乗っても変わらんよ」とのことでした。

“天下分け目の地” に境が!

1日かけて県内を回りましたが、三重県では地域によって異なるという結果に。

大阪に近いエリアは右乗り優勢、東京寄りは左乗り優勢で、ちょうど三重県に東西の境がありそうだとわかってきました。ここで疑問がわいてきます。

そもそもなんで片側に寄るようになったのか…。どうして地域差があるのか…。

どんな分野にも専門家はいます。
エスカレーターの文化や歴史を調べて17年という文化人類学者、江戸川大学・斗鬼正一名誉教授にお話を聞きました。

右側に乗るのが主流なのは、大阪と大阪への通勤圏が中心だとのこと。
斗鬼正一 名誉教授
「大阪、あとは兵庫、奈良、和歌山、大阪通勤圏ですよね。正確に言うと、姫路までは大阪式。名古屋などは左乗りです。三重県の場合、大阪・名古屋と、ちょうど東西に大都会がありますよね。それが混ざっている。さらにいうと、かつての藩や国が複数混ざってできた地域ですよね。だからエスカレーターの乗り方も分かれている」
また、エスカレーターの乗り方の境界となっているところには、歴史的な特徴があると言います。
「2つの『天下分け目の地』でわかれているんです。東側から西側に向かうと、関ヶ原までが左乗り。それを越えて、滋賀や京都になると三重のようにバラバラになります。そして、天王山を過ぎて大阪に入ると右乗りになるんです。エスカレーターの乗り方に限らないんですけど、文化って江戸時代以来の歴史から大きく影響を受けているんですね」

大阪は呼びかけ 東京は自然発生

では、なぜ片側に寄って乗るのが始まったのでしょうか。

斗鬼さんによると、大阪で右乗りが始まったのには、ある呼びかけがあったといいます。
斗鬼正一 名誉教授
「大阪がなぜ右かというと、阪急電鉄が1967年ごろに急いで歩く人のために『右側にお立ち願います』というアナウンスを始め、1998年までずっとやっていたんです。これが大阪が右になったきっかけです」
それ以外の地域は左乗りで、1989年ごろに東京で自然と始まり、次第に全国に広がっていったそうです。なぜ左乗りなのか、実は海外の事例を見ても、エスカレーターの乗る位置はその国の交通ルールとつながりがあるといいます。
「東京は自然発生で、世界各国も自然発生の場合には通行方法と一致します。車の例で分かりやすく言えば、左側は走行車線、右側は追い越し車線ですよね。エスカレーターでも歩いて追い越すのは右側という習慣が生まれたと思われます」

片側空けのルーツは

その上で、片側に寄って乗るようになったのには、それぞれの時代背景があると指摘します。
斗鬼正一 名誉教授
「日本人は高度経済成長期以降『急がないといけない』という考えに取りつかれてしまったんです。のんびりしていると不安でしょうがないんです。エスカレーターに片側に寄るようになったのも、大阪の場合は、高度経済成長期です。東京の場合、バブル経済のときです。いずれも早いことは絶対的に良いことという価値観だったんですね」
一方で、何より安全のために、そして輸送効率の点からも立ち止まって2列に乗ることが大事だといいます。
「片側を空けて、片側を歩くのは輸送効率が悪いというのは、各地で実験されてわかっています。歩く人が少なければ片側しか人が乗っていない状態になりますからね。階段のような『建築物』とは違って、エスカレーターは『機械』なんです。ですから取扱説明書にも書いてあるとおり、立ち止まって乗らないと危ないんです。大阪がどうだとか、東京がどうだということを気にされずに、どこに住んでいても、歩かずに立って乗るようにしてください」

取材後記

「中学校で立ち止まって乗らないといけないと習いました」
「周りに合わせず、乗りやすい右側に立ち止まって乗っています」

今回、エスカレーター左右どっちに乗るかのルーツをたどっていく中で出会った、若者たちのことばが印象に残っています。

いまも日常的に目にする片側立ち・片側歩きの習慣。でも、若い世代にはすでに新しい当たり前が生まれているのかもしれない。

安全のためにも“立ち止まって乗って”と声をあげ続けることが大切で、そうやって少しずつでもよい方向に社会が変わっていってほしいと思いました。
津放送局記者
石塚和明
2016年入局
鳥取局を経て現所属 視聴者の心に刺さるコンテンツ制作を追求する。好きな俳優はサミュエル・L・ジャクソン。
津放送局キャスター
高木理加
2018年より現所属
伝統文化やスポーツを中心に取材 出演番組「まるっと!みえ」。好物は海女さんなどのおやつ「きんこ」。