【解説動画】ウクライナ侵攻1年 現在の戦況は 停戦の可能性は

世界に衝撃を与えたロシアによるウクライナ侵攻から1年。国際秩序を無視した侵攻により、市民の犠牲は増え続け、世界経済は大きな影響を受けています。今後、戦闘の一層の長期化は避けられない情勢です。

現在のウクライナの状況、そして今後の停戦の見通しはどうなのか。ロシアの政治や外交に詳しい防衛省防衛研究所の長谷川雄之研究員と、NHKの元モスクワ支局長で長年ロシアを取材している石川一洋専門解説委員に聞きました。

【現在の戦況】

こう着状態続くも市民の犠牲者は増え続ける

ロシア軍は侵攻当初、キーウ近郊にまで迫りましたが、激しい抵抗を受けて撤退します。その後、ウクライナ軍が反転攻勢に出て、去年9月に東部ハルキウ州のほぼ全域を奪還したと発表しました。一方、プーチン大統領は東部と南部の4つの州の併合を一方的に宣言しました。最近は、東部で激しい攻防が続いていて、こう着状態になっています。

そして、市民の犠牲者は増え続けています。国連人権高等弁務官事務所はウクライナでは2月15日までに確認できただけでも8006人の市民が死亡したとしています。そのうえで実際の数はこれを大きく上回るという見方を示しています。内訳をみると487人が18歳未満の子どもです。また損傷がひどく、性別すら判別できない遺体が全体の犠牲者の2割以上にのぼっています。

ロシアの大規模攻撃の現況は

(長谷川さん)
ウクライナ東部のドネツク州バフムトなどで激しい戦闘が行われており、大規模攻撃は事実上始まっていますが全軍は投入していません。

国境付近に航空戦力を集中させているとの指摘もあります。

比較的温存してきた航空戦力を大規模投入するのか注目されます。

プーチン大統領は3月末までのドネツク州占領を指示していると言われていますが、ウクライナ軍の抵抗も強く、難しいと考えられます。
(石川さん)
気になる情報として、ロシア軍が秋に動員した数の実数というのがあります。

公式には30万人としていますが、ウクライナのレズニコフ国防相は実際には50万人動員したと見ています。

私も信頼できる情報筋から50万人動員という情報を得ています。

ロシアは兵士の犠牲もいとわない残酷な消耗戦を仕掛け、ウクライナを消耗戦に引きずり込もうとしています。

50万人という動員数が背景にあるのかもしれません。

戦いの焦点となっているドネツク州、親ロシア派の保護支援という戦争目的からいってもロシアは真っ先に制圧したいはずだが、戦線は動かずウクライナ軍は1年間にわたって耐えています。

全面掌握していればプーチン大統領は勝利宣言をしたかもしれませんが、ウクライナ側は2014年から強固な防衛ラインを作って守り抜き、それを許しませんでした。

今、バフムトが危機的な状況ですが、陥落したとしてもロシア軍が3月末までにドネツクを全面掌握するのは困難だと思います。

ロシア どんな誤算が

(長谷川さん)
プーチン政権は2014年、軍と治安機関による軍事と非軍事的手段を巧みに組み合わせたハイブリッド戦が功を奏して、ウクライナのクリミア半島を一方的に併合することに成功しました。

その成功体験から、今回もウクライナ軍やウクライナ社会の抵抗力を低く見積もったと思われます。

今回も従来の意思決定のパターンから「治安機関」が主導した可能性も指摘されています。

侵攻当初は統合司令官すら配置されておらず、その後も統合司令官が頻繁に交代し、政治と軍事の関係が不安定な状況が続きました。

いまは軍の制服組トップのゲラシモフ参謀総長が統合司令官に就いていますが、比較的損耗していない空軍戦力を大規模に投入するのか、じりじりと陸上戦を続けていくのか、侵攻1年を迎えるにあたり、戦況にどんな影響を与えるか注目されます。

“中国企業 ロシア軍に無人機提供”の情報も

その戦況を見通す上で気になる情報です。中国企業がロシア軍に、自爆型無人機100機を早ければ4月にも納入するための交渉を進めているとドイツの有力メディアが伝えました。

(長谷川さん)
いま世界で繰り広げられている大国間競争の中で、中国とロシアは権威主義体制間のネットワークを強化してきました。

仮にプーチン体制が揺らいでしまうと、同じく個人支配化が進む習近平体制は欧米諸国と直接対峙(たいじ)することとなり、ロシアの揺らぎは中国にとっても都合のよい話ではありません。

国際社会の目もあり、あまり表立ってロシアへの軍事支援はできないものの、小規模な支援であったりロシアとの通商関係の強化を通じてプーチン体制を一定程度支援するものと考えられます。

【今後の見通し】

欧米による戦車提供 戦況に影響与えるか

(長谷川さん)
レオパルト2など欧米の戦車が入ることにより、ウクライナ軍は歩兵戦闘車やハイマースなどを組み合わせた軍事オペレーションを行い、ウクライナ軍の兵力の損耗をなるべくおさえつつ適切なタイミングで領土奪還を進めるものとみられます。

ただし、一方のロシア軍もかたい陣地を築き、戦力を再編成しており決して油断できない状況です。

双方が航空優勢をとれていない状況ですので、引き続き激しい地上戦が展開されるものとみられます。

停戦の可能性は 「核の使用」あるのか

(長谷川さん)
やはりすぐに停戦、終結とはならないと考えます。

終わるには停戦ラインをひき、停戦合意を両軍に順守させる必要がありますが、ロシア再侵攻の準備期間を与える可能性もあり、現段階でNATO関係国はウクライナへの軍事支援を継続し、ある程度領土奪還を進めるという強い意志で団結しています。

もちろん将来的にはウクライナに対して武器だけではなく安全を保障する制度を提供できるのかといった議論になるでしょう。

また懸念される核使用についてですが、昨年秋のウクライナによるハルキウ奪還の際には戦術核などの使用が懸念されました。

その際に米国は、ロシアに対して核を使用した際にどれだけロシアに甚大な影響が出るのか、抑止のために極めて強いメッセージを送りました。

現時点では核使用のハードルは高く抑止されていると考えられますが、もちろん今後の戦況次第では国内の強硬派が核使用を主張したり、危うい局面を迎える可能性もあります。

プーチン体制 揺らぎや動揺も

(石川さん)
戦果のない状況が続いて、戦死者が増加すると国民の大統領への感情が変わる可能性があります。

安定をもたらした善き皇帝から不幸を招いた悪しき皇帝への変化です。

来年3月にはロシア大統領選挙があります。

プーチン大統領の力の源泉は選挙での高い得票など国民の支持です。

しかし体制内部も含めて戦争に疑問を抱く人は少なくありません。

ただ戦争の中で、民間軍事会社ワグネルのプリゴージン氏ら保守強硬派の影響力も増しています。

強硬な路線にさらに傾くおそれもあります。

強固に見えるプーチン体制ですが、この戦争によって揺らぎや動揺もあり、戦況にもよりますが、選挙に向けて変化を模索する動きがあるかもしれません。

日本が果たせる役割

(石川さん)
戦時ではあるが重要なのは経済です。

ウクライナは人口4000万人の大国で、外国の財政支援だけでは生きていけません。

去年のGDPはマイナス30%で、戦争の中で無理ないところでもありますが、人々の暮らしを支えるために経済を動かす必要があります。

ウクライナは大きな可能性の国と言われながら、汚職体質や財閥支配の中で経済はずっと低迷していました。

戦時だからこそ、負の遺産を払拭(ふっしょく)する方向で経済再建の基礎を築くことが重要です。

日本は軍事支援はしない。だからこそ人道支援、技術支援と合わせてウクライナの経済を動かす中心となり、経済復興の善き伴走者となるべきだと思います。
(2月24日「ニュース7」で放送しました)