「コスプレ仲間も軍隊に…」アニメから見たウクライナの今

「コスプレ仲間も軍隊に…」アニメから見たウクライナの今
「セーラームーンは特に人気で、エヴァもウクライナ語に訳されていたことは知っていたが、はだしのゲンまで放送とは…」

東京から8193キロ離れたキーウでは、今もミサイルの空襲警報が鳴り響きます。

しかし、そこでは日本と同じアニメの音声も流れていました。

(ネットワーク報道部 鈴木彩里 杉本宙矢)

在日大使館がメーテルで

漫画家の松本零士さんが亡くなっていたことが報じられた今月20日。

在日ウクライナ大使館の公式ツイッターに「銀河鉄道999」のメーテルの画像とともにこんな投稿がされました。
争いはすべきではない。人は死ぬために生まれてくるのではない。人は生きるために生まれてくるのだ

“戦場漫画”を通じて“戦争の愚かさ”を伝えることを使命と自負してきた松本零士さんが残した言葉でした。

在日大使館の文化担当者に聞くと「日本のアニメはウクライナでも人気があり、日本のアニメをきっかけにして日本語の勉強を始める人も多い。アニメが与えている影響は大きい」と話しました。

“1か月くらい泣いていました”

「日本語もできなかったし、仲の良い友だちもいなかったし、日本に避難して1か月くらいは毎日、家で泣いていました」

こう話すのは、ウクライナのキーウ近郊の町の出身、リリア・スコロホドヴァさん(20)。
大学生のリリアさんは去年(22年)3月、「いつ被害があるか分からない」と心配した母の勧めで日本に避難し、福岡県太宰府市にある日本経済大学に留学しました。

もともと日本語に興味があり少し学んでいましたが、見知らぬ土地で家族と離れての1人暮らし。言葉の聞き取りは難しく、気持ちも思うように伝えることができませんでした。当初は毎日のように部屋で1人泣いていたといいます。

「アニメを見ると、ぽかぽかする」

そんなリリアさんが日本を選んだのは、大好きなアニメや漫画の存在があったからでした。

幼い頃から主にロシア語でテレビで放送されていた『となりのトトロ』など、スタジオジブリの作品に親しみました。さらに15歳で出会った岸本斉史さん原作の『NARUTO-ナルト-』は特に好きな作品になり、日本語や日本の文化に関心を持つきっかけにもなりました。
リリアさん
「戦争が続いているのは、怖い夢ではないかと思い、いまだに信じられません。ミサイルがどこに落ちるかいつも心配で、何もしたくなくなる時があります。そんなとき、アニメや漫画を見ていると気持ちがぽかぽかしてくるんです」
日本経済大は、リリアさんのようにウクライナから避難してきたおよそ70人の学生を受け入れましたが、担当者によるとそのほとんどが日本に関心を持ったきっかけとして、「アニメや漫画」をあげているということです。

ウクライナで見られているアニメは?

「セーラームーンは特に人気だったし、エヴァもウクライナ語に訳されていことは知っていたが、はだしのゲンまで放送されていたとは…」

15年前から現地に住み、ウクライナの通信社「ウクルインフォルム」の日本語版編集者をしている平野高志さん(41)は、ウクライナの歴史や文化について調べる中で、子どものころに見ていた日本のアニメについてツイッターで尋ねたことがありました。
<平野さんの聞き取り>
「美少女戦士セーラームーン」
「新世紀エヴァンゲリオン」
「ドラえもん」
「カードキャプターさくら」
「シャーマンキング」
「NARUTO-ナルト-」
「デジモンアドベンチャー」
「ドラゴンボール」
「BLEACH」
「みつばちマーヤの冒険」
「北斗の拳」
「マッハGoGoGo」
「フルメタル・パニック!」
「はだしのゲン」
「空とぶゆうれい船」
「銀河鉄道999」   など
平野さんによると以前から熱烈なファンはいましたが、最近はオンラインでの試聴が進み日本で人気の『進撃の巨人』や『鬼滅の刃』なども見られているほか、映画館では新海誠監督の『君の名は。』といったアニメ映画の吹き替え版も上映されているということです。
平野さん
「キーウ市内でもアニメ関連グッズのショップができたり、最近にも漫画『鋼の錬金術師』の第1巻が翻訳されて書店で並んだりしています。全世代に大流行とまではいかないまでも着実に広がっているのを実感しますね」
しかし、軍事侵攻は文化をも破壊していきます。

1500人超のコスプレイヤーが集う祭典も…

キーウで、5年前(2018年)から始まった「コミコン・ウクライナ」。大規模なサブカルチャーの祭典です。
年々参加者が増加し、2021年は2日間でおよそ4万人が訪れました。

去年(2022年)9月には、より大きなイベントとして開催する予定で、1500人を超えるコスプレイヤーも集結して国内最大規模のコスプレショーも行われるはずでした。
ところが軍事侵攻を受けて「延期」を決定。

主催者の1人がメールを通じて心境を明かしてくれました。
コミコン・ウクライナ企画者
「ミサイル攻撃が続く状況で『延期』はやむをえませんでした。去年はあらゆるコスプレ関連のイベントがなくなり、関係者のおよそ2割が国外へ避難したようです。軍隊に行った仲間もいます。これが現実なのか、今でも信じられません」
それでも希望を失わず、ことし9月には開催できるよう準備を進めているということです。
コミコン・ウクライナ企画者
「ことしはミサイルのシェルターもある場所で、数百人規模の小さなコスプレイベントも計画されています。私たちもこの困難を乗り越えて、ウクライナの勝利の後にコミコンを実現する決意です」
キーウ在住の編集者、平野さんによると市内では市民生活がある程度、落ち着きを取り戻しつつある一方で、今も時折、空襲警報が鳴り響き、屋外で多くの人の集まるようなイベントの開催は難しいということです。

それでも“カルチャーは生活とともにある”と感じています。
平野さん
「日本では、戦争中の暮らしは耐え忍ぶものでかわいそうというイメージがあるかもしれません。しかし戦争中でもアニメを見たり、コンテンツの翻訳や吹き替えをしたりして人々は生きていますし、同時に自国の勝利のために貢献したいと思って行動しているようです。耐えるだけでなく、楽しみながら持続可能な生活を送る。そうした国こそ、倒れにくく本当の意味での自由を勝ち取る戦いができるのではと思います」

ウクライナのアニメ映画も観て欲しい

東京の映画配給会社に勤めていた粉川なつみさん(26)は、ウクライナのアニメ映画を日本で公開することで支援ができないかと考えました。

上映を目指しているのは、ウクライナで2018年に公開された子ども向けのファンタジー映画『THE STOLEN PRINCESS(英題)』でした。

「この作品を見てCG技術のすばらしさに感動したんです。このアニメはロシアの詩人の作品を原作にしていることもあり、平和だったころの象徴の作品だなとも思ったんです」(粉川さん)
映画の配給権の取得を会社に提案しましたが採用されず、勤めていた会社を辞めて個人でほぼ全財産を投入して配給権を獲得したといいます。

吹き替え版を制作する費用などを賄うため、去年9月からクラウドファンディングも実施。目標金額の1700万円には届きませんでしたが、集まった930万円余りをもとに、ことし夏ごろ全国での公開を目指して準備を進めています。

「子どもも楽しめる内容なので、この映画をきっかけにウクライナに興味を持ってもらいたい。映画で人をつなぐのが私の使命ですかね」

粉川さんはそう話していました。

“ウクライナ語で”アニメを伝えたい

福岡に避難していた、あの大学生のリリアさん。去年、日本語を学びながら、あるインターンシップに挑戦していました。

「J-Anime Stream for Ukraine」

プロの翻訳者を育成する学校と日本経済大学が連携し、日本のアニメ映画をウクライナ語に翻訳するプロジェクトで「母国語で日本のアニメを届けたい」という学生たちの思いに応えようとする企画でした。
およそ3か月間かけて翻訳したのは、宮崎駿監督の『ルパン三世 カリオストロの城』と、ある事故をきっかけに激変した人類世界を描いた吉浦康裕監督の『サカサマのパテマ』です。

23人の学生たちは3~4人のチームに分かれパートごとに翻訳を進めました。
日本語とウクライナ語の表現の差に戸惑うリリアさん。

翻訳のために毎日勉強し、関連する本を何冊も読みました。

当初はボランティアの通訳に頼っていたやりとりも少なくなりました。

そして去年11月25日。

ついにウクライナで字幕つきの映画が配信されました。遠く離れた母国にいる友人たちから感想も届きました。
リリアさん
「ウクライナの友だちも観てくれて『翻訳がとても良かった』と言ってくれ、すごくうれしかった。初めてで難しかったけど本当に面白い経験でした」
今週、リリアさんは、大学の休み期間に避難してから初めてとなる、一時帰国の途につきました。
リリアさん
「このような経験をさせてもらって心から感謝しています。戦争が終わったらウクライナに帰って子どもたちに言葉を教える仕事がしたいです。まだまだウクライナ語の漫画やアニメは少ないから、また翻訳もできたらいいなと思っています」
軍事侵攻から1年がたち、今も戦闘が続くウクライナ。

取材した人たちはみな、好きなことに安心して打ち込める日を待ち望んでいました。

過去の「コミコン・ウクライナ」でのコスプレ