義足を安価に多くの人へ 3Dプリンターで“革新”を実現

「義足などの身体的な支援技術を必要とする人たちの90%以上が高価なために買うことができない」
その厳しい現実に立ち向かう日本のスタートアップ企業があります。そのカギとなったのは3DプリンターとAI=人工知能の組み合わせた技術。専門の技術者が手作業で取り組んでいた義肢装具の製作をデジタル化し、従来の10分の1の価格で提供できるようにしました。日本のスタートアップ企業「Instalimb(インスタリム)」の徳島泰社長を取材しました。(経済部記者 名越大耕)
その厳しい現実に立ち向かう日本のスタートアップ企業があります。そのカギとなったのは3DプリンターとAI=人工知能の組み合わせた技術。専門の技術者が手作業で取り組んでいた義肢装具の製作をデジタル化し、従来の10分の1の価格で提供できるようにしました。日本のスタートアップ企業「Instalimb(インスタリム)」の徳島泰社長を取材しました。(経済部記者 名越大耕)
“義足を買えない”
世界には義足や補聴器、車いすなどの身体的な支援技術を必要とする人が10億人以上いるとされています。
そのうちの90%以上、つまり9億人以上の人たちが経済的な理由などで買うことができません(=出典 WHO)。
このうち、義足などの義肢装具に限るとおよそ1億人の人たちが必要としていますが、(=出典 国際義肢装具協会)義肢装具は一人一人その形が異なるため、日本では国家資格を持つ義肢装具士など専門の技術者が手作業で製作することから、どうしても価格が高くなってしまうのが実情です。
そのうちの90%以上、つまり9億人以上の人たちが経済的な理由などで買うことができません(=出典 WHO)。
このうち、義足などの義肢装具に限るとおよそ1億人の人たちが必要としていますが、(=出典 国際義肢装具協会)義肢装具は一人一人その形が異なるため、日本では国家資格を持つ義肢装具士など専門の技術者が手作業で製作することから、どうしても価格が高くなってしまうのが実情です。

東京のスタートアップ企業「Instalimb(インスタリム)」の徳島泰社長(44)は、3DプリンターとAI=人工知能の組み合わせ技術によって、安価でさらに高性能な義足の開発を進めてきました。
フィリピンを拠点に開発
徳島泰社長は、コンピューター部品関連のベンチャー企業や、大手メーカーの工業デザイナーなどを経て、2012年にJICA(国際協力機構)の青年海外協力隊に参加し、フィリピンに派遣されました。

現地では、地場産業のデザイン支援や産業振興などを行い、その経験から、識字率が低く学校教育すら受けていない人たちの多さを実感したといいます。
ただ、そのときに気がついたのがスマートフォンは誰でも使いこなしていることでした。
ただ、そのときに気がついたのがスマートフォンは誰でも使いこなしていることでした。

徳島泰社長
「現地には、文字すら読めない人がいる一方で、デジタル技術は一気に普及している現象があります。田んぼで牛を引っ張っているような農夫とかでもスマホを使っていたり、子どもがタブレットで遊んでいたりと、デジタルデバイスは、読み書きそろばんのようなアナログデバイスよりも簡単なんですよね。そのため、アナログ技術を教えていくよりも、デジタルの技術を習得させたほうが絶対に進歩が早いと思いました」
「現地には、文字すら読めない人がいる一方で、デジタル技術は一気に普及している現象があります。田んぼで牛を引っ張っているような農夫とかでもスマホを使っていたり、子どもがタブレットで遊んでいたりと、デジタルデバイスは、読み書きそろばんのようなアナログデバイスよりも簡単なんですよね。そのため、アナログ技術を教えていくよりも、デジタルの技術を習得させたほうが絶対に進歩が早いと思いました」
現地でデジタル化の研究所を設立
徳島社長は、JICAやフィリピン政府などの協力を得て、3Dプリンターやレーザーカッターなどのデジタル加工設備を備えた研究所を設立しました。

工業デザインでこれまで使ってきた3Dプリンターを産業振興に生かせないかと考えたからです。
設立当初は、義足は全く頭になかったといいます。
ところが、フィリピン政府の高官が研究所を訪れた際に、フィリピンでは糖尿病の罹患率が高く、義肢装具を必要とする人が多い現状を聞き、研究所で義足を作ることができないかと尋ねられました。
設立当初は、義足は全く頭になかったといいます。
ところが、フィリピン政府の高官が研究所を訪れた際に、フィリピンでは糖尿病の罹患率が高く、義肢装具を必要とする人が多い現状を聞き、研究所で義足を作ることができないかと尋ねられました。

そして、糖尿病患者の実態を知るために現地の病院を訪れ、足が“えそ”した男性の糖尿病患者と出会いました。
男性は、足を切断しないと命を落とす可能性があるというのに、「手術をしない」と打ち明けたといいます。
理由は、足を切断すると仕事につけないからというものでした。
男性は、足を切断しないと命を落とす可能性があるというのに、「手術をしない」と打ち明けたといいます。
理由は、足を切断すると仕事につけないからというものでした。
徳島泰社長
「実際に足が腐っている人になんで足を切らないのかと聞くと、足を切ったところで田舎だからデスクワークがあるわけでもないし、力仕事しかない。足を切ってしまったら働くことができず、切っても切らなくても一生家族の厄介者なんだからそしたら今もう死んだ方が良いと思っていると答えたんです。こんな悲しいことがあるのかと。当時、僕と同い年くらいの30代半ばくらいの男性で、一生懸命家族のために粗食を耐えて頑張っても足が腐ったらもう再チャレンジの可能性もなく直ちに死ぬしかない。自分がやらないといけないと思いました」
「実際に足が腐っている人になんで足を切らないのかと聞くと、足を切ったところで田舎だからデスクワークがあるわけでもないし、力仕事しかない。足を切ってしまったら働くことができず、切っても切らなくても一生家族の厄介者なんだからそしたら今もう死んだ方が良いと思っていると答えたんです。こんな悲しいことがあるのかと。当時、僕と同い年くらいの30代半ばくらいの男性で、一生懸命家族のために粗食を耐えて頑張っても足が腐ったらもう再チャレンジの可能性もなく直ちに死ぬしかない。自分がやらないといけないと思いました」
目指したのは「安価」で「高性能」な義足
当初は市販の3Dプリンターで義足を試作しましたが、コストが高くなるうえ、品質も従来のものには到底及ばなかったといいます。
そのため、義足の製作に特化した専用の3Dプリンターとソフトウエア、材料の開発に着手し、4年がかりで完成させました。
そのため、義足の製作に特化した専用の3Dプリンターとソフトウエア、材料の開発に着手し、4年がかりで完成させました。

徳島社長の会社が手がける義足は、従来は1か月かかっていた製作日数を最短で1日に短縮したうえ、日本円で40万円~50万円だった価格を10分の1にすることを実現しました。
さらに、開発は次のステージを目指しています。
AIによる設計システムの開発です。
さらに、開発は次のステージを目指しています。
AIによる設計システムの開発です。
現在は義肢装具士が3Dスキャナーで撮影したデータをもとに3Dプリンターで義足を製作します。

そして、最終的に義肢装具士が手作業で補正作業を行っています。
この際の補正前と補正後のデータをAIに学習させ、AIが義足を履いた人の歩行分析を行って、義足が体に合っているのかを判断できるようにし、義肢装具士がいなくても義足を完成させることができるよう目指しています。
さらに、義足を装着する人がその場にいなくても、リモートで設計できるシステムの開発も進めています。
この際の補正前と補正後のデータをAIに学習させ、AIが義足を履いた人の歩行分析を行って、義足が体に合っているのかを判断できるようにし、義肢装具士がいなくても義足を完成させることができるよう目指しています。
さらに、義足を装着する人がその場にいなくても、リモートで設計できるシステムの開発も進めています。

足の患部をスマートフォンで撮影することで、3Dスキャンを自分でできるようにするという技術です。
また、義足を作るソフトウェアをクラウド化し、どの業者でも、このソフトウェア使うことで、義足を製作できるようにすることを目指しています。
ライセンスを発行することで収入を確保し、ビジネスとして成立させることでさらに世界中にいる多くの人たちに義足を届けることができると考えています。
また、義足を作るソフトウェアをクラウド化し、どの業者でも、このソフトウェア使うことで、義足を製作できるようにすることを目指しています。
ライセンスを発行することで収入を確保し、ビジネスとして成立させることでさらに世界中にいる多くの人たちに義足を届けることができると考えています。

徳島社長の会社がフィリピンで提供した義足はこの3年半の間で1000足にのぼります。
去年7月からは、インドで販売を開始したほか、今後はエジプトやイラク、それにインドネシアへの進出を計画しています。
去年7月からは、インドで販売を開始したほか、今後はエジプトやイラク、それにインドネシアへの進出を計画しています。

徳島泰社長
「日本みたいな国だと売れ残ったものが大量のゴミになっているところはよく見ると思います。それは作っている人にとってもよくないし、環境にとってもよくない。本当にほしいと思っている人に対して作る。工業製品の適量生産、適量消費をできるようにしたい。本当によいものが人々の暮らしを豊かにし、必要な人に届けられるよう貢献することが人生の喜びにつながる。どこでも誰でも必要とするすべての人が、義肢装具を手に入れられる世界を作りたい」
「日本みたいな国だと売れ残ったものが大量のゴミになっているところはよく見ると思います。それは作っている人にとってもよくないし、環境にとってもよくない。本当にほしいと思っている人に対して作る。工業製品の適量生産、適量消費をできるようにしたい。本当によいものが人々の暮らしを豊かにし、必要な人に届けられるよう貢献することが人生の喜びにつながる。どこでも誰でも必要とするすべての人が、義肢装具を手に入れられる世界を作りたい」
“革新”は熱い思いから生まれる
徳島社長は、みずからのビジネスを「マス・カスタマイゼーション」と呼んでいます。
大量生産・大量消費の時代から個人のニーズに応じた生産の仕組みがこれから主流となるという考え方で、工業製品の世界で使われてきたことばです。
義肢装具は利益を追求する商品ではなく人を救う製品ですから、このことばはなじまないと思われるかもしれません。
しかし、そうではないと取材を通じて感じました。
世界の多くの人たちを救う“革新”がビジネスの世界の考え方から生まれる。
徳島社長の挑戦は、人々を救うほかの分野の革新にもつながる可能性を示しているかもしれません。
大量生産・大量消費の時代から個人のニーズに応じた生産の仕組みがこれから主流となるという考え方で、工業製品の世界で使われてきたことばです。
義肢装具は利益を追求する商品ではなく人を救う製品ですから、このことばはなじまないと思われるかもしれません。
しかし、そうではないと取材を通じて感じました。
世界の多くの人たちを救う“革新”がビジネスの世界の考え方から生まれる。
徳島社長の挑戦は、人々を救うほかの分野の革新にもつながる可能性を示しているかもしれません。

経済部記者
名越大耕
2017年入局
福岡放送局を経て現所属
名越大耕
2017年入局
福岡放送局を経て現所属