ウクライナ侵攻1年 世界経済に与えた打撃は?今後のリスクは?

ロシアによるウクライナ侵攻をきっかけにさまざまなものの価格が上昇し、日本で暮らす私たちの生活も大きな影響を受けました。

「侵攻を境に世界は根本的に変わってしまった。対立が深まり、モノを取り引きするコストが増加している」と警告する識者もいます。

この1年、世界経済に与えた打撃や、その後のリスク、そしてロシア経済は弱体化するのかどうか、データをまとめました。

電気料金値上げ 生活に影響

日本の電力大手10社のうち、中国電力や四国電力など7社は、ことし4月以降の電気料金の値上げを国に申請しています。
日本は火力発電の燃料となるLNG=液化天然ガスを海外に依存しています。ロシアによる軍事侵攻やヨーロッパ向けの天然ガスの供給停止などによって一時、LNGの価格も高騰。その影響が今も続いているのです。

欧州で天然ガス価格が高騰

軍事侵攻によって世界のエネルギー価格は大きく上昇し、インフレ圧力が高まりました。
天然ガスで大きく影響を受けたのはロシアからパイプラインで供給を受けていたヨーロッパでした。

侵攻によって供給への懸念が高まり、ヨーロッパ市場で天然ガスの取り引きの指標となる「オランダTTF」と呼ばれる先物価格は2022年3月、過去最高値をつけました。
さらに7月、ロシアの政府系ガス会社ガスプロムがドイツ向けの主要なパイプラインによる天然ガスの供給を一時停止。供給への懸念が一気に高まり、先物価格は8月、最高値を更新しました。

ヨーロッパ各国はロシアに依存していた天然ガスの調達をほかの国からのLNGなどに切り替える動きを加速。この影響が日本にも波及したのです。

原油も一時、13年8か月ぶりの高値に

さまざまなエネルギー価格のもとになる原油価格も一時、高騰しました。
国際的な原油取り引きの指標となるWTIの先物価格は2021年の年末には1バレル=75ドル台でした。

ロシアが軍事侵攻に踏み切った2022年2月24日には1バレル=100ドルを突破。ロシアへの厳しい経済制裁によって供給が一段と滞るのではないかとの警戒感から先物価格の上昇は続き、3月上旬には1バレル=130ドルを超え、13年8か月ぶりの高値水準となりました。
その後、原油の先物価格は6月中旬以降、下落傾向を強めていきます。

欧米が急速な利上げを行ったこと、中国が「ゼロコロナ」政策のもと厳しい行動制限をとっていたことなどから世界経済が減速し、原油の需要が落ち込むことへの懸念が高まったことが主な要因です。

先物価格は12月上旬には侵攻前の水準よりも低い1バレル=70ドル台まで下落していました。

“食料ショック”をもたらした

ロシアとウクライナは世界有数の穀物の輸出大国です。軍事侵攻はさまざまな食料価格上昇に拍車をかける「食料ショック」をもたらしました。

FAO=国連食糧農業機関によりますとロシアは2021年の小麦の輸出量が世界第1位です。また、ウクライナは「ヨーロッパの穀倉」とも言われ、2021年の輸出量はトウモロコシが世界第3位、小麦は世界第5位となっています。

小麦は、主な産地のアメリカやカナダでの2021年夏の高温や乾燥による不作の影響で、需給ひっ迫の懸念から価格の上昇傾向が続いていました。
そこに起きたロシアによる軍事侵攻。

小麦の輸出が滞ることへの懸念が広がり、価格の上昇は加速しました。

2022年3月上旬にはシカゴ商品取引所で指標となる小麦の先物価格が2008年2月以来、およそ14年ぶりに最高値を更新しました。

トウモロコシも供給が滞ることへの懸念から4月下旬には指標となる先物価格が一時、およそ9年8か月ぶりの高値水準まで上昇しました。

輸出拠点の港が一時封鎖

ウクライナの穀物の輸出拠点となっている南部オデーサの港は軍事侵攻後、ロシア軍に封鎖され輸出が一時、滞りましたが、トルコや国連の仲介のもとウクライナとロシアは農産物輸出の再開で合意し、2022年8月から輸出が始まりました。

その後、小麦やトウモロコシなど穀物の価格は下落傾向となっています。
FAOが世界の食料価格の動きを国際取引価格から算出した食料価格指数は、2023年1月の時点で、過去最高を記録した2022年3月と比べて17%ほど下落していますが、それでも侵攻前と比べると高い状態が続いています。

また、不安要素は残っています。

トルコや国連が仲介したウクライナとロシアの農産物輸出再開の合意は3月中旬に再び期限を迎え、延長されるかどうかが焦点となっています。

また、ウクライナの小麦やトウモロコシの生産量や輸出量は侵攻の影響でいずれも減少する見通しです。

アメリカ農務省によりますと、ことし2月時点でのウクライナの2022年から2023年にかけての輸出量の見通しは、小麦が前の期間と比べて28%少ない1350万トン、トウモロコシが16%少ない2250万トンとなっています。

さらに2023年から2024年にかけて生産する予定の農産物の作付面積も減少すると指摘されています。

肥料は高値が続く

農業生産に欠かせない化学肥料の価格も高止まりしています。

化学肥料の原料である塩化カリウムはロシアやベラルーシが主要な産出国ですが、軍事侵攻の影響で調達は不安定なままです。

アフリカではロシアやウクライナからの小麦など穀物の輸入依存度が高い国々があり、今後、深刻な食料不足に陥るおそれもあります。

世界経済 ことしはどうなる?

ロシアによるウクライナ侵攻は世界の経済成長にどのような影響を与えたのでしょうか。

IMF=国際通貨基金の予測をもとにみていきます。
IMFは、2022年の世界経済の成長率について、軍事侵攻が始まる前の1月には4.4%になると予測していました。

その後、この見通しは2回下方修正され、2023年1月の推計で2022年の成長率は3.4%と、侵攻前の時点の予測から1ポイント引き下げられたことになります。

こうした下方修正の要因についてIMFは、ロシアの軍事侵攻がエネルギーや食料価格の高騰を招き、インフレを抑えるため欧米の中央銀行が利上げを進めたことなどを挙げています。

一方、2023年1月の見通しではことしの成長率は2.9%と去年より減速するとしていますが、前回 2022年10月の予測からは0.2ポイント上方修正しました。

各国の中央銀行による利上げやウクライナ侵攻が、引き続き経済活動の重しになるものの、インフレが鈍化傾向にあることや中国の「ゼロコロナ」政策の終了がプラスの要因になるとしています。

経済制裁の荒波 ロシアは弱体化するか?

欧米や日本などはロシアに対して厳しい経済制裁を次々と打ち出してきました。
金融取引の決済からの締め出しや半導体などのハイテク製品の輸出禁止、さらにロシア産原油の輸入禁止など多岐にわたっています。

具体的にみていきます。

金融取引の決済からの締め出しは貿易などの送金でも使われる国際的な決済ネットワーク「SWIFT」からロシアの大手金融機関を締め出す方法で行われています。ロシア企業が各国の企業と取り引きできなくするねらいがあります。

またアメリカとEU=ヨーロッパ連合は、半導体などハイテク製品の輸出禁止や輸出制限を強化、イギリスは通信機器や航空関連の部品などの輸出を禁止するなど、軍需産業を含むロシア経済に打撃を与え軍事侵攻を早期に終わらせるよう圧力を強めていきました。

さらに、ロシアの歳入の多くを占める原油についても制裁を科しています。アメリカは2022年3月に早々と輸入禁止を発表。EU=ヨーロッパ連合も2022年12月からロシア産原油の輸入を原則、禁止としました。

しかし、ロシア産の原油は制裁に参加していない中国やインドが輸入を増やす結果を生み、制裁は効いていないという見方が広がりました。

さらに供給不足によって原油や天然ガスの価格が一時、高騰。ロシアのエネルギー産業に大きな収入をもたらす形になりました。

“しぶとい”通貨ルーブル

こうした制裁強化の動きと、その反対に制裁が効いていないという見方は、通貨ルーブルの値動きを見るとよく分かります。
ロシアの通貨ルーブルは、軍事侵攻が始まる前は1ドル=80ルーブル前後で取り引きされていました。

軍事侵攻後、欧米がロシアに対する経済制裁を発表すると通貨は急落し、2022年3月上旬には、1ドル=150ルーブル前後と、これまでの最安値をつけました。

ロシア政府は、強制的なルーブル買いを導こうと、ロシア国内の輸出企業に取得した外貨を一定の割合でルーブルに両替することを義務づけたほか、天然ガスの代金をルーブルで支払うよう求めました。

また、ロシア中央銀行はルーブルの急落を受けて通貨防衛を図ろうと、2022年2月末、政策金利を9.5%から、ほぼ2倍にあたる20%へと大幅に引き上げていました。

こうした措置の影響でルーブルは値上がりし、2022年4月には侵攻前の水準まで戻ってしまいました。

切り札となるか? 原油の上限価格設定

こうした中、意外にも効果を発揮したとみられるのが2022年12月に打ち出された原油取り引きに上限価格を設定する措置です。
EUとG7=主要7か国、それにオーストラリアはロシア産原油の国際的な取り引きの上限価格を1バレル=60ドルに設定する新たな制裁措置を打ち出しました。

ロシア産の原油を市場に流通させながら、ロシア産だけ取り引き価格を低くすることでロシアの収入を減らすのがねらいです。

財政赤字が拡大

ロシア財務省が2月6日に発表した1月の財政収支によりますと、歳入は前の年の同じ月と比べて35%減少し、財政赤字が拡大しました。これは財政収入のおよそ4割を占める原油とガスの収入が46%減少したためです。

ロシア財務省は原油価格の低下と天然ガスの輸出減少が影響したと説明しています。通貨ルーブルは2023年に入って再び下落傾向に。2月22日時点では1ドル=75ルーブルと、2022年4月下旬以来の水準まで値下がりしています。

エネルギーによる外貨収入が減少すればロシアの財政赤字が拡大し、さらにルーブルの下落につながる可能性が指摘されています。
終わりの見えないウクライナ戦争。

原油などエネルギー価格は侵攻開始直後と比べると落ち着きを取り戻していますが、小麦など穀物の供給不安や肥料の価格高止まりなど、懸念材料は残されたままです。

戦闘が激化すれば、またいつどのような形で経済が打撃を受けるか分からない、不透明な時代に突入しています。