そのスロープがあるだけで

そのスロープがあるだけで
「お部屋20件くらい断られました」
「家探しだけで半年はかかる」

今月、SNSで相次いだ投稿。
車いすを利用している人たちやその家族のものでした。

「心を強く持ってお探しください」

こうしたツイートの背景には、住まい探しの厳しい現実がありました。

(ネットワーク報道部 玉木香代子・土方薫/おはよう日本 渡部詩織/SNSリサーチ 坊彩子)

住まいに困った

「賃貸に住んでると『すみませんがご家族であっても車いすのお客さまは立ち入りをご遠慮ください』って言われたりする…」
こうツイートしたのは、作家でエッセイストの岸田奈美さん。

母親が車いすを利用しています。

住まい探しでは、これまで何度も不動産業者と折り合いがつかないことがあったそうです。

SNSでは、住まい探しに苦労してきた人たちの投稿が相次ぎました。
「まず、仲介業者が話を聞いてくれない」

「物理的に利用できるお部屋、20件くらい断られました。車いす!ってだけで断られるの切ない」

困っている車いす利用者は

宮崎県に住む森愛実さん(31)。

パートナーと同居することになり3か月ほど前から住まいを探しています。

不動産情報を検索するサイトで、スロープのある物件を探したものの希望のエリアには5件ほどしかありませんでした。

やっとの思いでスロープのある物件を見つけても部屋での車いすの使用を断られたり、床に傷がつかないようにカーペットを敷くなどという条件があったと言います。

「条件付きの場所に入居したとしても、大家さんの顔色を伺わないといけないし、気持ちよく住めないと思いました」。

今も部屋を探していて、希望する物件に空室ができないか、業者からの連絡を待つ日々です。
東京・足立区に住む田中英司さん(54)。

脳性マヒがあり、ヘルパーのサポートを受けながら生活をしています。

一緒に暮らす母親が高齢になり、将来を見据えて1人で暮らそうと、折を見て部屋探しを始めました。

希望は玄関などに電動車いすを置けるスペースがあり、余裕を持って通れる通路があること。

担当のヘルパーと10社以上の不動産業者をまわりました。

ところが、車いすを見るなり「契約は難しい」と言われたり、希望に沿った部屋を見つけたとしても「車いすを部屋で使うの?勘弁してくれ、床が傷ついたらどうしてくれる」と断られるなど、先の見えない日々が続いていたと言います。

去年11月、「最後まで諦めずに探そう」と、ことばをかけてくれた不動産会社の担当者に巡り合いました。

およそ3か月の交渉の末、ことし1月末、電動の車いすで、玄関の中まで余裕を持って入ることが出来る希望どおりのワンルームに引っ越すことができました。
部屋では車いすを使わず、床の上に敷いたマットの上で動いてイスやベッドに座り、過ごすという田中さん。

今回のような心から希望した部屋に住めるまで、振り返ると20年がたっていました。
(田中英司さん)
「つらくて焦りが募るばかりでした。もう少しこちらの話に耳を傾けてほしかったです。今はようやく住みたい所に住むことができ、安心しました」

なぜ難しい? さまざまな事情が…

車いすの利用者にとって難しい住まい探し。
そこには、さまざまな事情があるようです。

公営住宅では、車いす利用者などの障害者が入居しやすいように国の※基準が設けられています。
(※1文末参照)

このほか、例えば東京都の都営住宅では車いすの利用者を対象にした部屋の入居者を募集していますが、特に単身者用の部屋はほぼ満室で、入居者を決める際に行われる抽選の倍率も去年は、およそ10倍になっています。

都営住宅経営部指導管理課では「一度入居すると、その部屋はなかなか空かない。募集できる部屋が少ないので倍率が高くなってしまう」と説明しています。

民間の賃貸は? オーナーの思いが伝わらないことも

民間の賃貸住宅を対象にした支援制度も設けられています。国土交通省が中心となって設け、2017年から運用が始まった※「住宅セーフティネット制度」です。(※2文末参照)

全国の賃貸住宅のオーナーで作る団体は、こうした制度が設けられている中でも、車いすの利用者が入居可能な住宅が少ない上、すでに建設されたマンションなどを改修することは難しいと指摘します。
(全国賃貸住宅経営者協会連合会 理事・事務局長稲本昭二さん)
「制度が十分に機能しているとは言えないのではないか。例えば、敷地いっぱいに建物を建てている場合は、外にスロープを付けるとはみ出てしまう。さらに車いすの利用者が住むには、段差をなくすなどの対策もしなければいけない。しかし、時間とお金をかけて改修したとしてかならず入居につながるとも限らず、オーナーの思いが伝わらないこともある」

支援・奮闘する業者も

制度を活用しながら支援を続ける不動産会社があります。
社長を務めて37年になる石原幸一さん。

車いす利用者などの住まい探しについて、同業者やオーナーの理解と知識が足りず、どう対応したらよいのかわからない場合が多いのではと感じています。

車いすの利用者のどのような点に気をつけたらいいのかなどを講演やセミナーを通じて発信しています。

「このくらいなら自分もできるかもしれない」という細かな点まで知ってもらい、部屋を貸す側に理解を深めてもらうのが狙いです。

こうした取り組みや、きめ細かな対応が広まってこの会社には、障害のある人から年間およそ6400件の居住支援に関する問い合わせがあり、このうちおよそ300件が車いすの利用者からだということです。
(石原さん)
「今は皆が健康だとしても、高齢になったら障害者になるリスクがある。障害者に優しい住宅は、高齢者にも優しい。目の前の人たちを助けたい」。

厳しい現実も…身近な変化が支えに

住まいの選択肢が限られているという厳しい現実。

そうした日々の中でも、車いすの利用者やその家族の希望となった出来事がありました。
住まい探しに苦労した岸田さんが、今住んでいるマンションの入り口に、いつのまにかスロープができていました。

オーナーさんが「お母さまがいらっしゃった時、車いすだと大変だろうと思って」と言ってくれたそうです。

「泣いちゃう」などと感謝の気持ちをつづりました。
名古屋市でも…

渡辺さん(40代)は4人暮らしで、脳性マヒの小学1年の娘がいます。

おととし(21年)、部屋が手狭になって引っ越しを考えましたが、春先に住まいを移すまで4か月かかりました。

そのマンションも駐車場までの近道は階段だけで車いすでは遠回り。

真夏が近づき、暑さに弱い娘を心配する中、ある出来事がありました。
突然、階段脇に新しいスロープが作られたのです。

この管理会社では、渡辺さんが引っ越すとき、移動の負担が軽くなるようにと住民にかけあい、駐車場をマンション近くに移してくれる対応をとってくれていました。

このスロープは毎日の移動に欠かすことができなくなっただけでなく、ベビーカーを使う親子にも歓迎されたということです。

マンションでの出来事に心動かされた渡辺さん。

これからも長く住みたいと話していました。
(渡辺さん)
「住まい探しが想像以上に大変なことは、当事者にならないとわからないものがあると思います。思いやりを持って接してくださる人がいることに目頭が熱くなりました。見ててくれているんだなと。ひと言では言い表せない感謝の気持ち、住まいに愛着を感じた出来事でした」
寄り添いながら支援を続ける業者、住民を真っ先に考えてくれる管理会社やオーナーたち。

理解ある人たちの存在が、車いす利用者や家族の心と生活を支えています。
※1
▽1991年・車いす利用者などの障害者が入居しやすいよう「住居内の段差をなくす」など。
▽2002年・法律に基づいて車いすでも通行できる通路の幅を確保するなど生活に支障が出ないような配慮をすることも定める。
▽2011年以降は、この基準をもとに各自治体が条例を定めています。
ただ、こうした基準が適用されるのは、主に新築です。

※2
「住宅セーフティーネット制度」は「住宅セーフティーネット制度」高齢者や障害者など、賃貸住宅に入居する際の条件が通常より厳しくなるケースの多い人たちが入居しやすくするための制度。