【徹底解析】ロシア軍にいま何が プーチン大統領の思惑とは?

【徹底解析】ロシア軍にいま何が プーチン大統領の思惑とは?
ロシアによるウクライナ侵攻開始から1年。圧倒的な軍事力でウクライナに多大な犠牲をもたらしてきたロシア軍だが、欧米の軍事支援を受けたウクライナの反転攻勢を前に、戦闘は長期化。ロシア軍側の死傷者は20万人に上るともいわれている。

SNS上に投稿された動画やプーチン大統領の発言記録などの膨大な公開情報をデジタル解析すると、「祖国のため」という大義のもと、おびただしい犠牲を出しながら暴走する「プーチンの軍隊」の実態がみえてきた。(NHKスペシャル「調査報告・ロシア軍~“プーチンの軍隊”で何が~」取材班)

「もうじきおしまいだ」“包囲”された兵士の悲痛な叫び

2022年9月以降、ウクライナ軍の反転攻勢を前にロシア軍は東部戦線で相次いで撤退を余儀なくされていた。

このとき、ロシア軍が致命的な敗北を喫したのが、ドネツク州リマンでの戦いだ。

5000人ともいわれる部隊が包囲され、ロシア軍が公式に撤退を認める異例の事態となった。

撤退までの1か月間にSNSやメディアで伝えられた現地の映像80本余りを分析すると、リマンを守るロシア軍が撤退も許されず、追い込まれていくまでの経緯がみえてきた。
「リマンはきょうも防衛を維持しています。今は空き家を一軒ずつ回って敵の工作員たちを探しています」(9月14日公開・ロシアメディア映像より)
ウクライナ軍がリマンに向けて進軍を開始していたころ、ロシアメディアはロシア軍の守備は盤石だと伝えていた。

しかし、その2週間後の9月下旬の映像では、ロシア軍部隊の将校がすでに反撃するすべがないとメディアに訴える様子が映し出されていた。
「状況は深刻、大変深刻です。備蓄、装備、人、大砲(が足りない)」(ロシア軍将校・9月27日公開・ロシアメディアによる前線取材映像より)
同じ頃、リマンの市街地でたてこもるロシア側の兵士が自撮りしてSNSに投稿された映像も見つかった。
「どこから味方の援護がやってくるかもわからない。ここにはライフルが1つ。俺はうそをついていない。本当に空っぽだ」(ロシア側兵士のSNS映像より)
このとき、ロシア軍はリマン郊外から攻勢をかけたウクライナ軍にすでに追い詰められていた。
東部戦線でのウクライナ軍の動きを地図で可視化し、ロシア軍が掌握・侵攻した地域を赤色、ウクライナ軍が奪還を主張した地域を青色で示すと、わずか2週間で北と南からロシア軍を包囲していたことがわかった。

9月30日には5000人ともいわれるロシア軍の部隊が、撤退しないままウクライナ軍に包囲されていた。
ウクライナ側が傍受したとするロシア軍の音声には、ロシア兵とみられる男性が妻に最期の別れを告げていた。
「俺たちは包囲されているんだ。もうじきおしまいだ。俺はただ、さよならを言おうとして電話したんだ」(10月1日ウクライナ国防省公開の音声より)
ウクライナ国防省がこの音声を公開した10月1日になって、ロシア軍は「軍隊はより有利な場所に撤退した」と公式に発表、リマンはウクライナ軍によって奪還された。

ウクライナ側が公開した映像には、リマン市街地で道路上に放置されたロシア軍の兵士たちの無残な姿が映し出されていた。

なぜロシア軍はここまでリマンを死守しようとしたのか。

実はこの直前、ドネツク州を含む4州ではロシアへの一方的な併合を進めるための「住民投票」が行われ、9月30日にはプーチン大統領がその4州の併合を宣言した日だった。

専門家はリマンの部隊が撤退を許されなかった背景には、4州併合の宣言に水を差されたくなかったプーチン大統領の思惑があったとみている。
東京大学先端科学技術研究センター 小泉悠専任講師
「ウクライナ4州併合に関する声明を出すまで、ロシア軍がリマンから撤退というニュースを流したくなかったのかなと。完全にプーチン大統領のメンツのために死守を命じられたのではないかと思います」

使えるままの戦車を残し“敗走”無計画な作戦の果てに

さらに、SNS上の動画や写真を詳しく調べると、ロシア軍が撤退したあとには多くの兵器がほぼ無傷で放棄されていたこともわかってきた。
これは何を意味するのか。

ロシア軍の兵器の損失を調査してきた国際調査チーム「Oryx」によると、去年8月からの3か月間でロシア軍が東部戦線で失った戦車と歩兵戦闘車は合計813両に上ったという。

これはドイツやフランスが一国で保有する数に迫る甚大な損失だ。

813両のうち、ウクライナ軍がそのまま使用できる状態で回収されていたのは、半数以上の445両に上っていた。

通常、戦車などは敵に利用させないよう退却する前に破壊するが、その余力さえないまま撤退したと、調査チームは分析している。
調査機関Oryx ヤクーブ・ヤノフスキ-氏
「回収した装備は敵が使えるようになるため、ロシアにとっては破壊されるよりも痛い損失です。ロシア軍最高司令部が無計画な作戦を進めた何よりの証拠といえるでしょう」

「指揮官が誰か知らない」捕虜が語る“軍への不信感”

こうしたロシア軍の「無計画」な実態は、ウクライナの捕虜となったロシア側の兵士たちのことばからも浮かび上がってきた。
ウクライナ当局の管理下で私たちに取材が許された捕虜、そして、ウクライナのジャーナリストが取材した捕虜たちは、部隊内での指揮命令系統の乱れが現場に混乱を招いていたとして、次のように語った。
「陣地や配置計画は一切説明されませんでした」(27歳・機関銃手)

「私たちには何の任務もなかった。自分の指揮官が誰なのかすら知りません」(44歳・偵察兵)

「私の大隊長は前進せよと命じたが、(ほかの部隊では)すでに後退がはじまっていました。私たちを置いて全員が退却していったことは、犬やゴミのように扱われたようで、とても嫌でした」(19歳・機関銃手)
さらに、ウクライナのジャーナリストが取材したインタビュー映像に残る28人の捕虜たちが話したことばを書き起こし、詳しく分析した。


すると28人中24人が「指揮官を信頼していない」と発言していたことが分かった。
明確な説明もないままウクライナ軍の攻撃のさなかに送り込まれ、多くの兵士が軍に対して「不信感」を抱えていた。

現役およそ90万といわれるロシア軍の兵士は「職業軍人」「契約軍人」「徴集兵」で構成される。ウクライナへの軍事侵攻の主力となっているのは、最低3年間、給与と引き換えに雇われる「契約軍人」だとされているが、将校として部隊を指揮する「職業軍人」のなかにも不信感を強め、軍を脱出する人も出ている。

「長期戦」を意識か?プーチン大統領の頭の中に迫る

ウクライナの戦況を分析しているイギリス国防省は、この1年でロシア軍の兵士や民間軍事会社の戦闘員の死傷者数は、合わせて17万5000人から20万人に上り、このうち死者数は4万人から6万人とみられるという見方を示している。

ここまでの多大な犠牲を払いながらも、なぜ戦争を継続しつづけるのか?プーチン大統領のことばからそのヒントを探ることにした。
ロシア大統領府のサイトで公開されているプーチン大統領の会議や外交の場などでの発言記録を収集。

2022年1月から2023年2月半ばまでの発言のテキスト45万単語を、AI(機械学習)を使った「トピックモデル」と呼ばれる手法で分析した。

発言を構成する単語と単語の関係から、プーチン大統領がどんなテーマ(関心)で話しているかを分析したところ、浮かび上がったのは、「国際経済」「国内経済」「国際政治」「国内政治」「国民生活」「軍事」の6つのテーマだった。
そして、例えば、「国際経済」というテーマでは「市場」「ガス」「価格」などが、「軍事」に関するテーマでは「ウクライナ」「軍事的」「ドンバス」「作戦」などが重要なことばだと、判別された。
これらのうち「軍事」のテーマに着目し、このテーマのことばが何回発言されたかを月ごとに集計した。
すると、侵攻が開始された2月以降は減少していたが、東部戦線での敗北が相次いだ2022年9月以降、比較的数多く使用される傾向が再び見られるようになっていた。

「軍事」をテーマにした発言内容をさらに詳しく分析したところ、2022年の9月より前と以降で、大きな変化がみられた。
9月より前は「ウクライナ」「NATO」「安全」ということばが目立ったのに対し、それ以降は、「国民」「歴史」「歴史的な」といった、一見、軍事のテーマらしくない単語が目立つようになっていた。

こうしたデータをロシア政治が専門の静岡県立大学の浜由樹子准教授に見てもらった。

浜さんは、プーチン大統領がこの時期から軍事侵攻の「長期化」を意識するようになったのではないかと考察している。
静岡県立大学 浜由樹子准教授
「9月より前は具体的にウクライナと戦うとか、NATOと戦うとか、具体的なことばで構成されています。
一方、9月以降は歴史や文化、それに『われわれ国民』といった、比較的抽象度の高いことばが入り始めていて、国民に対してのメッセージに力を入れてきているという印象を受けます。
軍事侵攻の長期化を視野に入れて、対外的な発信よりも、国民、特に自分たちの支持層が離れていかないようにエネルギーを割いて話しているという印象です」
分析を進めると、さらに注目すべき傾向がわかってきた。

「ナチス」にまつわることばの使い方にも変化が見られたのだ。

軍事侵攻開始直後、プーチン大統領はウクライナのゼレンスキー政権を「ネオナチ」などと一方的に非難し、ウクライナの「非軍事化」「非ナチ化」を軍事侵攻の目標に掲げていた。
ところが2022年9月、戦況が膠着して以降、プーチン大統領が発する「ナチス」「ナチズム」は、独ソ戦での勝利の記憶を呼び起こし兵士や国民たちを鼓舞する文脈が目立つようになった。

外国からたびたび侵略を受けてきたロシアの歴史において、約80年前、ナチス・ドイツ軍と戦った独ソ戦は「大祖国戦争」と呼ばれ、特別な意味を持つ。

開戦後、ドイツ軍を含む枢軸国の部隊は、モスクワやロシア南部ボルゴグラード(スターリングラード)まで迫っていた。

ソビエトはまさに国家存亡の危機から必死の反撃を加え、勝利へと導き、この歴史は“先人が命がけで守った祖国”という国民意識のよりどころとなってきた。
静岡県立大学 浜由樹子准教授
「長期戦になっていくという覚悟をするなかで、第二次世界大戦の記憶、独ソ戦の記憶に今回の戦いをオーバーラップさせて、自分たちの文化や価値観を守る戦いという位置づけに少しずつ変えてきているのではないでしょうか。大祖国戦争のときの英雄たちのように、あのとき一丸となってナチズムを退けたのだから、今回も同じような犠牲が出るかもしれないけれど、頑張りましょうと国民に呼びかけていると感じます」
浜さんは、こう述べたうえで、この「ナチズム」という言葉は「西側から来る脅威すべてに対して実は適用可能」であり、注視が必要だと指摘する。
静岡県立大学 浜由樹子准教授
「今後もこうした第二次世界大戦、独ソ戦に関することばを使っていくと思います。というか、『これしかない』。他に国民を統合できるような、そういうイデオロギー的ツールが他にないのです」

各地を“行脚”するプーチン大統領

同じ時期、プーチン大統領の行動にも変化がみられた。

発言記録にはどの場所で発言が行われたかの場所のデータが含まれていて、これをたどることで大統領の足跡がある程度分かる。

プーチン大統領は1年の大半をモスクワの大統領府、もしくは自身の公邸で過ごしている。

人口第2の都市・サンクトペテルブルクには8回、自身の別荘がある保養地のソチには8回と頻繁に足を運んでいるが、それ以外の場所は月に1回ほどだったプーチン大統領が、2022年9月以降、頻繁に各地に足を運んでいた。
浜さんは、こうした動きも、プーチン大統領が長期戦を意識して周辺諸国の支持を固めようとしたことの表れではないかと指摘する。
浜由樹子准教授
「旧ソビエトのCIS国、イランなどは、ロシアに比較的近いところで、わかりやすく協力や対応を求めています。国内の地方は、経済的に取り残されているところ、あるいは動員の多いところがけっこう入っています。そういうところにも支持を求めて、『あなたたちを忘れていませんよ』『あなたたちの貢献をちゃんと見ていますよ』と直接言いに行くことを、かなり意識した動きだと思います」

本当は“戦争疲れ”?ロシア国民の本音は

ロシア、ウクライナの双方で犠牲が拡大し続けるなか、ロシアで暮らす市民たちはこの戦争をどのように受け止めているのか。
政権に「外国の代理人」の指定を受けながらも活動を続けている「レバダセンター」の毎月の世論調査では、去年12月の時点で、今回の戦争を「支持する」と回答した国民は7割を超えていたが、「停戦交渉を開始すべき」と回答したのは50%と、「軍事行動を継続すべき」の40%を上回っていて、人々の「戦争疲れ」が高まってきていることを示す結果もでてきている。
また、ロシアの大手検索サイト「Yandex」の検索ワードをみてみると、プーチン政権が予備役動員の方針を示した9月下旬にかけて、「招集・徴兵」や、国外への出国などの文脈で使われる「出発」の検索が急激に増加していた。

一方で、「英雄」「祖国」「ソビエト」といった独ソ戦や歴史にまつわることばも2022年9月以降検索数が増加傾向にあることもわかった。

浜さんは、今回の軍事侵攻が始まるさらに前から政権によるプロパガンダが繰り返されていたとしたうえで、こう指摘している。
浜由樹子准教授
「『西側諸国に操られているウクライナの政権がネオナチ勢力と一緒になってドンバスの人たちを虐げてきた、私たちはこの人たちを助けに行く』というストーリーを2014年以降、ロシア国民は繰り返し聞かされている。一定数その物語を信じている人もいるし、信じたいという人もいると思います」

いつまでつづく“プーチンの戦争”

2月21日、プーチン大統領は軍事侵攻開始後初めてとなる年次教書演説に臨み、「ウクライナのネオナチ政権からの脅威を排除するため特別軍事作戦を一歩一歩、慎重に進め、直面している課題を着実に解決していく」と発言。長期化する軍事侵攻を改めて正当化し、国民に理解を求めた。

ただ、戦況についてはほぼ触れず、目立った戦果を上げられていないこともにじみ出た。

浜さんは今後、プーチン大統領が国民の精神性や感情に訴えかける場面がより増えていくと考えられると指摘した上で、ロシア社会に与える不可逆的な負の影響についても危惧を抱いている。
浜由樹子准教授
「感情的な内面の動員は、一度やってしまうと終われない。例えばここで和平交渉に合意して戦闘が終わっても、発動されてしまった国民の感情はスイッチを切るようには切れない。
そのときに、戦争に賛意を示した人たちと反対した人たちとの分断や、出国した人たちと国内で地道に反戦運動をした人たちとの間の亀裂によって、ロシア社会全体がバラバラになっていくというのは、あり得るシナリオで、たいへん危惧されます」
分析したデータからみえてきたのは、過酷な戦闘を強いられるロシア兵たちの「リアル」と、その現実を無視するように繰り返されるプーチン大統領が掲げる大義の「空虚さ」だった。

“プーチンの戦争”は、いつまで続くのか。終わりはまだみえない。