退職後の夢は…酒蔵再興

退職後の夢は…酒蔵再興
冬の朝、漂ってくる米を蒸す香り。

風情のある蔵が建ち並ぶ町並み。

「日本酒離れ」とともにこうした風景が消えつつあります。

そこに待ったをかけたのが日本酒をこよなく愛する人たち。

退職後の夢をかけた挑戦を追いました。

(国際放送局 World NEWS部記者 上野大和)

海外では日本酒ブーム

国内での日本酒の消費量は減少していますが、実は海外での需要は増え続けています。

2022年の輸出額は474億円余りと過去最高を記録し、10年前の5倍に上っています。

全国各地の日本酒を提供する京都のレストランは毎晩のように外国人でにぎわっています。
30年以上、ワインを愛飲していたというアメリカ人の女性は最近、日本酒のおいしさを知ったといいます。

この日、楽しんでいたのは辛口のお酒でした。
アメリカから訪れた観光客
「日本酒についてもっと知りたくて初めて日本に来ました。この旅行では時間の許すかぎりお酒とおすしを楽しもうと思っています」
店によりますと、多い日には客の7割以上が外国人だということで、海外での人気の高さがうかがえます。

酒蔵の数が半減

一方、国内の生産者=「酒蔵」の多くは中小企業です。

事業者の数は2021年には1035と20年前のおよそ半数に減少しています。

140年以上の歴史がある滋賀県高島市の老舗酒蔵も存続の危機に直面していました。
酒蔵があるのは琵琶湖のそば。

湖に浮かぶ島にまつられた水の神様とともにキリッとした辛口の酒が地域で愛されてきました。
ピーク時には年間8000万円を売り上げていましたが、人口減少に伴い消費量も減少。

さらにはビールやウイスキーなどの台頭で大きな打撃を受けました。

10年ほど前には債務超過に陥り、4年前には従業員すら雇えなくなってしまいました。

子どもは独立し、事業を受け継ぐ跡継ぎもいません。
吉田酒造 吉田肇会長
「1人でなんとか回していたけど、営業に行けない、配達もできず悪循環になって、最後は新型コロナウイルスにとどめを刺された感じやね」

救世主は退職したOB

そこに、救世主として現れたのが酒造メーカーを退職したOBたちでつくる酒造りのコンサルティング会社、その名も「夢酒蔵」です。
酒蔵を再興し、愛してやまない日本酒を世界中の人たちに飲んでもらいたいというOBたちの夢を会社の名前にのせました。

去年、事業の継承を支援する銀行系のファンドから出資を受け吉田さんの酒蔵を買収。

大手酒造メーカーで役員を務めていた代表の大邊誠さんは各地で酒蔵が消え、マンションやスーパーに変わっていく姿に心を痛めていたといいます。
大邊誠さん
「日本酒の消費量が減ってしまうのは仕方がない。その中で、愛される酒をどうやって残していくかっていうところだと思います。風情があったり、地元で愛されている蔵がありますからね。そういうところは残っていくべきやと思うんで、お手伝いできたら」
去年10月。

酒造メーカーのOB9人が酒蔵に集まり、今シーズンの仕込みが始まりました。
日本酒の味は気温や湿度の微妙な変化に左右されるため、状況に応じて手を加えなければならず、ベテランの技術力は大きな戦力です。

仕込みにはこれまでひとりで酒蔵を支えてきた吉田会長も加わりました。
吉田肇会長
「やっぱりにぎやかに酒造るのはええわ。1人でこつこつとやるのはもうしんどい。味がしっかり出ていて、バランスのいい辛口のお酒ができあがりました」
140年の歴史がある酒蔵を再興させた大邊さん。

日本酒の魅力はそのストーリーにあると話します。
大邊誠さん
「琵琶湖の古い港町で、古い歴史の中で作ってきたお酒ですっていう、そういうストーリーで売ってきたわけなんで、大切にしたいなと思っています。ストーリーがあるからこそ酒になる、アルコールが酒になるんです」
大邊さんたちOBの仕事は酒の仕込みだけにとどまりません。

現役時代に培った人脈をいかして、かつての得意先に営業をかけます。

この日は東京と大阪でおよそ20店舗の飲食店を展開する会社にできあがったばかりの新商品を持ち込みました。
飲食店では食事に合う辛口のお酒が好まれるということで、手応えは上々。

今後、具体的な出荷数を交渉することになりました。

大邊さんは、今後は、海外への事業の拡大も視野に入れています。
大邊誠さん
「国内はシュリンクするのは間違いないでしょうけど、海外市場というのはまだまだ未知数で、どんどん増えていく余地があると思います。特に日本食が非常に海外で人気やってのがありますし、日本食はやっぱり日本酒がいいんだっていうのは思ってますし、もっとPRしていかなきゃいけないと思います」
大邊さんは3年間かけてこの酒蔵の経営を立て直し、観光客を誘致し、酒蔵で楽しんでもらえるようなしかけも考えたいと話していました。

さらには、70歳を迎える10年目には近畿や北陸、中国地方などで10社以上の酒蔵を再興させたいと夢を語っていました。

OBたちの挑戦にこれからも注目したいと思います。
国際放送局 World NEWS部記者
上野大和
2012年入局
長野局、大阪局、さいたま局で事件・災害を取材
2022年夏からは英語でニュース、リポートを発信