“実物大ガンダム” 誕生の立役者が語るスポーツ経営

“実物大ガンダム” 誕生の立役者が語るスポーツ経営
大手エンタメ企業「バンダイナムコエンターテインメント」が4年前、島根県の小さなプロスポーツチームの経営に乗り出したことをご存じだろうか。

取り組みの中心となったのは、出現時に世間を驚かせたいわゆる“実物大ガンダム”誕生の立役者としても知られる、この会社のトップ、宮河恭夫社長だ。

さまざまなアニメやゲームを世に送り出してきた男は、なぜいま、スポーツ経営に情熱を注ぐのか。

その思いに迫った。

(松江放送局記者 浅井俊輔)

“実物大ガンダム” 誕生の立役者

東京・港区にあるバンダイナムコエンターテインメントの本社。

共用スペースで待機していると、その人物はフラっと現れた。
黒のパーカーにTシャツ姿のラフな格好。

この会社のトップ、宮河恭夫社長だ。

人気アニメ「機動戦士ガンダム」シリーズはじめ、多くのアニメや映画の製作に関わったほか、東京・お台場に「実物大ガンダム像」を建てるという前代未聞の企画を打ち出したのも、まさにこの人。

アニメやゲームの分野のみならず、数多くの音楽ライブも手がけてきた、エンタメ業界で広く名の知れた人物だ。

4年前、会社が経営権を獲得したのが、島根県を拠点とするバスケットチーム「島根スサノオマジック」だ。
現在は、男子バスケットボール・Bリーグの1部リーグに所属している。

チーム名の由来は、神話に登場する荒ぶる神「スサノオノミコト」。

創設13年で、地元ファンからは「スサマジ」の愛称で長年親しまれてきた。

島根県は日本で2番目に人口が少ない小さな県だ。

「なぜ東京の大手エンタメ企業が、島根の小さなバスケットボールチームの経営に乗り出したのか?」

疑問をぶつけると、エンタメ業界でしのぎを削ってきた男らしからぬ、意外な答えが返ってきた。
宮河恭夫社長
「正直に言うと、“ビジネス”についてはそこまで考えていない。われわれがこれまでにやってきたのは、世界を相手に1つのゲームを1500万本売るというような、大きな市場に出ていくビジネス。大きな市場をねらうんだったら、ニューヨークでやったほうがいいわけだけど、それってあまりおもしろくなくて。それとは違うアプローチに取り組むことがとても重要な気がしたんです」
「目先の利益には興味がない」と言い放った宮河社長。

では何が背中を押したのだろうか。
宮河恭夫社長
「スサノオマジックって、本当に地元を好きな人たち、バスケットを好きな人たちが、島根でバスケットを盛り上げようよとか、島根を盛り上げようよっていう理念がある。そこに共感して、ここだったら一緒にやりたいなって思って、島根に行き着いた感じかな。スポーツもエンタメも地続きのもので、世界に対するアプローチと島根に対するアプローチにも、何かしらの共通点があるのかと思っているし、“エンタメとしてのスポーツ”に、われわれのノウハウを入れられないかなって思ったわけですよ」

“夢の世界へ”徹底した演出改革

そんな宮河社長が取材中、繰り返していたことばがある。

それが“夢の世界”。
宮河恭夫社長
「なんていうのかな、お客さんを“夢の世界”に連れて行きたいんですよ」
宮河社長が培ってきたエンタメ譲りの改革によって、最も大きく変わったのが、試合会場の演出だ。

ホームゲームでは、炎とレーザーを組み合わせた、音楽ライブさながらのド派手な演出を新たに導入。
「一体感が生まれる」とファンの評判は上々だ。

さらに、会社の主要コンテンツ「機動戦士ガンダム」とチームがコラボした『限定ガンプラ』を販売するなど、観客動員数を引き上げるため、次々と新たな策を打ち出している。

会社がチームの経営権を獲得して以来、ホームゲームの観客動員数は、まさにうなぎ登り。

コロナ禍でも順調に伸び、昨シーズンは、1試合平均でおよそ1800人と、前のシーズンより50%近くアップ。

今シーズンもおよそ3000人と着実に数字を増やし、2月には、チームとして過去最多となる4200人超の動員数を実現した。
宮河恭夫社長
「徐々にレベルは上がってきているが、まだまだ。少しずつ手直しをしながらもっとお客さんに楽しんでもらえるよう変えていき、“夢の世界”に連れていけるようにしたい」
宮河社長自身、時間が許すかぎり東京から足を運び、演出面のチェックに余念がない。

究極の目的は、“スサマジという存在を、生活の中に浸透させること”だという。
宮河恭夫社長
「たとえば、『ガンダム』や『ドラゴンボール』は生活に密着している人たちがたくさんいる。家に帰れば、机の上にガンプラがあり、ドラゴンボールのフィギュアがあり、ゲームをやり、みたいな。島根スサノオマジックの試合を、どう生活に結び付けていくか。“さあ、試合が何時からあるから集中しよう”というよりは、そこから日常の中で、島根スサノオマジックという存在をどう広げていくかがとても重要な気がします」

“シナリオのない世界”に見いだした可能性

これまで数多くのアニメや映画の制作に携わり、“シナリオで人を感動させること”を仕事にしてきた宮河社長。

それゆえ、スポーツという“シナリオのない世界”には「全く興味がなかった」と語った。
宮河恭夫社長
「実は、スポーツには全く興味が無かったんですよ。映像の世界って、ここでお客さんが驚いて、ここでお客さんが泣いて、ここでお客さんが喜んでっていうのを、シナリオでやるんですよね。その世界にずっといたから、よく“スポーツはシナリオのない世界、ドラマだ”っていうけど、“何言ってんだ”って正直思っていたんですよ」
しかし、実際にプロスポーツの世界に参入して初めて、スポーツが秘めた可能性を強く感じたという。

インタビューでは、象徴的だったという試合を挙げてくれた。

今シーズン、島根スサノオマジックが強豪・千葉ジェッツとホームで対戦した大一番だ。

同点で迎えた試合終了間際、エースのペリン・ビュフォード選手がシュートをねじ込み、劇的な逆転勝利を収めた。
宮河恭夫社長
「千葉ジェッツ戦の逆転シュートって、シナリオで書いたら結構恥ずかしいのよ。めちゃくちゃベタな訳よ。だけど、あれがシナリオなしでできるということに本当にびっくりしたし、あれが本当の感動なんだなって。われわれはずっと、シナリオを作ってお客さんと一緒に動く仕事をしていたから、全然違う世界ですごくおもしろいと感じたのよね。結局、プロのスポーツ選手って、プロのミュージシャンとあんまり変わんないなって。これが一番大きな発見かな。究極を極めるプロフェッショナルとして、同じようなリスペクトがスポーツ選手にも生まれたんです」

チーム躍進に見る“仕事の流儀”

観客動員数の伸びとともに、島根スサノオマジックは目覚ましい躍進を遂げた。
かつては、1部リーグと2部リーグを行ったり来たりのチームだったが、昨シーズンは、長年の悲願だったチャンピオンシップに進出。

今シーズンの勝率は8割を超え、地区首位をキープしていて、“リーグ制覇”も単なる夢物語ではなくなっている。
宮河恭夫社長
「“3年以内にチャンピオンシップに行きます”ということだけは明言していたんですよ。僕は必ず、何かやるときには社員に対して“目標をこうする”と言うんですよね。目標をどこに置くかで人間はそこに行けるかどうかが決まってしまうから。映画がおもしろくないと広がらないのと一緒で、スポーツも強くならないと広がらないんですよね」

地方都市の“起爆剤”に

とはいえ、チームの拠点は島根県。

東京や大阪などほかの大都市圏と比べ、人口も経済規模も、エンタメの舞台としての環境面では、どうしても後れをとっているのが現状だ。

「島根スサノオマジックを島根にとってどんな存在にしたいですか?」

インタビューの最後、こんな質問を投げかけてみた。
宮河恭夫社長
「元気のきっかけになってくれればいいというのが一番の願いなんですよ。島根は人口減少が問題になっているけど、これ、日本全体の問題なんですよ。われわれが“島根”っていうエリアで、島根に行ってみようかなとか、移住してみようかなとか、島根スサノオマジックを通して島根の魅力に触れてくれる人をどれだけ増やすかっていうのがすごく重要。すごく大きな目標なんですけど、それがなかったら、こういう事業をやる意味は無いと思っているから。島根スサノオマジックがあることによって、島根が衰えないっていうのが大前提で、その勢いをどうキープするか、さらにどれだけアップさせるか。そういう“起爆剤”になってくれればいい気がするんですよね。おもちゃに触れたり、ゲームに触れたりして、“夢の時間”を過ごすっていうことと同じようなことが起こればいいなって」
エンタメ業界を知り尽くした男は、これからどんなアイデアで島根を盛り上げていくのか。

今後も追い続けていきたい。
松江放送局記者
浅井俊輔
2015年入局
松江局には2019年夏に赴任
現在はスポーツや松江市政を担当
バスケットボールは島根に来てから取材するようになり、今ではプライベートでも観戦するほどに