ウクライナ侵攻1年 ロシア 世論の変化は?経済の影響は?

欧米や日本などはウクライナへの軍事侵攻に踏み切ったロシアに対して厳しい経済制裁を次々と打ち出してきました。プーチン政権が国内での反発の高まりに神経をとがらせ抑圧を強める中、市民はどう受け止めているのか、暮らしへの影響は出ているのか。また、欧米や日本以外の国はロシアとどのように向き合っているのか、まとめました。

情報統制など 抑圧強めるプーチン政権

ロシアのプーチン政権は、軍事侵攻を開始して以降、国内での反発の高まりに神経をとがらせ、情報統制などの抑圧を一層強めています。

侵攻開始直後の2022年3月プーチン政権は情報統制の強化につながる改正法を施行し、ロシア軍の活動について誤った情報を拡散したり、軍の信用失墜につながる行為を呼びかけたりしたと当局がみなした場合などに、厳罰を科すとしました。この法律によって政治家やジャーナリストなどが「うその情報を広めて軍の信頼を失墜させた」として実刑判決を受けています。

また、ロシアの人権団体によりますと、これまでに軍事侵攻や予備役の動員に抗議して拘束された市民の数は、延べおよそ2万人に上るということです。

プーチン政権は、去年12月には外国のスパイを意味する「外国の代理人」の指定対象の拡大につながる法律を新たに施行し「外国の影響下にある」と当局がみなした個人や団体も対象になりました。

これに合わせる形で治安機関のFSB=連邦保安庁は、予備役の動員をめぐる情報や軍の内部情報などを第三者に提供することを禁じる命令を出し、戦況の劣勢やロシア兵が置かれた劣悪な環境など、政権にとって都合の悪い情報を統制する動きと受け止められています。

ロシア法務省によりますと、2013年から2月17日までに「外国の代理人」に指定された個人や団体はあわせて552で、去年2月からの1年間だけで全体の4割近い216に上ります。

最近では、
▽若者の間で人気の歌手で軍事侵攻を非難する反戦歌を歌い続けるゼムフィラさんのほか、
▽性的マイノリティーの人たちの人権保護に取り組む活動家まで「外国の代理人」に指定され、多様性を排除する社会に閉塞感が漂っています。

プーチン政権は国内の人権団体への抑圧も強めています。
▽2022年ノーベル平和賞を受賞した「メモリアル」は2021年解散命令に続いて今月には事務所の差し押さえを裁判所に命じられ、閉鎖に追い込まれました。

また▽1976年にノーベル平和賞受賞者のサハロフ博士などが立ち上げ、ロシアで最も歴史があるとされる人権団体「モスクワ・ヘルシンキ・グループ」も、1月裁判所から解散を命じられました。

プーチン政権に批判的な姿勢を貫く社会学者のグドゥコフ氏はNHKの取材に対して「政権側は威嚇することで人々の意見表明などの権利を失わせながら、国民、社会への弾圧を進めている。体制はただ強権的になりつつあるのではなく、独裁的になりつつある」と危機感を強めています。

75%が「支持する」という調査も 愛国的雰囲気広がる

ロシアのプーチン政権が軍事侵攻を始めて以降、情報を統制して反戦の声を抑え込むなど一層圧力を強めるなか、ロシア国内では、愛国的な雰囲気が広がり各地で軍を支援する動きも活発になっています。

ロシアの独立系の世論調査機関「レバダセンター」が今月2日に発表した調査結果では、ロシアがウクライナで行っている軍事作戦について「明確に支持する」と「どちらかといえば支持する」が合わせて75%に上り「明確に支持しない」「どちらかと言えば支持しない」を合わせて19%を大きく上回っています。

ロシア国内では、前線で戦っているとされるロシアの兵士を英雄としてたたえるポスターが大通りなどに掲げられているほか、軍事侵攻を支持するシンボルとなっている「Z」マークのステッカーが貼られたバスや車なども走っていて、政権側は、ウクライナ侵攻は今や祖国を防衛する戦いになっているとして国民の愛国心に訴える取り組みを進めています。
また、ロシアの各地では軍の兵士を支援する活動も活発化しています。
このうちロシア極東のサハリン州では、今月18日、州政府や退役軍人の団体などが主催したロシア軍を支援するための集会が行われました。この中では、「Z」マークやロシアの国旗を掲げた車両およそ1200台が40キロほどの道路を列になって走り軍事侵攻を支持しようと訴えかけていました。

参加した56歳の男性は「ウクライナでわれわれの国益を守っている兵士たちに、われわれが彼らとともにあり心から応援していることを知ってもらうことは重要だ。こんなにたくさんの人がここに来ている。ロシア人はみんな結束している」と話していました。
また、極東の中心都市ウラジオストクでは、軍人の妻たちでつくる団体などが今月14日、前線の部隊に支援物資を送る催しを開きました。個人だけでなく、学校や職場などで集められたという食料や衣類などが入った箱が次々と運ばれ、トラックで現地に届けられるということです。

参加した女性は「子どもたちと一緒に40キロ分のキャンドルをつくりました。ざんごうの中では照明などが必要です」と話していました。この女性が勤務する児童センターでは子どもたちに兵士への激励の手紙も書かせているということです。

また、年金生活者の男性は、「もし撤退するようなことになればそれは破滅を意味することはみんな分かっている。そんなことになればこれまでの労力とカネがむだになる。前進あるのみだ」と話し、ロシア軍の勝利に向けて戦い抜くことができるよう国民の結束が必要だと強調していました。

市民 軍事侵攻支持の一方停戦を望む声も

ロシアでは、プーチン大統領が「特別軍事作戦」と呼ぶ軍事侵攻を、世論調査では、今も多くの市民が支持しているものの、将来への不安から、停戦を望む声も聞こえるようになりました。

モスクワでは

首都モスクワに住む70歳の女性は、プーチン大統領を支持しているとした上で軍事侵攻について「すぐには終わらないと思う。混乱が起きている。アメリカが手を出し、終わらせようとしない」と話し欧米各国によるウクライナへの軍事支援を批判しました。

この女性は現在の生活について「今のところ悪くない。景気は少しずつ回復している」と話し、制裁の市民生活への影響は限定的だとしていました。また会社員の女性は軍事侵攻を支持する一方、動員された知人の安否を心配していて「ロシアのために、損失を少なく抑え、できるだけ早く終わってほしい」と話していました。

25歳の会社員の男性は、軍事侵攻を支持するかどうかについて明確な回答は避けたいとした上で「できるだけ早くこの状況が終わることを望む。結局のところ、ロシアとウクライナの双方にとって悪いことだ」と話していました。

さらに教育関係の仕事についている30歳の女性は「仕事がしづらくなった」と話しその理由として、教育現場で▽子どもたちに兵士宛ての手紙を書かせたり、▽支援物資を集めたりするなど子どもたちの愛国心を高める活動が広がっていることを挙げました。その上で「軍事作戦がすべて終了し何らかの見通しがつくか、あらゆる面での損失が最小限に抑えられることを望む」と話していました。

極東ウラジオストクでは

軍事侵攻では、極東やシベリアなどウクライナから遠く離れた地方都市からも、多くの若者が戦地に送られています。

ロシア極東の中心都市ウラジオストクに住む53歳の男性は「特別軍事作戦」を支持しているとした上で「西側諸国は多くの資金や装備品をウクライナにつぎこんでいる。これは政治の戦争だ。ロシアを侵略者であるかのようにみせかけたいだけだ」と欧米各国を批判しました。

その一方で、志願して前線に入っている友人から聞いた話として「現地では、国営テレビが言うほど、すべてがうまくいっているわけではないそうだ。当然のことだが、戦争はたやすいことではない」と述べ、複雑な表情を浮かべていました。

また工場で働く30代の男性は「私の知人も死んだ。こんなことはおかしい」と話し軍事侵攻を支持しない姿勢を示しました。

そして、欧米や日本の企業が、ロシアでの事業を停止するなどしたため、勤務先の工場では、必要な資材の供給が滞っているとした上で「すべての面で影響が出た。仕事にも、経済にも、モラルの面にも悪い影響が出ている」と述べました。

そして国営企業で働く40代の男性は「誰もが将来に不安を感じている。計画を立てられず、情勢が常に変化するため、安定が感じられない」と話していました。

暮らしへの影響は限定的か…

ロシアがウクライナへの侵攻を始めてからこの1年で、欧米などはロシアに対し厳しい制裁を科したほか、ロシアで事業を展開していた企業が撤退したケースもあります。しかし、市民の暮らしへの影響は限定的とみられています。

ロシアからはアメリカのハンバーガーチェーン大手、マクドナルドやコーヒーチェーン大手のスターバックスが撤退しました。いずれも市民に人気がありましたが、店舗があった場所には店のロゴやメニューが似ていると指摘されるロシア資本の店が新たに開業し、多くの客でにぎわっていました。

買い物客や観光客が行き交う首都モスクワの大通りでは、欧米や日本の人気ファッションブランド店舗が照明を落としたままとなっていて再開の見通しは立っていません。
一方で市内ではロシアのブランドの店舗が「国産品を買って」とアピールしているほか同盟国、ベラルーシの化粧品を扱う店舗が増えています。首都モスクワ在住の大学生の女性は好きだった欧米ブランドの衣服や化粧品が手に入りづらくなったものの、ベラルーシ製などの同じような商品を買っているとし「すごく悪くなったわけではない。差は感じるが、たえられる」と話していました。

また、市民生活を支える食料品店で、ものが不足している様子は見られません。飲み物が置かれた棚には侵攻開始直後にすべてのビジネスを撤退すると発表したアメリカの大手飲料メーカーなどの商品も多くならんでいました。

こうした商品はロシアで生産されなくなったものの、隣国のカザフスタンやベラルーシなどから輸入され、依然とあまり変わらない価格で売られているといいます。

一部の商品は輸入品も仕入れることが難しくなっているとしていますがそれでも類似商品は多くあるとして食料品店の店長は、「原則、品ぞろえに変化はない」と話しています。

買い物に訪れた26歳の会社員の男性は、「この店を見ても制裁の影響はないと思う。実感もないと言える。日常生活で必要なものは基本的に棚にならんでいて問題は感じない」と話していました。

また、46歳の男性は、「値段が高くなったものや店からなくなったものもあるが事態は悪化していない。飢えることはない」と話していました。

制裁で自動車産業に大きな変化

ロシア国内で大きな変化が出ているのは自動車産業です。ロシア国営のタス通信は去年12月、自動車産業に詳しい専門家の話を引用し「この1年間、ロシアの自動車市場は大きな転換期を迎えた」と伝えました。

民間の調査会社「アフトスタット」によりますとロシアの自動車市場では、ヨーロッパメーカーのシェアが、去年1月と2月には、およそ28%だったのが11月と12月には8%ほどと4分の1ほどに減ったということです。同じように、日本メーカーもおよそ18%から7%ほどと3分の1に減ったとしています。

一方、ロシアの国産車は、20%から42%と2倍ほどになり、中国メーカーもおよそ10%から30%ほどと3倍に増えたということです。

中国の自動車メーカー「奇瑞自動車」はロシア国内に120か所ほどの販売店があり、このうち2020年には極東の中心都市ウラジオストク市内にもオープンしました。休日には朝から客が途切れることなく訪れ、販売担当者のアレクサンドル・パブリュク氏は「毎日、毎月、中国車の認知度は高まり今後の見通しは非常に良い。日本や欧米のブランドも去り、いま、中国車にとって大きな飛躍の場になっている」と話していました。

これまで複数の日本車を買い替えてきた40代の会社員の女性は、この日、初めて「奇瑞自動車」のSUV=多目的スポーツタイプの車を購入しました。
この女性は「今この国で起きていることを考えると、日本車を買っても車を修理したり、必要な部品や見つけたりすることが難しく、すぐに整備できるという保証もない。しかし中国車にその心配はない」と話し、ロシアと一層関係を深める中国の自動車に対する信頼が高まっていると強調していました。

ロシアから撤退企業数 約8.5%にとどまる

ロシアによるウクライナ侵攻後、ロシアから撤退した欧米と日本の企業の数は、全体のおよそ8.5%にとどまったとする調査の結果をスイスの大学などの研究チームが1月公開しました。

調査は企業のデータベースをもとに去年4月の時点でロシアで事業を展開していたEU=ヨーロッパ連合やG7=主要7か国からの1404社を対象に実施されました。このうち去年11月末までに1社でも子会社を売却した企業は120社で全体のおよそ8.5%にとどまったことがわかったということです。

この120社を国別でみると
▽最も多いのがアメリカの25%で
▽フィンランドが12.5%、
▽イギリスが10.8%、
▽日本は5.8%だということです。

また、ロシアで事業を続けている企業は
▽ドイツが19.5%、
▽アメリカが12.4%で、
▽日本は7%だということです。

研究チームはロシアを撤退した企業はロシアで事業を続けている企業と比べて収益性が低く、従業員が多いことが特徴だとしています。その上でロシアで事業を展開していた多くの企業は売却の手続きをまだ完了していないか、事業を続けているとしています。

この調査結果についてウクライナのポドリャク大統領府顧問は、2月11日、SNSでロシアで事業を行う企業が納める税金がウクライナ侵攻の戦費になっていると指摘した上で「あらゆるビジネスがヨーロッパにおける侵略戦争を行う張本人であるプーチン氏とその側近の懐を潤している。欧米側は厳しい態度をとるべきだ」と投稿しました。

ロシア社会経済の専門家「事態悪化も 戦費捻出していく」

欧米や日本から厳しい経済制裁を科されているロシアの経済状況について現地の専門家は、国家予算の多くを占める原油の価格下落などから、国民に見えにくい形で事態が悪化しているものの、プーチン政権は軍事侵攻を続けるために戦費を捻出していくとの見方を示しました。

モスクワ大学の教授でロシアの社会経済を専門にするナタリア・ズバレビッチ氏は、2月3日NHKのインタビューで「去年始まった危機は高い確率でことしも続く。ゆっくりと、しかし財政赤字は確実だ」と予測しました。

最大の原因として挙げたのが、欧米などがロシア産の原油や石油製品に上限価格を設定する制裁措置を導入したことなどによるロシア産原油の価格下落です。ズバレビッチ氏は2022年の原油と天然ガスの収入は歳入全体の42%を占めるとした上で「国家予算に問題が出てくることは間違いない。多額の損失を被ることになる」と指摘しました。

一方、去年の財政支出は当初予算よりおよそ7兆ルーブル、日本円でおよそ13兆円多く、公表された統計がないものの「兵器の製造量は増加している」などと述べ、大部分は軍備に充てられたとみています。

そして、ことしの国の予算のうち国防関連費があわせて9兆ルーブル余り、日本円で16兆円余りで、歳出全体の30%以上となり、ロシアがウクライナ南部のクリミアを一方的に併合した2014年当時と同じ規模の増額になると指摘しました。

これについてズバレビッチ氏は政権の支持基盤である年金受給者などに向けた補助金は維持しながらも「教育や保健など社会政策の関連資金を削り、道路などのインフラ開発計画を減らすだろう」と述べ、財政支出を絞り込んだ上で政府系の基金を取り崩したり一部の法人税を引き上げたりして軍事侵攻を続けるため戦費を捻出していくとの見方を示しました。

また、経済制裁のほか外資系企業の撤退や活動停止による影響についてズバレビッチ氏は「問題はあるが品不足はない」と述べ、政府が認める並行輸入によって、価格は上がったものの、衣料品や携帯電話などは市場に出回り、店頭にあると説明しました。

ただ、「半導体の輸入は極めて難しくなった。輸入できない機器をどう交換するか。大半は中国製品となり、それ以外はロシアで調達しようとするが、すべてを置き換えることはできない」と述べ、ハイテク分野で深刻な問題が生じているとしています。

そして「悪化の速度が遅いので、普通の人たちは気付かない。ロシアの航空会社が実際どれほど深刻な問題を抱えているか国民は理解せず、政権の説明をうのみにして、すべて順調だと考えている」と述べ、表面化していないところで事態は悪化していると危機感を表しました。

さらに、軍事侵攻に伴う動員などを受けてこの1年間でおよそ70万人がロシアを去ったという見方を示し「人的資本を失ったことで国の発展は危ぶまれている」とも指摘しました。

しかし、ズバレビッチ氏は、軍事侵攻が年内に終わる見通しはなく、国内経済は悪化の一途をたどると予測した上で「抑圧による恐怖、『何も見たくない、知りたくない』という思いから、国民の抗議行動は起きない。悲しいかな、人々は長期間じっと耐え続けるのだろう」と述べ、将来に悲観的な見方を示しました。

イスラエル 欧米と一線を画し“ロシア非難せず”

ウクライナへの軍事侵攻をめぐって各国はロシアとどのように向き合っているのでしょうか。

欧米とは一線を画し、ロシアによる侵攻を非難しない立場をとってきたのが、アメリカと強い同盟関係にあるイスラエルです。

その背景には自国の安全保障の問題があります。イスラエルは、隣国のシリアでイスラエルと敵対するイランが支援する武装組織が活動しているとし、たびたびそうした武装組織の拠点を攻撃しています。

イスラエルのこうした攻撃を黙認しているのが、シリアのアサド政権の後ろ盾となっているロシアだとされています。イスラエルとロシアのこうした関係はイランがロシアに無人機を供与していることがわかったあとでも変わらず、イスラエルの外相が今月、軍事侵攻が始まって以来、初めてウクライナを訪問した際も、ロシアを非難することはありませんでした。

一方、イスラエルは、多くのユダヤ人が暮らすウクライナとも良好な外交関係を築いていて、ゼレンスキー大統領からはたびたび武器の供与を求められていますが、性能の高い武器の供与を拒んできました。

こうした中、ゼレンスキー大統領は今月、ドイツのミュンヘンで開かれた安全保障会議でイスラエルを名指しして防空システムの供与を求めました。

イスラエルでは去年末に、ネタニヤフ首相が政権の座に返り咲きましたが、ネタニヤフ首相はプーチン大統領と親密な関係を築いていたとされていて、今後、ロシアに対しどのように対応していくのかが焦点となっています。

急接近するイラン 経済分野でも協力

また、欧米とは対照的に、急接近しているのがイランです。

イランは、ウクライナへの攻撃に使っている無人機をロシアに供与していると欧米やウクライナ政府から指摘されたあと、無人機の供与を認めましたが、供与した時期については、侵攻開始の前のことで「ウクライナでの戦争には協力していない」と主張しています。

ただ、ロシアとの軍事協力自体は、今後も進める方針を示していて、欧米はロシア国内で無人機を共同生産したり、イランがミサイルを供与したりする可能性があるとして、懸念を強めています。

さらに、経済分野でも協力関係が進んでいます。両国政府がいま進めているプロジェクトが、イランを経由して巨大市場のインドとロシアをつなぐ「南北輸送回廊」です。これは、船のほか、鉄道、トラックを駆使した物流ルートを確立しようとする構想で、20年余り前に提唱されたあと、多額のインフラ投資を必要とすることなどから、実際には進んでいませんでした。

しかし、ロシアは、ウクライナ侵攻後、欧米などから経済制裁を科されたことで、同じように制裁を科されているイランとともに、制裁の影響を免れる新たな経済圏を作ろうと、力を入れ始めています。

こうした両国の接近に対し、イラン国内でも警鐘を鳴らす動きが出ていて、去年11月には、元外交官らが共同声明を発表し「ウクライナの人たちが傷つけられる中、イランの対応が国益を十分に考慮しているか疑問だ」と訴えています。

“どちらにもつかない”注目は「グローバル・サウス」

【グローバル・サウスとは】。
欧米諸国とロシアの対立が続く中、どちらにもつかない立場をとる「グローバル・サウス」と呼ばれる国々が、今、注目を集めています。

アジア、アフリカ、それにラテンアメリカなどのこれらの新興国や途上国は、冷戦時代には「第三世界」と呼ばれましたが、近年、国際社会における存在感が増してきています。

【きっかけは軍事侵攻】。
去年3月2日の国連総会の緊急特別会合では、ロシアを非難し、軍の即時撤退などを求める決議案に35か国が棄権。軍事侵攻を支持しない一方、ロシアに対する経済制裁にも加わらない国々の存在が注目されました。

インドは「グローバル・サウス」サミット開催

【代表格の1つインドは】。
その代表的な国の1つインドは1月、グローバル・サウスの国々を対象にしたオンラインサミットを開催。モディ首相は、参加した125か国の首脳らに対し、燃料や肥料の価格高騰に直面する途上国の声を国際社会に反映させると訴えました。

「われわれはウクライナでの紛争などの影響をより強く受けている。世界の人口の4分の3を占めるグローバル・サウスは、人類の未来に最も大きな利害関係を有する」。

【“抜け穴”批判に反論】。
ロシアがウクライナへの軍事侵攻を始めて以降、インドは伝統的な友好国であるロシアからの原油の輸入量を大幅に増やしていて、一部のメディアからは、「制裁の抜け穴になっているのではないか」といった指摘も出ています。
【オーストリアのTV出演】。
こうした中、ジャイシャンカル外相は1月、オーストリアのテレビ番組で「侵攻以降、ヨーロッパはインドの6倍のエネルギーをロシアから輸入した。ロシアからの輸入が問題なら、ヨーロッパはなぜ輸入をやめなかったのか」と述べ、指摘はあたらないという見方を示しました。

また、途上国は経済的な余裕がなく、原油が安く手に入るのであれば、買うのは当然だとしたうえで、欧米とロシアのどちらの側にもつかない「グローバル・サウス」は、分断が進む世界の“パイプ役”になりうると、その存在意義を強調しています。

「二極化する世界で最も苦しんでいるのはグローバル・サウス。中間的な存在の国は、異なる立場の国々を話し合いのテーブルにつけることができる」

存在感示すアフリカの国々

【アフリカ、勢力争いの場に】。
一方、アフリカでは、欧米とロシア、中国との間の外交的なせめぎ合いが繰り広げられています。2022年12月、アメリカはアフリカ諸国の首脳をワシントンに招いて大規模な首脳会議を8年ぶりに開催。バイデン大統領がことしアフリカを訪問する考えを示すなど、アフリカ諸国との関係強化に力を入れています。

これに対して中国は1月、秦剛外相が就任後初めての外遊先としてアフリカを訪れたほか、ロシアのラブロフ外相も1月から今月にかけて相次いでアフリカを訪問しています。

アフリカは国連加盟国の3割近くを占めていて、国連での投票で存在感を示しています。また、電気自動車などの先端機器に必要な希少資源の産地もあり、戦略的な重要性も増しています。アフリカの国々の多くは、大国からの外交攻勢を自国の立場を強め、大国の協力と関与を引き出すチャンスになると捉えています。

たとえば、南アフリカは、2月17日から27日までの予定で、ロシア、中国の海軍を招き、合同軍事演習を行っています。南アフリカは、BRICS=新興5か国の一員として、中国やロシアとの関係を重視しています。

また、現政権の幹部にはアパルトヘイト=人種隔離政策の撤廃運動で当時のソビエトから支援を受けた経験を持つ人もいます。このため、欧米の圧力に屈せず、ロシアとの関係を維持することには政権内でも一定の支持があります。

一方で、南アフリカはウクライナ情勢については、あくまで中立の立場だと主張し、1月には、アメリカのイエレン財務長官の訪問を受け入れるなど、欧米との関係も維持しようとするしたたかさも見て取れます。

大国間の争いに巻き込まれるリスクも

【大きなリスクも】。
欧米とロシア、中国の対立に乗じていわば漁夫の利を得ようとしているグローバル・サウスの国々。しかし、こうした駆け引きには、大国間の争いに巻き込まれるという大きなリスクもあります。

アジアやアフリカには、冷戦時代、米ソ両陣営の介入によって国が分断され、泥沼の内戦に陥った国が少なくありません。

アフリカ諸国の外交政策や国際関係論が専門の、南アフリカの研究者、リーザ・ジェーンバーグ博士は、「大国同士の対立のはざまでどちらにつくかを選ぶのは非常に危険なゲームだ。冷戦時代に東西の代理戦争の場となったように、今回も結局はアフリカの国々が多大な損失を背負うことになりかねない」と指摘しています。