世界の分断は加速するか 回避する道は? 知の巨人たちのことば

世界の分断は加速するか 回避する道は? 知の巨人たちのことば
ロシアによるウクライナ侵攻からまもなく1年。侵攻によって食料やエネルギーの危機が発生し、世界は一段と分断の道を進んでいる。また、同時進行で米中の対立は激化し、グローバリゼーションに黄色信号がともっていることが浮き彫りになった。このまま行くと世界はどうなるのか、危機を乗り越えるための処方箋はあるのか、4人の知の巨人のことばからヒントを探る。(NHKスペシャル シリーズ混迷の世紀「“貿易立国”日本の苦闘~グローバリゼーションはどこへ」取材班)

根本から変わった世界

「2022年2月24日、ロシアによるウクライナ侵攻を境に世界は根本的に変わってしまった。対立が深まり、ブロック化が進み、モノを取り引きするコストが増加している」
EU=ヨーロッパ連合の委員長を2004年から10年にわたって務めたジョゼ・マヌエル・ドゥラン・バローゾ氏はこう警告する。

ロシアによるウクライナ侵攻は生活に不可欠な食料やエネルギーの供給不足を引き起こした。
エネルギー価格は一時、記録的な水準にまで高騰し、今も高止まりしている。輸入に依存する多くの新興国の人々や先進国の低所得者層を直撃した。

インフレは広い範囲で人道的な危機につながるおそれが出ている。

さらにアメリカと中国がそれぞれ自国の経済圏を拡大しようと、ブロック化の様相を呈している。

ブロック化が最悪、戦争の道に…

バローゾ氏
「世界がブロック化していく可能性は非常に高いと思う。今日のロシアは中国にかなり接近しており、“グローバルサウス”と呼ばれる新興国や途上国から支持を得ようと動いている。米国と中国の断絶はさらに進み、このまま亀裂が深まっていくシナリオが最も可能性が高い。そうならないことを祈るが、最も大きなリスクは戦争が起きることだ。今の世界はより緊迫した状態になっている」
戦争を繰り返し、血塗られた歴史を刻んできたヨーロッパ。20世紀に入っても2度の世界大戦の戦場となり、多くの犠牲者が出た。
この地を再び戦地にしないとの思いから石炭と鉄鋼の共同体をつくり、それがEUへと引き継がれていった。

そのEUをまとめてきたバローゾ氏の警鐘は重く心に受け止めなければならないと感じる。

成長鈍化とインフレ進行か

ブロック化が進むと世界経済はどうなるのか。

アメリカ・クリントン政権で財務長官を務め、その後、ハーバード大学の学長などを歴任したローレンス・サマーズ氏に話を聞いた。

サマーズ氏は、今の世界経済は成長の鈍化とインフレ進行という二重苦が進むとみている。
サマーズ氏
「グローバリゼーションは最も効率的な場所で生産し、規模を拡大することで、より多く生産を可能にする。しかし、ブロック経済化すれば、効率性が失われて、生産量が減少し、価格の上昇を招いてしまう。経済的な対立が安全保障の対立につながり、安全保障の対立がさらなる経済的な対立を招くという悪循環に陥ることは間違いない。しかし、回避するのが、政策や政治家の課題なのだ」
2022年、欧米を中心に世界は記録的なインフレに見舞われた。
足元の経済指標ではいくぶん和らいでいるが、サマーズ氏の話を聞くと分断が進めば再びインフレが加速することへの不安感が高まる。

分断の要因「恩恵は均等にあらず」

戦争やインフレを引き起こすリスクを抱える世界の分断。なぜ、ここまで深刻になってしまったのか。

その根本的な原因を2人の歴史家に聞いてみた。

1人目の歴史家ニーアル・ファーガソン氏は次のように分析する。
ファーガソン氏
「グローバリゼーションは、2001年、中国がWTO=世界貿易機関のメンバーになってから急速に進展したが、実はすべての人が同じように恩恵を受けたわけではなかった。中国では、極めての多くの中産階級が生み出され、欧米では1%のエリートがグローバリゼーションによって大きな利益を得た。しかし、アメリカ人の平均的な家庭の実質所得は1996年から2016年までほとんど変わらなかった。グローバリゼーションは、世界経済に利益をもたらしたが、その恩恵は均等ではなく、アメリカやヨーロッパの多くの人たちが、グローバリゼーションはわれわれに何も提供してくれないと考えた。そして、アメリカではトランプ氏が大統領に選ばれ、イギリスのEU離脱、いわゆるブレクジットが起きたのだ」

分断の要因「なぜ保護しない?」

経済史が専門のコロンビア大学アダム・トゥーズ教授は、アメリカ国民の内向き志向がアメリカの政策に影響を及ぼしていると指摘する。
トゥーズ氏
「グローバリゼーションがうまくいかないのは勝者と敗者を生み出し、ある社会はうまく対処するけれどもある社会はうまく対処できない事態をつくるからだ。アメリカでは、巨額の貿易赤字を生み出しながら国内市場を競争相手の外国に開放してきたエリート政治に対する一般の国民の反発もある。中国の台頭によって、アメリカの一部の企業は壊滅的な打撃を受けたが、こうしたショックにぜい弱な社会、弱い人々をなぜ守ってこなかったのか、それが問われている。経済成長はいいことだが、実は誰にとってもいいものではなく、国民の大多数が成長を維持するためにお金を支払う価値がないと考えているかもしれないのだ」

分断の時代の提言

歴史が歩んできた道を再び逆戻りするかのように動いている世界。この先には、どんな未来が待ち受けているのか。

ファーガソン氏は、米中の貿易量は増え続けており、グローバリーゼションは生きているとしたうえで次のように指摘する。
ファーガソン氏
「現代の矛盾は、経済のグローバル化が進む一方で、地政学的な二極化が進んでいることだ。米中による新しい冷戦は、アメリカとソ連の間で貿易があまり行われていなかった第1次冷戦と異なり、多くの貿易が行われているのが特徴だ。経済的な結び付きを断てば失うものがあまりに大きいため戦争を防ぐことができると主張することもできる」
また、トゥーズ氏は、地域で国どうしがつながる「地域化」を通じてグローバリゼーションを実現していくのがこれからの世界の新しい形だと語る。
トゥーズ氏
「世界は20年前から30年前と比べると、多極化が進んでいる。G20を例にあげてもインドネシアが非常に重要な役割を担っている。開発がうまくいけば、アフリカの主要国もグローバリゼーションの新たなプレーヤーになるだろう。WTO=世界貿易機関は失敗したが、TPPやEU、RCEPなど地域貿易協定は前に進んでいる。現代の形でグローバリゼーションが始まった1970年代まで地球の人口は半分だったが、80億人が暮らす惑星がほかの方法で機能していくと想像するのは難しい。2極化の時代から多極化の時代に。地球のすべての主要な大陸を取り込み、私たちはお互いが関係をむすびながらグローバルに生きていくしかない」

政治の役割が問われる

新型コロナによる世界経済の混乱、起きるはずがないと考えていたロシアによるウクライナ侵攻。そして、改善の兆しが一向に見えず深刻化する米中の対立。

今、私たちは第2次世界大戦以降、進化してきたグローバリゼーションの大きな転換点に立っている。

しかし、内向きな志向は、繰り返されてきた戦禍を再び招くおそれがある。つながりを断つことのリスクを世界は認識しなくてはならない。

経済と安全保障が密接に結び付き、これまでの市場原理や資本主義など、経済学の教科書が役に立たない困難な課題に直面している。

こうした混迷の時代に問われるのは、やはり政治の役割だ。
2010年以降ヨーロッパを震撼させた、ギリシャに端を発した欧州債務危機。このときEUの委員長として陣頭指揮をとったのがバローゾ氏だ。

各国の利害が対立し、ヨーロッパがバラバラになりそうな局面を1つにまとめ、危機を抜け出した。

政治家だったバローゾ氏に最悪の事態を避けるにはどうしたらいいかを尋ねた。

「建設的な精神で相違点を解決しようと対話を行うことが大切だ」

このメッセージが世界のリーダーたちに届くことを願うばかりだ。
ワシントン支局記者
小田島拓也
2003年入局
甲府局 経済部 富山局などを経て現所属