中国「強国」戦略の脅威 “ターゲットは日本の得意製品”

年1回の人間ドックでお世話になる内視鏡。オフィスでおなじみの複合機。いずれも日本製が世界で高いシェアを誇ります。こうした日本が得意とする製品を「Made in China」にしようと中国が国産化戦略を強化しています。そのために中国に進出する日本企業に技術移転を迫ろうとしているのではないか、そうなると日本の競争力がそがれるという警戒感が強まっています。中国の戦略はどのような思想に基づいているのか、日本企業はどう対応すべきなのか。探ってみました。(NHKスペシャル 「“貿易立国”日本の苦闘」取材班)
相次いで飛来する“偵察用”気球?
今、アメリカ軍が偵察用だと分析、撃墜した気球の存在が世界を揺るがしています。

日本の防衛省も過去に日本の上空で確認された気球型の飛行物体を「中国が飛行させた無人偵察用気球であると強く推定される」と発表しました。
これに対して中国政府は「確かな証拠もないまま、中国を中傷した」と強く反発し、日本と中国との間でも緊張が走っています。
これに対して中国政府は「確かな証拠もないまま、中国を中傷した」と強く反発し、日本と中国との間でも緊張が走っています。
日本の強みがターゲットに?
さらに実は今、中国の戦略に対して日本の政府や企業の関係者の間で水面下で緊張が高まってきているのが経済分野です。

この資料は中国政府が外国企業からの投資を重点的に促そうとする品目を示しています。
これに中国企業が外国企業に依存して「弱み」となっている品目をまとめた、現在は公表されていない資料を分析すると中国がターゲットにしている分野が見えてきます。
そして、そこに市場規模が1000億円以上あって日本企業がシェアを持つ分野を重ねてみました。すると日本の強い分野と中国が強化したい分野はほとんどが重なり合うことが分かったのです。
それを示したリストです。
これに中国企業が外国企業に依存して「弱み」となっている品目をまとめた、現在は公表されていない資料を分析すると中国がターゲットにしている分野が見えてきます。
そして、そこに市場規模が1000億円以上あって日本企業がシェアを持つ分野を重ねてみました。すると日本の強い分野と中国が強化したい分野はほとんどが重なり合うことが分かったのです。
それを示したリストです。

完成品では産業用ロボットや冒頭に述べた内視鏡、複合機など。
部品や組み立ての工程では半導体関連装置や自動車部品、燃料電池など。
素材では炭素繊維や半導体の材料など、川上から川下まで幅広い分野に及びます。
業界関係者は次のように語ります。
部品や組み立ての工程では半導体関連装置や自動車部品、燃料電池など。
素材では炭素繊維や半導体の材料など、川上から川下まで幅広い分野に及びます。
業界関係者は次のように語ります。
業界関係者
「中国が今、弱みがあり、今後強化したい分野は日本企業の強みと重なっていて日本がターゲットにされている。『国産化』というが、外資企業に中国で生産させるのではなく、中国企業が自前で生産できるように技術移転を迫ろうとしている」
「中国が今、弱みがあり、今後強化したい分野は日本企業の強みと重なっていて日本がターゲットにされている。『国産化』というが、外資企業に中国で生産させるのではなく、中国企業が自前で生産できるように技術移転を迫ろうとしている」
2021年に中国政府が地方政府に非公式に出した内部通知では医療機器や通信機器などの製品を購入する際に国産品を優先することが指示されました。
文書では内視鏡といった具体的な品目ごとに国産品の割合を100%や75%にすることなどが示されています。
文書では内視鏡といった具体的な品目ごとに国産品の割合を100%や75%にすることなどが示されています。

そうなると外国メーカーの製品は排除されるか、中国で生産をするかという選択を迫られることになります。
このため、日本企業のあいだでは中国メーカーに対して技術移転を半ば強制的に促すねらいがあるのではないかと警戒が高まったのです。
最近では外国の化粧品メーカーに対しても成分を詳しく示すように働きかけているということです。
このため、日本企業のあいだでは中国メーカーに対して技術移転を半ば強制的に促すねらいがあるのではないかと警戒が高まったのです。
最近では外国の化粧品メーカーに対しても成分を詳しく示すように働きかけているということです。
安全性など品質の管理が名目にされているということですが、企業ごとに機密性が高い成分情報を示させることで中国企業の競争力強化を目指しているねらいがあるとみられています。
経済を“武器化”か
なぜ中国は「国産化」を強化しようとしているのか。
共産党トップとして異例の長期政権入りした習近平国家主席が今、大きな目標として掲げているのが今世紀半ばまでにアメリカをも超える「強い国」を実現するとしている点です。そのために欠かせないのが経済成長で、「国産化」はその一環とみられます。
そして習主席は2020年に次のような方針も示しています。
共産党トップとして異例の長期政権入りした習近平国家主席が今、大きな目標として掲げているのが今世紀半ばまでにアメリカをも超える「強い国」を実現するとしている点です。そのために欠かせないのが経済成長で、「国産化」はその一環とみられます。
そして習主席は2020年に次のような方針も示しています。

「国際的なサプライチェーン=供給網の中国への依存度を高めることで外国による供給網の遮断に対し強力な反撃と抑止力を形成する」
つまり、アメリカなどを念頭に、対立が激化した時に中国のサプライチェーンをいわば“武器”として用いるねらいがあるとみらているのです。
川上から川下まで
こうした国家主義的な産業政策は、共産党と政府、そして企業が一体となって戦略を進める中国ならではとも言えます。
その代表例がEV=電気自動車です。従来のガソリン車では日米欧のメーカーが圧倒的なシェアを持つ中で、中国はいち早くEVシフトを進めてきました。
その代表例がEV=電気自動車です。従来のガソリン車では日米欧のメーカーが圧倒的なシェアを持つ中で、中国はいち早くEVシフトを進めてきました。

市場が十分に成熟していないEVなら世界のトップをねらえるという思惑で、手厚い補助金や環境規制などによって世界最大の市場に成長しました。
完成車だけでなく世界最大の電池メーカーから電池やモーターの部材など、川上から川下までを押さえつつあるのです。
完成車だけでなく世界最大の電池メーカーから電池やモーターの部材など、川上から川下までを押さえつつあるのです。
経済圏も拡大
そして自国では調達しきれない原材料は国外に経済圏を拡大することで獲得を進めています。
その最前線の1つがインドネシアです。
その最前線の1つがインドネシアです。

中国企業が相次いで進出し、希少鉱物、ニッケルの確保を進めています。
ニッケルはEVなどの電池に欠かせず、世界全体の埋蔵量のおよそ4分の1がインドネシアにあるとされています。
ニッケルはEVなどの電池に欠かせず、世界全体の埋蔵量のおよそ4分の1がインドネシアにあるとされています。

中国企業は現地企業との合弁などでニッケルの製錬所などを次々と建設しています。
取材で訪れたスラウェシ島にあるニッケルの加工会社の壁には中国の巨大経済圏構想「一帯一路」の文字が。
その横には中国語で「共に繁栄を築く」とも掲げられていました。
取材で訪れたスラウェシ島にあるニッケルの加工会社の壁には中国の巨大経済圏構想「一帯一路」の文字が。
その横には中国語で「共に繁栄を築く」とも掲げられていました。

インドネシアには日本企業も進出していますが、最近は中国企業との競争激化にさらされています。
日本の大手非鉄金属メーカーは需要が高まるニッケルの新規調達を図ろうと現地企業と新たな製錬所の建設に向けた交渉を行っていました。しかし、交渉は破談し、2022年に新たに権利を獲得したのは中国企業でした。
日本の大手非鉄金属メーカーは需要が高まるニッケルの新規調達を図ろうと現地企業と新たな製錬所の建設に向けた交渉を行っていました。しかし、交渉は破談し、2022年に新たに権利を獲得したのは中国企業でした。
日本企業の関係者
「中国は、国を挙げた決断力の早さと実行力で資源をとりにきており、経済採算性だけを求めていないのが大きい。同じ土俵では戦えないと考えている」
「中国は、国を挙げた決断力の早さと実行力で資源をとりにきており、経済採算性だけを求めていないのが大きい。同じ土俵では戦えないと考えている」
中国企業との結び付きを強めるインドネシアのニッケル産業。加工されたニッケルの多くは中国へと輸出され、電池の部材などとして加工されます。
中国が世界をリードするEVの心臓部は、その巨大経済圏の中で生産が完結できる仕組みが作られつつありました。
中国が世界をリードするEVの心臓部は、その巨大経済圏の中で生産が完結できる仕組みが作られつつありました。
「守れない」懸念も
中国が、外国企業が得意とする技術を獲得しようとする方針。
中国の大手メーカーが自社製品の供給網について国産化率を引き上げる目標を政府から設定され、日本企業への提携のアプローチしているといった情報もあります。
ところが今、日本政府関係者の間では、日本企業が世界的シェアを持つ品目でも、外為法(外国為替及び外国貿易法)や2022年に成立した経済安全保障推進法などの法制度では輸出や技術移転を必ずしも規制できない、ということへの懸念が出ています。
「今、規制の対象となっているのは軍事転用が懸念される品目などで、日本企業の競争力をどう守るかという観点からの検討が必要だ」という声が上がっているのです。
中国の大手メーカーが自社製品の供給網について国産化率を引き上げる目標を政府から設定され、日本企業への提携のアプローチしているといった情報もあります。
ところが今、日本政府関係者の間では、日本企業が世界的シェアを持つ品目でも、外為法(外国為替及び外国貿易法)や2022年に成立した経済安全保障推進法などの法制度では輸出や技術移転を必ずしも規制できない、ということへの懸念が出ています。
「今、規制の対象となっているのは軍事転用が懸念される品目などで、日本企業の競争力をどう守るかという観点からの検討が必要だ」という声が上がっているのです。
“国際約束”も破棄?
さらに中国の不透明な手法にも懸念が強まっています。
国産化をねらう分野の1つに日本企業が世界的シェアを持つプリンターやスキャナーなどの機能を備えた複合機があります。
国産化をねらう分野の1つに日本企業が世界的シェアを持つプリンターやスキャナーなどの機能を備えた複合機があります。

去年、中国政府が国内市場で販売される複合機などのオフィス機器について中国国内で生産や開発、設計するよう求める基準の導入を検討していることが明らかになり、日本メーカーなどの間では技術漏えいにつながりかねないという危機感が広がりました。
そこで日本政府は貿易のルールについて議論するWTO=世界貿易機関の場で問いただしたところ、中国側は「基準の策定は計画していない」と釈明しました。
ところがその後、政府系機関が基準の導入に向けた手続きが進めていることが明らかになったのです。
日本政府関係者は「国際交渉の場での発言を一方的に破棄するものだ」と反発を隠しません。
そこで日本政府は貿易のルールについて議論するWTO=世界貿易機関の場で問いただしたところ、中国側は「基準の策定は計画していない」と釈明しました。
ところがその後、政府系機関が基準の導入に向けた手続きが進めていることが明らかになったのです。
日本政府関係者は「国際交渉の場での発言を一方的に破棄するものだ」と反発を隠しません。
企業の経済活動とのバランスは
懸念が強まる一方、日本と中国の経済的なつながりは深く、行きすぎた反発は日本企業にとってマイナスに働くという声も上がっています。
日本と中国との間の貿易総額は43兆円を超える(2022年分速報値)最大の貿易相手国で、2位のアメリカを10兆円以上も上回るほか、中国にある日系企業の拠点数は国や地域別で最も多くなっています。
中国との経済関係が分断されるとどのような影響を及ぼすのか。アジア経済研究所は物流網の発達度合いや各国の関税などの要素を組み込んで米中を軸に、アメリカ陣営と中国・ロシア陣営などに世界が分断した場合の2030年の経済状況をシミュレーションしました。
日本と中国との間の貿易総額は43兆円を超える(2022年分速報値)最大の貿易相手国で、2位のアメリカを10兆円以上も上回るほか、中国にある日系企業の拠点数は国や地域別で最も多くなっています。
中国との経済関係が分断されるとどのような影響を及ぼすのか。アジア経済研究所は物流網の発達度合いや各国の関税などの要素を組み込んで米中を軸に、アメリカ陣営と中国・ロシア陣営などに世界が分断した場合の2030年の経済状況をシミュレーションしました。

その結果、分断が続かない場合と比較して、最悪のシナリオでは日本のGDP=国内総生産はマイナス11.6%、中国はマイナス9.4%、アメリカはマイナス12%となり、相互に依存する関係が浮き彫りになった形です。
中国に進出する日系企業でつくる「中国日本商会」の池添洋一会長は次のように指摘します。
中国に進出する日系企業でつくる「中国日本商会」の池添洋一会長は次のように指摘します。

池添会長
「一般的な技術はいずれ追いつかれるものも多いし技術といってもピンからキリまである。企業の戦略上、中国企業と組んで中国で商品をつくったり技術を出したりすることはあるわけでそれを規制すると行動が非常に縛られかねない。日本の10倍以上の人口規模で、世界で最大規模の消費市場である中国でしっかり収益を上げていかないといけない。一方で日本がトップを走っている技術が引き続き日本の経済成長の武器になるならそれは守らなければいけない。日本政府と日本企業と話し合いを深く持ち、何が良くて何がだめかをクリアにして戦略を練っていくべきだ」
「一般的な技術はいずれ追いつかれるものも多いし技術といってもピンからキリまである。企業の戦略上、中国企業と組んで中国で商品をつくったり技術を出したりすることはあるわけでそれを規制すると行動が非常に縛られかねない。日本の10倍以上の人口規模で、世界で最大規模の消費市場である中国でしっかり収益を上げていかないといけない。一方で日本がトップを走っている技術が引き続き日本の経済成長の武器になるならそれは守らなければいけない。日本政府と日本企業と話し合いを深く持ち、何が良くて何がだめかをクリアにして戦略を練っていくべきだ」
日本企業が及び腰にならないよう、守るべき分野と積極的に中国に進出し、提携する分野を線引きすることが重要だとの指摘です。
“ワンチーム”で対中戦略を

日本企業や日本政府の関係者からは、リスクがあるからといって中国事業に積極的に打ってでなくなってしまうと、いつの間にか欧米企業に中国でのビジネスチャンスを奪われてしまうし、実際に奪われているという危機感あふれる意見も多く聞かれます。
業界ごとに企業間の利害関係を調整して日本政府とともに中国と対峙する。
国家ぐるみで産業政策を推し進める中国に日本が“ワンチーム”で臨めるかが求められているのだと思います。
業界ごとに企業間の利害関係を調整して日本政府とともに中国と対峙する。
国家ぐるみで産業政策を推し進める中国に日本が“ワンチーム”で臨めるかが求められているのだと思います。

中国総局記者
伊賀亮人
2006年入局
仙台局 沖縄局 経済部などを経て現所属
伊賀亮人
2006年入局
仙台局 沖縄局 経済部などを経て現所属

経済部記者
渡邊功
2012年入局
和歌山局から経済部
国交省、外務省、銀行業界、経済安全保障の取材を担当
渡邊功
2012年入局
和歌山局から経済部
国交省、外務省、銀行業界、経済安全保障の取材を担当

ジャカルタ支局記者
伊藤麗
2015年入局
盛岡局、国際部を経て現所属
インドネシアと東ティモールの取材を担当
伊藤麗
2015年入局
盛岡局、国際部を経て現所属
インドネシアと東ティモールの取材を担当