FTX破綻 暗号資産は返還されるのか?【経済コラム】

世界的に事業を展開する暗号資産交換業者「FTXトレーディング」が経営破綻し、アメリカの裁判所にチャプターイレブン=連邦破産法第11条の適用を申請してから3か月がたちました。会社のずさんな管理体制が明らかになるにつれて、顧客の暗号資産をどう守ればよいのか各国で規制のあり方が大きな議論となっています。今の日本の法制度のもとで顧客の暗号資産はどのように返還されるのか。どこに課題があるのか。日本の対応を検証します。(経済部記者 真方健太朗)

日本の顧客の資産は返ってくるか

「いよいよ返還がはじまるか」
「まだ安心はできない」

去年11月、経営破綻した「FTXトレーディング」とともにアメリカの裁判所にチャプターイレブンの適用を申請した日本法人「FTXジャパン」。2月7日に顧客資産の返還に向けた手続きについて告知を始めると、顧客からは安堵と不安の声が聞かれました。
親会社のFTXトレーディングはアメリカをはじめ世界的に事業を展開していましたが、顧客が会社に預けていた資産はいまだに返還されていません。

こうした中、グループの企業で最も早く資産返還の方針を示したのが日本法人。2月中旬に返還を始めるとしています。

顧客に返還する資産は保全されているのか。日本法人を監督する金融庁は、現時点では「顧客の資産は守られている」という認識を示しています。

金融庁の担当者
「日本法人とやりとりし、顧客資産が国外に流出していないことなどを確認している。手続きがトラブルなく進み、資産が返還されるよう監督する」

金融庁 異例のスピードで処分

金融庁が警戒レベルを上げたのは、去年11月に入ってからのこと。FTXトレーディングの創業者、サム・バンクマンフリード氏が率いる投資会社の資産管理に問題があり、FTXの経営状態が懸念されると海外で報じられたときです。このときから金融庁は、FTXの日本法人を通じて情報収集を進めました。

そして「FTXトレーディング」が経営破綻する2日前の11月9日。金融庁は、日本法人から「親会社から顧客資産の返還を停止するよう命じられた」という内容の報告を受けます。

金融庁は、日本法人が親会社の指示に従って勝手に顧客資産の引き出しを停止したことを問題視。資産が国外に流出しないよう予防的な措置をとる必要があると判断し、翌日の10日、関東財務局を通じ、日本法人への行政処分を出しました。金融商品取引法と資金決済法に基づいて業務の一部を停止し、顧客の資産を国内で保有するよう命じたのです。

処分の検討を始めてから処分を命じるまでの期間がわずか1日という異例のスピードでした。

日本の厳しい法制度は機能したか

暗号資産業者を規制する日本の法制度は世界でも厳しいことで知られています。

暗号資産の技術が活用されるWEB3の業界などから、「新たな産業の成長の妨げになる」として批判されることもあります。

なぜ日本の規制は厳しいのか。それは過去の苦い経験があるからです。

金融庁が、業界への規制を強めるきっかけとなったのは、2014年、暗号資産・ビットコインの取引仲介会社「マウントゴックス」の経営破綻です。外部からの不正アクセスを受けたとされ、当時のレートでおよそ470億円相当のビットコインが失われました。

これを受けて、2016年に「資金決済法」などが改正され、世界で初めて暗号資産交換業者を登録制とし、顧客の資産を会社のものと分別して管理するよう義務化されました。

また、2018年には大手交換会社「コインチェック」で「NEM」と呼ばれる暗号資産580億円相当が流出する問題も起きました。

金融庁は、2019年に「金融商品取引法」と「資金決済法」を改正。この結果、事業者に顧客資産を国内で保全するよう命じることができるようになりました。

さらに顧客の暗号資産をインターネットにつながっていないコールドウォレットで分別管理することも義務化。事業者が経営破綻した場合、暗号資産を預けた顧客に対し、ほかの債権者より優先的に弁済を受ける権利も認めました。

今回のFTXの問題、海外では顧客資産が別の事業に流用されていたほか、経営破綻の直後にサイバー攻撃を受けて一部の資産が流出したとされています。

一方、日本法人や金融庁によりますと、日本では顧客資産が分別管理され、現状では資産の流出も確認されていないということです。
日米の倒産法制に詳しい阿部信一郎弁護士は、今回は日本の厳しい法律が機能したと言えるのではないかと分析しています。
霞ヶ関国際法律事務所 阿部信一郎弁護士
「顧客保護に手厚い厳しい法律を作っていたことで、本社と比べると日本法人は顧客の資産返還への対応がスムーズに進んでいる。資産が一度海外に移されると取り戻すのが困難になる場合があるが、今回は金融庁が迅速に“顧客資産の国内保有命令”をはじめとした行政処分を出したことが効果的だった」

日本の法律とアメリカ法がぶつかり合う領域

一方、今回のようなグローバルな経営破綻では、アメリカと日本の法律の違いから利害がぶつかることもあります。

前述のように日本の暗号資産交換業者は、顧客の暗号資産を「コールドウォレット」で分別管理する義務があります。また、円やドルなどの通貨も金銭信託によって管理するよう法律で定められています。さらに業者に資産を預けた顧客は優先的に弁済を受ける権利もあります。

これに対し、アメリカにはここまで厳格な顧客保護の制度はありません。

ただ、親会社のFTXトレーディングがアメリカの裁判所に申請した「チャプターイレブン」の手続きでは、申し立てと同時に「オートマティック・ステイ」と呼ばれる制度が適用され、申請した会社への権利行使や資産の処分が禁止されます。その効力は世界中の資産に及ぶこともあるという強力なもので、日本法人が保管している顧客の資産にもその制度の適用があることから、日本法人が管理している資産であっても顧客に払い戻しをするなど自由に処分することが難しくなるおそれもあります。

仮に日本の法律に基づく「優先弁済権」とアメリカの「チャプターイレブン」のもとでの「オートマティック・ステイ」がぶつかった場合、日本の顧客の資産はどうなるのか。前例がなく、そこははっきりしていません。法的な検討が必要となる難しい課題です。

それでは日本法人に預けられた資産について親会社はどのような見解を示しているのか。これについて日本法人は、去年12月1日、親会社を代理する法律事務所が「顧客から預かっている法定通貨と暗号資産について、保管方法や日本の法律上の権利などを考慮した結果、『チャプターイレブン』の対象となる財産には含まれない」という見解を示したことを明らかにしました。

日本の法律とアメリカの「チャプターイレブン」が正面からぶつかる事態が避けられたことで、日本法人の顧客に対し、資産を返還するための環境が整ったと言えます。

ただ、なぜ親会社がこのような見解に至ったのか、アメリカの司法手続きでのやりとりや法的な根拠は明らかになっていません。

問われる日本の規制のあり方

親会社の判断で、アメリカの「チャプターイレブン」の域外適用という形にはなりませんでしたが、日本法人はなぜ日本の民事再生法や会社更生法のもと、より確実に資産の保全ができるとされる手続きを選択しなかったのか。

これについて日米の倒産法制に詳しい鐘ヶ江洋祐弁護士は次のように指摘します。
長島・大野・常松法律事務所 鐘ヶ江洋祐弁護士
「アメリカと日本の間で利害が対立する場合に日本法人の顧客資産をより確実に保全するため、日本の民事再生法や会社更生法の適用を申請するという選択肢もある。ただ、そこで申し立ての要件となっている『支払い不能または債務超過の事実を生ずるおそれ』にあたらないと判断した可能性がある。実際、親会社が日本法人を含めたグループ企業とともにアメリカの裁判所に『チャプターイレブン』の適用を申請した直後、日本法人は去年9月末時点の財務状況について、およそ100億円の資産超過となっていると発表していた。財務状況に問題がなければ裁判所が倒産手続きの適用を認めない可能性もあり、適用を申請するとかえって顧客が混乱するおそれもある。もう1つ、親会社の意向が優先され、日本の顧客が声をあげるという状況もない中で、日本法人が独自の判断で日本の法的な倒産手続きを選択することは難しかったのではないか」

グローバルな経営破綻の対象に日本法人も含まれ、その利害をめぐって日本と海外の法律がぶつかり合う可能性もあった今回のケース。今の仕組みで日本の顧客を守ることができるのか。制度のさらなる見直しが必要となるのか。

日本の規制のあり方が問われることになります。

注目予定

来週は、24日に次の日銀総裁の候補となっている植田和男氏らが国会で所信を述べる予定です。

植田氏はすでに「現状では金融緩和の継続が必要だ」と述べていますが、どのようなスタンスで金融政策の運営に臨むのか注目が集まっています。

また、23日には先月のFOMC会合の議事録が公表されます。

今後のアメリカの利上げの動向をうかがう上で重要です。