蛾を探していたら感電した話

蛾を探していたら感電した話
ある春の夜、山奥の無人駅で蛾を採集していた昆虫好きの大学生、かずまさん。

お目当ての蛾「エゾヨツメ」がついに現れ、高いところにいる獲物めがけて虫とり網をつけたカーボン製のさおを伸ばした瞬間…

大きな衝撃音とともにかずまさんは吹き飛ばされ、線路の上に倒れていました。なにが起きたのでしょうか。

感電していた

一緒に来ていた友人が、線路に倒れていたかずまさんを見つけましたが、泡を吹いて意識を失っていました。

蛾を捕まえようと伸ばした虫とり網のさおが送電線に接触し感電。

かずまさんは衝撃で吹き飛ばされたのです。
4年前に起きたこの話を紹介したマンガが今、SNSで注目を集めています。

かずまさんは、すぐに友人が救急車を呼んで病院で適切な処置を受けたため、一命は取り留めましたが、手などに大けがをして、手術のため2か月以上入院することになったことなどが描かれています。

かずまさんは当時のことについて、感電して意識を失い動けなくなっていたため、一緒にフィールドワークに来ていた友人が助けてくれなければ、電車にひかれていたかもしれないと振り返っています。

「よくある話…」ではダメだ!

この体験をマンガにすることを企画したのは、WoWキツネザルさん。

みずからを「環境系エンターテイナー」と称して、地球温暖化や生態系などの環境問題を多くの人に考えてもらおうとSNSで発信をしています。
こうした中で、野外で活動する機会の多い研究者や愛好家から、フィールドワーク中のまさに「九死に一生を得る」体験を聞く機会が、少なくなかったと言います。

自然や生き物に熱中する人たちのことを格好いいと感じる一方で、これまで耳にした数々の危険なエピソードを教訓に、危険な目に遭う人を減らすことができないか考えたそうです。
ただ、リスクだけを正面から取り上げても、なかなか多くの人に関心を持ってもらえません。

考えた末、研究者の「九死に一生を得た」エピソードをマンガで分かりやすく発信することにしました。
WoWキツネザルさん
「研究者の人たちにとっては、“あるある”なのかもしれませんが、運が悪ければ命を落としていたかもしれません。そうした経験をするひとを1人でも減らしたいと思ったんです」

「私も…」体験談が集まる

「知人は同様のカーボン竿の事故で亡くなった」

「飛んでいるアカボシゴマダラをとろうとして側溝に落ちたことがある」

「生き物を捕まえにいって25m以内でツキノワグマに2回遭遇した」

SNSに投稿されたマンガには、野外で遭遇したさまざまな危険についての体験談が集まりました。

岐阜大学地域科学部の向井貴彦教授もその1人です。
魚類が専門の向井教授の研究室では、学生たちがフィールドワークのため、山や川で調査を行っています。

向井教授自身もフィールドワークの際に転倒して、ひざのじん帯を痛めたり、同僚が斜面から転落してドクターヘリで搬送されたりしたこともあるそうです。

こうした経験から、万が一のため、フィールドワークにはできるだけ複数人で行くように指導していますが、徹底する難しさを感じています。
岐阜大学 向井貴彦教授
「例えば、雨が降ったあとの特定の条件でしか見つけることが難しい生き物の調査の際には、天気次第なのでスケジュールの調整がつかず、どうしても1人で行かなければならないケースもあります。私自身も1人で調査にいくこともありますし、複数での調査が常にできれば理想なのですが…」

電線に触れなくても

マンガで取り上げられた感電のリスク。

じつは研究者や愛好家だけが注意をすればよいものではありません。趣味の釣りや子どもたちとのたこ揚げにもリスクが潜んでいます。
注意したいのは、釣りざおや虫とり網のさおは、直接送電線に接触しなくても、接近するだけで感電することがあるということです。

安全のため、電線から離れなければいけない距離は「離隔距離」と呼ばれ、各電力会社がウェブサイト上などで注意を呼びかけています。

パチパチパチパチ…

マンガで紹介された、蛾の採集中に感電した大学生が持っていたのは、カーボン製のさおでした。

竹など、他の素材と比べて電気を通しやすい性質があります。

このため送電線だけでなく、雷にも注意が必要です。

岡山県に住む西崎さん(32)は去年8月、瀬戸内海で釣りをしていたところ、感電しました。
堤防についたときから小雨が降っていましたが、雷は鳴っていませんでした。

しかし、長さ3メートル10センチのカーボン製の釣りざおを振り上げた瞬間、左肩の筋肉に電気が通るような違和感を覚え、『パチパチパチパチ』という音がなり、左足の裏に太めの針で刺されるような強い衝撃を感じました。
西崎さん
「体を電気が通るのをはっきりと感じ、すぐに感電したとわかりました。直後にゴロゴロと雷が鳴り始めたので、『この場を早く逃げないとまずい』と思い、慌てて近くにあった車に駆け込みました」
西崎さんは、釣り歴20年以上のベテランで、いつも釣りの際には手袋をつけ、安全靴を履いていて、感電したのは初めての経験だったと言います
西崎さん
「これまでの経験から当時の雨ぐらいであれば雷の心配はないと考えてしまいましたが、自分の経験を過信してはいけないなと感じました。今は天気予報をしっかり確認するようになりました」

「人間は6割が電気をよく通す水」

野外での感電のリスクにどう備えればよいのか。

電気や機械の安全に詳しい技術士の森山哲さんは、「感電することは誰にでもあり得ること」を意識しておくことが大切だと話しています。
技術士 森山哲さん
「人間は6割が<電気をよく通す>水でできているので、手に持っている虫とり網や釣りざおを介して感電することが誰にでもあり得ます。電気が人体を通ると、電流の大きさや通電時間によっては重い障害や死に至ることがあります」
感電を防ぐためには3つのことに注意することが大切だと指摘します。
「感電のリスクは目で見ることはできません。そのため、危険を回避するためには、電線から離れた場所で釣りやたこ揚げをする、濡れたもので電線に触れない、雷が鳴っているときは釣りをしないということに注意することが大切です」

想像すること

キャンプや登山など、コロナ禍でアウトドアでの活動に人気が高まりましたが、屋外での活動にはどうしても危険が伴います。

私たちは、さまざまな屋外の危険とどう向き合えば良いのか。

自然体験活動の指導者を養成している、NPO法人自然体験活動推進協議会の小林孝之助常任理事は、野外で活動する際に踏むべき、4つのステップを示しています。
1.何をするか目的を立てる「磯辺で生き物観察をする」「山登りをしてご来光を見る」など、活動の目的を設定する。

2.危険を想像するその目的に応じて、活動にどんな危険があるのか自分で想像する。また、事前に調べたり、経験がある人からアドバイスをもらったりする。

3.一つずつ危険をつぶしていく磯部で転倒する危険があるなら「サンダルではなく靴を履く」、熱中症の危険があるなら「帽子をかぶる」など、危険に応じた対応を取る。

4.専門家と一緒に行動それでも、初めて活動する場合には、専門のガイドを付けたり、詳しい人と一緒に行動する。
自然体験活動推進協議会 小林孝之助常任理事
「危険を避けるためには、しっかりと想像することが何よりも大切です。最近では、ほとんどの人が携帯電話を持っていますが、電波がつながらなくなることは日常茶飯事で、過信してはいけません。地図を持っていく、事前に休める場所を探しておくなど、準備をしっかりすることが必要です」
これから春を迎え、屋外で活動することも増えてきます。

想定されるリスクについてよく学んでからアウトドアでの活動を楽しむことが大切だと取材を通じて感じました。

(取材班:森谷日南子 横山翔太 高杉北斗 芋野達郎/SNSリサーチ:長野希美)