ビジネス特集

あなたのメガネ、にせ物かも?

良いメガネを作ろうと、職人たちがひたすら腕を磨いて築いた“鯖江ブランド”。それが相次いで模倣され、市場に出回る安いにせ物が産地を脅かしています。国内最大のメガネ産地「鯖江」のブランドを守れ――。職人たちはいま、腕とプライドとデジタルを武器に立ち上がろうとしています。(福井放送局記者 林秀雄)

情熱注いで作ったメガネが…

福井県鯖江市でメガネメーカー「ボストンクラブ」を経営する小松原一身さん。過去の辛い記憶を語ってくれました。
小松原一身 社長
「20年ぐらい前、中国のメガネ工場を視察したときのことです。そこに、私の会社のメガネがバラバラになって無造作に置かれていました。それをもとに金型が作られ、デザインだけまねた模倣品が作られていたんです。そこまでするのかと、唖然としました」
会社を設立したのは1984年。設立当初は、アパレル大手のメガネなどを受託生産していましたが、バブル崩壊後の1990年代から自社ブランドの生産に注力。東京・銀座にも直営店を構え、28人の社員を率いるまでに成長しました。

小松原さんが何より大事にするのが、デザインです。

「メガネは身につけた人の気分を切り替えるアイテム」として、ファッション性を重視した高級メガネやサングラスを数多く生産。愛好家を着実に増やしてきました。

メガネ作りは、私たちの想像以上に時間がかかります。

社内では、県内外から集まった6人のデザイナーたちが日夜、新しいメガネのフレーム作りにいそしんでいます。

デザインの提案から素材の検討、試作などを経て、実際に販売されるまでは1年近く。

しかし、最近ではネット販売サイトに写真や画像を掲載すると、3Dプリンターなどを悪用してすぐに模倣品が出回ることも多く、頭を悩ませています。
小松原一身 社長
「世界の工場に行けば、ある意味、何でもありといいますかね。インターネットに(画像を)アップした時点で、3Dデータで(模倣品を)商品化できますので。どれだけの被害規模かというのは、もはやわからないですね」
小松原さんが会社を構える鯖江市。人口7万人弱のこの町は、「めがねのまち」として知られています。

冬は雪深いこの土地で、メガネ産業が生まれたのは100年以上前の明治時代。

冬の収入源を確保しようと、地元の実業家・増永五左衛門が私財を投じてメガネフレームの製造工場を作り、農家の“副業”として広まったのが始まりです。
いまや国産メガネフレームの9割を生産する一大産地に。

世界に先駆けて、軽くて丈夫なチタン製メガネを開発するなど“鯖江メガネ”は国際的にも一目置かれるブランドに成長しました。

それがいま、相次いでマネされる被害にあっているのです。

模倣品の“いたちごっこ”

マネされるのはデザインだけではありません。鯖江のメガネ作りを支えるレンズメーカーは、技術の模倣に苦しんでいます。

創業35年の「ホプニック研究所」は、反射光を抑えてまぶしさを和らげる「偏光レンズ」の開発を強みとしています。

光の屈折率を高め、レンズを薄く保ちながらクリアな視界を確保する「高屈折偏光レンズ」で特許も取得し、高い世界シェアを誇ってきました。
会社が製造する偏光レンズ
しかし、営業部長の冨山晃義さんは、この特許の取得が自分たちの首を締めたと振り返ります。

一般的に特許を取得した技術は、第三者に公開されるのが原則です。これは、発明者に独占的な権利を保障する代わりに、情報を公開してさらなる技術の進歩や産業全体の発展を促すためとされています。

一方で、公開された情報は海外からも容易にアクセスでき、それを無許可で別の製品や技術に転用する事例が相次いでいるという指摘もあります。

冨山さんは、自社と同じ技術を使ったレンズを、海外メーカーが安く販売しているのを目の当たりにします。

公開された特許の情報をもとに模倣したとみられるものの、冨山さんの会社は従業員50人の中小企業です。

国際的な訴訟を起こすにも法律に詳しい人材はおらず、多額の費用もかかることから泣き寝入りするしかないのが実態でした。
冨山晃義 営業部長
「レンズ業界は『いたちごっこ』みたいに、新しい機能を持ったレンズが出るとすぐに他社がマネするのが日常となっている。例え特許を取得しても、模倣品が出回るうちに誰の製品だかわからなくなってしまい、自分たちの製品だとアピールすることができないんです」

ブランドを守るカギは?

デザインや技術といった企業の「知的財産」の侵害は、国際的にも大きな問題です。

ICC(国際商業会議所)などが推計した、世界全体の模倣品・海賊版の流通額は2022年に最大2.8兆ドル(日本円で364兆円 ※1ドル=130円)にも及ぶとされています。

アジアで最も被害が大きいのが日本で、国内企業の被害額は3兆円を超えるとするコンサルタント会社の試算もあります。

経営規模が小さい企業が集まる鯖江にとっても、模倣品対策は喫緊の課題でした。国内の市場がどんどんと縮小する中、海外展開は避けて通れません。

一方で、模倣品があふれる海外でどのようにブランドを守り抜くか。鯖江のメガネ職人や商工会議所は、最新のデジタル技術に活路を見いだします。

東京のIT企業と連携し、商品に「ブロックチェーン」を活用したICチップを取り付けることにしたのです。
右下の赤いシールにICチップが入る
ブロックチェーン……。

50歳を超える私には耳慣れない言葉で、何度も何度も担当者を質問攻めにしてしまったのは裏話です。

簡単に言うと、デジタル上で複製が不可能ないわば“暗号”を作りだし、それぞれの商品にひも付けるという仕組みとのこと。

実際に、専用のアプリをスマホにダウンロードしてチップにかざしてみました。

すると、画面上に「正規品です」という表示が現れ、製造した企業名や製品名、シリアル番号などを見ることができます。

おお、わかりやすい。
開発したIT企業によると、ひも付けるデータの機能や耐久性(100度の熱湯に入れても壊れないものも)などによってコストは変わるということですが、1枚あたり10円程度から利用できると話します。

そこまで大きな負担ではなさそうです。

また、システムを通じて製造した会社の直販サイトを紹介する仕組みにもなっていて、悪質なネット販売サイトなどでにせ物を購入しないよう消費者に促すこともできるとしています。
JAPAN MADE事務局 加藤勝久 事業部長
「日本企業の知的財産を守りたいというのが我々の思いです。また、製造した会社のEC(ネット販売)サイトに訪れやすい仕組みを作ることで、巨大ECサイトに頼らずに消費者に直接販売し、利益を増やすことも狙っています」

“鯖江ブランド”で世界とたたかう

鯖江商工会議所は1月下旬、「SANCHI(産地)」と題してこうした技術のお披露目会を開きました。

メガネメーカーだけでなく、漆器などの伝統工芸品や繊維製品など、地元に根付く企業が作った自慢の商品に、本物を証明するICチップが取り付けてありました。

39社の導入でスタートしましたが、徐々に利用を拡大して“鯖江ブランド”を世界に広めていきたいと力を込めます。
鯖江商工会議所 田中英臣 事務局長
「これからの時代、企業の競争力の源泉は知的財産だと感じている。デジタル技術を活用することで、経営規模の小さい企業でも模倣品対策に容易に取り組むことができるようになり、海外展開する上での大きな力になる」
また、新しく開発した偏光レンズに模倣品対策を導入したレンズメーカーの冨山さんは、世界を相手に戦いたいと熱く語りました。
冨山晃義 営業部長
「画期的な(レンズの)技術であることを消費者に直接知ってもらい、世界に届けられることは何者にも代えがたい。これまでは国内の小さな市場で商売していましたが、これから世界を相手にできるようになり、ますます忙しくなるかもしれませんね」

取材を終えて

福井局に赴任してから、3年近くにわたってメガネ取材を続けてきた私ですが、ここまで熱い未来への思いを聞いたのは初めてだったかもしれません。

そのぶん、自分たちが情熱を注ぐ“ブランド”を守ることがいかに難しかったか、改めて痛感した取材でした。

果たして、デジタルはブランドを守る強固な鎧となるのでしょうか。地方から本物を作り続ける、彼らの挑戦を追い続けたいと思っています。
福井放送局 記者
林秀雄
1991年入局
大津局を振り出しに30年ちかく地方の現場を取材。
2020年夏に福井局に赴任。鯖江メガネを10年以上愛用している

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