海岸埋め尽くすごみ 対馬から世界に訴えるプラスチック汚染

海岸埋め尽くすごみ 対馬から世界に訴えるプラスチック汚染
私たちの暮らしを支えているプラスチック製品。

しかし世界中の海にプラスチックごみとなって流出し環境汚染を引き起こしています。

海岸に漂着するプラスチックごみによって深刻な影響を受けている離島、対馬の現状を取材しました。
(World News部記者 吉田麻由)

国境の離島で

私たちが向かったのは、長崎県・対馬市です。

九州と韓国の間に位置し、「国境の離島」とも呼ばれています。

島のいたるところに原生林が残され、透き通った海、美しいリアス海岸も広がっています。

豊かな自然を誇る対馬。

しかし島の海岸で異変が起きています。
海洋プラスチックごみが大量に漂着し、その量が年々増えてきているのです。

私たちは、対馬で長年暮らしている末永通尚さんに現地を案内してもらいました。
訪れた海岸は、プラスチックごみで埋め尽くされていました。

漁具が目立ちましたが、ペットボトルや食品の容器、歯ブラシ、さらには長靴まで日用品も多く見られました。

ごみが何層にも積み重なってボロボロに劣化していて、足場もなく、その上を歩いていると何度も転びそうになってしまいました。
夏の暑い日だと、こうした海岸からは生ごみのような悪臭が漂ってくるということです。

さらに驚いたことに、ゴミは日本国内からだけではありませんでした。

流れ着いた買い物かごにはハングルの文字が。
食品の包装には、中国語も。

近隣の韓国や中国からも、海流や季節風の影響で、大量のプラスチックごみが流れ着いていたのです。

対馬市がおととし、海岸に漂着したペットボトルを調べたところ、およそ7割が韓国、中国由来のものだったとみられるということです。

対馬で生まれ育った末永さん。

東京で暮らしていた時期もありましたが、対馬の自然にひかれ、10年ほど前に島に戻って来ました。

故郷の美しい海岸がごみによって汚されていくことに心を痛めています。

島外の学生たちと一緒にプラスチックごみを拾うボランティア活動を続けています。
末永通尚さん
「私が子どもの頃は海岸にごみはなく、海辺でよく遊んでいました。それが今では、ごみがない海岸はないのではと思うほど漂着しています。どれだけ拾ってもごみがたまり続けているのを見ると絶望してしまうことも。対馬の子どもたちに美しい景色を残すことができるのか不安になってしまいます」

財政、生態系にも影響が…

わたしたちはさらに、海岸から山奥へと向かいました。

すると、高さ1メートルほどの黒い袋があたり一面を覆い尽くすように、多数保管されている場所がありました。

自然豊かな対馬とは相いれない、不気味な光景でした。
中身はすべて、海岸から市が回収した海洋ゴミでした。

昨年度、対馬の海岸に漂着した海洋ごみはおよそ2700トン。

しかし回収できたのはその半分にも及んでいません。

押し寄せるプラスチックごみをどうにか処理したいと対馬市も対策に乗り出しています。

リサイクルを進めるため、発泡スチロールやプラスチックを細かく砕いて処理する機械を導入しました。

黄色、青色、緑色など色ごとに分類され、細かく砕かれます。

ボールペンやごみ袋などに再利用するためです。
しかしこの施設で、技術的に処理できるのは、ブイやペットボトルなどの種類のみです。

しかも処理能力が限られるなかで、こうした回収されたプラスチックごみのうち、リサイクルできるのはおよそ1割に過ぎません。

プラスチックごみの問題は、対馬市の財政にも大きな負担となっています。

市では回収、処理などに年間2億8000万円の予算を投じています。

9割は国から補助が出ますが、1割にあたる3000万円近くは対馬市の負担です。
現地を案内してくれた対馬市SDGs推進室の前田剛さんは、「過疎化が進み、産業が低迷する対馬で、海洋ゴミの問題は財政を圧迫しています。今後どう回収事業を維持していくのかも大きな課題となっているのです」と厳しい表情で語っていました。
前田さんがいま懸念しているのが生態系への影響です。

対馬には、島固有の生態系が守られてきて、貴重な生きものが多く生息しています。
このうちツシマヤマネコは、対馬にのみ生息する種で、絶滅のおそれが高いとして国の天然記念物にも指定されています。

生息数は、わずか90頭ほどとみられ、危機的な状況です。

プラスチックごみが増え続けると、ツシマヤマネコなどの動物や鳥がそれを食べてしまい死んでしまうおそれがあるのです。

市の職員になる前、ツシマヤマネコの保全にも関わってきた前田さんは訴えます。
対馬市SDGs推進室 前田剛さん
「どうして対馬で、他の地域の人たちが出したごみを処理しなくてはいけないのか非常に疑問を感じます。対馬だけで、もがいてもどうしようもない。国内、海外のみなさんにこの現実をどうか知ってもらいたいです」

国連担当者は

世界に広がるプラスチック汚染。アフリカのケニアに本部があるUNEP=国連環境計画で化学物質・汚染政策統括官を務める吉田鶴子さんに話を聞きました。
(英語によるインタビューの要旨です)
Q.
海洋プラスチックごみ、地球全体ではどれだけ深刻?
吉田統括官
プラスチック汚染の問題に国境はありません。毎年1900万トンから2300万トンものプラスチックごみが世界の海や河川に流れ込んでいるとみられます。

生き物や人への健康リスクが指摘される、小さなマイクロプラスチックの問題も深刻化しています。
      
国連も、プラスチック汚染を気候変動と並ぶ地球規模の環境問題と位置付け、去年からは初めての規制条約の実現に向けて政府間交渉も始まりました。
Q.
どのような条約を目指している?
吉田統括官
プラスチック汚染を止めるために、プラスチックの生産から消費、廃棄まですべてのライフサイクルを法的拘束力のある条約で規制することを目指しています。

来年、2024年末までには条約の交渉を終わらせることになっています。

ことし5月には、2回目の政府間交渉がパリで開かれる予定ですが、プラスチックの規制の対象をどこまでにするのかなど、各国は立場の違いを見せてきました。

国際社会が一致してプラスチック汚染の問題に取り組むことができるのか、問われることになります。
Q.
気候変動をめぐって、温暖化の影響を受けやすいところに住む人たちやその地域、国のことを「グローバルサウス」と呼ぶことがありますが、プラスチック汚染でも同じような問題があるのでしょうか。
吉田統括官
はい。アフリカやアジアの発展途上国では、リサイクルするための技術や資金が不足していて適切に処理できず、プラスチックごみが「ごみ山」となって積み上げられている場所が少なくありません。

付近の住民にとっては、プラスチックごみは危険な存在です。

こうしたプラスチックごみは有害な物質を含む煙を発生させます。

一方で住民がこうしたゴミ捨て場で、プラスチックごみを拾い、そこから得られるわずかなお金で生活しているという厳しい現状もあります。

新しい条約は、プラスチック汚染の影響を受けやすい「グローバルサウス」の人たちの状況にも対処できるようにしなければなりません。
World News部記者
吉田麻由
2015年入局
金沢局、長崎局を経て、おととし11月から現職