ビジネス特集

世界のトヨタへ 豊田章一郎氏の足跡

創業家出身で、トヨタ自動車を世界有数の自動車メーカーへと成長させた豊田章一郎氏が97歳で亡くなりました。日米の貿易摩擦が激化する困難な時代にトヨタを率いて、海外への工場進出などグローバル化を推進し、今日のトヨタ発展の基礎を作った章一郎氏の足跡をたどりました。

創業家の長男でエンジニア 社長としてトヨタ発展の礎に

豊田章一郎氏は1925年(大正14年)2月27日生まれ。

トヨタ自動車を創業した豊田喜一郎氏の長男で、トヨタグループ創始者の豊田佐吉氏の孫にあたります。
トヨタ自動車販売社長交代会見(右が章一郎氏)
名古屋大学工学部で学んだあと、1952年(昭和27年)に当時の「トヨタ自動車工業」に入社し、27歳の若さで取締役を務めました。

1981年(昭和56年)には販売部門を担う「トヨタ自動車販売」の社長に就任しました。

創業時の理念である「現地現物」の考え方を受け継ぎ、販売の最前線の声を確かめるために全国の販売店を精力的に訪問したといいます。
工販合併契約書調印
翌年には製造部門と販売部門が合併して誕生した「トヨタ自動車」の社長に就任して、アメリカやイギリスなど工場の海外展開を進めました。

トヨタのグローバル化の礎を築き、世界有数の自動車メーカーへと成長させました。
経団連会長就任時の会見(1994年)
1992年(平成4年)にトヨタの会長に就任して以降は、社外での活動にも力を注ぎ、1994年(平成6年)から4年間、経団連の会長を務めました。

税制改革や規制改革などさまざまな構造改革に次々と取り組み、成果をあげました。

激しさ増す日米貿易摩擦、現地生産で打開図る

トヨタの経営トップの時、グローバル化を進めた章一郎氏。その背景にあったのが、当時、激しさを増していた日米の貿易摩擦です。

日本車は価格の安さと燃費の良さでアメリカ市場を席けん。1975年(昭和50年)には91万台だったアメリカへの輸出は、1980年(昭和55年)には240万台、ピーク時の1986年(昭和61年)には340万台と、10年ほどで4倍近くに増加。

日本メーカーの攻勢でビック3と呼ばれるアメリカの大手自動車メーカーは軒並み苦境に立たされました。

アメリカ側の反発を受けて、日本車の対米輸出の自主規制が決められたのが1981年(昭和56年)。章一郎氏は厳しい対立の時代に、経営のかじ取りを担うことになったのです。
トヨタとGMの合弁工場(NUMMI)の開所式
こうした中、トヨタ自動車の社長として、1984年(昭和59年)にアメリカのGM=ゼネラルモーターズとカリフォルニア州に合弁工場を設立し、アメリカ進出の足がかりとします。

さらにトヨタ単独では初めてとなる工場をアメリカのケンタッキー州に建設。現地生産を進めることで地域の雇用にも貢献し、アメリカとの摩擦を和らげようという思いがありました。
1988年(昭和63年)工場の開所式で述べた章一郎氏のことばからも、地域に根ざした企業になるという決意が表れています。
豊田章一郎氏
「私は門出にあたり、必ずや皆様のご期待に添い得ることを確信しております。同時によき企業市民としての自覚を持ち、輝かしい未来を目指して、アメリカとともに力強く前進していく覚悟であります」
こうした戦略のもと、カナダやイギリスでも現地生産を進めました。日米貿易摩擦は90年代まで続きますが、現地化をさらに推し進めたり、アメリカのメーカーから自動車部品を調達したりと、さまざまな取り組みでアメリカとの関係改善に腐心しました。

そして、章一郎氏が進めたグローバル化はその後の経営陣にも引き継がれ、トヨタが世界一の自動車メーカーとなる礎となったのです。

貿易摩擦解消に手腕発揮

その章一郎氏とともに日米の貿易交渉の最前線にいた人に話を聞くことができました。かつての通商産業省(今の経済産業省)で事務次官を務めた渡辺修さんです。
元通商産業省事務次官 渡辺修さん
渡辺さんは1990年代に通産省の局長として、経団連の会長だった章一郎氏と連携してアメリカ側との折衝にあたっていました。

当時、アメリカ政府は日本政府や日本の自動車メーカーに対し、アメリカ国内での自動車部品の購入拡大を求め、具体的な金額も示すよう強硬に要求。追加の関税もちらつかせ、圧力をかけていました。

これに対し、日本政府は自由貿易を損なうとして目標金額の提示を拒否し、交渉は難航を極めました。
渡辺さん
「もし、アメリカとの交渉に失敗すれば、自動車業界に大きなダメージが出ることも予想されたので、業界内では最後まで反対し続けて良いのかという意見もあった。豊田さんは、自分の会社のことだけでなく、業界全体のことを考えて行動してくれた」
結局、トヨタを含む日本メーカー各社が個別の購入計画を取りまとめたことで、交渉は動き始めます。日本政府は金額の数値目標は出さないものの、アメリカ側が各社の計画をもとに部品の購入額を試算し、目標金額とすることで日米が折り合ったのです。

渡辺さんは自動車業界が政府と足並みをそろえてくれた背景には、豊田氏の存在が大きかったと振り返ります。
渡辺さん
「金額の目標を出さないというスタンスを貫き、業界をまとめてくれた章一郎さんの存在はものすごく大きかった。その胆力には、今でも感謝している」

ものづくり技術の大切さ訴える

貿易摩擦への対応を背景に現地生産を拡大する一方で、章一郎氏が常に訴えてきたのが、ものづくりの技術を継承していくことの大切さでした。

1986年(昭和61年)のNHKのインタビューで、豊田氏は次のように語っています。
NHK特集「世界の中の日本 経済大国の試練」より
豊田章一郎氏
「ものづくりには日々の改善や研究の積み重ねが必要で、主力を海外だけに向けると、日本国内の技術が遅れることになる。そうならないよう『二兎を追っても二兎を取る』という考えでやっていきたい」
日本の国際競争力を維持するためには、国内にもしっかりと拠点を残し、技術を伝承すべきという強い思いを持っていたのです。

こうした思いが反映されたのが、2001年(平成13年)に開学した埼玉県にある「ものつくり大学」です。章一郎氏は大学の設立準備から携わり、長きにわたって会長を務めました。

開学当時から重要性を強調していたのが、「現地・現物」の精神に基づく、現場の実務に近い授業です。大学ではトヨタの技術者をはじめ、各社の現場で経験を積んだ人材が教べんを執り、実践的な技術や知識を教えることにこだわったといいます。
学生が作った橋を眺める豊田章一郎氏
写真にある橋。豊田氏のものづくりに対する実直な思いを継承しようと、学生たちが授業の一環で建造しました。

その名も「豊田章一郎橋」です。

当時を知る職員の宮本伸子さんは、次の時代を担う若者たちへの章一郎氏の思いの強さを、ひしひしと感じたといいます。
宮本伸子さん
「温厚でありながら、芯があって若い人を育てることに大変熱心でした。学生がボートを作ったり木造建設に取り組んだりする姿をニコニコしながら眺めてらっしゃたのが印象に残っています。学生にも声をかけられてる姿も見て、本当に教育熱心な方だと思いました。『失敗したところから学ぶ』ということを学生に伝えたかったんだと思います」

章一郎氏を知る人は

章一郎氏を「おやじ」と慕う人物にも話を聞きました。トヨタ自動車の第9代の社長を務めた張富士夫氏です。

章一郎氏が進出を決めたアメリカの工場のトップを務めるなど、二人三脚でトヨタのグローバル化を担いました。

章一郎氏の訃報が届いた2月14日の夜、自宅で話を聞きました。
トヨタ自動車元社長 張富士夫さん
張富士夫さん
「全身全力で、トヨタ自動車、あるいは地域社会、愛知県、そういうことに努力を積み重ねて色んなことをやってこられた大きな方。“巨星墜つ”と言うんですかね、ここまでおやりになったんだと、そういう気持ちです。私は仕事でもいろいろご指導いただいたし、ここまでずっとついてきた大先輩、おやじだ。おやじは大きな人生を全うしたなと、これからどうやって僕らは生きるかということの大きな道しるべをもらったような気がしますね。いま聞きたいのは、“僕これでちゃんとやったでしょうか”と、そういうことを聞きたい。こういうことをやっちゃいけないとか、これをやらなきゃいけないというようなことを、指導を受けながらずっとやってきたもんだから、“良かったですかね”ということを聞きたい」

先人が築いた日本の自動車産業、引き継げるか

豊田章一郎氏が会社を率いた時代は、激しさを増す日米貿易摩擦に日本の自動車産業がどう向き合うかが問われた時期でもありました。

トヨタやホンダ、日産など各社は海外に生産拠点を展開するグローバル化の道を歩むことで困難を乗り越え、日本の基幹産業としての地位を確立しました。
中でも、トヨタは章一郎氏が礎を築いたグローバル化によって成長を続け、世界一の自動車メーカーとなったのです。

しかし、先人の努力で築かれた日本の自動車産業の地位も100年に一度の変革期という試練の時を迎えています。

EVではアメリカのテスラなどの新興メーカーが台頭し、自動運転など車の知能化ではIT大手などの異業種が存在感を高めています。

章一郎氏をはじめ、先人たちが築いた遺産を引き継ぎ、自動車産業を発展させていけるのか。今、岐路に立っています。
経済部記者
山根 力
2007年入局
松江局、神戸局などを経て現所属
経済部記者
當眞 大気
2013年入局
沖縄局、山口局を経て現所属
経済部記者
榎嶋 愛理
2017年入局
広島局を経て現所属
名古屋放送局記者
野口佑輔
2011年入局
経済部を経て2020年から名古屋局経済キャップ

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