愛媛のみかんが届かない?どうする“物流危機”

愛媛のみかんが届かない?どうする“物流危機”
近所のスーパーに並ぶ、地方の新鮮な野菜や果物。ネットで見つけた好みの雑貨。新発売の書籍。欲しいものがすぐに手に入る、そんな日本の流通を支えているのが、運送会社のトラックドライバーたちです。来年4月から実施されるドライバーの働き方改革。命と健康を守るために必要な措置ですが、一方で、物流に深刻な影響が出るおそれがあるとされています。「物流2024年問題」。最前線の動きを追いました。(松山放送局 木村京 清水真紀子/岐阜放送局 森本賢史/経済部 樽野章)

かんきつ農家の苦悩

みかんなどかんきつ類の一大産地、愛媛県。
30年にわたって、いよかんやデコポンなど8種類ほどを作り続けている松山市興居島の農家、池本圭二さんは不安を感じています。
池本圭二さん
「ドライバーさんがいてくれるおかげで、今の形態でこれまでやってこれた。もしドライバーさんが減って1便が出なくなっただけで、大変なことになる。荷物の都合上無理ですとなるとうちはもう農家をやめないといけなくなる」
愛媛のみかんなどかんきつ類は、およそ6割が首都圏に出荷され、その95%以上がトラックで運ばれています。

しかし、物流業界の「2024年問題」で、来年以降はこれまでのように輸送できなくなる可能性があると言われています。

“2024年問題”で物流が…

これまでドライバーの長時間労働が課題となってきた運送業界。働き方改革の一環で、トラックドライバーの時間外労働の規制が来年4月から強化されます。
まず、これまで規制がなかった時間外の労働時間が、年間960時間に規制されます。トラック業界の調べによりますと、この基準を超えているドライバーがいる事業者は全体のおよそ3割を占めているといいます。

また、国がルールとして定める年間の拘束時間もこれまでの3516時間から3300時間に見直されます。

このため法律が施行されると、「運転手不足」と「輸送量の減少」が懸念されているのです。

野村総合研究所は、このまま対策を打たなければ物流業界全体で2025年には28%の荷物が運べなくなると試算しています。

だったら船で運ぼう!

愛媛県内で打開策として検討されているのがトラックから船や鉄道に輸送手段を切り替える「モーダルシフト」です。
今はトラックが選果場から800キロ以上離れた東京の市場に直接運んでいます。県内の運送会社などに取材したところ、ドライバーの運転時間は休憩を除いても最低12時間かかり、さらに荷積みや待機時間などが加わります。

1月「モーダルシフト」の実証実験が行われました。
いよかんをトレーラーで近くの港まで運んだあと、「RORO船」と呼ばれる船舶に載せ替えます。30時間の航海を経て、千葉県の港に到着。再びトレーラーに引き継がれて首都圏の市場に届けられるため、運転手1人の運転時間は大幅に短縮されます。

計4人のドライバーが携わり、運転時間は長い人でも3時間ほどでした。
JA全農えひめ 白石さん
「RORO船という手段が入ることで運転手不足の問題というのは少なくとも解消はできるのかなと。こうした問題は、間違いなく避けて通れないと思うので、事前に全農としてなんでも取り組むのが大事。課題を解決していきたい」

長時間労働是正、“休憩時間”がカギに

ドライバーの休憩時間の確保に、解決策を見いだそうとする企業もあります。

東京 東久留米市の「東邦運輸」を訪ねました。およそ120人のトラックドライバーが働き、東京から北海道への運送など、長距離輸送も数多く手がけてきました。
これまで、ドライバーの1か月の総労働時間は、繁忙期でなくても270時間ほど。年末や夏の繁忙期だとさらに長くなるといいます。こうした長時間労働に支えられ、運送が成り立っていました。

労働環境の改善は待ったなしの運送業界。

一方で、これまでのように荷物が運べなくなる可能性があり、対応を迫られているといいます。
中島秀治社長
「時間を守らなければいけないので、今までもう一つ運べていたものが運べなくなります。これまでのようには稼げなくなる可能性があります」

“海の上”で休憩を

長距離輸送を維持するためにこの会社では新しい輸送方法を進めることにしています。フェリーでの輸送時間にドライバーが休憩を取れるようにしたのです。

想定しているのは本州から札幌まで荷物を運ぶケースです。

これまでは、本州北端の青森港まで陸路で輸送。トラックごとフェリーに乗船し、函館港まで、海の上を3時間余り。その後、函館から札幌までトラックで4時間かけて陸路輸送をしていました。

新しい方法です。

トラックがフェリーに乗船するのは八戸港。そこから苫小牧港までのおよそ8時間、フェリーで輸送します。フェリーに乗船している間に睡眠など休憩を取ることができます。

さらに、苫小牧から札幌までの運転は1時間ほどに短縮できます。

従来よりも荷物の配送が半日ほど遅れますが、休憩を長くとることで、これまでどおり1人のドライバーが荷物を運ぶことができるといいます。

ドライバーの給料をどう維持する?

ただ、課題もあります。「2024年問題」で働く時間が短くなる分、トラックドライバーの給料が減ることです。

そもそも、これまでも運送業界ではコストが上昇しても、その分の価格転嫁ができてない状況が続いていました。
たとえば、この会社のドライバーが150キロ走行した場合の配送料は、ある会社との契約では高くても2万9000円ほどです。
一方で国が目安として示している標準価格では、同じ距離で約4万7000円。あくまで目安のため、法的な罰則はありませんが、国の標準価格よりも4割も低い水準です。

この会社では、料金の交渉を粘り強く行っていくことにしていますが、見通しは立っていません。
中島社長
「荷主からは『うちも価格転嫁に応じてもらえておらず大変なんだ』と言われてしまい、なかなか話が進みません。来年以降は荷物を運べなくなるということが現実に起きかねません」

“中継輸送”に“連結トラック”

「2024年問題」に先手を打つ大手の運送会社もあります。岐阜県大垣市に本社を置く「西濃運輸」です。

1日約3800便、600キロメートル以上の長距離路線を700便余り運行しています。
ドライバーの負担軽減のカギは「あの手この手」。労働時間が長くなる原因の1つになっている荷物の積み降ろしを、各拠点にいる作業員で賄う、いわゆる「荷役分離」を進めています。

さらに、1人で担当していた区間を複数のドライバーでリレーしてつなぐ「中継輸送」も拡大させ、負担を減らす取り組みに力を入れます。

全国を網の目のように走る路線をいかし、荷物の中継をさらに工夫できないか。ドライバーが積み降ろしに立ち寄る拠点の数を減らせないか。省略できる業務を細かく洗い出して、徹底的に改善を進めています。
2018年からは、トラックの後ろにトレーラーを連結した「ダブル連結トラック」を導入しました。

ドライバー1人で従来のおよそ2倍の荷物を1度に運ぶことができ、現在5つのルートで運行しています。

ほかの大手物流企業と共同で輸送する便を増やしたり、空いたスペースに他社が預かった荷物を載せることで積載効率を高めたりして、業界内での協力体制の構築も進めるなど、まさにあの手この手です。

鉄道での輸送も

そして抜本的な労働時間の短縮につながると期待しているのが、トラックから鉄道への移行です。
コンテナを運ぶ貨物列車「ブロックトレイン」を2018年から導入、いま名古屋ー福岡間、大阪・吹田ー仙台間など3路線、週5日程度運行しています。走行距離600キロメートル以上のトラック路線に換算すると、1日160台分以上を鉄道に振り分けたといいます。

交通状況に左右されない安定的な運行に加え、往復3日間かかっていたドライバーの業務を日帰りの業務に転換できるなど、労働環境の改善も進んでいます。

ただ、荷物を駅まで運んだり、鉄道で輸送費用がかかったりするなどしてコストが増えたほか、往復の運行で荷物の量に差が出ないよう効率性のさらなる向上など、課題にも直面しているということです。
糀矢運行部長
「トラックのほうが機動力はあるが、走れる距離と時間に限りがある中で、効率的な鉄道へのシフトも行っている。来年春からは、1日の拘束時間が16時間から15時間に短くなるので、どれだけ素早く一つ一つの業務を終わらせるかが重要だ。まだ多い長距離路線の業務を、荷役分離などの工夫で、どう短時間にしていくかは常に課題となっていて、知恵を出し合いながら、より効率的な運行を目指したい」

突きつけられる“便利さ”への意識

これまで長時間労働が当たり前になってきた運送業界にとって、働き方改革は喫緊の課題です。

業界では、輸送に影響を与えないよう、さまざまな対策を打ち出していますが、当日配達や、翌日配達、再配達など、今と同じようなレベルのサービスを維持するのは難しいという指摘もあります。

荷物を受け取る側の私たち消費者も、ドライバー、運送会社の現場に少しずつ思いを寄せて、過剰なサービスを求めすぎない姿勢も大切なのだと感じました。
松山放送局記者
木村京
2020年入局
県警、県政担当を経て、今治支局勤務
かんきつ類で好きなのは“河内晩柑”
松山放送局ディレクター
清水真紀子
2021年入局
四国の伝統文化や観光業などを幅広く取材
かんきつ類で好きなのは“甘平”
岐阜放送局記者
森本賢史
2016年入局
金沢局を経て岐阜局
現在、県政取材を担当。
経済部記者
樽野章
2012年入局
国土交通省を担当