政府 日銀新総裁に経済学者の植田和男氏の起用案 国会に提示

日銀の新たな総裁人事で、政府は14日、元日銀審議委員で経済学者の植田和男氏を起用する案を国会に提示しました。

日銀の黒田総裁は4月で任期が切れることから、政府は14日午前、衆参両院の議院運営委員会の理事会に、新たに元日銀審議委員で経済学者の植田和男氏を起用する案を提示しました。

植田氏は71歳。マクロ経済学や金融論を専門とする経済学者で、1998年から日銀の審議委員を7年間務め、「ゼロ金利政策」や「量的緩和政策」の導入を理論面で支えました。

日銀総裁はこれまで、大半が日銀出身者と旧大蔵省・財務省出身者で占められていて、植田氏が就任すれば戦後初の学者出身の日銀総裁となります。

また、2人の副総裁は来月任期が切れることから、新たに前金融庁長官の氷見野良三氏と日銀理事の内田眞一氏を充てる案を提示しました。

総裁・副総裁の任期は5年で、新体制では賃金の上昇を伴って物価が安定的に上昇する経済の好循環をいかに生み出し、大規模な金融緩和の副作用にどう対応するのかという難しい課題に取り組むことになります。

衆参両院の理事会では、人事案が国会に提示される前に報道されたのは問題だといった指摘が出され、政府側は経緯を調査して報告する考えを伝えました。

植田氏ら3人に対しては来週以降、衆参両院の議院運営委員会で所信の聴取と質疑が行われる見通しで、その後、政府は、速やかに衆参両院の同意を得て正式に任命したい考えです。

一方、政府は14日、日銀の総裁・副総裁も含め、国会の同意が必要な12機関、31人の人事案を国会に提示しました。

植田氏「承認得られれば 誠心誠意頑張る」

日銀の新たな総裁の人事案が国会に提示されたことについて、植田和男氏は14日午後、取材に対し「もし国会で承認を得られれば、誠心誠意頑張ります」と述べました。

また、植田氏は14日朝、国会への提示を前に取材に応じ、人事についてはコメントはしないとした上で、「もし提示されて進み出せば、国会できちんといろんな質問にお答えします。そこでいろんな方の質問にお答えできると思います。4月以降、本当に総裁になれば、いろいろお話しさせていただきたい」と述べていました。

自民 盛山氏「できるだけ早く同意を」

衆議院議院運営委員会で与党側の筆頭理事を務める自民党の盛山正仁氏は「これまで黒田総裁が2期10年務めていたこともあり、今後の金融政策に対して、世の中が大きく注目している。できるだけ早く同意が得られるよう願っている」と述べました。

立民 笠氏「路線をどう転換していくのか聞く」

衆議院議院運営委員会で野党側の筆頭理事を務める立憲民主党の笠浩史氏は「総裁・副総裁候補の名前が先週報じられたことは極めて遺憾だ。これまでのアベノミクス路線をどう転換していくのか、異例な金融緩和をどう是正をしていくのか、総裁や副総裁の候補の意見をしっかり聞いていく」と述べました。

松野官房長官「発信力・受信力が重要なことも十分に考慮」

松野官房長官は午後の記者会見で「政府との連携のもと、経済、物価、金融情勢を踏まえつつ、適切な金融政策運営を行える方を念頭に検討を行ってきた。リーマンショック後、主要国の中央銀行トップとの緊密な連携や、内外の市場関係者に対する質の高い発信力、受信力が格段に重要になってきていることも十分に考慮して、金融分野に高い見識を有する植田氏を選任した」と述べました。

日商 小林会頭「大いに期待している」

日本商工会議所の小林会頭は、記者会見で、植田氏について「金融政策に精通している人物だと理解しているし、大いに期待している」と述べました。

そのうえで、正式に就任した場合の金融政策の運営にあたっては、「当面の金融緩和の必要性はあると思うが、永久に続くものではなく、どこかで見直しをしなければならないと思う。その規模や時期については、実体経済への影響や成長戦略にまい進する企業のことなども考えて運営してほしい」と注文を付けました。

また、日銀が去年12月に行った金融緩和策の修正に関連し、「イールドカーブを是正するという名目だったが、実体経済の受け止め方は実質的な利上げだとして反応した。政策を出して実行する過程で経済がどう反応するかも見ながら、マーケットとの対話を十分にしてもらいたいと思う」と述べ、マーケットとのコミュニケーションをしっかりとってほしいという考えを示しました。

自民 遠藤総務会長「日本経済の成長に資する活躍を」

自民党の遠藤総務会長は記者会見で「植田氏については各界から大変驚きを持って受け止められているようだが、市場では大きな混乱は生じていない。主要国の中央銀行では経済学者がトップを務める例は結構あり、岸田総理大臣が適切に判断されたのだと思う。日本経済の成長に資する活躍をしていただければありがたい」と述べました。

自民党の世耕参議院幹事長は、記者会見で「経歴としては日銀総裁として適正な人物にあたっていると思うが、どういう金融政策をとるのか、国会での意見聴取や党内の人事案の審査過程できちんと整理していく必要がある」と述べました。
一方、先月、「令和臨調」が、これまでの大規模な金融緩和策の問題点を指摘し、10年前に政府と日銀が結んだ「共同声明」を見直すよう提言したことについて「まったく賛成しない。現時点では緩和姿勢を変更する必要はないと考えている」と述べました。

立民 岡田幹事長「必要なのは金融緩和政策の検証と反省」

立憲民主党の岡田幹事長は、記者会見で「少なくとも必要なのは、アベノミクスのもとでの金融緩和政策の検証と反省だ。大規模な金融緩和は持続可能でなく、弊害も出てきているので、正常化しなければならないが、タイミングやスピード感には細心の注意が必要で、植田氏がどういう考えを持っているかを確認していく」と述べました。

立憲民主党の安住国会対策委員長は、党の代議士会で「アベノミクスという、考えられないようなジャブジャブの金融緩和政策の後片づけに、次の日銀総裁は直面しないといけない。金融緩和政策を続けるか続けないかだけでなく、状況に応じた適切な判断ができる柔軟性を持っているかをただしていきたい」と述べました。

公明 山口代表「任命権者と財政金融当局のコミュニケーション」

公明党の山口代表は、東京都内で記者団に対し「現時点で金融政策がどうあるべきかということを申し上げることは控えるが、新たな陣容になれば、任命権者と財政・金融当局とのコミュニケーションをしっかりとってもらうことが先決だ」と述べました。

また、山口氏は、先週10日の午後に岸田総理大臣から人事案の連絡があり「適任者だと思う。副総裁も含めていろんな経験と知識と実力を蓄えた人だ」と説明を受けたことを明らかにしました。

国民 玉木代表「賃金上昇に資する金融政策を」

国民民主党の玉木代表は記者会見で「植田氏は見識のある優れた方で、国際的にも十分通用する。2人の副総裁もバランスのとれた人事で、評価している。持続的な賃金の上昇に資する金融政策をとってもらいたいし、当面、急に金融を引き締めることは適切ではないので、配慮しながら金融政策の運営を行ってもらいたい」と述べました。

日銀新総裁 何が変わる?【専門家にQ&A】

政府が日銀の新たな総裁として経済学者の植田和男氏を起用する案を示したことについて、日銀出身で、みずほリサーチ&テクノロジーズの門間一夫エグゼクティブエコノミストに聞きました。
門間氏は、植田氏が日銀の審議委員を務めた1998年から2005年の間、金融政策を立案する企画局や、経済見通しを作成する調査統計局で一緒に仕事をした経験を持ち、植田氏が日銀の審議委員を退任したあとも交流を続けていたということです。

Q.この春、10年ぶりに日銀の総裁が交代する。経済学者の植田氏を起用する人選をどう受け止めた?

A.植田さんはマクロ経済学者の中では、日銀との関わりが最も多い人だろう。
日銀の審議委員を退任してからも、日銀の金融経済研究所の顧問としてよく来られていたし、日銀主催のカンファレンスなどにもたびたび協力していただいた。
今の日本の経済学者の中で日銀の金融政策や全体の運営について最もよく知っている人の1人だ。

Q.仕事を通して伝わってきた人柄の印象は?

A.植田さんは人の話をよく聞く。
人の話をよく聞いて、いろんな材料をのせてから、全体をそしゃくした上でご自身の考えを述べるタイプで、バランスが良い判断をするという印象を持っている。

Q.日銀総裁に学者の起用は初めてだ。

A.金融政策は学問的に発展している分野で、著名な学者の評論によって金融政策の価値や有効性が決まってしまうと言っても過言ではない。
経済学者が中央銀行で指揮をとるのは国際的にはスタンダードで、金融政策を国民がどう受け止めるのか、経済学者がその仲介役になることには意義があると思う。

Q.金融政策の運営ではどのような課題が待ち受けるか。

A.黒田総裁が誕生した2013年は、日本にとってはデフレからの脱却が非常に重要な課題だった。
政府もデフレからの脱却を経済政策のど真ん中に据えて、いわゆる「3本の矢」と言われたアベノミクスの第1の矢を日銀が担う関係になっていた。
したがって、デフレから脱却するんだという強い意志と強いメッセージ、大胆な行動が求められていたが、今はデフレが問題ではない状況になってきている。
むしろこれまでの異次元の金融緩和に不都合があるならば、そこを修正していくことが重要になっていく。
任期となる次の5年はこれまでとは違う時代を迎えるだろう。

Q.日銀は異次元の金融緩和を長期にわたって続けているが、黒田路線の修正をはかるとみる?

A.日銀は、短期金利と長期金利を誘導目標に据える「イールドカーブコントロール」という、世界でも例のない金融政策を行っている。
短期金利は、市場も国民も金利の引き上げにある程度備えることができるが、長期金利は市場で直ちに金利が上がってしまい、コントロールできなくなるという問題をはらんでいる。
植田さんの過去の論説をみると、長期金利を決めることの難しさや問題点を認識されていることがよくわかる。
おそらく機会をみて、長期金利を決めるやり方を変えていくだろう。

Q.任期中に手をつける可能性があるか。

A.任期の比較的早い段階でイールドカーブコントロールを廃止、もしくは大きく変更していく可能性が高いと、私は思っている。
ただ、場合によっては経済情勢をみて、半年、1年など時間をかけて、ゆっくりやっていくことも十分ありえるだろう。

Q.植田氏の金融緩和へのスタンスはどのように評価する?

A.経済状況が利上げを求めれば利上げを主導するだろうし、状況が求めないのであれば利上げはしない、現実路線のタイプだ。
金融緩和に積極的とされる「ハト派」的にうつるひともいるようだが、日本経済のこの20年、30年をみると、正しい政策をしようと思えば金融緩和方向に行かざるを得なかったのであり、植田さん自身は決して「ハト派」ではないと思う。
本当に日本経済が過熱することになれば、断固として引き締めの方向に向かうこともできる現実路線。
植田さんは審議委員時代に執行部の意図に反して、ゼロ金利政策の解除に反対したことがある人だ。
現実のデータや情勢に鑑みて、一番自分が正しいと考えることにきちんと筋を通すことをする人だろう。

Q.これから所信表明など発信の機会を控えるが、どんなポイントに注目されるか。

A.新総裁は、いきなり金利を引き上げて世の中にハレーションが起きるようなことがないようにすることが重要な作業になるだろう。
今はまだ物価の安定的な上昇と賃上げの拡大という、経済の好循環が起きていないので、金融緩和自体はしばらく続けるというメッセージを国民にきちんと届けることを優先するはずだ。
今の金融政策の枠組みに修正を加えることが必ずしも緩和をやめることではないということを説明し、理解してもらう環境を整えることが大事となる。

Q.政府と日銀は共同声明として「2%の物価安定目標」を目指している。
この声明は次の体制でも維持されると思うか。

A.共同声明は、もともとはなければならないものでもない。
金融政策は日銀が独立して決めることができる政策なので、基本的な方針について大きく変える必要性がないかぎりは手をつけないのではないか。