失敗しない移住とは?地方暮らしの“ホンネ”探ってみた

失敗しない移住とは?地方暮らしの“ホンネ”探ってみた
「都会暮らしを地域に押し付けない」
「品定めがなされていることを自覚して」

移住する人に向けたこんなメッセージが、ある町の広報誌に掲載され、SNSで議論を巻き起こしています。

「排他的だ」という批判の声もあれば、「正直に書いてくれた」と賛同する声も。

コロナ禍やリモートワークの普及でライフスタイルを見直す人が増えるなか、どうすれば地方移住で失敗しないのか。

“ホンネ”を探ってみました。

(北九州放送局 大倉美智子 熊本放送局 馬場健夫 ネットワーク報道部 斉藤直哉)

“七か条”の波紋

移住者に向けたメッセージを出したのは福井県池田町の区長会です。

岐阜との県境に位置する町は人口2300余り、9割が森林に囲まれ、のどかな田園風景が広がっています。
町の区長会はことし1月、町の広報誌に「池田暮らしの七か条」を出しました。
「池田暮らしの七か条」

第1条 集落の一員であること、池田町民であることを自覚してください。

第2条 参加、出役を求められる地域行事の多さとともに、都市にはなかった面倒さの存在を自覚し協力してください。

第3条 集落は小さな共同社会であり、支え合いの多くの習慣があることを理解してください。

第4条 今までの自己価値観を押し付けないこと。また都会暮らしを地域に押し付けないよう心掛けてください。

第5条 プライバシーが無いと感じるお節介があること、また多くの人々の注目と品定めがなされていることを自覚してください。

第6条 集落や地域においての、濃い人間関係を積極的に楽しむ姿勢を持ってください。

第7条 時として自然は脅威となることを自覚してください。特に大雪は暮らしに多大な影響を与えることから、ご近所の助け合いを心掛けてください。
これがSNS上で議論を呼びました。

「移住なんて間違ってもするもんかと固く決心」とか、「集落を守りたいなら変わらなきゃならないのは移住者でなくて自分達だ」といった批判の声が上がる一方で、

「こういうのを明文化するのは良いアイデアだと思う」とか「地方では草刈りなど住民がやらざるを得ないケースがある。なぜ都会そのままの価値観で移住できると思うのか」といった肯定的な声まで。

ネット上ではかんかんがくがくの議論が続いています。

“移住者を排除しようと思ったわけではない”

七か条の作成にあたって事務局を務めた町の当事者に話を聞いてみました。

総務財政課の森川弘一課長は、反響の大きさに戸惑いながらも、「思わぬ切り取られ方をして残念です。決して移住者を排除しようと思って作ったのではないんです」と答えてくれました。

背景には、移住者の受け入れ側となる地元の区長たちが頭を悩ませていたことがあったといいます。
近年、町に移住してくる人は年間20人ほど。

町の空き家バンクなどを通して移住していれば、ある程度人となりが分かりますが、町外の不動産業者を通して移住してきた場合、接点の持ち方がむずかしく、「草刈りや雪かき、地域の行事に参加してほしいがどう接していいかわからない」という声があるのです。

集落を維持しているのは住民

緑に囲まれた美しい田園風景や国の重要無形民俗文化財にも指定されている伝統の祭り。

こうした風景や文化は住民たちが守り、支えてきたものです。
自然はただ美しいだけではありません。

夏場の草刈りや冬の雪かきも欠かせません。

行政では手が回らない作業を、共同体である集落が長年にわたって担ってきました。

そうした現実を前に移住者からは、「事前に言ってくれればよかった」と言われることも多く、地元の区長は「わからなければ聞いてくれたらよかった」というジレンマを感じていたといいます。

今回の七か条はそうした双方の認識のズレを何とかしたいと思って公表したものだと言います。
池田町総務財政課 森川弘一課長
「移住者を歓迎したいのはもちろんだけど、雰囲気だけで移住してきて、『聞いてない!』と言われ、後悔されるようなことにはなってほしくない。面倒だなと思うことを事前にお知らせしておけばいいのではと考えたのです。ただ、表現の仕方には議論の余地はあったと思う」

コロナ禍で高まる関心

地方移住への関心は年々高まっています。

移住に関する相談の受け付けや情報発信を行っている認定NPO「ふるさと回帰支援センター」によりますと、去年1年間の相談や問い合わせの件数は5万2000件を超え、平成14年の開設以来、最も多くなっています。

20代以下と30代で相談者の半数を占めていて、コロナ禍によるリモートワークの普及や価値観の多様化で移住への関心はさらに高まっているということです。

移住者受け入れの工夫は

こうしたなかで、移住者の受け入れを積極的に行っている自治体はどういう工夫をしているのでしょうか。

熊本県で人気の移住先の1つ、海に囲まれた「天草市」です。

イルカウォッチングが人気で、世界遺産もある観光地です。

ここ10年で730人が移住し、定住率は8割だということです。
話してくれたのは、市地域政策課の鶴岡将さん。

力を入れているのが、移住者の悩み事の相談に応じる、いい意味での「おせっかいやさん」を作ることです。
先輩移住者の3人が「コーディネーター」になって、移住前から移住後のあらゆる相談に応じているということです。

さらに「サポーター」として、移住者の相談や支援にあたる企業や市民の登録を募っていて、9つの団体と14人の個人が参加しています。
天草市地域政策課 鶴岡将さん
「定住率が高いのは、コーディネーターやサポーターの役割が大きい。いい意味での「おせっかいやさん」がいて、移住者のいろんな困り事の相談に乗り、区長に移住者を紹介することもあります。また、地域で子育てをしたり、野菜や魚を分け合ったりする地域性も定住につながっている」。

移住した人に聞いてみた

では、実際に、移住をした人はどう感じているのでしょうか。
茨城県出身の漫画家、佐藤ダインさん(38)です。

東京でIT関係のサラリーマンをした経験もあり、コロナ禍を機におととし12月、天草市に移住しました。

畑付きの木造の古民家を借りて、農作業や狩猟をしながら、犬とニワトリとともに、漫画を描いて生活しています。

移住で体験したことをモチーフに漫画もブログやSNSで公開しています。

移住した当初は「戸惑い」もあったといいます。
佐藤ダインさん
「自分が移住した時点で、何をやっている人間か地元の人は知っていたので、びっくりしました。プライバシーを隠して生きるのは無理だと思いました。また、狩猟でわなを設置するには、地主と交渉するため、人間関係を築く必要がありますが、移住者にとってはハードルが高いです」
そうしたなかで、市の「コーディネーター」に、地域社会になじむ上で、大いに助けられたといいます。
佐藤ダインさん
「地元で顔が広い人を直接紹介してくれました。そこから、地元の猟師の方などネットワークが広がったり、イベントに参加して友達もできたりしました。また旅行する際はニワトリを預かってくれたり、台風で家が壊れた時には直してくれたりして、とてもありがたいです」
今後、移住を考えている人たちに「漫画」を通して伝えたいことを話してくれました。
佐藤ダインさん
「近所のおばあちゃんから、頑張っているねと、野菜とか果物とかもらって、思い描いていた田舎の生活は、本当にあるんだなとうれしかった。ただ、移住は、いい面だけじゃない、難しさもあるよと伝わったらいい。コロナ禍で、物価も上がって、地方移住の意識が高まっていますが、移住すればすべて解決するわけじゃない。人間関係やお金のリアルを、漫画で正直に伝えたい」

増えるリモートワーク、コロナ禍の孤立

一方、コロナ禍で移住者が新たな問題に直面するケースも起きています。

熊本市では、東京の会社に在籍しながら移住してリモートワークで働く人が相次いでいます。

こうした移住者に新たな悩みが出てきました。

「コロナ禍による孤立化」です。

さまざまな行事が中止になり、人間関係が築きづらくなっているというのです。

移住者からは『サークルなど交流活動がない』、『休みの日に遊ぶ友達がいない』、『ママ友がほしい』といった相談が市に寄せられました。

そこで熊本市は、初めての取り組みをしました。

「移住者交流カフェ」です。
去年11月、移住者どうしの交流や、先輩移住者への悩み相談の場として開かれ、移住者9人が、熊本市の魅力や生活、悩みを話し合ったということです。
熊本市経済政策課 前田剛課長
「和気あいあいという雰囲気で、好評だったので、開催してよかったです。こういったコミュニティーがあれば、次に移住してくる人の不安の解消にもなると思います」
コロナ禍だからこそ、移住者のコミュニティー作りを支援する周囲の「おせっかい」が、大事になってきているのかもしれません。

失敗しないためには?

移住を考えている人や受け入れる地域の人はどんな準備をすればいいのか。

移住に関する研究や地域づくりの支援を行っている一般社団法人「持続可能な地域社会総合研究所」の藤山浩所長に話を聞きました。
持続可能な地域社会総合研究所 藤山浩所長
「移住や定住に失敗する7、8割は『事前に聞いていなかった』というケースです。都会と地方はまったく違う世界だということを認識する必要があります。移住を考えている人が情報を集めるだけでなく、地域の側もこんな暮らしをしてこんな協力が必要ですよということをネットやSNSで発信して、興味をもってくれた人を案内するようなツアーをしたほうがいいと思います。実際に移住者が増えている地域をみてみると、そうした『窓』が地域に開いています」
そのうえで、藤山さんはこれからの循環型社会を本当に実現するには一極集中を緩和して地方に人が移っていく流れは避けて通れないと指摘します。
持続可能な地域社会総合研究所 藤山浩所長
「地域にはその地域の風景や記憶が紡がれています。移住したいという人にもいろんな理由があると思いますが、移住や受け入れがうまくいって、思わなかったようなメリットや新しい出会いに気づいてほしいと思います」

関心高まるなかで

議論を呼んだ「七か条」を公表した福井県池田町。

いま「七か条」からさらに一歩進んで、33あるすべての集落ごとに、移住者向けに、集落の特徴や決まり事を記した新たなテキストを作成することにしています。
今回の議論を踏まえ、より多くの人たちの意見を反映させたものにしたいと話していました。

移住者ともともとの住民との関係は決して新しい問題ではありませんが、移住への関心がますます高まる中、移住者も地元で暮らす人もお互いがわかり合い協力し合える環境づくりが重要になってきていると取材を通じて感じました。