将棋 小山怜央さん 「奨励会」経験せずプロ入り権利 戦後初

将棋のプロ棋士になるための「編入試験」に挑んでいた岩手県出身のアマチュア、小山怜央さん(29)が、13日の対局に勝ち、プロ棋士になる権利を獲得しました。日本将棋連盟の棋士養成機関「奨励会」を経験せずに、プロ入りの権利を獲得したのは戦後初めてだということです。

小山さんは去年までに、プロ棋士を相手にした対局で「10勝5敗」の好成績をあげるなど、プロへの「編入試験」を受ける資格を満たし、プロ棋士との五番勝負に11月から挑んでいました。

ここまで2勝1敗の小山さんは13日、大阪市の関西将棋会館で横山友紀四段(23)と対局しました。

先手の小山さんは序盤から積極的に攻め、戦いを優位に進めます。

横山四段の反撃にも耐え、持ち駒を増やしながら攻め続けた結果、午後3時31分、133手までで横山四段が投了。

小山さんが3勝目を挙げて「編入試験」に合格し、プロ棋士になる権利を獲得しました。

日本将棋連盟によりますと、プロ棋士を目指す人が所属する棋士養成機関「奨励会」を経験することなく、プロ入りの権利を獲得したのは小山さんが戦後初めてで、2006年に設けられた「編入試験」の制度での合格は3人目となります。

小山さんは29歳で、岩手県釜石市出身。小学生のときに将棋を始め、地元の将棋教室などで腕を磨きました。「奨励会」への入会は不合格となりましたが、東日本大震災で被災したあとも将棋を続け、大学生のときにアマチュアの将棋大会で優勝。現在は横浜市で将棋講師を務めています。

小山さん「本当にうれしいし、ほっとしている」

対局後の会見で小山さんは「対局が終わったばかりで実感が湧かないが、まずはプロ入りが決まって本当にうれしいし、ほっとしている」と語りました。

そして「奨励会」を経験することなく、プロ入りの権利を獲得したことについて「客観的に見ると特別なことだと思うので、すごく光栄に思う。序盤が苦手でどう勉強していいか分からなかったが、AIのおかげで自分自身の将棋を作り上げることができ、強くなった面はあると思う」と振り返っていました。

また、地元・岩手県の人たちへの思いも語り「私自身も東日本大震災で被災しつらい時期もあったが、『編入試験』の最中も含めいろいろな方が応援してくださっていると思い、勉強を続けてこられた。今まで岩手県出身の棋士がいなくていつか出ればいいなと思っていたので、『ついにやりました』という感じだ」と話していました。

その上で、ことし4月からプロ棋士としての一歩を踏み出すことについて「もちろん藤井聡太五冠のように強い棋士になりたいが、今の実力では足元にも及ばない。今後も勉強を続け、目標とされる人物になれるよう頑張りたい」と意気込んでいました。

小山さんの母親「よく頑張った。おめでとうと言いたい」

釜石市で対局を見守った小山さんの母親、聖子さんは「とても嬉しいし、よく頑張った。おめでとうと言いたいです。好きなことを仕事にできるのでこれからも頑張れると思います。釜石に帰ってきたら、美味しいご飯を食べさせてあげたいです」と話していました。

小山さんが通った将棋教室で今も指導にあたる土橋吉孝さんは「小さい頃から応援していたので、本当に嬉しい。しっかり立て直して勝ちにもっていったところを見ると、やはり底力がついてきて、僕らが考えているよりはるかに強くなっているのだなと思う。彼は本当に将棋が大好きで、震災があってもへこたれず一生懸命取り組んできたことが報われたのだと思う。まだまだ上を目指していけると思うので、これからも精進していってほしい」と話していました。

東日本大震災で実家が全壊

小山さんは小学生の時に母親に勧められて将棋を始め、将棋教室にも通うようになり、インターネットでの将棋などもしながら実力を伸ばしていきました。中学3年生の時に日本将棋連盟の「奨励会」の入会試験を受け、不合格となりました。

その後、地元の県立釜石高校に進み、高校2年生の時に東日本大震災の津波で実家が全壊する被害を受けましたが、避難所や仮設住宅でも将棋を続けていました。

高校卒業後は滝沢市にある岩手県立大学に進学。大学4年の時にアマチュア将棋の日本一を決める大会で優勝し「アマチュア名人」のタイトルを獲得しました。

その後、2016年には奨励会の三段リーグの編入試験に挑みましたが、不合格となりました。大学卒業後は一般企業に勤めながらプロ棋士との対局で勝利を積み重ね、今回の編入試験の受験資格を得て、日本将棋連盟に受験を申請しました。

小山さんは、おととし勤めていた会社を退職し、今回の編入試験に臨み、いわば3度目の正直でプロ棋士合格に挑んでいました。

去年11月と12月に行われた編入試験の第1局と第2局で、試験官を務める四段の棋士に連勝し合格に王手をかけていましたが、先月の対局では敗れ、ここまで2勝1敗でした。

日本将棋連盟によりますと、合格した小山さんは奨励会に一度も所属せずにプロ棋士となる戦後初めてのケースで、また、岩手県出身者のプロ棋士も初めてだということです。

プロが語る小山さんの強さとは

小山さんと対局した経験を持つ中川大輔八段(54)は、小山さんの将棋の特徴について、決断の良さと粘り強さを挙げました。

「難しい場面でも最善だろうと思ったらビシッと指す。そういう決断の良さがいちばんの長所で、劣勢をはね返すだけの粘り強さも持ち合わせている。アマチュアは一般的に、相手のペースになると押し切られるところがあるが、小山さんは土俵際でぐっとこらえることができる。プロ相手にも好成績をおさめ、すでにプロの水準を満たしていると言える」

また、小山さんが「奨励会」を経ずに「編入試験」の受験資格を得たことについて「今まで試験を受けたのは元奨励会員や女流棋士だが、小山さんは全く在籍経験のない純粋なアマチュアで、受験資格を手にした。普通ならば手が届かない、ましてや超えることができない壁に、たどりつきつつあるのは驚きで、ここまで強くなるのかと実感した。相当に努力されていると思う」と話していました。

中川八段は仙台市出身。小山さんが同じ東北出身ということについては「岩手県、東北のファンの期待もあると思うので精進を続けてもらい、今後の対局でも勝てば、彼の頑張った意義が出てくると思う」と話し、今後の活躍に期待を寄せていました。

「編入試験」とは

将棋のプロ棋士になるには、原則として日本将棋連盟の「奨励会」に入り対局で上位の成績を収めて「四段」に昇段する必要があります。

しかし、プロへの道のりは険しく、四段に昇段できるのは原則、半年に2人です。今回、アマチュアの小山怜央さん(29)が臨んだプロ棋士への「編入試験」は、2006年に設けられた制度です。

女流棋士やアマチュアが公式戦でプロ棋士と対局し、直近の対局で「10勝以上」かつ「6割5分以上の勝率」など、条件を満たせば、受験資格を得られます。

そして、試験官を務める四段の棋士たちと1か月に1回、対局し、3勝すれば合格で、プロ棋士となります。

この制度でプロ棋士になったのは、今泉健司さん(49)と折田翔吾さん(33)の2人だけでした。