「年収250万円未満」児童館長が訴える公共施設の“危機”

「年収250万円未満」児童館長が訴える公共施設の“危機”
「突然ですが。わたしのお給料は 基本給 115000円
年収は250万に届きません」

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ある政令指定都市で児童館の館長を務める40代の女性の切実な訴えです。

子育て支援が社会の大きな課題とされる今、地域の子どもの居場所である児童館のトップがなぜこの給与水準なのか?取材を進めると、これまでとは異なる「官製ワーキングプア」の実態が見えてきました。

(「おはよう日本」ディレクター 横井聡)

児童館館長は“年収250万円未満”

ツイートした女性に詳しく話を聞きたいと、取材を申し込むことに。すると「実態を知ってほしい」と、匿名を条件に応じてくれました。
鈴木さとみさん(仮名、40代)。ある政令指定都市が設置した児童館の館長を10年近く務めるベテランです。
館長としての業務は多岐にわたります。

1日に訪れる子どもは20~50人ほど。遊ぶ場所を提供して成長を促すとともに、みずからも子どもと触れ合いながら安全面から目を離さないようにしているほか、変わった様子がないかなどを観察します。

気づいた点があれば学校などの関係機関と連携して対応するほか、虐待のリスクがある場合は児童相談所とやりとりすることもあります。

勤務は1日9時間、週6日程度です。土日も開館している上、悩みを抱える子どもから夜中に電話がかかってくることもあり、仕事とプライベートの区別はつきにくいといいます。

児童厚生員の資格を持ち、館長としてボランティアを含む8人のスタッフを束ねるさとみさん。人材育成なども重要な業務になっています。

こうした児童館は全国に4300余り(2021年10月1日現在)あり、地域の子育て支援の拠点として重要な役割を担っているのです。
さとみさん
「親の共働きが増える中で子どもの居場所が重要になり、その中でも敷居が低い児童館の存在意義はますます高まっています。施設の運営の面でも、設備の保守点検や来館者数のデータ作成など雑多な業務も多く、常に忙しいですね」
その、さとみさんの給料は、基本給が月11万5000円。手当などを含めると、手取りで月14万円から多い時でも20万円ほどです。

年収は250万円に届かないといいます。基本給はこの10年近くの間、1円も上がっていません。

現在は、副業として児童福祉関係の講師も務めていますが、それでも家計は苦しいといいます。

低賃金の背景に「指定管理者制度」

なぜ、このような状況に陥ってしまうのか。

背景には、この児童館が「指定管理者制度」という仕組みで運営されていることがあるといいます。

さとみさんは公務員ではなく、株式会社の社員です。児童館は自治体が設置した公共施設ですが、管理・運営については自治体に代わって民間企業が行い、社員であるさとみさんが館長を務めているのです。
「指定管理者制度」は2003年の地方自治法の改正にともなって導入されたもので、公共施設の管理・運営に民間企業などが参入できるようになりました。

この制度は民間のノウハウを生かして、市民サービスの向上と経費削減を図ることが目的で、今では多くの施設で活用されています。

しかし、実際には経費の削減ばかりが優先され、施設の運営や現場で働く人たちにしわ寄せが来ていると、さとみさんは訴えます。

児童館は無料で利用できるため、収入源は自治体から支払われる、年間2000万円前後の指定管理料のみ。この中ですべてをやりくりしなければなりません。

結果として、企業の経営を成り立たせるには人件費を削るしかないというのです。
さとみさん
「児童館は本来、専門性のある職員がしっかりと定着し、キャリアを形成していけるような体制が必要です。しかし、この低賃金ではモチベーションが保てず、離職が相次いでいるのが現状なんです」

「会社にとっては、予算を減らすことが自治体からの評価につながり、次の仕事に有利になるので、コスト削減のインセンティブが働きます。その結果、職員の給与がますます減り、この業界でキャリアを積んでそれなりの生活を送るという見通しが立たなくなる。私自身の生活もありますが、若い職員たちが頑張っているのに何もしてあげられないことがとても残念です」

“予算さらに削減”で運営の危機に…

こうした中、当初7人いた常勤のスタッフは4人にまで減少。さらに、指定管理料が今後、10%以上削減されることが決まったといいます。

さとみさんは、このままでは児童館としての機能が保てなくなると、強い危機感を抱いています。
さとみさん
「現場としてこれ以上スタッフを減らすことはできないと訴えていたのでショックでした。児童館はいろいろな子どもや保護者が来てくれる。その中で地域の課題や子どもが抱えている課題を発見し、支援につなげていくという大きな役割を担っています。ボランティアに責任を負わせるようなことはできません」

「人材をしっかり育て、きちんと生活が成り立つための仕組みを作ってほしい。そうでないと施設をただ開けて、閉めるだけのような状態になってしまい、住民にとってもいいことはないのではないでしょうか」
去年11月のSNSの投稿で、さとみさんは次のように結んでいます。
「指定管理という制度の中でこういう実態があることを知ってほしかった。専門性の必要な職種の人たちが当たり前のように官製貧困に陥っていること。若者世代に、今専門職になろうとしている学生たちに、この現状をつないでしまってはいけない」

「指定管理」の公共施設は7万超

公共施設の管理・運営を自治体に代わって民間企業などが行う「指定管理者制度」。

いったいどのくらい広がっているのでしょうか。総務省が3年ごとに統計をまとめていました。

それによると、制度を導入している公共施設の数は2021年4月現在、全国で7万7537に上っていて、公園や博物館などのほか、水道・港湾施設などもあります。
担い手は株式会社や財団法人、公共的団体などさまざまですが、「民間企業等」(株式会社、NPO法人、企業共同体など)の割合が増え続けていて、2021年は3万3000余りに上り、全体のおよそ43%と最も多くなっています。

公共施設であっても管理・運営は民間が担っているというケースがごく身近になっているのです。

注目の図書館も給与が課題に

指定管理者制度を導入したことで、民間の力がうまく発揮された例もあります。
鹿児島県指宿市にある図書館です。実際にどのような管理・運営が行われているのか、現場を訪ねてみることにしました。

指定管理を担っているのは、地元のNPO法人「そらまめの会」。2021年には、先進的な活動を行っている図書館に贈られる「Library of the Year」の大賞にも選ばれました。
この図書館は戦後まもなく開館した歴史ある施設ですが、1990年代から利用者が次第に減少しました。

そうした中、市は2006年、民間のノウハウを取り入れようと指定管理者を公募します。

そして応募があった5団体のうち、図書館で読み聞かせなどの活動をしていた人たちが中心になって設立した「そらまめの会」が選ばれ、運営を引き継ぐことになりました。
まず、本棚をすべて掃除するとともに、図書館司書の資格を持つスタッフが中心となって館内のレイアウトを一新しました。

著者の名札を作成するなどして、利用者が目当ての本をすぐに探せるようにしたほか、学校図書館との間の回送便を始めたり、「よるのおはなし会」などのイベントを開催したりと、新たな試みを次々に導入します。
2016年からは、市内のほかの施設とともに地域づくりに関心のある市民が交流できる場を提供する「シビックカフェ事業」を展開し、図書館の枠を超えた活動にも取り組んできました。

こうした活動の中で、市にかけあってコンピュータ化にも着手。市内のもう1つの図書館とネットワークで結び、同じシステム内で蔵書検索や予約ができるようにもなりました。

クラウドファンディングも活用

その後も、クラウドファンディングを活用して移動図書館「ブックカフェ号」をオープンさせるなど、先進的な取り組みを続けます。
その結果、図書の貸し出し数は、市の人口が減少する中、去年は11万8000冊余りと指定管理者制度を導入する前のおよそ1.5倍に増加。

今では地域の拠点として、市民に幅広く親しまれています。
「そらまめの会」下吹越かおる理事長
「住民の役に立つ図書館でありたいという思いが一番根底にありました。図書館というのは毎日変化があって、わくわくする仕掛けがないと人は来ないんです。そういう意味では、民間というフットワークの軽さや柔軟な発想力が生かされていると思います。例えば『おじいさんがよく来ているから、LEDライトのついた虫眼鏡を買おう』と私が言えば、すぐに購入して、明日からそのおじいさんは使えるようになるわけです。1人1人に寄り添う気持ちを大事にすることで、利用する住民が幸せでいられる。図書館がそういう場所になっていくことが私たちの心の支えです」

それでも厳しい…運営の実態

関係者から注目を集める指宿図書館ですが、この施設でもスタッフの給与の問題に直面していました。

図書館の指定管理料は、市内のもう1つの図書館と合わせて年間6000万円余り。市が運営していた頃の予算より1000万円余り少なくなっているといいます。

本の貸し出しや図書館のイベントはすべて無料のため、これ以外の収入を得ることは難しいのが現状です。一方、支出は書籍の購入費に加え、消費税や光熱費、清掃の委託費などさまざま。
スタッフは現在、パートを含めて7人ですが、給与は常勤のスタッフでも手取りで月13~17万円ほどだといいます。

貸し出し数の増加などにともなって業務負担は年々増えていますが、新たにスタッフを雇う余裕はありません。

こうした中、それぞれが食費や光熱費を削ったり、ほかの仕事を掛け持ちしたりしてなんとか生活しているのが現状だということです。法人は、常に不安を抱えながら運営にあたっています。
下吹越かおる理事長
「決められた指定管理料の中でやりくりしているので、給与は現在の額を支払うのに精一杯の状況です。このため研修などにお金をかけられず、人材育成もままなりません。また、多くの業務を今の人数でこなしていくのは無理があるとも感じていて、このままでは『もう辞める』というスタッフが出てくるかもしれないと危機感を持っています。この状態でいつまで指定管理者を続けられるのか、まだ答えは出ていません」

自治体「予算引き上げは困難」

こうした現状について、指宿市はどのように考えているのでしょうか。

担当者は次のように話しています。
指宿市社会教育課 村元重夫課長
「NPO法人が抱えている悩みについてはしっかりと見つめていく必要があると思っていますが、思いをかなえてあげたくてもなかなかかなえられない現実があります。市全体の財政状況が厳しい中、図書館に限らず公共施設に関する予算を引き上げることは正直難しく、指定管理料を上げるとはなかなか言えないのが現状です」

「今後はお互いの状況を踏まえた上で、限られた資源の中で何を優先し、提供していくのか、コミュニケーションをしっかりとりながら議論を重ねていく必要があると考えています」

コロナ禍で相次ぐ業者の「撤退」

さらに取材を進めると、施設の管理・運営を担っていた民間企業などが指定をみずから返上し、撤退するケースが相次いでいることも分かりました。

総務省の統計によると、「経営困難等による撤退(指定返上)」は、2021年4月までの3年間で合わせて242施設と、前の3年間と比べて3倍近くに急増しています。

どんな施設か調べてみると、多かったのは宿泊施設や温泉施設、体験交流施設など、観光に関わるものでした。

中には診療所やデイサービス施設もありました。

休止・廃止に追い込まれた施設も

このうち、指定管理者が見つからなかったり、募集をやめたりして休止、または廃止となっている施設も複数ありました。

その1つ、兵庫県丹波市にある「休養施設 やすら樹」(やすらぎ)です。
豊かな自然に囲まれた市立の宿泊施設で、主に地元の人たちの忘年会や法事などに利用されてきました。

かつては市の直営でしたが、より効率的な運営を行うため、2010年に指定管理者制度を活用。地元の民間企業が運営を引き継ぎました。

指定管理料は当時予想された収支をもとに決められ、想定される赤字額だけを補填する形になっていたということです。

しかし、新型コロナの感染が拡大してからは客足が激減。売り上げはさらに大きく落ち込みます。

施設の老朽化にともなう改修費用も課題となっていたことから、企業は「地元の人が集まれる場所を残したい」と、市に追加の支援を求めたといいます。

これを受けて、市は休業補償は行ったものの、財政事情やほかの公共施設とのバランスを考えるとそれ以上の支援は難しいとして、指定管理料の改定などは行いませんでした。

その結果、企業はおととし、契約の期限を待たずに運営から撤退。市は新たな指定管理者の募集は行わず、現在も閉館したままになっています。

丹波市は取材に対し「企業側とは施設運営について何度も協議を重ねたが、結果としてこのようになってしまい非常に残念だ。新たな活用方法を検討していく必要があると考えているが、具体的なことは決まっていない」とコメントしています。

“現場に負担集中しないよう目を配るべき”

民間の力に頼ろうと、指定管理の規模を拡大してきた自治体。

民間のノウハウで公共サービスが充実すれば、私たちにとっては大きなメリットがある。一方で、自治体の予算は限られている…。

公共施設の運営は、今後どうあるべきなのでしょうか。指定管理者制度に詳しい東洋大学の南学客員教授は、まず制度をめぐる現状について次のように指摘します。
東洋大学 南学客員教授
「福祉サービスや災害対策などに予算が割かれる中、財政状況はますます厳しくなっていて、公共施設に予算をどう配分するか、自治体は頭を悩ませている。こうした中、『民間企業ならもっと安くできるのではないか』『予算がないのでこの範囲でやってほしい』といった形で施設の管理・運営を民間に頼る傾向がここ数年、さらに強まっている。その結果、コストカットをしなければ運営できなくなり、現場で働く人たちにしわ寄せが来ているのが現状だ。さらに、コロナ禍もあいまって撤退を決断する企業も相次いでいて、これまでと同じやり方では公共施設を維持できなくなってきている」
そのうえで、現場で働く人の賃金を保障するとともに、必要な公共施設に資源を集中させることが必要だとしています。
東洋大学 南学客員教授
「自治体によっては、契約した事業者に対し、一定額以上の賃金を労働者に支払うことを義務づけた『公契約条例』を独自に制定しているところもある。こうした取り組みを通じて、現場に負担が集中しないよう行政が目を配るべきだ」

「そして、財政状況の改善が見込めない中、これからは公共施設の『取捨選択』を進め、本当に必要な施設に資源を集中させるという考え方も必要だ。施設をなんとか維持しようとするのではなく、廃止すべきものは廃止し、残る施設に予算を優先的に投入する。そうすることで、制度本来のメリットである市民サービスの向上を実現できるよう取り組んでほしい」

新たな「官製ワーキングプア」にしてはいけない

これまで、行政の現場を支える非正規公務員の待遇の低さが「官製ワーキングプア」としてたびたび問題になってきました。それと同じ構図が、指定管理者制度という仕組みの中で、形を変えて広がっているとみられることが今回の取材で明らかになりました。

管理・運営が民間に任されている分、その実態がより見えにくくなっているようにも感じました。

多くの自治体で人口が減り、税収の増加も見込めない中、こうした現状は今後も続くと考えられます。

今回取材した現場では、働く人の高い志によって公共サービスが維持されていることを実感しました。こうした人たちがやりがいを持って働けるようにするにはどうすればいいのか。

公共施設の「取捨選択」も含め、住民を巻き込んだ議論が必要になっているのではないでしょうか。

指定管理を導入している7万余りの公共施設、そしてそこで働く人たちが今後どうなるのか。

これからも取材を続けたいと思います。
おはよう日本 ディレクター
横井聡
2016年入局
青森局を経て2021年11月から現所属
地方の課題をテーマに取材を続けている
趣味は読書。自宅が図書館のようになっています