“乗りすぎないでおくれやす” 京都で「バス1日券」廃止のなぜ

古都・京都の観光各所をめぐるバスに、1日どれだけ乗っても700円。観光客に人気の「バス1日券」を、京都市は来年度末に廃止することになりました。そのねらいは混雑の緩和です。

かつて大勢の観光客で、「オーバーツーリズム」が課題となった京都。

“おこしやす、でもバスには乗りすぎないでおくれやす”

再び観光地として活況を呈しようとしている、観光都市・京都の複雑な事情とは。

(京都放送局 記者 海老塚恵)

観光客から惜しむ声

新型コロナの影響で、一時、観光客数が落ち込んだ京都。

去年秋から、国の「全国旅行支援」、新型コロナの水際対策の大幅な緩和などで、国内外からの観光客の姿が目立つようになりました。
そうした中で、2月に示された京都市の「バス1日券」廃止の方針。

京都市東山区の清水寺の周辺では、観光客から廃止を惜しむ声が聞かれました。

福井県から訪れた高校生の2人組は、「バス1日券」を使って観光していました。

京都市内の観光地をめぐるには、各地を結ぶバスは欠かせないと言います。

「バス1日券」で料金が割安になるといい、この日も京都駅から清水寺や八坂神社などをめぐる予定でした。
福井県から訪れた高校生
「『バス1日券』をこれまで京都の旅行で3回使ったことがあります。気軽にどこにでも行けるし、お得だと思います。廃止は正直してほしくないです」

海外から訪れた観光客も、廃止に驚いていました。

トルコから訪れた女性
「残念です。観光客にとって、とても便利なもので気に入っています。廃止するなんてもったいないと思います」

「バス1日券」とは

「バス1日券」が導入されたのは、1995年。

当時、京都市内の道路では観光客のマイカーが増えていました。道路の混雑を緩和するため、京都市がバスに誘導しようとしたのがきっかけでした。

大人1枚700円。京都市内で、市が運営する「京都市バス」に加え、「京都バス」や「西日本ジェイアールバス」が1日乗り放題になります。
京都市には、バス路線が市バスだけで74路線あり、網の目のように市内に広がっています。

地下鉄は、市の中心部から東西と南北に2路線しかなく、中心部から少し距離のある観光地にはバスでの移動が欠かせません。

それぞれのバスは、市の中心部では一律230円。単純に計算すると、4回乗れば元が取れる仕組みです。

「バス1日券」は、1日で数多く観光名所をめぐりたいという観光客に人気でした。

京都市はなぜやめる?

京都市が運営するバスと地下鉄は、新型コロナの感染拡大以降、利用客数が減少してきました。昨年度の決算はいずれも赤字です。

経営の立て直しに向けて、市は、バスの料金は値上げの検討を続けています。
今回なぜ、京都市は「バス1日券」をやめるのでしょうか。

その理由にあげているのが、観光客のバスの混雑緩和です。

京都では、感染拡大前に観光客が急増。

市バスの利用客数は、2017年度には1億3420万人と過去最多に膨らみます。

バスに観光客が大勢乗り込んで市民がバスに乗れないという事態も生じ、「オーバーツーリズム」と呼ばれ、大きな課題となりました。
当時の対策として、京都市は、観光客に人気の路線を増便したほか、2018年に「バス1日券」の料金を500円から600円に引き上げました。

しかし2019年度、「バス1日券」の利用者は減ったものの1245万人。

この年度のバスの利用客数の約1割を占め、利用者の多くは観光客でした。

今回の市の検討では、「バス1日券」の料金を上げる案もありましたが、料金を上げるだけでは効果が見込めないという意見が出て、廃止することにしたということです。

一方で、地下鉄とバスが1日乗り放題の1100円の券は継続するとしています。

まだ利用客数が回復していない地下鉄に観光客を誘導しようというねらいもあります。

複雑な心情の京都市民

京都市民には、バスの利用に複雑な心情があります。
京都市右京区の40代の女性は、感染拡大前、混雑に悩まされたと言います。

買い物や仕事、どこへ移動するにもバス停には利用客の長蛇の列ができました。

ようやく乗れる順番となっても、来たバスの車内はほぼ満員の状態でした。

ひどいときには、やっと来たバスが満員で、車外にスピーカーで「通過します」と言ったきり、通り過ぎてしまうこともあったと言います。
女性
「バスに乗れなかったので、友人との待ち合わせに30分以上遅れてしまったこともありました。しかたなくタクシーに乗ったこともあります。京都市民が市のバスに乗れない状況は異常だったと思います」

一方で、「バス1日券」の廃止には、疑問も持っています。

女性
「私もお稽古や美術館を回る日などでバスを乗り継ぐ時には「バス1日券」を使います。市民も使う便利なものなので、これをなくすことが混雑緩和になるのか、効果があるのでしょうか」

京都市の対策は有効?

「バス1日券」の廃止について、観光の課題や政策について研究している龍谷大学政策学部の阿部大輔教授は、次のように指摘しています。
阿部教授
「イタリアのベネチアの水上バスなど、海外にも交通の1日券はある。しかし、混雑緩和のために廃止するのは一般的な手法とは言えない。廃止の方針に至る前に、京都市が混雑度合いやルート、廃止による影響などをどこまで分析したかが、市民には見えない。観光客にはお得な手段が減ることになり、地元の人にも明確なメリットが見えず、廃止は中途半端な手段に見える」

その上で、「混雑の分散」という考え方自体が、オーバーツーリズムの本質的な解決にはならないと考えています。

阿部教授
「オーバーツーリズムを防ぐなら、宿泊施設数の制限や宿泊税を上げるなど、抜本的な対策が必要だ。すでにオランダのアムステルダムなど、世界の観光地の中には、コロナ禍前よりも厳しい施策をとっているところもある。京都市の施策は段階的な対応としてはしかたないかもしれないが、より根本的な対策が求められている」
京都市の担当者は、廃止について「混雑対策は待ったなしの状況で、一番効果があると思われる方法をとった。コロナ禍前のあの時の混雑を絶対に起こしてはならないという思いで、思い切って判断した」と話しています。

また、観光客に人気の路線の便数を増やすことも検討するなど、引き続き対応していきたいとしています。