ビジネス特集

さよならグローバル化? 欲しいものが手に入らなくなるのか

香ばしい香りあふれる淹れ立てのコーヒーを1杯。出勤前の楽しみだ。

スーパーに並ぶ食料品からファッションや電子機器、そして海外に行けば多く見かける日本車まで、私たちの暮らしや勤める会社の業績はグローバリゼーションの恩恵を大きく受けてきた。

しかし、激化する米中の対立、ロシアによるウクライナ侵攻、そして台湾有事のリスクなどが幾重にも重なり、知らない間に世界経済をつなぐ仕組みが土台から崩れようとしている。
(NHKスペシャル シリーズ混迷の世紀「“貿易立国”日本の苦闘~グローバリゼーションはどこへ」取材班)

経済が飲み込まれる

「本来、政治と経済は別物という形が望ましいが、安全保障という問題が、経済を確実に飲み込もうとしている」

こう話すのは大阪市に本社を置く産業機械メーカー・テクノスマートの柳井正巳社長だ。
このメーカーはパソコンやスマートフォン、EV向けの蓄電池などに使われるフィルムに特殊な薬品を塗る機械を製造し、国内外に出荷している。

従業員は200人余り、ことしで創業111年を迎える。ミクロンレベルの薄さで均一に薬品を塗る高い技術力で受注を広げてきた。

足元の売り上げ高は、中国向けの輸出で8割を占めている。
テクノスマート 柳井正巳社長
テクノスマート 柳井正巳社長
「中国は大事な顧客先の1つだが、去年のロシアによるウクライナ侵攻で、台湾有事への懸念というものが大きくなっていると思う。以前から、中国への輸出割合は高すぎるという意識は持っていたが、分散する必要性をより感じるようになった」

気球撃墜 対立深まる米中

柳井社長が懸念する事態が起きた。
2023年2月、アメリカ南部サウスカロライナ州の沖合、高度およそ1万8000メートルでアメリカ空軍のF-22戦闘機がミサイルを発射。

撃墜したのはアメリカ軍が中国の偵察用と分析する気球だった。

アメリカは「明確な主権の侵害だ」と中国を批判。

中国も猛反発し、米中の対立は一段と鮮明化した。

米中対立だけではない。
ロシアによるウクライナへの軍事侵攻とエネルギー危機。

明確な国際法違反の軍事侵攻であってもロシアへの非難決議を巡っては、国連の場で反対や棄権する国が多数出て、世界が分断していることが浮き彫りになった。

経済と安全保障が一体に

軍事的な緊張は歴史の教科書を取り出すまでもなく、過去にも数多く存在した。

冷戦終結後も、旧ユーゴスラビア紛争、チェチェン紛争、2001年に起きたアメリカ同時多発テロ事件など。

しかし、冷戦後、経済政策と、軍事や安全保障政策は別もので、切り離されたものという認識が広がり、世界はグローバリゼーションの恩恵を大きく受けた。

軍事的な緊張があっても経済関係はそれとは別に発展、拡大することが可能な時代が長く続いてきた。

しかし、今、経済と安全保障は混然一体となり、切り離せない状態になってきている。

これが柳井社長が冒頭、「安全保障が経済を飲み込もうとしている」と懸念した点だ。

アメリカ超える「強国」目指す中国

深まる米中対立。

中国は、独自の経済圏を構築し、アメリカをも超える強国を目指している。
習近平国家主席は2020年、「国際的なサプライチェーンの中国への依存度を高めることで外国による供給網の遮断に対し、強力な反撃と抑止力を形成する」という方針を打ち出した。

つまり、アメリカをはじめ各国のサプライチェーン=供給網を中国に依存させることで国際的な影響力を高める、いわば“武器”として使うねらいだ。

この方針の下で進められているのがさまざまな分野の製品の「国産化」だ。

国内産業を強化することで供給網の川上から川下までを握ろうというものだ。

その象徴が、EV=電気自動車。
中国メーカーのEV
電池に使われるリチウムなどの重要鉱物から、それを精錬する工程、そしてモーター関連の部材まで押さえつつある。

中国は、すでにEVの年間の販売台数は500万台を超える世界最大の市場に成長し、巨大市場をテコに世界をリードしようとしている。

“唯一の競合国”と対抗心あらわに

米国家安全保障戦略
対するアメリカは危機感を強めている。

2022年10月に発表した国家安全保障戦略。

中国を「国際秩序を変える意思と能力を兼ね備えた唯一の競合国」と位置づけ、軍事だけでなく、経済、科学技術などで総合的な抑止力を構築するとしている。

サプライチェーンを強化する方針を示しているのは、半導体・蓄電池・重要鉱物・医薬品の4分野。
さらに特定の中国企業を指定。

これらの企業との取り引きが判明した場合、アメリカ政府は制裁を科す可能性も表明している。

“露骨な中国外し”

特に際立っているのが2022年8月に成立したインフレ抑制法だ。

EVの普及など気候変動対策に3700億ドル・50兆円近くの巨費を投じる。

柱の1つが、EVの購入者に多額の税額を控除する優遇策。
インフレ抑制法 税額控除の条件 イメージ
控除を受けるためには以下のような条件が掲げられている。

▽蓄電池の原料となる重要鉱物はアメリカ国内と、FTA自由貿易協定を結ぶ国
▽蓄電池の生産や車両の組み立てが北米3か国で行われること
サプライチェーン全体で、中国を外そうとする露骨な戦略だ。

「トランプ前政権と同じような政策をとるバイデン政権」との指摘があがっている。

蓄電池産業を取り戻せ

なかでもバイデン政権が巻き返しに力を入れているのが蓄電池の分野だ。

再生可能エネルギーやEVの普及など、脱炭素社会実現のためには蓄電池が重要だ。

しかし、高性能な蓄電池に欠かせないリチウムは中国に握られている。
リチウムは、中国が生産量3位、鉱石からリチウムを取り出す精錬のシェアは約60%近くのシェアを占める。

これに対し、アメリカ国内の生産量はごくわずかだ。
生産開始を目指すノースカロライナ州の鉱山
インフレ抑制法や政府融資などを受けてアメリカ国内では、巨大プロジェクトが次々と動き出している。

国内で唯一稼働する鉱山を手がけるアメリカ企業が新たにノースカロライナ州の鉱山で事業調査を始めた。

4年後の生産開始を目指し、将来的には、年間10万トン、EV160万台分のリチウムを供給する計画。

また、ネバダ州の別の鉱山では、別の企業が新たな開発を進める。
リチウム
この企業は、アメリカ国内で年間EV100万台分のリチウムを生産する計画だ。

この企業の筆頭株主はもともと中国企業だったが、会社を分割する方針を発表した。

アメリカ政府から巨額の融資を受けやすくするねらいがあると見られている。

そして2023年1月、最大手の自動車メーカー、GM=ゼネラル・モーターズが850億円近い、投資を発表した。

GMがこの会社の筆頭株主となり、優先的、独占的にリチウムの供給を受けることになる。
リチウムアメリカズ ティム・クロウリー副社長
リチウムアメリカズ ティム・クロウリー副社長
「私たちはこれまで、他国に製品やサービスを供給してもらうというぜいたくを享受してきたが、それを当然と考えることはできない時代に入っている。アメリカ政府の産業への支援策は、アメリカに投資をもたらし、国内でサプライチェーンを完結させる門戸を開いた」

AI分析で浮かび上がる日本の立ち位置

アメリカ・中国はそれぞれの経済圏を強固なものにしようと躍起になっている。

こうした時代に直面した日本企業はどういった立場に置かれているのか。
東京大学 坂田一郎教授
私たち取材班は、東京大学でAI=人工知能を活用した経済研究を行っている坂田一郎教授とともに、全世界の貿易データを分析した。

およそ200の国と地域の間で、過去およそ40年で輸出入がどう行われているか、4億3000万のデータをAIに読み込ませた。

浮かび上がったのは経済面で日本が置かれている難しい立場だ。

それぞれの国がどの国と関係が近いのか、貿易額だけでなく、関係性の深さなどをAIが判別。グループ分けをした。
(※円の大きさは貿易額・色はグループの違いを表す)
2000年はアメリカ中心の青色のグループ、ドイツ中心の緑、日本を中心とした黄色のグループだったが、2003年に日本のグループが赤色、つまり中国を中心とするグループに代わると、その後も日本は中国グループの中に置かれていることが分かった。
東京大学 坂田一郎教授
東京大学 坂田一郎教授
「われわれは、同盟国であるアメリカと一番強くつながっていると感じてしまうが、日本企業からすると、中国を中心としたアジアの貿易圏にしっかり組み込まれた存在になっている。そこから距離を置くことは、非常に難しい状態になることを示している」

不安抱える日本企業

中国向けの輸出が売り上げの8割を占める産業機械メーカー・テクノスマート。

米中対立、地政学リスクの高まりを警戒し、中国への依存度を減らそうと2022年、およそ10億円をかけて、新たな実験棟の建設を決めた。
リスクを分散させ、欧米への販路拡大に向け、顧客のニーズにより柔軟に応えられるようにするねらいだ。

しかし、国ごとに定められた規格などの違いもあり、これまでと同じようにビジネスを展開できるのか、不安を感じているという。
テクノスマート 柳井正巳社長
「今の時代は何が起きるか分からない。分断が進み、中国は中国、アメリカはアメリカという形ですべてが進んでいくのがビジネスを展開する上で最も怖い。何かが普通に起きうると日々構えている」

歴史の針を巻き戻すような動き

大国が経済のブロック化をはかろうとし、脱グローバリゼーションの色合いが濃くなる今日。

過去、世界には苦い経験がある。
世界恐慌をきっかけに各国が自国の産業を立て直そうと保護主義に走ったことで、ブロック経済化が進み、それが第2次世界大戦へとつながっていった。

その反省にたち、戦後、GATT=「関税および貿易に関する一般協定」が発足。今のWTO=世界貿易機関に引き継がれた。

「囲い込むのではなく、つながること」で経済成長を目指す仕組みができたのだ。

日本もグローバリゼーションの進展、自由貿易の恩恵を受けて経済発展をとげた。

しかし、今、世界は「つながるのではなく、囲い込むこと」に奔走し、まるで歴史の針を巻き戻すような動きになっている。

欠点を修正するのは政治の役割

グローバリゼーションにはいい点と悪い点がある。

悪い点として企業の海外移転と産業の空洞化が起き、賃金減少や雇用喪失が起きることがよくあげられる。

また、格差拡大、賃金の安い外国人労働者の流入とそれを拒否する移民排斥運動などもある。

こうした弱点が政治を動かし、特にアメリカでは内向きな政策へとつながっている。

悪い点があるからと放置したり、諦めたり、保護主義的な政策を打ち出すのではなく、それを修正していく。

これこそが各国の政治の役割であり、脱グローバリゼーションの治療方法ではないだろうか。
コーヒー豆をほぼ輸入に頼っている日本。

ブルーマウンテンコーヒーをゆったりした気分で飲むことができるのは自由な人、モノ、カネ、サービスの行き来を支えているグローバリゼーションのおかげだ。

どうすればあすも、来月も、来年もおいしいコーヒーを飲むことができるのか。

最後にそのヒントとなる言葉を著名な経済史家であるコロンビア大学アダム・トゥーズ教授に尋ねた。
コロンビア大学 アダム・トゥーズ教授
コロンビア大学 アダム・トゥーズ教授
「EU=ヨーロッパ連合の拡大やRCEP=地域的な包括的経済連携など地域ごとの経済的な連携の枠組みは進展している。地域化を通じてグローバリゼーションを実現していくのだ。80億人が暮らす惑星がほかの方法で機能していくと想像するのは難しい。私たちはお互いが関係をむすびながらグローバルに生きていくしかないのだ」
ワシントン支局記者
小田島拓也
2003年入局
甲府局 経済部 富山局などを経て現所属
中国総局記者
伊賀亮人
2006年入局
仙台局 沖縄局
経済部などを経て現所属
経済部記者
渡邊功
2012年入局 
和歌山局から経済部
国交省、外務省、銀行業界、経済安全保障の取材を担当

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