「対等な立場」へ 日産ルノー 資本見直し交渉の舞台裏

「対等な立場」へ 日産ルノー 資本見直し交渉の舞台裏
「対等なパートナーシップは変革を可能にする」
日産自動車の内田誠社長はフランスのルノーとの資本関係を見直す意義をこう強調した。20年を超えるルノー優位の構図を「対等な立場」へと変えることに、なぜ両社は合意できたのか。交渉の舞台裏から読み解き、今後を展望する。(経済部記者 山根力 當眞大気 榎嶋愛理)

日産の“悲願”実現へ

イギリスのロンドンで2月6日に開かれた日産、ルノー、三菱自動車の3社の記者会見。
日産の内田誠社長とルノーのルカ・デメオCEO、それに両社と提携関係にある三菱自動車の加藤隆雄社長のトップが勢ぞろいし、一連の交渉で正式に合意したことを発表した。

合意内容の柱は以下の3つだ。
●3社が中南米、インド、ヨーロッパでEV事業などの協業を深める
●ルノーが設立するEV事業の新会社に日産が最大15%出資する   
 三菱自動車も出資を検討
●日産ルノーの出資比率をお互い15%で対等に
 ルノーの日産株28%をいったん信託会社に移し、期限を定めずに売却
 売却先については日産が筆頭候補だが日産が認めれば第三者の余地も
とりわけ、日産とルノーの出資比率を15%でそろえることは、かつて経営統合の要求などでルノーに「経営の独立性」を脅かされたこともある日産にとって、“悲願”とも言えるものだ。

1999年に日産の経営危機をルノーが救う形で始まった両社のアンバランスな力関係は転機を迎えることになった。

一方で、提携の内容を個別に見ていくと、検討段階とする分野も目立った。EV=電気自動車での協業も含めて、具体的な戦略はこれからという印象で、まずは“合意の形を作る”ことを優先したという見方もできる。

急転直下で前進した交渉からもそのことが伺えた。

年明け、風雲急を告げた交渉

関係者
「ルノーが妥協案を示した。日産も受け入れられる内容だ」
年が明けて間もない1月上旬に、関係者から突然、こんな情報が寄せられた。

年末までの取材では日産が持つ技術特許の取り扱いで協議は難航していた。

ルノーは何を譲歩したのか。もともとルノーはEVシフトへの対応強化に向けて、EVとエンジン車の事業をそれぞれ分社化する方針を示し、EV事業の新会社については、日産にも出資を求めていた。
この出資については資本関係の見直しとセットで交渉が行われてきたが、EVの新会社にはアメリカの半導体大手「クアルコム」やIT大手の「グーグル」、エンジン車の新会社には中国の自動車メーカーといった、日産以外のプレーヤーが参加することになっていた。
日産としては、EVの競争でカギを握る次世代の電池や自動運転、ハイブリッドといった自社が強みを持つ技術がルノー以外の第三者に提供されれば、技術流出を招き、ビジネスの脅威になりかねない。

そのため技術特許をオープンにしたくない日産と、日産の技術を活用したいルノーとのあいだで交渉は行き詰まっていた。

焦るルノー フランス政府の意向も後押しか

しかし、ここでルノーは交渉を早期にまとめる方向にかじを切った。ことしに入って日産の主張を受け入れ、ハイブリッドなど一部の特許の使用を第三者に提供しないことに同意したのだ。

ルノーは、EV事業の新会社を成功させるには、日産からの出資と技術協力が欠かせないと考えていた。さらに資金調達に向けて、ことし後半にもEVの新会社の上場を目指していたため、日産との交渉を早期にまとめなければならない事情が大きかったとみられる。

また、取材を進めると、交渉が進展した背景にルノーの大株主でもあるフランス政府の意向が働いたこともわかってきた。
1月9日、フランスのマクロン大統領と岸田総理大臣がパリで首脳会談を行ったが、関係者によれば、会談の中でマクロン大統領が日産とルノーの交渉について触れ、「時間がかかりすぎだ」と不満を漏らしたという。合わせて、フランス政府として両社の資本関係を対等に見直すことを容認する考えも伝えたとされる。

その後、フランス政府から日本政府に資本関係の見直しを容認する書簡も届けられた。

関係者の1人は、フランス政府の意向も踏まえ、ルノーが交渉を早期にまとめようと、日産側に歩み寄る姿勢を示したのではないかと分析している。

合意に大きく前進した1月16日

ルノー側の歩み寄りを受けて、日産の経営陣は協議の進展を独立社外取締役のメンバーに説明すべく、対面の会議を開いた。
1月16日の夜。横浜市にある日産本社の22階の会議室には、独立社外取締役のメンバーらが一堂に会した。

会議では、一部の出席者から日産が競争力を持つ技術特許が第三者に流出しないかや、フランス政府が本当に資本関係の見直しを認めるのかなど懸念が改めて示された。

これに対し、執行トップの内田社長、ナンバー2のアシュワニ・グプタCOOらが、ルノー側が譲歩案を示したことや、フランス政府から日本政府に書簡が届いたことなどを説明し、交渉を前に進めることについて理解を求めた。
意見交換はおよそ2時間半に及んだが、最終的には出席していたほとんどの独立社外取締役が執行側の説明に納得し、交渉を進めることを了承したという。
日産幹部
「社外取締役の了承も取り付けた。もう日産の方針が覆ることはない」
両社は最終合意に向けた詰めの協議に入り、翌週からは弁護士も入って合意契約に向けた文言の調整が行われた。

共同声明までの“う余曲折”

しかし、それでも交渉は最後まで予断を許さなかった。
関係者
「来週月曜にはステートメントを出せる」
取材の過程で、両社がこれまでの協議で承認された事項を1月30日に共同声明として発表するという情報も関係者から寄せられた。

そこで、われわれは前日29日の夜までに確認作業を終え、日付が変わった瞬間に「きょうにも共同声明」という形で発信しようとしていた。

しかし…
複数の関係者
「ここにきてルノーとの間でいくつかの特許について協議が続いている。交渉が壊れるほどの大きな問題ではないが、本当に共同声明を出すかどうか、正式にはあすの昼前までに決まる」
結局、30日の昼前にはこの日の午後に声明が出ることを確認して速報したが、直前まで状況が二転三転したこの出来事は、合意まで数か月に及んだ交渉の難しさを象徴する形となった。

EV新会社に“最大15%出資の意向”

こうして今回の交渉は正式な合意に至った。

ただ、交渉の難しさはルノーのEV新会社に対する日産の姿勢からもかいま見えた。

日産の内田社長は記者会見で新会社に出資するねらいをこう強調した。
内田社長
「日産が欧州で新たなビジネスチャンスを生み出し、価値あるプロジェクトに参加することを可能にする存在だ」
一方で、出資比率には「最大15%」と幅を持たせた。

関係者によれば、具体的な出資比率や金額を示さなかったのは、この新会社にどれだけの価値があるかを見極めるべきだという声が依然としてあったからだという。

「対等な立場」を求める日産、「日産の出資と技術協力」を求めるルノー、それぞれの思惑が合致して、今回の合意に至ったが、両社の新たな提携が実を結ぶかどうかは、まだ未知数と言えそうだ。

日産の“悲願”専門家の見方は

今回の合意を自動車業界の関係者はどう見ているのか。

専門家は、ルノーが手放すことになる28%の日産株の行方が今後の焦点だと指摘する。
大森社長
「仮に日産がすべてを買い戻すことになれば数千億円の資金が必要だが、この28%の日産株を使って戦略上必要なほかのパートナーを新たに招き入れることも可能になる。日産とルノーが今回の資本関係の見直しを通じてアライアンスを強化し、より巧みに他者を巻き込みながら業界革新のリーダーシップを握ることが求められる」

日産の“悲願” 元幹部は?

一方、長年、日産の経営を率いてきた関係者の受け止めはさまざまだ。
日産の元幹部
「時間がかかったが長年の懸案がいい方向に解決したと思う。いずれにしても、本来のあるべき対等な立場になったからこそ、今の経営陣にはこれから本当の意味で真価が問われていくことになる」
別の元幹部
「今回の資本関係の見直しには、ルノーにおける日産の存在意義が低下しているという背景もあるのではないか。日産は20年以上にわたりアライアンスを通じて経営の効率化という恩恵を享受してきたが、今後の生き残りに向けても引き続きルノーとの提携を深めていくことが重要だ。今回の合意によって、いったい何がどうよくなるのか経営陣には丁寧な説明が求められる」

どう生き抜く?100年に1度の変革期

日産にとっては20年越しの“悲願”達成に道筋をつけた形の合意となったが、両社が提携関係の見直しに時間と労力を費やしている間にも、100年に1度の変革期を迎える自動車業界では異業種も巻き込んだ新たな次元の競争が激しくなっている。その意味では、今回の合意で日産はようやく競争のスタートラインに立ったということにすぎない。

日産、ルノー、三菱自動車の3社は一時、販売台数で世界2位のグループとして存在感を示したが、今は販売台数を大きく減らしている。
また、日産は世界に先駆けて、量産型のEVを市場に投入し、この分野をリードしてきたが、今ではアメリカのテスラなどの新興メーカーに販売台数で追い抜かれ、存在感は低下している。

世界的に激しさを増す競争で、日産が生き抜くことができるかどうかは、多くの取引先や雇用を抱える日本の自動車産業全体にも大きな影響を与える。

それだけにいち早く具体的な戦略を打ち出し、実行していくことが求められている。
経済部記者
山根 力
2007年入局
松江局、神戸局などを経て現所属
経済部記者
當眞 大気
2013年入局
沖縄局、山口局を経て現所属
経済部記者
榎嶋 愛理
2017年入局
広島局を経て現所属