「人生の大事な瞬間を大切な人と共有できない」コロナ禍の出産

「人生の大事な瞬間を大切な人と共有できない」コロナ禍の出産
「出産という家族にとって大きなイベントを一緒に共有するのは大事だと思っているので、できれば立ち会い出産したかったな…」

人生の大事な瞬間を大切な人と共有したい。

そんな“当たり前のこと”が叶わない暮らしが、もう、3年続いています。
(社会部記者 飯田耕太)

叶わなかった願い

「1人目のときは、すごく陣痛の時間が長く、その間ずっとそばにいて、さすってもらったり、声をかけてもらったりしていたので、やっぱり1人で出産するとなると、すごく不安がありましたし、そばにいてもらって心強かったです」
こう話すのは、夫と0歳から4歳までの3人の子どもたちと暮らす、吉住香奈江さん(32)です。
香奈江さんは、新型コロナウイルスの感染が続くこの3年の間に、長女と次女を出産しました。

子どもができたら、分べんの際に一緒に赤ちゃんを迎える“立ち会い出産”をしたい。香奈江さんと夫の大和さんにとって、人生の大事な瞬間を家族で共有することは、結婚してから叶えたいことの1つでした。

だから、新型コロナの感染が始まる前に生まれた長男の時は、夫の大和さん(32)も立ち会って出産しました。

ただ、2020年に感染拡大が始まった新型コロナ。感染対策が続く中、下の子2人の出産では、生まれるその瞬間を、一緒に迎えることができませんでした。

夫と迎えた初めての出産

今から5年前に、初めての出産を経験した香奈江さん。出産予定日より4日早く陣痛が始まり、病院には夜、夫婦一緒に車で向かいました。

赤ちゃんの頭が大きくてなかなかおりて来ず、陣痛の痛みがとても強くなったり、引いたりしていく中、香奈江さんは不安を募らせていきます。
この痛みに耐えられるだろうか?
無事に出産できるのだろうか?
今まで感じたことのない痛みと、大きな不安に押しつぶされそうになっている時、大和さんは背中をさすったり声をかけたりして励ましてくれました。

実際に分べんが始まったのは翌朝6時のことでした。香奈江さんは、10時間続いた陣痛を乗り越え、長男の和弥くんを出産。
無事に生まれてきてくれてありがとう。
無事に産んでくれてありがとう。
その時間を一緒に共有してくれてありがとう。
2人にとって、新たな家族が増える瞬間を一緒に経験したことは、互いに対して、家族に対して、感謝や思いやりの気持ちが高まるきっかけにもなりました。

“孤独な”出産

立ち会い出産を経験した吉住さん夫婦。次に家族が増える時には、大和さんはもちろん、長男の和弥くんも一緒に立ち会って、新たな命が生まれる瞬間を共有したいと考えていました。
2020年、香奈江さんは長女の茉弥ちゃんを妊娠。しかし、その年、コロナの感染拡大が始まっていました。

神奈川県に住む香奈江さんは地元の宮城県で里帰り出産をしようと、病院に連絡しましたが、県外からの妊婦を受け入れることに病院側は難色を示しました。当時は、県をまたぐ移動は控えるよう呼びかけられていた時期でした。

その後、ほかの複数の病院にも連絡しましたが、感染対策を理由に断られました。

ようやく1つの病院が受け入れてくれることになりました。ただ、出産までは実家で過ごすように指示され、自由に行動することが難しくなりました。

さらに、妊娠中の体調管理や出産後の赤ちゃんのケアなどについて、ほかの妊娠中の女性たちと学べる、対面での「母親学級」も感染対策を理由に中止。
オンラインで参加することはできましたが、長男の出産の際、妊婦どうしのつながりが、不安感や孤独感を和らげることにつながったと実感していた香奈江さん。ちょっとした悩みを気軽に相談できる機会もなくなってしまいました。

孤独感を抱えたまま迎えた2人目の出産。大和さんの立ち会いもない中、1人で産み、出産後も退院までの5日間は家族も、友達も誰も面会に来ることはありませんでした。そういうクリニックのルールでした。

それでも、出産直後に親しい人から“頑張ったね”とか“おめでとう”と直接言ってもらえないのは、2人目の出産でもきつくて、気持ちが不安定になったといいます。

「やっぱり、あえないの?」

次女の弥莉(いより)ちゃんを出産した去年、2022年の6月も、感染対策の状況は大きく変わりませんでした。
このときは自宅近くのクリニックでの出産となりましたが、ここでも立ち会いは認められず、妊婦どうしのつながりもなく、2度目の孤独な出産となりました。

そして何よりも、4歳になり、2人目の妹がおなかにいる時から、生まれてくるのを楽しみにしていた和弥くんにも、新たな命が生まれる瞬間を体験させてあげられないのが、残念でなりませんでした。
「いもうとがふえるんだよね?はやくあいたいなぁ」

そんな風に会えることを楽しみにしていた和弥くん。

香奈江さんとしばらく離れて過ごさなければならないだけでなく、出産後も退院するまで、香奈江さんにも新しい家族の弥莉ちゃんにも会うことができませんでした。
無事、弥莉ちゃんが生まれたあと、香奈江さんは大和さんにメッセージで知らせました。妹が生まれたことを知った和弥くんは、何度も大和さんに確認しました。

「やっぱり、あえないの?ママにもあいたい」

ぐずったり、泣いたりはしませんでしたが、残念がっているのは様子を見ていれば明らかでした。

感染対策だからしかたない でも…

香奈江さんも大和さんも、コロナ禍で生まれた2人のお産で、立ち会い出産ができなかったことについては、院内での感染拡大を防ぐために必要なことだと十分理解できると話します。

一方で、和弥くんを含め、それぞれの人生において大事な瞬間となったかもしれない、出産という時間を一緒に共有できなかったことについては、香奈江さんも大和さんももどかしさを感じているといいます。
吉住香奈江さん
「出産に立ち会ってもらうことだけじゃなく、その前後も家族に会えないことで、“ひとり”でがんばらなきゃと必要以上に抱え込んでいたように思います。今自分が『ちょっとしんどい』というのを、少しでもこぼせる環境が、コロナ禍で失われてしまったので。感染対策は、母体の健康や生まれてくれる赤ちゃんの命を守るための対策なので、感謝しています。ただ、もう少し、私たち家族側の思いも叶うようになるといいなと思っています」
夫 大和さん
「出産って、家族のスタート地点とも言える場面で、それを共有するということはすごく大事なことだと思っていたので、できれば一緒に共有したかったな、と思っています。感染対策と言われれば、自分にはどうすることもできないので、早々に諦めてしまいましたが、今でも残念だなと思っています」

コロナ禍で変わった出産のあり方

香奈江さんと大和さんのように、コロナ禍で立ち会い出産や出産後の面会が制限される家族は、大勢いることが明らかになっています。
日本産婦人科医会は、2022年3月18日からの1か月間、全国の分べんを扱う2000以上の医療機関を対象にアンケートを行いました(1382施設が回答)。

この中では、妊娠中や出産後の支援を、感染対策を理由に中止している医療機関が多数に上ることがわかりました。
コロナ禍で妊産婦支援を中止した医療機関の割合
・出産後の家族らの面会中止…77.0%
・立ち会い出産の中止…63.2%
・母親学級の中止…62.7%
また、妊娠中や出産後の支援中止との因果関係はわかりませんが、次のような設問と回答の結果もありました。
コロナ禍で、メンタルヘルスの問題のある妊産婦は増加していると感じるか
・明らかに増加した…1.8%
・やや増加した…41.9%
・以前と変わらない…47.5%
アンケートが行われたのは1年近く前になりますが、家族社会学が専門の静岡大学 白井千晶教授は、今も状況は大きく変わっていないとして、妊産婦の孤立感を解消するためにも、可能なかぎり支援を再開する必要性を訴えています。
白井教授
「コロナ禍では、妊娠中から産後にわたってさまざまな制限があり、その制限の妥当性が十分に検討される機会がないまま今に至っています。出産する人たちも自分たちの意見を言う機会もなく、結果として現状を改善するきっかけがそがれているのです。パートナーの関わりがあることによって、絆が深まったり、満足度が高まったりする。結果、妊産婦の不安が緩和される。家族側の希望を叶えることは、実は医療側の負担を増やすのではなく、減らすことになるのです」
こうしたコロナ禍の立ち会い出産の在り方などをめぐって、厚生労働省の指針には次のように書かれています。

コロナ感染がなくても、帰省分べん、配偶者の立ち合い分べんは推奨しないが、地域の感染状況によって個別に判断する

推奨していない理由について、厚生労働省は院内にいる重症化リスクのある患者や医療従事者、母子への感染対策などを挙げていて、「今後の感染状況も見ながら修正について検討していく」としています。

医療者側も「もどかしかった」

こうした現状に危機感を募らせ、感染対策にも気をつかいながら、妊産婦の支援を再開する医療機関も出てきています。
千葉県にある国際医療福祉大学成田病院では、去年12月から、立ち会い出産を再開しました。同じタイミングで母親学級についても、対面での実施を再開させています。
産科・婦人科部長を務める永松健さんはこう話します。
永松医師
「出産のあとにはホルモン的な変化から、多くの女性が少し涙もろくなるなどの気持ちの変化を経験します。ただパートナーや子どもが病院に来て生まれたばかりの赤ちゃんに触れて喜んでいる姿を見ることで、出産を終えた女性自身も気持ちの上で安らぎを得られるんです」
新型コロナの感染拡大が始まってから、立ち会い出産など妊産婦支援の多くを中止していたことに、ずっともどかしさを感じていたといいます。

この病院でも、立ち会い出産を中止したことで、妊婦の女性が出産のために入院すると、女性が退院するまで、父親やきょうだいは生まれた赤ちゃんに会えませんでした。

永松さんは、こうした状況を「非人間的な扱いなんじゃないだろうか」と心の中で悩んでいて、最近の感染状況を踏まえ、家族の願いを叶えられるよう、まずは立ち会い出産から再開するために準備を整えてきたのだそうです。

「直前の検査で陰性を確認した1人だけ」という条件付きで立ち会い出産を再開すると、予想以上に反響が大きく、多くの家族が、大事な時間を家族で一緒に共有したいと思い続けていたことを実感したといいます。

実際、この病院で12月に立ち会い出産をした夫婦に話を聞くと、その喜びが伝わってきました。
「コロナ禍で絶対立ち会えないと思っていたので本当にうれしいです」

「すごく貴重な時間を共有させてもらえてうれしいです。家族を大切にしていきたいと、一層思いました」

“当たり前”の願いが叶う日は…

新型コロナの感染が拡大してから、3年の年月がすぎました。その間、以前は“当たり前”だった多くのことが、“当たり前”ではなくなりました。

マスクなしでの暮らし、大人数での会食、家族が入る介護施設での面会、みとり…、そしてこの中に、立ち会い出産もありました。

取材した香奈江さんの長男 和弥くんは、楽しみにしていた赤ちゃんに会えると、早速添い寝をしてあげていたといいます。
そんな和弥くんを見つめながら、香奈江さんが取材の中で漏らしたことばが、“当たり前”の願いを叶えられなかった人たちの声を代弁しているように聞こえました。

「でも、やっぱり、叶えたかったな…」
※この内容は総合テレビ5日(日)午前7時~の「おはよう日本」の特集コーナーでも詳しくお伝えします。
社会部記者
飯田耕太
2009年入局
千葉局、秋田局、ネットワーク報道部などを経て現所属
コロナ禍の医療や福祉分野を中心に取材