リスキリングって何?育休中にできるの?

リスキリングって何?育休中にできるの?
育児休業中の人がリスキリングすればキャリアアップにつながるのでは?

国会でのそんな議論に、SNS上で批判が相次ぎました。

「その間の赤ちゃんの面倒は誰が見るの?」
「産休・育休は休みじゃない」

「学び直し」などと訳されることが多いリスキリング。そもそも誰が、何のためにするものなのでしょうか?

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育休中に学び直しはできるのか?

「育児休業中はリスキリングにもっとも向かない期間だと感じました」

こう話すのは、4歳の娘を育てる井上愛さんです。出産直後は寝る暇もなかったと言います。

メモ魔だという井上さんは、娘が0歳のころの育児の記録を、分単位で残していました。例えば産後28日目の1日を見せてもらうと…
02:55 起きる
03:05 母乳(右11分)
03:35 ミルク50cc
04:05 母乳(右2分)
04:25 おしっこ
04:40 搾乳20cc
05:20 搾乳40cc
05:40 おしっこ、うんち
05:45 母乳(右2分)
06:05 寝る(7:00 私、起きる)
09:10 娘、起きる
09:30 母乳(右6分)
09:40 母乳(右7分)
10:10 おしっこ、うんち
11:30 搾乳10cc
12:05 搾乳60cc
12:15 おしっこ
12:25 寝る
13:00 起きる
13:05 母乳(左5分)
13:30 寝る
14:15 起きる
14:25 母乳(右4分)
14:35 おしっこ
14:40 寝る
16:50 起きる
16:55 母乳(左4分)
17:10 母乳(右4分)
17:35 おしっこ、うんち
18:05 おしっこ
18:20 もく浴
18:45 母乳(左4分)
19:20 おしっこ
19:45 母乳(右5分)
20:05 寝る
22:10 起きる
22:10 母乳(左7分)
22:35 ミルク50cc
22:45 搾乳20cc
22:55 寝る
02:20 起きる
翌日へ続く…
こうした日々が続き、特に赤ちゃんが3時間以上続けて眠ってくれず、睡眠時間がこま切れになったことがつらかったそうです。
井上愛さん
「子どもが生まれる前は、そんなに育児って大変なのかなと思っていました。でも実際にやってみると自分の生活で精いっぱい。育休は、育児のために仕事を休むことですが、休んでいるわけでは一切なかったです」

資格取得したけれど…娘にはさせたくない

産休・育休中に資格を取得したという女性にも話を聞きました。

大手企業で総合職として働いていた13年前、産休中に司法書士の勉強を始めました。出産前は1日およそ9時間勉強。

出産後は赤ちゃんを寝かしつけたり授乳したりしながら、もう片方の手にはテキストを持ち、まさに“寝る間を惜しんで”勉強を続けたそうです。

翌年、見事試験に合格したという女性。しかし先日、当時のことを振り返ってこうツイートしました。
「私は産休育休中 強い焦りから資格を取ったけど、今めっちゃ後悔してます」

女性は、無理がたたって産後うつと不眠症を発症。今でも治療を続けています。また、職場に復帰した直後は時短勤務となり、年収も大幅に下がってしまったそうです。

今は別の会社に転職し、資格の知識を生かして働いていますが、リスキリングを強要するような風潮になってほしくないと話します。
「できる人はやったらいいと思います。でも、私は生まれたばかりの娘のかわいい瞬間を見逃してしまった気がするし、体調を崩して後悔しています。娘には同じ思いをさせたくありません」

スーパーウーマンはできるかもしれないが…

多くの女性が難しいと話す産休・育休中のリスキリング。専門家はどう見ているのでしょうか。
女性のキャリア形成に詳しい法政大学 武石恵美子 教授
「育休も育児をやるために仕事を休まざるをえない状況で取得するものなので、リスキリングを奨励することには違和感があります。もちろんやりたい人は挑戦すればいいですが、現実的にできるのはスーパーウーマンのようなわずかな人だと思います」

「育児などの役割は依然として女性に偏り、キャリアアップを阻害する要因になっています。育休期間だけをとりあげて議論するからおかしくなるのであって、国がリスキリング自体を支援することは理解できます」

国内企業も注目するリスキリング

育休中にやるべきかという議論はありますが、「リスキリング」ということばは最近よく耳にするようになりました。
実際、国内の企業でも取り組みを強化する動きが広がっています。

去年、帝国データバンクが大企業と中小企業を対象に行った調査では、リスキリングに取り組んでいると答えた企業が約5割に上りました。(回答11434社、去年9月調査)

ただ、リスキリングが具体的に何を意味するのか、定まっていないと指摘する専門家もいます。
リスキリングについて研究している、リクルートワークス研究所の大嶋寧子主任研究員に聞きました。

Q1.そもそもリスキリングって何ですか?

A1.リスキリングが出てきた背景には、デジタル化が進むことで人間の仕事がなくなり、大量の失業者が出るのではないかという懸念があります。

当研究所では「新しい仕事に移行できるように新しいスキルを学んで、実践して移行していくこと」としていますが、実はリスキリングの定義はそれほど定まっていません。

Q2.リスキリングをすると賃金アップにつながるのですか?

A2.賃金が上がるというより下がらないため、と言ったほうがいいかもしれません。

今の仕事がなくなるかもしれないという中で、同じくらいの賃金を得るために、新たに求められるスキルを身につけていこうということです。

また、日本の労働市場はスキルだけ持っていても実務経験がなければ雇ってくれないことが多い。単に学ぶだけではなく、少しずつでもいいので実践の場をセットでつくることが大切です。

Q3.やらなければならないというプレッシャーも感じます

A3.変化についていけるようにするという意識を持つことが大切ですが、日本では何を学んだらどうキャリアに役立つかという情報が限られています。

情報もないのに学べとだけ言われたら不安になりますよね。転職などの相談先も少なく、日本の労働者はすごく孤独だと思います。

例えば海外では、何を学ぶとどれくらい賃金が得られるといった情報が可視化されています。どんなスキルが足りないかということが提示されるシステムもあります。

労働者が孤立しないような適切な情報提供や、気軽に相談できる環境をつくることが大切だと思います。

Q4.興味がある人はどうすればいい?

A4.リスキリングはあくまで社会の変化に対応するための学びなので、例えばずっと気になっていた英語の勉強をしたというのはリスキリングとは言えません。ある程度のコミュニケーションは翻訳ツールが代替していくかもしれないからです。

これから求められる分野としては、デジタルがいろんな問題を解決できる可能性が一番高いと思います。以前に比べたら安い価格で学べるようになり、ソフトウエアの価格も下がってITやデジタルがみんなのものになりつつあります。

まずは自分が困っていることにひも付けて、知識を増やしていくという小さなことから始めてみてもいいのではないでしょうか。

(取材班:高知局 奥村敬子 ネットワーク報道部 柳澤あゆみ 金澤志江 池田侑太郎)