AI画像診断でがんの早期発見を スタートアップ企業の挑戦

AI画像診断でがんの早期発見を スタートアップ企業の挑戦
がんの早期発見につなげる診断に使う内視鏡。日本メーカーが9割以上のシェアを持ち世界をリードしています。

撮影した画像からがんを見つけ出す医師の技をAI=人工知能が担う。その技術開発で大手企業がしのぎを削るなか、東京のあるスタートアップ企業が斬新なアイデアで挑戦を始めました。

挑戦するのは特に難しいとされる胃がんの早期発見。その思いと戦略を聞きました。
(経済部記者 名越大耕)

内視鏡 日本が世界をリード

内視鏡は国内大手3社を中心に日本勢を合計したシェアが世界シェアの98%を占め、日本が世界をリードしています。

内視鏡で撮影した画像からがんを見つけ出す診断は難易度が高いとされ、専門の医師でも10年の経験が必要と言われています。

そうした中、技術開発が進められているのがAI=人工知能による“診断”です。

大手企業ではオリンパス、富士フイルム、NECなどが関連技術の開発や製品化でしのぎを削るなか、東京のスタートアップ企業「AIメディカルサービス」が2017年にこの分野に参入し、実用化に向けた取り組みを進めてきました。

難易度が高い胃がんに挑戦

消化器内視鏡の専門医でもある多田智裕社長(51)は、これまでに2万例を超える内視鏡検査の臨床経験を重ねる一方、AIの可能性を見いだして開発を続けてきました。
多田智裕社長
「大腸がんはステージ3の進行がんで適切な治療をすれば5年生存率が8割と高い一方で、胃がんはステージ3だと、5年生存率は50%を切っています。どんなに頑張っても半分以上は救えないのですが、胃がんは早期の段階で見つければ98%完治できます」
「しかし、胃がんの早期発見は難しく、2割から3割は見逃されていると言われています。これまで開発されてきたAIは大腸ポリープを見つけるものが多いですが、臨床現場ではがんを診断するAIの価値が高いため、私たちはそこに絞って研究開発を進めています」

人間の力を超え始めたAI

AIによるがん発見の精度を高めるには、とにかく多くの症例を学習させることだといいます。

多田社長は、2019年に新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の支援を受けるなどしてAIシステムの開発を進めてきました。
全国100以上の医療機関と提携して内視鏡画像の提供を受け、AIに覚え込ませる地道な作業を続けました。

学習量を増やすためには、静止画よりも動画のほうが効率的と考え、ハイビジョン画質で撮影できる機器を開発し、提携先の医療機関に提供しています。

収集した症例はこの5年間で20万件にのぼります。

すると、その精度は人間の能力を超えることができることがわかったといいます。

例えば、こんな事例もありました。
同じ140の症例を内視鏡専門医とAIが診断しました。

140件のなかには75件の胃がん病変が隠されています。

その結果は、専門医の発見率が37.2%、AIはこれを上回る58.4%。

さらに、専門医が画像1枚あたりおよそ4秒かけて判別する一方で、AIは画像1枚あたり0.02秒で判別し、スピードでも圧倒的な差があったといいます。
多田社長
「2019年に動画を使ったリアルタイムで胃がんを検出するAIの研究開発に成功したときに、これはAIが人間を超えたなと思いました。AIによって効率化できる部分があれば、患者さんに向き合う時間もできます。ただそれだけでなく、医師の能力が拡張されて、より良い医療ができるんです。AIと医師が一緒に取り組むことで、よりよい医療になっていくのではないかと思います」

多くの医療機関で使ってもらうために

AI画像診断を多くの医療機関で導入しやすくするために、斬新なアイデアも計画しています。

そのひとつが、すでにある内視鏡に“後付け”で導入できるようにしたことです。

内視鏡の機器はそれぞれの大手メーカーがモニターやコンピューター端末までパッケージ化し、AI機能もそのメーカーが開発したものでなければ導入はできませんでした。

多田社長はどのメーカーの内視鏡にも導入できるようにし、汎用品のパソコンにソフトウエアをインストールするだけで使えるようになるのが特徴です。
もうひとつは、サブスクリプションの料金です。

初期費用を抑えて、毎月定額料金を支払う仕組みにします。

多田社長のAIシステムは現在、国の販売承認の申請中です。

また、ことしからは東京大学と共同でAI画像診断を社会に普及させる際の臨床面と技術面の課題を考える講座を開設し、研究開発を加速させています。
多田社長
「僕が内視鏡の実際のユーザーであることから、導入のしやすさにはこだわりました。AIは1年や2年で変わっていくものですので、外付けのAIにすることで、最新のものを迅速に提供することができます」
「また、汎用品のパソコンでコストを抑えることで、多くの方に使ってもらいやすくなる。内視鏡の専門医、非専門医の技術の差を埋めることができ、地域格差などをなくし、全国どこでも等しく医療を受けられることにつながると思います」

がんの早期発見につなげたい

AIによる内視鏡診断はあくまでも医師の補助として位置づけられています。

AIががんの可能性を判断したあとは、病理検査などを経て医師が最終的に診断を行います。

AIによる支援によって、早期発見につながる次の診断のステップにいち早く入ることができるというものです。

内視鏡の専門医が限られている地域への効果を多田社長は期待しています。

AIといえば、人間の仕事を奪うものというマイナスイメージも確かにあります。

そうしたなか、多田社長が強調していたのは人間とAIが協力する姿でした。

自身が内視鏡専門医であるそのことばは説得力があると取材を通じて感じました。

そして、医療過疎地域の解消という大きな課題を抱える日本と、そして世界で、1人でも多くの人たちのがんの早期発見につなげたいという熱い思いが伝わります。
経済部記者
名越大耕
2017年入局
福岡放送局を経て現所属