日銀 “禁じ手”のETF購入がなぜ恒常化したのか【経済コラム】

日本株の市場でその存在感の大きさから「クジラ」にも例えられた日銀。株価指数に連動するETFという金融商品の買い取りを12年以上にわたって続け、巨額の緩和マネーの力でこの間の株価を押し上げました。かつては“禁じ手”とされ、難局を打開するための緊急対応として始められたこの措置がなぜ恒常的な政策に変わっていったのか検証します。(経済部記者 篠田彩)

それは「臨時、異例の措置」として始まった

日銀の大規模な緩和策のフレームワークの1つとして組み込まれているETFの買い入れ。

そもそもいつ、どのような目的で始まったのか?そこから調べてみることにしました。

導入を決めたのは、2010年10月5日の金融政策決定会合。「包括的な金融緩和政策」の一環とされ、当時は「世界の中央銀行でも例のない政策」として注目されました。
議事録を見ると、苦渋の決断だったことがわかります。

議長を務めた当時の白川総裁は、「臨時、異例」ということばを何度も繰り返し、これを恒常化させてはならないとくぎを刺していました。
「(ETFの購入を含めた『包括的な金融緩和政策』は)臨時、異例の措置だということだ。ただ、臨時、異例であることを主観的に思っていても、世の中にそれが理解されないと臨時、異例であることがいつのまにか恒常化する危険性があるので、そのことを明確にするために資産買い入れなどの基金を設けてこれがはっきり世の中に見えるようにする」

当時、リーマンショックの余波で日本経済は円高・株安に苦しんでいました。

日銀は、ETFを購入する目的を「リスクプレミアム(投資家が求める上乗せ金利)に働きかけ、プレミアムの縮小を促す」と説明。

日銀がみずからリスクをとることで企業や投資家のリスクをとる活動を後押しし、株式市場の活性化を促す。いわゆる“呼び水効果”をねらったのです。

同じ月の28日には、ETFの買い入れ残高の上限を4500億円とし、買い入れ資金を「基金」の形で管理することを決めました。
一時的な危機対応として始まったETFの買い入れ。しかし白川総裁のもとでは、その後4回にわたって買い入れ残高が増やされ、2012年10月には2兆1000億円に拡大することを決めました。

物価目標実現も目的に 買い入れ枠は拡大に次ぐ拡大

転換点となったのは黒田総裁のもとで異次元緩和が始まった2013年4月です。

ETFの買い入れは、いわゆる“黒田バズーカー”を構成するメニューの1つとして掲げられ、日銀は年間の購入ペースを約1兆円とし、2年で2倍に保有残高を拡大するという方針を打ち出しました。一定の枠の中での購入だった白川総裁時代の手法を抜本的に改め、購入額を拡大する方向にかじを切りました。

金融緩和の本気度が市場や国民に伝わらないとして、“臨時、異例”の象徴だった「基金」も廃止しました。

それではこのときのETF買い入れの目的はどう位置づけられたのか。「資産価格のプレミアムに働きかける」という導入当初の目的は踏襲されましたが、2%の物価安定目標をできるだけ早期に実現するための手段の1つとしていわば格上げされた形になりました。
「戦力の逐次投入は採らない。2年程度で2%の物価上昇を達成するために必要なことは、今回の措置にすべて盛り込んだ」

会見でこう語った黒田総裁でしたが、その後、ETFの買い入れ額を段階的に拡大していきます。

2014年10月に年間約3兆円、2016年7月には年間約6兆円を目安に買い入れると変更。

そして新型コロナの感染拡大を受けて、2020年3月には、年間約6兆円の目安は残したうえで、当面は、年間12兆円を上限に買い入れを行うことになりました。この年の実際の買い入れ額は、7兆1366億円とそれまでで最大となりました。

一方、2021年3月には、年間約6兆円の目安をなくし、さらにETFの買い入れの対象を東証株価指数=トピックスに連動するものだけに絞りました。

これについて黒田総裁は、「必要に応じて弾力的に買い入れを行うということで、買い入れを減らすことは考えていない」と述べています。

しかしこの年の買い入れは8734億円と大きく減少。去年は6309億円とさらに減りました。ことしの買い入れ額は1月27日の時点でゼロとなっています。

効果はあったのか

それでは、ETF買い入れの効果はどうだったのでしょうか。

日銀は2021年3月に行った「点検」の中で「リスクプレミアムに働きかけることを通じて、市場の不安定な動きを抑制している。買い入れの効果は、金融市場の不安定性が強まるほど、買い入れの規模が大きいほど、高まる傾向がある。すなわち、市場が大きく不安定化した場合に、大規模な買い入れを行うことが効果的だ」としました。

確かに新型コロナの影響で株価が急落したときなどにETFの買い入れが、市場の不安定化や株価の底割れを防ぐ効果はあったと見られます。

一方で、株価が上昇傾向にある中でも株価が急落した場面で日銀はETFを買う動きを強めました。

日経平均株価が3万670円まで値上がりし、およそ31年ぶりの高値となった2021年9月にも710億円のETFを購入しています。

午前中の株式市場でTOPIX=東証株価指数が一定水準下落すると、午後になって日銀がETFを買って株価を支える。市場関係者は、日銀の行動パターンを読み解き、それが市場の期待に変わり、ついにはそれが当たり前の光景となった。“官製相場”ともやゆされ、かつて日銀が恐れていた“恒常化”へと変貌した姿がそこにはありました。

ETF買い入れという異例の政策が導入されて12年。

2012年から2017年にかけて日銀の審議委員として政策決定にかかわった木内登英さんは次のように振り返ります。
野村総合研究所 木内登英エグゼクティブ・エコノミスト
「市場の正常化を目指す政策が、緩和を強化するための政策へと変わっていった。買い入れ額の増額は、日銀の財務の健全性よりも、2%の物価目標のために異例の政策をやるのだという点が優先されたことを意味する。この2つの違いには、大きな段差があった。日銀がETFを買うことで、市場のパフォーマンスがよくなったという証拠はない。ETFを買って株価を上げ、資産効果で経済へのよい影響を生み出したという証拠もない。買い入れ枠を維持する最大の目的は、緩和に対する姿勢が後退していないことを示すことにあるのではないか」
また日銀のETF買い入れをテーマに長年調査を続けているニッセイ基礎研究所の井出真吾上席研究員は次のように課題を指摘します。
ニッセイ基礎研究所 井出真吾上席研究員
「金融市場が大きく揺らいだときには買い入れる効果があった、ということはつまり、ふだんから買い入れる必要はなかったことを意味する。物価目標に対する効果などもあいまいで、中央銀行がリスクのあるETFを購入することを金融政策の目的を達成するための手段としたことにそもそも無理があったのではないか」

出口や退路は想定されていたのか

この12年で大きく変貌したETF購入の目的。

「臨時、異例」の措置としてスタートしながら拡大の一途(いっと)をたどり、購入実績がほとんどなくなった今でも、大規模な金融緩和策の枠組みの1つとして位置づけられています。

「リスクのある政策は、あらかじめ『出口』や『退路』を組み込んで設計すべきだ」

このようなことばを聞いたことがありますが、日銀内部で「出口」をどう想定し、議論してきたのかは見えていません。

次回は、この「出口」をめぐる課題をテーマに、この政策の結果として積み上がった巨額のリスク資産にどう向き合うべきかを考えます。

注目予定

来週は重要イベントが相次ぎます。

2月2日にはアメリカの中央銀行・FRBが金融政策を決める会合を開きます。前回より利上げ幅を縮小するのではないかとの見方もある中、どのような結果となるのか注目されます。

またヨーロッパ中央銀行・ECBも同じ日に会合を開きます。世界経済への影響も懸念されていて、欧米の中央銀行の会合の結果に目が離せません。