新日本プロレスで育休 オカダ・カズチカがギブアップした理由

新日本プロレスで育休 オカダ・カズチカがギブアップした理由
「今、心折れかけています」

「プロレスでは、ここ10年くらいで1回しかギブアップしていないですけど、育児では、ここ3か月で何十回もギブアップしています」

こう話すのは、数々の実績と圧倒的なパフォーマンスで現在のプロレス人気を回復させたとも言われる、新日本プロレスのスター、オカダ・カズチカ選手。

去年、第一子の長男が誕生し、プロレスラーとしては異例の2週間の育休取得を宣言しました。

“強さの象徴”ともいえるオカダ選手に待っていたのは、思わぬ“ギブアップ”の日々。

育児と向き合うオカダ選手の新たな素顔と、育児をする親たちに伝えたいメッセージとは。

(スポーツニュース部 記者 松山翔平)

あのオカダ・カズチカが育休?

去年8月、偶然1つの記事が目にとまりました。

“オカダ・カズチカ「育休頂けました」”

最強のヘビー級選手を決める新日本プロレスの大会「G1クライマックス」で連覇を果たし、その翌日、第一子の誕生と育休取得を宣言して世間を驚かせた、オカダ・カズチカ選手。
オカダ選手といえば「プロレス界にカネの雨を降らせる男」を意味する「レインメーカー」の愛称で知られ、金髪に派手なパフォーマンスで人気の選手です。

自身のSNSなどで、その生活感は伺えず「あのオカダ・カズチカが育児?」と思わずにはいられませんでした。

“他人と同じことはしない”

新日本プロレスは、去年10月に亡くなったアントニオ猪木さんが1972年に創設し、長州力さんや藤波辰爾さんなど数々の名選手を輩出してきた老舗の団体。

現在、その人気を引っ張っているのが、オカダ選手です。
1メートル91センチの体格と身体能力の高さを兼ね備え、打点の高いドロップキックや、代名詞のフィニッシュ技「レインメーカー」を駆使して、IWGPヘビー級王座で史上最多の連続防衛12回を達成するなどトップレスラーに上りつめました。

華やかなプレースタイルに加え、マイクパフォーマンスも魅力の1つで、プロレス好きな女性『プ女子』ブームを巻き起こした中心的な存在ともされています。
そんなオカダ選手のポリシーは「他の人と同じことはしない」

中学卒業後、15歳でプロレスラーになることを志し、メキシコに修行に出てデビューしました。

コスチュームや発言、そして、ロープワークなどの戦い方も細部にこだわり、オリジナリティーを徹底的に追い求めて強い存在感を放ってきました。

なぜ“育休宣言”を

そんなプロレス一筋のオカダ選手は、育児とどう向き合っているのか。
NHKの取材に応じたのは、去年12月。

8月下旬から2週間の育休を取得し、この時点でオカダ選手の長男は生後3か月。

プロレスと育児の両立のスタート地点に立ったばかりでした。
「今回はプロレスではなく、育児の取材なのですが…」と切り出すと、リング上では見たことのない柔和な表情で「いやいや、ありがとうございます」と気さくに返してくれました。

まずは、プロレスラーとしては異例とも言える“育休宣言”の理由をたずねました。
記者
「なぜ育休を取ろうと思ったんですか」
オカダ選手
「ただ単純に息子といられる時間を増やしたかったっていうのが1番ですかね。やっぱり僕たち巡業に出てしまって、なかなか会えないですし。かっこよくいえば妻をサポートしたかったって言いたいぐらいなんですけど。正直、僕自身も父親になるのは初めてですし、そんなサポートする余裕もないですし。何をしたらいいかも分からないっていうことを考えた中で、一緒にいられる時間を大事にしたいなと」
記者
「育休を取得するプロレスラーというのは聞いたことがありませんが『人と違うことをする』というポリシーと関係しているんですか」
オカダ選手
「そうですね。でも人として、ある意味普通なのかなと。レスラーとしてはないことかもしれないですけど、育休を取るっていうのは当たり前のことをさせてもらっているのかなと思います。やっぱり聞くんですよ、レスラーって、巡業に出ていたら子どもが歩いていたとか、しゃべるようになっていたとか。僕も実際、育休終わって、巡業に2週間くらい行って帰ってくると『あれ、こんなにでかかったっけな』って思ったんですよね。だから最初の2週間に一緒にいられたのはよかったなと思いますね」

意外な素顔 “だっこが苦手”

「一緒にいることを大事にする」ため、育休を取ったというオカダ選手。

ただ育児は楽しいことばかりではありません。

むしろ大変なことばかり…。

プロレスで百戦錬磨、圧倒的な強さを誇るオカダ選手は、育児でぶつかる壁も軽々と乗り越えているのではないか?

質問を重ねていくと、1人の父親としての意外な素顔が見えてきました。
記者
「育児で得意なことはありますか」
オカダ選手
「苦手なものだらけですけどね。でもミルクあげるのは得意かもしれないですね」
記者
「逆に、これ苦手だなというのは」
オカダ選手
「やっぱ、だっこですかね」
記者
「意外ですね」
オカダ選手
「(プロレスでは)あんなに重たい人たちを投げていますが、やっぱり男の人が、赤ちゃんをだっこすると泣いたりするじゃないですか。あと(赤ちゃんは)力入ってないじゃないですか、だから、だっこしづらいですね。初めてだっこするときは、3キロくらいだったんですけど、持ち上げられなかったですもん。『あれ?どこをどう持ったらいいの』みたいな」
記者
「持ち上げるのに関してはプロじゃないですか、いわば」
オカダ選手
「160キロ(のレスラーを)投げてたのに。たった3キロの赤ちゃんをだっこできなかったっていう。ははは」

“今、心折れかけています”

オカダ選手の素顔が徐々にかいま見えてきたような…

さらに聞くと、本音を語ってくれました。
記者
「今後、どう育児と向き合っていきたいですか」
オカダ選手
「僕はそうですね…。今、心折れかけていますよ。3か月くらいたって、もう父親じゃどうしようもできない時って、やっぱりあるじゃないですか。ミルクじゃない、おむつじゃない、だっこしてもだめ、みたいな。でも母親がだっこすると静かになる。今、ちょうどそういう時なんですけど。それがたぶん、心折れちゃう人もいると思うんです。僕は折れずに頑張ろうと思っているので。これからいろいろなことがあると思うので、それは楽しみにしつつ、子どもの成長を感じていきたいと思います」
記者
「これまでスクワットを何回しても、心折れなかったんですか。プロレスで心折れたことはあるんですか」
オカダ選手
「プロレスは心は折れづらいですよね。僕たちギブアップしたら負けじゃないですか。でも(育児は)折れましたね、“ギブ”って思いました」
記者
「育児は誰かと戦っているわけじゃないですからね」
オカダ選手
「そうそう。もう泣きやまないときが心折れますね。育児に関しては何回も…。僕、プロレスではここ10年ぐらいで1回しかギブアップしていないですけど、育児はここ3か月で、もう何十回もギブアップしています」
記者
「プロレスで1回しかギブアップしていないのに、育児では3か月で数十回ギブアップというのはつらさが伝わりますね」
オカダ選手
「もう何回、妻を呼んだことか。子どもが泣いてる横で電話して『いつ帰ってくるの?』とか」
そのほかにも、おむつを替えようと思ったらおしっこを飛ばされる、寝かせようと思ったらミルクを吐いてしまうなど、何度も心の折れそうな場面があったということです。

リング上で苦しんだ姿を見せないスターレスラーといえども、子育ての大変さは一緒。

少し勇気をもらった瞬間でした。

気持ちの変化 “元気に家に帰れるように”

オカダ選手は、そんな新しい生活の中で、プロレスに対しても、ある気持ちの変化が生まれたことを明かしてくれました。
記者
「お子さんが生まれたことで、人生観など変わったことはありますか」
オカダ選手
「そんなに何も変わってないですかね。本当にけがなくいたいなって思うことが増えたくらいですね。いつまでも元気な子どもを見ていたいなってのはあります。元気に家に帰れるように戦わなきゃなっていうのはありますね」
記者
「プロレスに与えた影響は」
オカダ選手
「そうですね、本当に元気に帰ろうっていうぐらいで、何かスタイルが変わったとかも全くないですし。対戦相手からしたら、関係ないですからね」
体を激しく酷使するプロレスラー。

当然けがも多く、現役生活が長くなってくると、満身創痍の状態になっていきます。

オカダ選手は、息子の誕生をきっかけに、こんな思いが強くなったといいます。
記者
「子どもが生まれて長く現役を続けたいとか、子どもにかっこいい姿を見せたいというアスリートもいますが、オカダさんはどうですか?」
オカダ選手
「見せたいことは見せたいですけど。大きくなったときに僕自身も元気でいたいというか、一緒に遊べたほうが僕は楽しい人生かなと思うんですよね」
記者
「そういう考えが強くなったんですね」
オカダ選手
「プロレスだけに、そんなにこだわりたくはなくて。子どもと一緒に過ごすことのほうが長いですから、そっちが大事なことなのかなと思います。わかんないですけどね、こんなこと言っておきながらプロレスをずっとやっちゃうってこともあるかもしれないですけど」

“ギブアップ”経験して “甘えて”

そして、育児での“ギブアップ”を何度も経験し、新たな価値観を見いだしたといいます。
記者
「同じように育児をする人たちに、どんなメッセージを贈りたいですか」
オカダ選手
「無理をするのはやめたほうがいいのかなと思いますね。甘えられる相手がいるのであれば、甘えてもいいと思います。たくさん甘える。親にも甘えられるんだったら、 甘える。いろんな人に甘えることで、子どももいろいろな愛情を受けられると思うので。甘えるということが、最近(世の中を見ていて)少ないのかなと思っちゃいますね。だからたくさん甘えて、僕もいい父親になっていきます」
“甘えられるのであれば甘える”

一見頼りないメッセージにも聞こえますが、自身と向き合い続け、己の力で戦い抜く、プロレスの厳しい舞台に身を置くからこそ、行き着いた観念ではないかと感じました。

人間関係が希薄になりがちなこの時代、改めて“人に甘える”ことの価値を考え直してもいいのかもしれません。
スポーツニュース部 記者
松山 翔平
スポーツ新聞社の営業職から2010年に入局
大分・千葉・広島局を経て現所属
プロ野球・アーバンスポーツを担当