「ことしこそ」高まる期待 賃上げは実現するか

「ことしこそ」高まる期待 賃上げは実現するか
「賃上げをどう求めればよいか労働組合から戸惑いの声が聞かれる」
労働組合を支援するコンサルタント会社の担当者のことばに少し驚くとともに春闘をめぐる状況がこれまでとは一変したことも強く感じました。記録的な物価高と賃上げへの期待。「賃金は上がるのか」。NHKが行った100社アンケートをもとに探ります。(経済部記者 寺田麻美)

「ことしこそはベア獲得!」

取材したのは東京都内にあるIT企業の労働組合。

組合員はおよそ800人。今月24日、賃上げに向けた話し合いが行われました。
来月から始まる会社側との春闘交渉で基本給を引き上げる「ベースアップ」を求めていくことを決めました。

例年以上の賃上げへの期待。背景にあるのは記録的な物価高による生活への影響を訴える声です。
「光熱費や食費が高くなっていて 生活に影響が出ている」
「インフレに対する支援として月に7000円から1万円の支給をしてほしい」
石川書記長
「物価上昇で生活に影響が出ているという声が多くなっているのでベースアップに重点を置いて交渉を進めたい。賃上げによって、社員のモチベーション向上につなげたいと考えている。また、会社にとっても、イノベーションにつなげられるよう、双方メリットがある形になるよう取り組みたい」

労組専門コンサル、相談20%増加

ただ、労働組合が経営側に賃上げを求め交渉を進めることができるのかも課題です。

都内で、年間およそ1800の労働組合にコンサルティング業務を行っている会社では組合からの相談が去年の春闘と比べて、およそ20%増えています。
相談では、経営側との交渉の進め方や要求する賃上げの水準などをどのように決めれば良いかわからないという内容が多くなっているといいます。

コンサルティング会社では、相談増加の背景には長らく賃金が伸び悩んできた中で賃上げ交渉の経験が少ない労働組合の担当者が多くなっていることがあるとみています。

そうした状況の中で、記録的な物価の上昇を受けて、賃上げの要求を決める組合が増えていることもあると分析しています。
吉川副社長
「物価の上昇を受けて生活を守るために賃上げへの期待が高まっている。ただ、賃金の低迷が続いてきた状況の中で、労働組合にはどうやって賃上げを求めていくのか、戸惑いがある」

賃上げ交渉には“職場の声”が大事

都内のIT企業の労働組合も相談をしている組合の1つです。

コンサルタント会社の担当者は物価高で従業員の生活にどのような影響が出ているかアンケート調査を行ったり、従業員の努力などが会社の業績にどれだけ貢献したのかを職場で声を集めて可視化したりするようアドバイスしていました。
そして経営側に賃上げの根拠を明確に示して交渉を進めるべきだと伝えました。

労働組合では春闘交渉の中で「なぜ賃上げが必要か」を経営側に説明する方法を検討しベースアップの金額など具体的な要求の内容を今後、決めることにしています。

100社アンケートでは…

一方で、経営側はことしの春闘にどう臨もうとしているのか。

NHKは先月23日から今月13日にかけて、主な国内企業100社に対して、賃上げに関するアンケート調査を行いました。
賃金の引き上げを行うか尋ねたところ、
▽「引き上げる」が14社、
▽「引き上げる可能性が高い」が28社となり、
合わせて42社が賃上げに向けて前向きであることがわかりました。

また、賃上げの考え方を複数回答で尋ねたところ、基本給を一律に引き上げる「ベースアップ」を行うと回答した企業は25社となりました。去年の春闘前に行った調査で、「ベースアップ」を行うと回答した企業は5社だったことに比べると大幅に増えました。

また、ことし入社する新入社員の初任給についても尋ねたところ、
▽「引き上げた」が16社、
▽「検討中」が43社となっています。

大手企業では、物価上昇に対応するとともに、モチベーション向上や優秀な人材確保のため、賃上げに向けた機運が高まっていることがうかがえます。

「賃上げ予定なし」中小企業は7割

一方で、中小企業の賃上げは簡単ではないという調査結果もあります。
都内にある城南信用金庫が、取引先の中小企業700社余りに対して、聞き取り調査を行ったところ、「賃上げの予定はない」と回答した企業が537社、率にして72.8%に上りました。「賃上げをする予定」と答えた企業は198社、26.8%となりました。

アンケートでは中小企業の経営環境が厳しく賃上げは簡単ではないという声が目立ちます。
飲食業
「コロナ禍から脱却できておらず、会社の業況が悪いため」

卸小売業
「インバウンドの消費が戻らず、景気が回復していない。結果として企業の賃上げは難しい」

照明器具の卸小売業
「コロナや円安の影響で収益環境が厳しく、賃上げまで対応できない状況」

建設業
「燃料・原材料高騰等のコスト増加しているので余裕がない」

製造業
「物価が上がり収益も上がっていない状況では人件費は上げられない」

賃上げ率などが焦点

長引くコロナ禍による影響に加えて、原材料価格高騰によるコスト増加によって、利益が圧迫されているとして中小企業では、賃上げしたくても原資がないといった声が聞かれます。

記録的な物価の上昇が続く中、中小企業を含めて、賃上げの動きが広がるのかや賃上げ率がどこまで伸びるのかが焦点となる、ことしの春闘。

力強い賃上げが行われ、経済の好循環が生まれるのか。

今後の日本経済の行く末を左右する春闘を、引き続き取材していきたいと思います。
NHK100社アンケート 回答企業(五十音順)
IHI、アイリスオーヤマ、旭化成、アサヒグループホールディングス、味の素、イオン、いすゞ自動車、出光興産、伊藤忠商事、インターネットイニシアティブ、AGC、ANAホールディングス、SGホールディングス、ENEOSホールディングス、王子ホールディングス、花王、鹿島、川崎重工業、キヤノン、京セラ、キリンホールディングス、KDDI、小松製作所、サイバーエージェント、サントリーホールディングス、JFEホールディングス、JTB、J.フロント リテイリング、塩野義製薬、資生堂、清水建設、商船三井、すかいらーくホールディングス、スズキ、SUBARU、住友化学、住友金属鉱山、住友商事、住友電気工業、西武ホールディングス、Zホールディングス、セブン&アイ・ホールディングス、ゼンショーホールディングス、大和証券グループ本社、中部電力、ツルハ、ディー・エヌ・エー、デンソー、東海旅客鉄道、東京エレクトロン、東京海上ホールディングス、東京ガス、東京電力ホールディングス、東芝、東レ、凸版印刷、トヨタ自動車、日産自動車、日本製紙、日本製鉄、日本電気、日本電信電話、日本航空、日本生命保険、日本電産、任天堂、野村ホールディングス、博報堂、パナソニックホールディングス、東日本旅客鉄道、日立建機、日立製作所、ビックカメラ、BIPROGY、ファーストリテイリング、富士通、富士フイルムホールディングス、ブリヂストン、マツダ、みずほフィナンシャルグループ、三井住友フィナンシャルグループ、三井物産、三井不動産、三越伊勢丹ホールディングス、三菱ケミカルグループ、三菱自動車工業、三菱重工業、三菱商事、三菱電機、三菱UFJフィナンシャル・グループ、村田製作所、明治、メルカリ、モスフードサービス、ヤマトホールディングス、ヤマハ発動機、ユニ・チャーム、楽天グループ、リクルート、ローソン
経済部記者
寺田 麻美
2009年入局
流通・物価などを担当