“教育的指導”はどこまで?「地域移行」が進む中学校の部活動

“教育的指導”はどこまで?「地域移行」が進む中学校の部活動
学校の部活動について最近よく耳にする「地域移行」という言葉、詳しくご存じですか。公立中学校の休日の部活動を、これまでのように学校の先生ではなく、地域のスポーツクラブなどが担うという取り組みで、来年度から本格的に始まろうとしています。

地方からは「指導者の確保が難しい」「予算の捻出ができない」などと懸念する声が寄せられる中、すでに動き出している学校現場からは、別の悩みも聞こえてきました。

(宇都宮放送局 記者 齋藤貴浩)

部活動にプロが来た!

歴史ある温泉街で知られる栃木県の那須塩原市。
三島中学校のダンス部の生徒たちが指導を受けているのは、地元・栃木県のプロバスケットボールチーム、宇都宮ブレックスの元チアリーダーです。三島中学校では、部活動の「地域移行」の一環として去年9月から、現在はプロのインストラクターとして活動しているMARINAさんに、週2日のダンス部の指導を任せています。
中学校からの初心者がほとんどのダンス部で、MARINAさんはオンライン指導も取り入れながら、ダンスの基礎となる動作や、具体的な振り付けなどを教えています。

生徒が自宅でも練習できるように、実践的なトレーニング方法をまとめた動画も制作しました。

地方の学校の初心者でも、プロの指導が受けられると、生徒からは好評です。
ダンス部 浅野七美 部長
「MARINA先生は基礎の基礎から教えてくれます。もっと自分の技術を上げたいという思いが部員1人1人から伝わってきて、ダンス部に一体感が出るようになりました」

ダンス未経験の先生も期待

学校でダンス部の顧問を務める先生も「地域移行」の動きを歓迎しています。

別府樹美華先生にはダンスの経験がなく、部員への技術指導や、休日の大会の引率などに負担を感じていました。
週2日の活動をMARINAさんに任せられるようになってからは、テストの採点など、ほかの学校業務に多くの時間を割けるようになりました。

「地域移行」がこのまま軌道に乗れば、教員の負担軽減につながると期待しています。
ダンス部顧問 別府樹美華 教諭
「専門的な方が来てくれれば、子どもたちにとってはすごくプラスになる。外部の指導員が子どもを見てくれているときに、顧問が別の仕事をできるように進んでいけば、子どもたちにとっても先生にとってもメリットになると思います」

「地域移行」は課題山積

しかし、こうした取り組みを全国であまねく進めることは容易ではありません。

国が「地域移行」の具体的な方針を示して以降、地方からは戸惑いの声が出ています。
「指導者や受け皿となる団体が見つからない」
「指導者に報酬を支払う必要があり、保護者に負担を求めることになってしまう」
日本教職員組合が去年秋に複数回答で行った調査では
▽「指導者を確保できない」という回答がもっとも多く72.5%
▽次いで「移行のイメージや将来がわからない」が39.9%にのぼりました。

“外部”指導員が悩む“教育的指導”

さらに学校現場の取材を進めると、生徒との接し方に悩む外部の指導員の声も聞こえてきました。
訪れたのは、宇都宮市のすぐ北にある矢板市の矢板中学校弓道部。

地元で長年にわたって弓道教室を運営する宮崎博さんは、4年前から、学校の弓道部の指導を任されています。
指導員の役割について、宮崎さんを悩ませる出来事があったのは、おととしのことでした。

顧問の先生がいない土曜日に、生徒がふざけあって稽古場の窓ガラスを割り、1人が軽いけがをしたのです。

弓道では、一歩間違えると、命に関わる危険性もあります。

宮崎さんは、みずからの弓道教室でなら厳しく注意したと言いますが、学校で、さらに外部の指導員という立場では、生徒に“教育的指導”をすることはできませんでした。
指導員 宮崎博さん
「指導中に『ここまでは責任持ってやってください』といった細かい話は、市や学校とはしていないような気がします。生徒同士でトラブルが起きたときなどは、私が一歩踏み込んで入っていけるかと言ったら、そこは難しいと思います」
学校の部活動が、これまでの長い歴史で、技術指導とともに担ってきたとも言える“教育的指導”。

体罰をするのではなく、部活動を通して生活態度や人との接し方を注意したり、諭したりしながら、生徒の成長を促します。

熱心な顧問の先生が、運動部を率いてチームの優勝を目指す物語は、数々のマンガやドラマの題材にも選ばれてきました。

あいまいな立場の指導員

宮崎さんが矢板中学校で指導を始めるにあたって市の教育委員会と交わした書類の中に、この“教育的指導”に関連する項目は「生徒指導に係る対応」という1行のみでした。
そのあとの1時間半にわたる研修でも“教育的指導”の役割について、具体的な説明はなかったと言います。
指導員 宮崎博さん
「部活動を外部に委託するという取り組みがあり『週に1回見てくれませんか』『いいですよ』という感じで引き受けました。学校の部活動である以上、“教育的指導”は顧問の先生が受け持つべきで、外部の指導者は技術的なものを中心に教えていけばいいのかなと思っています」
一方で、弓道部の顧問を務める樋山貴洋先生は、たとえ「地域移行」が進んでも、生徒への“教育的指導”は学校の部活動が担う重要な役割の1つになると考えています。

ただ、それを教員ではない指導員にどこまで任せていいのか、あるいは任せられるのか、役割分担があいないなまま進んでいる今の「地域移行」のあり方に、ジレンマを抱えています。
弓道部顧問 樋山貴洋 教諭
「生徒指導などの面は外部の方に丸投げではなくて、教員が入らざるを得ない部分があると思います。“平日は学校で、土日は地域で”となるのも難しいので、最適な方法が見つかっていけばいいと思いますが、理想は自分にもわからないですね」

地域の指導員が担う役割とは

学校現場の切実な悩みについて、日本の部活動に詳しい専門家は、一律に明確な基準を設けるのではなく、学校や地域の実情に応じて協議していく必要があると指摘しています。
早稲田大学スポーツ科学学術院 中澤篤史 教授
「生徒の意見にも耳を傾け、当事者どうしの同意を大切にして、丁寧に話しあってほしいと思います。これまでの部活動は、単なるスポーツや文化活動ではなく、教育活動として行われてきたし、だからこそ意義があったと思いますが、一方でなんでも学校と教師に依存して、肥大化しすぎてしまった面があります。この機会に改めて部活動そのものの役割を冷静に考えつつ、規模や量のダウンサイジングを進めていくべきだと思っています」

この機会に改めて議論を

私もそうですが、学校の部活動を通じて「人として成長できた」と感じている人は多いと思います。
しかし「“教育”だからと、学校と教師に多くを依存してきた結果、今は部活動に対する期待値が上がりすぎてしまっている」とも話す専門家の意見には、納得もさせられました。

これまでの部活動が果たしてきた役割を、どのような形で将来に引き継いでいけるのか。

「地域移行」という改革の機会をうまく生かして、それぞれの学校や地域で、今後のあるべき姿をしっかりと議論し、検討していくことが重要だと感じました。
宇都宮放送局 記者 
齋藤 貴浩
2021年入局 宇都宮局が初任地
警察や司法などを担当
学生時代は剣道部、合唱部、茶道部を経験
バラエティーに富んだ記者になりたい