“荷物の3割が届かない” 衝撃の予測は現実になるのか?

“荷物の3割が届かない” 衝撃の予測は現実になるのか?
“このままでは、2030年には35%の荷物が運べなくなる可能性がある”
今月、民間のシンクタンクが衝撃的な予測を公表しました。一体どういうこと?そう感じる方も多いと思いますが、背景にあるのは物流業界で「2024年問題」と言われる深刻な人手不足です。(“2024年問題”取材班 経済部記者 樽野章 社会部記者 紙野武広)

“2024年問題”って?

物流業界の「2024年問題」。その要因が、来年4月から施行されるトラックドライバーの時間外労働の規制強化です。

時間外労働時間は年間960時間に規制されるほか、国がルールとして定める年間の拘束時間が、3300時間に見直されることになったのです。これまでは、時間外労働に関する規制はなく、年間の拘束時間についても3516時間となっていました。
こうした状況を背景に、厚生労働省の調査では、トラックドライバーの労働時間は全業種の平均よりも2割長くなっています。

また、昨年度・2021年度に、脳や心臓の病気で労災が認定された件数はトラックドライバーなど「道路貨物運送業」が56件と全体の3割以上を占めて、厳しい労働状況の改善が課題となっていました。

今回の規制強化は、トラックドライバーの労働環境の改善につながると期待されています。

長距離輸送ができなくなる…

その一方で現場では新たな懸念が生まれています。輸送量の減少です。

実際に現場はどう変わるのか?「実情を知ってほしい」と、埼玉県の運送会社が取材に応じてくれました。

約90人の従業員が働くこの会社では、時間外労働の規制強化で業務の見直しを迫られているといいます。
その1つが長距離輸送の仕事を減らさざるをえないことです。

この会社の売り上げの半分を占めるという東京~大阪間の輸送の場合、千葉県にある倉庫を夕方出発し、目的地の大阪で荷物の積み降ろしも含めて作業が完了するのは翌日の朝になります。

現在は1人のドライバーで担当していますが、新たな規制が導入されると1人のドライバーでは対応できず、交代のドライバーが同乗する必要があるといいます。

会社としては、ドライバーの人数を確保したいところですが、業界全体は今でも人手不足が深刻な中、新たなドライバーを雇用するのは難しい状況です。

このため長距離輸送の受注を減らし、代わって名古屋方面までの中距離や、首都圏内での短距離輸送を増やす方針ですが、単価の高い長距離輸送を減らせば、売り上げにも響きかねません。
ドライバーにも不安はあります。それが収入の減少です。

話を聞かせてくれたのは、20代のトラックドライバーです。大阪までの長距離輸送などを担当していて、月の拘束時間は300時間近くに上りますが、働いた分だけ稼げることに魅力を感じていました。
20代のドライバー
「朝まで運転するので、仕事自体はきついですが、大変なことは承知でこの仕事を選びました。働く時間が短くなれば、その分給与が減ってしまうので、私としては、そちらのほうが困ります」
この会社では、長距離輸送を担当するドライバーの給与は来年4月以降、労働時間の減少に伴って、月に5万円ほど減ると見込んでいます。

この会社の経営者は、安定的な物流網を維持するには、荷主や消費者の理解が欠かせないと指摘します。
竹内社長
「輸送距離が短くなると、その分、従業員の給与も減るので、ドライバーが離れていくことが心配だ。ほかの業態でも給与を上げる流れになっているが、われわれの業界でも、荷主側に対し、運賃への転嫁を理解してもらいたい。荷物を配送に出したり、店頭の品物を購入したりできるのは、ドライバーの存在があるからだということを荷主側にも消費者にももっと知ってほしい」

荷物の3割以上が輸送できない!?

この先、物流業界はどうなっていくのか。野村総合研究所は今月、新たな試算を明らかにしました。

それによると、このまま対策を打たなければ2025年には28%の荷物が、そして2030年には35%の荷物が運べなくなるとしています。

“2024年問題”を加味したうえで、各地域の人口推計や需要予測などから需給ギャップを試算しました。各地域ごとの割合は以下のようになっています。
需要に対するドライバーの割合(2030年)

北海道 -39%
東北 -41%
関東 -34%
北陸信越 -37%
中部 -36%
近畿 -36%
中国 -37%
四国 -40%
九州 -39%
沖縄 -23%

ドライバーを待たせない 荷主側も対策急ぐ

現状への危機感から、荷主の側でも対応を進める動きが出ています。
中部地方を中心にスーパーなどおよそ1300店舗を展開するチェーンです。

全国から集まる商品を地域ごとの物流センターで仕分け、それぞれの店舗に届けています。物流センターでは、以前は、ドライバーが長時間の待機を余儀なくされることもありました。

そこで、この会社が取り入れたのがトラックの予約システムです。どの業者がどの時間帯に荷降ろしをするかスマホで把握できるようにし、ドライバー側が空いている時間をあらかじめ予約する仕組みに改めました。
この結果、岐阜県内にある物流センターの1つでは、以前は平均1時間半に及んでいたドライバーの待機時間が、20分程度にまで短縮したということです。

トラックをさらに効率的に使う取り組みも始めています。
これまでは店舗に商品を届けたあとのトラックは空荷で物流センターに戻ることが多かったといいます。

そこで、センターに戻る際、周辺の取引先で荷物を預かったり、届けたりすることにしたのです。空荷で走る時間を減らし、少しでも多くの荷物を載せることで、ドライバー1人当たりの売り上げを増やすのもねらいです。
小池 社長代行
「人口減少でドライバーのなり手が減っている状況に働き方改革が重なると、今まで運べていたものが運べなくなり、体制が維持できなくなるのは間違いない。サービスレベルを維持するために、今あるものをどうやって改善させていくのか真剣に考えなければならない」

国も本腰 “荷主への対応を検討”

こうした荷主側の対応は、今後、幅広い企業に求められることになりそうです。

国は、去年9月に有識者でつくる検討会を設け、今月17日の会合で「中間とりまとめ案」を提示しました。
ポイントは、荷主側の企業にも取り組みを求めたことです。

この中では、荷主側にも、納入先での待機時間や納品回数を減らすなどの「計画的な改善を促す措置」を検討すべきだと提言しました。

具体的には、荷主側が物流の改善計画を策定し、国に報告を義務づけることを法律で規定します。そして、取り組みが計画を大きく下回った場合に、国が勧告を行うことなどが念頭に置かれています。

業界ではトラックドライバーが荷物の引受先の搬入のために長時間の待機を余儀なくされたり、荷降ろし作業を求められることが常態化していると言います。このため、運送会社だけでなく、荷主側の取り組みが必要だと踏み込んだのです。

国は、検討会での議論を踏まえ、今後、関係する法律の改正を検討する方針です。
検討会座長 根本教授
「物流業界では中小の運送会社などが荷主からの要求を断りにくいという雰囲気があり、荷主もまきこんで対策を進めていく必要がある。『2024年問題』まであと1年しかなく、このとりまとめをきっかけに物流業界を変えていかなければいけない」

私たちができることも

2024年問題は、事業者だけの課題ではありません。

国土交通省の調査によると、ネット通販の普及などを背景に宅配便の荷物の数は右肩上がりに増え続け、2016年度に初めて40億個を突破。昨年度・2021年度は49億個に上りました。

一方で、再配達となる荷物の割合も高止まりしていて、去年10月の調査では再配達率は11.8%と、実に10個に1個が1回の配達で届けられていない状況にあります。

私たち消費者も、宅配の再配達を減らすなど協力できることがあります。急な予定で自宅で受け取れない場合には、事前にスマホアプリやウェブ上で配達日時を変更すれば、再配達を減らすことができます。

また、最近では玄関先に設置した宅配ボックスなどに届けてもらう「置き配」も広がっています。
さらには、急ぎではない商品は「即日配達」や「翌日配達」を選択しないというのも、ドライバーの負担軽減につながります。

買い物をはじめ、さまざまなサービスがオンライン上で完結するようになっても「モノを届ける」という需要はどんどん高まっています。

“荷物の3割が届かない”という事態が現実のものにならないようにするには、どうしたらいいのか。

事業者任せにせず、消費者一人一人が考える必要があるのではないでしょうか。
経済部記者
樽野 章
2012年入局
福島放送局を経て2020年から現所属
国土交通省を担当
社会部記者
紙野 武広
2012年入局
釧路放送局、沖縄放送局、国際部を経て現所属