高機能スマホが手に入らなくなる?半導体をめぐるしれつな競争

高機能スマホが手に入らなくなる?半導体をめぐるしれつな競争
最新のスマホを手にしたらゲームはサクサク動くし、動画の手ぶれ補正もバッチリ。これ、みんな高性能な半導体のおかげ。でも、このような高機能スマホが手に入らなくなるかもしれない事態がひそかに動いていること、ご存じですか。大量のデータを瞬時に処理できる“先端半導体”をめぐるアメリカ・中国のしれつな競争がかつてないほど激化し、その影響は日本にも押し寄せているのです。いったい何が起きているのか、小さな半導体の先に透けて見える国際情勢を追いました。(ワシントン支局 高木優 班目幸司 アメリカ総局 江崎大輔)

軍事用半導体もつくるメーカーとは?

ニューヨーク・マンハッタンから北に車でおよそ3時間、ニューヨーク州マルタという街に先端的な半導体をつくっているメーカーがあると聞き、取材に向かいました。
「グローバルファウンドリーズ」

半導体の受託生産で世界第4位のメーカーです。受託生産とはほかのメーカーから製造だけを請け負う形態のメーカーです。

「メーカーのためのメーカー」で、パソコンに企業の名前がシールで貼られることもないので、一般の人はあまり存在を知ることはありません。

熊本県に工場を建設している受託生産最大手の台湾のTSMCと同じ業態で、今、半導体業界を大きくリードする存在となっています。
クリーンルームという半導体工場の心臓部に入る許可が特別に下りました。

中に入ると製造装置が立ち並ぶ広い部屋では、天井を絶え間なく機械が動き回って部品を運び、効率化が極限まで追求されていることが分かりました。

この会社が量産できる半導体の回路の幅は12ナノと、今、最先端の3ナノと比べれば見劣りしますが、made in USAを売りに国防総省向けにアメリカで最も機密性が高い軍事用の半導体も生産しています。

このメーカーは2022年10月、アメリカ政府から、東部バーモント州の工場での次世代のパワー半導体の新規開発と生産に対して3000万ドル、およそ38億円の資金提供を受けることが決まっています。
スティーブン・グラッソ部長
「私たちは国防総省が必要不可欠な半導体を製造しています。こうしたチップはアメリカ国内で生産することが重要です。安全な施設を私たちは持っています」

アメリカの焦り

今、アメリカは極端とも言える半導体シフト戦略をとっています。
2022年8月、バイデン大統領は、国内における半導体の生産や開発に対し、520億ドル以上、日本円でおよそ7兆円を投じる法律を成立させました。安全保障を理由に掲げ、政府が特定の産業に対して巨額の国費を補助金として投じる大規模な産業振興策に踏み出したのです。

「企業は競争によって強くなるべし」

自由な競争による産業力強化を掲げ、ほかの国の政府が自国の企業に補助金のような政府支援を行うことを批判し続けてきたアメリカがなぜ態度を一変させたのでしょうか?
その答えはバイデン大統領が2022年10月、IBMの施設を訪問したときのスピーチにありました。
バイデン大統領
「アメリカは現在、不幸なことに先端半導体を全く作れないのだ。0%だ。一方、中国は先端半導体の生産でわれわれの先を行こうと試みている」
1990年、アメリカは世界の半導体生産のシェアの4割近くを握っていましたが、その後、低下を続け、現在は1割ほどにとどまります。すでに生産量では中国に追い抜かれてしまっているのです。
さらに、量がつくれないだけでなく、先端半導体の量産技術でも、長年、業界をけん引してきた大手のインテルが、台湾のTSMCや韓国のサムスン電子に後れをとっています。

「先端半導体の出遅れ」という事実がアメリカの焦りにつながっているのです。

軍事力低下への危機感

なぜアメリカは先端半導体がつくれないと困るのか?

それは軍事力に直結するからです。
半導体はミサイルや最新鋭戦闘機など、ハイテク兵器の性能そのものを左右する「頭脳」を担います。アメリカのシンクタンクによると最新鋭の戦闘機に使われている半導体も台湾TSMC製とされています。

バイデン政権は、西太平洋地域で軍事的優位を築きつつある中国が今後、先端半導体の技術を獲得し、国内で生産ができるようになれば、台湾有事などの際にアメリカ軍が太刀打ちできなくなる状況に追い込まれるのではないかという強い危機感を抱いています。
シェノイ統括部長
「半導体はアメリカ軍の多くの兵器システムとプラットフォームを支えています。このため将来の軍事的成功にとって決定的に重要なのです。半導体を1つの供給源に依存することはアメリカ、特に国防総省にとってもろさとなり、巨大なリスクとなります」

中国外しの規制が思わぬ波紋

アメリカのなりふり構わぬ半導体シフト戦略は思わぬ波紋を日本の半導体業界に及ぼしています。

東京都内で開かれた半導体業界の勉強会。参加した業界関係者たちは一様に苦しい表情を浮かべていました。
「急に出てきた形でびっくりした」
「どこまでが規制の対象になるのか不安」

関係者が話題にしていたのは2022年10月、バイデン政権が打ち出した中国への輸出規制です。アメリカが自国の半導体製造装置やソフトウエアの中国への輸出を大幅に制限するというものです。
衝撃だったのは日本メーカーが中国に製品を輸出する場合でもアメリカの技術が使われていれば許可なしに輸出ができなくなるおそれがあることです。

アメリカのねらいはAI=人工知能やスーパーコンピューターなどに使われ、大量破壊兵器や最新の軍事システムに転用が可能な製品が中国に渡らないようにするというものですが、同盟国・日本の半導体産業にも打撃が及ぶ可能性が出ているのです。

勉強会を主催した業界団体の代表は日本が強みとしている製造装置や素材メーカーの国際競争力に影響を与えかねないと懸念しています。
浜島代表
「日本の製造装置・素材メーカーが中国への輸出を止めてしまえば、中国が国内の製造装置や素材メーカーを強化する動きにつながり、将来的に、日本に残された強みも脅かされる可能性がある。企業としては、アメリカの政策をきちんと理解したうえで、ルールに従いながらビジネスを止めない方法を考えていくしかない」

日の丸半導体凋落の原因は?

半導体の製造装置や素材の分野では日本は世界シェアトップを握る企業が数多く存在します。しかし、最終製品である半導体、特に先端半導体の分野ではかつての栄光は見る影もありません。
1980年代、半導体の売り上げランキングでは、世界トップ10のうち5社が日本企業でした。

それから30年以上がたった今、日本企業は1社も入っていません。経済産業省が「10年遅れ」と指摘する半導体産業の凋落はなぜ起きたのか?複数の要因が重なりますが、以下のようなことが指摘されています。
1 自前主義にこだわるあまり、水平分業に乗り遅れた
2 電機メーカーどうしの競争激化で半導体部門の分社化・統合に遅れ
3 バブル崩壊後の景気悪化で思い切った投資できず
4 経営判断の遅さ
5 日米半導体協定による輸出や価格の規制
1980年代、国内では数多くの総合電機メーカーが激しい競争を繰り広げていました。
こうした中で開発・設計から製造まで全てを手がける“自前主義”にこだわりすぎて、1990年代以降、設計を行う会社(ファブレス企業)と製造を行う会社(ファウンダリー企業)が分かれて事業を行う水平分業という世界的な潮流に乗り遅れました。

また、半導体の開発には巨額の投資とスピードが求められますが、日本企業は思い切った経営判断ができなかったことも影響しています。

半導体は量をつくることが決定的に大事だと言われています。顧客のニーズを的確にとらえ、大胆な投資で市場を確保できなければ、工場の稼働率は下がり、会社は利益をあげられず、国際競争からふるい落とされるという厳しいビジネスなのです。

1986年に締結された日米半導体協定も日本の半導体産業低迷のきっかけの1つとされています。10年にわたって日本からの輸出や価格を厳しく規制したものです。

アメリカの半導体産業の元顧問弁護士で、日米半導体協定にも深く関わった人物がNHKのインタビューに応じ、興味深い指摘をしています。
アラン・ウルフ氏
「日米半導体協定が日本の市場開放に圧力をかけ、第三国市場での不当廉売を排除したことは事実です。しかし、この協定が日本の半導体産業の低迷をもたらしたわけではありません。アメリカのインテルは、1980年代半ば、記憶用半導体・メモリの分野で競争を続けない決断をしました。半導体メモリはコモディティ化(汎用品化)が進んでいて価格以外の面での競争が難しくなったからです。しかし、日本企業はこの分野にとどまり続けました。台湾や韓国のメーカーが参入した時点で、もはや利益を生むビジネスではなくなったのです」
経営の判断力を問う、厳しい見方です。

かつて、韓国・サムスン電子の幹部が2003年にインタビューで語ったことばが記憶に焼き付いています。

「半導体ビジネスで景気がいいときに投資するのは誰でもできる。景気が悪いときにいかに投資するか、それが勝負の分かれ目だ。われわれはそれを続けてきた」

日本の打開策 工場誘致に補助金

米中の激しい対立のはざまに立つ日本。事態を打開しようと経済産業省は海外企業の工場の誘致や設備投資に相次いで補助金を投じています。
まず、台湾のTSMCによる熊本県での半導体工場の建設に最大で4760億円という巨額の補助金を投じることを決定。TSMCは政府の支援を条件にあげつつ、第2工場の建設を検討することも表明しています。

さらに、かつて記憶用半導体「DRAM」を生産していた日本のメーカー、エルピーダを買収したマイクロンテクノロジーの広島にある工場での設備投資などにも国は最大で465億円の補助金を使うことを決めました。

この工場では2022年11月から、「DRAM」のうち、データセンターやAIへの活用が期待される最新の半導体の量産を始めています。
メロートラCEO
「技術革新は私たちのビジネスにとって必要不可欠です。日本での半導体の製造は将来にわたって刺激的で重要な役割を果たすでしょう」

2ナノ量産目指す新会社誕生

最先端の半導体を国内の企業によって国産化する挑戦も始まっています。
2022年12月には、先端半導体の国産化を目指して国内の主要な企業8社から出資を受ける新会社「Rapidus」(ラピダス)がアメリカのIT大手IBMと提携。

IBMにライセンス料を支払い、最先端2ナノ技術の提供を受けます。

国から700億円の補助金を受けて、2027年をめどに最先端の半導体を国内で量産化することを目指しています。

いくつものハードルが

しかし、実現にはいくつもの高いハードルがあると指摘されています。

研究開発の段階の技術と量産化の技術は大きく異なります。製造ラインの構築や更新には継続的に巨額の設備投資が必要となり、政府の支援だけで続けるのは困難です。

投資を回収できるだけの生産規模を維持するためには市場でシェアを獲得する必要がありますが、海外の強力なライバルがいる中で、どこまでシェアを獲得できるのか。そして開発や生産に携わる人材の確保や育成も大きな課題となりそうです。

複雑方程式を迅速に解け!

米中対立に台湾有事のリスクの高まり、そして終わりの見えないウクライナ戦争への兵器供与。世界は分断の色合いを濃くし、緊迫化した国際情勢が半導体を奪い合う構図に発展していっています。

日本もこの荒波から逃れることはできそうにありません。最新スマホが日本で手に入らなくなる可能性は十分あるのです。

日本は技術を磨き、そして投資を続け、市場を先読みしながらいかにビジネスで利益をあげることができるのか。そこに国はどこまで関与するのか、するべきなのか。

日本経済の浮沈がかかったこの競争に勝つためには、極めて複雑な方程式を迅速、かつ大胆に解くことが今、この瞬間、求められているように感じます。
ワシントン支局長
高木 優
1995年入局
国際部、マニラ支局、中国総局(北京)などを経て、2021年3月から2度目のワシントン駐在
ワシントン支局
班目 幸司
2002年入局
大阪局 政治番組 広島局を経て2021年から現所属
アメリカ総局記者
江崎 大輔
宮崎局 経済部 高松局を経て2021年夏から現所属