物価高騰に対抗する秘策?無料で食品が手に入る“公共冷蔵庫”

物価高騰に対抗する秘策?無料で食品が手に入る“公共冷蔵庫”
牛乳に、食パン、納豆、そして食用油。
毎日の暮らしに欠かせない食品の値上げが止まりません。
スーパーで手に取った食品を買い物カゴに入れるかどうか、迷うことが増えた人も多いかと思います。
民間の調査会社によると、ことし4月までに新たに値上げが見込まれる食品は7000品目を超えるとされ、この動きが止まる兆しは見えません。
こうした中、私たちが注目したのが、いつでもさまざまな食材が“無料”で手に入る「公共冷蔵庫」という施設。
全国で広がり始めているというこの施設はいったいどんなところなのか、訪ねてみました。
(社会部 記者 勝又千重子)

“公共冷蔵庫”って知ってますか?

訪ねたのは、都心から北におよそ20キロ、埼玉県草加市にある一見、普通のスーパーマーケット。

その隣に小さな倉庫のような建物がありました。
黄色い看板には「コミュニティフリッジ」と書いてあります。

耳慣れないこのことば、日本語に訳すと「公共の冷蔵庫」です。

その意味は、中に入るとすぐにわかりました。

業務用の大きな冷蔵庫が所狭しと置かれ、その中には納豆に豆腐、生麺、漬物などの食料品がずらりと並んでいました。
コメや餅、乾麺にフライドポテト、スナック菓子など保存がきく食品もあります。

取材中も親子連れなどが訪れ、食品を手に取って、うれしそうに持ち帰っていました。
母親と訪れた中学2年生
「ふだんはおなかがすいても好きなだけ食べていいのか迷いますが、きょうは餅も米ももらえたので、家に帰ったらすぐに食べます。楽しみです」

いつでも“無料”で食料品を

この「公共冷蔵庫」、冷蔵庫に保管されている食品を、いつでも、好きな時に“無料”で持ち帰ることができる、文字どおり「公共」の冷蔵庫です。

地元の草加商工会議所が去年6月に設置しました。

その仕組みは単純です。

商工会議所に加盟する市内の食品加工会社や小売店などを中心に20社以上が、作りすぎて余ったり、規格を外れたり、賞味期限が迫って販売できなくなったりした食品をそのつど、この公共冷蔵庫に持ち寄って寄付します。

その食品を、事前に登録していた利用者が専用の電子キーで中に入り、24時間いつでも人目を気にすることなく持ち帰ることができるのです。
草加商工会議所青年部の会長で、公共冷蔵庫を設置しているスーパーの社長の植田全紀さんもこの日、自分のスーパーで賞味期限が翌日に迫った納豆や豆腐などを冷蔵庫に運び込んでいました。
草加商工会議所青年部会長 植田全紀さん
「この食品はあすまでの賞味期限なのですが、あすは店が休みなので、このままでは廃棄になってしまいます。取りに来る人がいれば、食べてもらえるかなと。食品会社も求められる量よりも多めに作るので、余ったものは賞味期限がきていなくても、廃棄しなければならない。多くの食品を扱っている企業ほど廃棄コストは大きな負担です。その食品を寄付に回し、コストを減らすことができる、持続可能な取り組みだと思います」

物価高に直面する利用者は

今この「公共冷蔵庫」を利用できるのは、児童扶養手当や就学援助などを受ける経済的な困難に直面している家庭です。

去年6月の設置以降、登録者は増え続け、現在はおよそ450世帯まで増えています。

こうした家庭は、物価高騰によってどんな影響を受けているのか。

利用者のひとりが、話を聞かせてくれました。
シングルマザーの43歳の女性は、スーパーで働きながら小学生の子ども2人を育てています。

しかし去年、新型コロナウイルスに感染したあと体調不良に苦しみ、去年12月から休職し、収入が絶たれてしまいました。

傷病手当や児童扶養手当で生活しているため生活に余裕はありません。

育ち盛りの子どもたちに食べさせるため、自分の食事は用意せず、子どもの残したものを食べる毎日だといいます。
女性(43)
「『ママは食べないの?』と聞かれるけれど、『今はおなかすいていないから』と説明して、朝も夜もほとんど食べなくなりました。買い物も値引きしているものしか買わないので、子どもがこれ値引きしているから買ってもいいかと聞いてくるんですが、最近は値引きしていても高いので買えないこともあります。子どもに我慢をさせないといけない申し訳なさでいっぱいです」
女性と子どもたちにとって、「公共冷蔵庫」は、日々の暮らしに欠かせない存在となっています。

中でもこの正月、公共冷蔵庫で受け取った「くりきんとん」を食べた時の子どもたちの笑顔が忘れられないといいます。
女性(43)
「ここが無ければ子どもが食べたいというものに我慢を重ねていましたが、子どもは大喜びで家で出せば食べてくれる。『助けてもらっているね、ありがたいね』と言いながら食べられる喜びが子どもにも伝わっていると思います」
この公共冷蔵庫。

かたわらには利用者が自由に思いを書き留めるノートが置かれています。

そこには女性の子どもの感謝のことばも記されていました。
「くりきんとんでおしょうがつがたのしめます。ありがとうございます。小3」
一日に20組ほどが訪れるというこの「公共冷蔵庫」。

2年前に岡山県で初めて設置された後、全国に共感の輪が広がり、現在は東北から九州まで8か所にまで増えているということです。

子ども食堂も物価高が襲う

私たちが次に訪ねたのが、東京 世田谷区の子ども食堂です。

この日、“無料”で届けられたのは、新鮮な大根。

その大根を使って、子どもたちが一緒に天ぷらなどに調理。

ほおばる子どもたちの顔には、笑顔があふれていました。
小学生の男の子
「大根の天ぷら、大根の苦みと衣のサクサク感がマッチしていて、めっちゃおいしいです」
この子ども食堂では、栄養のバランスをとるため寄付された食品のほかにもスーパーなどで食材を購入してきました。

しかし、食材の価格が高騰したため、今まで通りに購入できなくなり、おかずの種類を減らさざるをえない状態になっていました。
子ども食堂「楽ちん堂」代表 森田清子さん
「寄付していただいている家庭や企業に手紙を送っていますが、どこも物価高で影響を受け寄付が減っていて大変困っているので助かります。こういう新鮮なものをいただけて、自分たちで作って味わえる。きょうは子どもたちの顔が違います」

大きすぎるというだけで… 廃棄野菜2000トン

実はこの大根、本来は「廃棄」されるはずのものでした。

いったいどういうことなのか、大根を寄付した神奈川県の三浦市農協の農家を訪ねました。

40年以上農業を続けてきたという飯島真一さんが教えてくれたのが、収穫されたばかりの新鮮な大根でも廃棄されてきたという事実でした。

ひときわ立派な大きさの大根を畑から抜くたびに、廃棄すると教えてくれました。
農家 飯島真一さん
「この大根、大きすぎるんです。核家族化などで消費するまで時間がかかったり、持ち帰るのに大きすぎたり。売る側も回転が速いほうがいいので大きいサイズの野菜は売りにくいんです」
この日、収穫された大根です。
左から3本は「規格内」で販売の対象になりますが、もっとも右の大きな大根はいわゆる3Lサイズの「規格外」とされ、ほとんどが破棄されるといいます。

このほかにも天候による豊作で採れすぎると、価格が暴落するのを防ぐといった理由で出荷前に廃棄されることもあるといいます。

こうして破棄された大根は、三浦市農協だけでもおととしはおよそ2000トンにのぼっています。
農家 飯島真一さん
「ただ少し大きいだけで、味にも形にも問題がない。種を植えて、丹精込めて育てた野菜を最後に廃棄しなければいけないのは悔しいです。生産者として1本でも多く食べてもらいたい。それだけにこういう形で寄付として協力させてもらえるのはありがたいです」

廃棄野菜を寄付できる仕組みを

生鮮食品の中でも野菜は傷むのが早く、保存が難しいため、なかなか寄付の対象となってきませんでした。

しかし、子どもたちに、より栄養価が高い新鮮な野菜を提供したいと新たな仕組みを考案した人がいます。

東京のベンチャー企業の代表、木戸優起さんです。

NPOでフードバンク事業に携わってきた経験から支援の課題を感じていました。
ベンチャー企業「ネッスー」代表 木戸優起さん
「子どもたちには野菜を食べてほしいと思う保護者は多いが、フードバンクはボランティアの方が行っていて、冷蔵庫も一度に大量の生鮮食料品を保管できず、受け取るキャパシティーが無い。農協側も寄付をしたいと思っても、大量の野菜の受け取り先を開拓したり、配送費用を負担することは現実的ではなかったのです」
そこで木戸さんが目を付けたのが「廃棄野菜」と「流通」の仕組みでした。

通常なら廃棄される野菜を通常の流通に乗せるをことで寄付につなげようというのです。

木戸さんが考案した仕組みです。
1:農家は、寄付用の野菜を通常どおり販売する野菜と一緒に出荷します。

2:農協は市場に配送し、通常の出荷分の野菜と一緒に保管します。

3:それを木戸さんたちが各地の子ども食堂などに無料で配ります。
農家や農協にとっては寄付のために別途、配送費用がかからず、まとまった量の野菜を寄付することができます。

子ども食堂にとっても大きな冷蔵庫を準備しなくても、新鮮な野菜を受け取ることができるメリットがあるのです。
年末年始の6日間で寄付された大根はおよそ31トン。

木戸さんは今後、ネットスーパー事業も立ち上げ、その配送網を利用して、より多くの子ども食堂などに野菜を届ける計画です。

さらに支援を必要とする家庭が直接ほしい野菜を選んでもらえるようにするなど取り組みを充実させていきたいと考えています。
ベンチャー企業「ネッスー」代表 木戸優起さん
「生鮮食品は物流がネックになって寄付につがなりにくかったので、『もったいないな』と思っていました。農家さんの気持ちが子どもたちに届くのは本当によかったので、いろいろな農家に参加していただけるように、さらに仕組みを大きくしていきたい」

国や自治体も支援の検討を

今回取材した「公共冷蔵庫」と「廃棄野菜」を活用する取り組み。

食品の流通に詳しい、日本女子大学の小林富雄教授は、新たな効果に期待を寄せるととともに注文も付けました。
日本女子大学 小林富雄教授
「生鮮食品は鮮度の問題や非常に重たくてかさばるということもあり、これまで寄付されにくかった。これを解決できたら、本当の意味で食料支援の効果があると思います。一方で、アメリカなど海外では危機に直面したときに国が食品を買い上げて貧困世帯に配布するなど政府が介入する制度がありますが、日本は民間が中心になってこういう取り組みを行っています。今後、国や自治体がどういう形で支援に関わっていくのか、考えなければならない時期に来ています」

物価高騰と食品ロス 矛盾に向き合う

記録的な物価高に直面し、「食」という暮らしの基盤すら守り続けることがままならない人がいます。

その一方で、「食品ロス」というひと言で、毎日、大量の食品が廃棄されている現実があります。

その大きな矛盾に向き合い、行動を始めている人たちがいました。

「子どもたちには栄養があるものをおなかいっぱい食べてほしい」

そう願う人たちが少しでも安心して生活ができるよう、大きな矛盾を乗り越える、このささやかな取り組みが広がってほしいと強く感じました。
社会部記者
勝又千重子
2010年入局
山口局、仙台局を経て現所属
子ども、教育の問題を幅広く取材