子牛が1000円? 価格が大幅下落 子牛に何が?

子牛が1000円? 価格が大幅下落 子牛に何が?
「子牛がありえない低価格で取り引きされ、買い取り手のない子牛もいる。廃業を考えている酪農家も多い」

取材のきっかけは、北海道で開かれたあるイベントで聞いた料理人のことばでした。子牛の価格が下落しているとは、いったいどういうことなのか?

取材を進めて見えてきたのは、北海道の酪農の現場が直面する厳しい現実でした。

去年は14万円も…

まず訪れたのは北海道南部にある酪農が盛んな八雲町です。

地区のJAを取材したところ、「この苦しい状況を多くの人に知ってほしい」と、町内の酪農家を紹介してくれました。

取材に応じてくれたのは片山伸雄さん。

90頭ほどの牛を飼育し、生乳を生産しています。
あまり知られていませんが、酪農家は「肉牛として育てられる子牛」も生産しています。

乳牛のホルスタインどうしをかけあわせて生まれた子牛の「メス」は、乳牛として育てられますが、子牛の「オス」や、乳牛や肉用の牛をかけ合わせて生まれた「交雑種」の子牛は、肉用として畜産農家などに販売され、育てられるのです。
こうした子牛は、酪農家にとっては大切な収入源です。

しかし、この価格が大幅に下落している、というのです。
片山さん
「去年6月には1頭13万円や14万円とかで売れていたんですが、去年9月5日には5000円でした」
牛1頭がわずか5000円。耳を疑うような安値です。

市場での取り引きはどのように行われているのか。北海道内で最も子牛の取り引き数が多い十勝中央家畜市場に足を運びました。

子牛の価格 なぜ大幅下落?

家畜市場に買い付けに来るのは、肉牛として子牛を育てる畜産農家です。

それまでは1頭10万円ほどで取り引きされてましたが、取材に訪れた去年10月のこの日は1頭およそ1万円。10分の1にまで下がっていました。

取り引きの最低価格である500円でも、取り引きが成立しないケースが相次ぎました。

いったいなぜなのか?

買い取る側の畜産農家に話を聞いてみました。
畜産農家
「牛肉の値段は変わらない。それなのに牛の生産コストだけがどんどん上がっちゃうということになると、畜産農家のもうけが無くなる。うちらも安く買ったからといって、たくさんもうけてるわけじゃない」
牛のエサである飼料の大半は、輸入に頼っています。しかし、ロシアのウクライナへの軍事侵攻などの影響で、取引価格が大幅に上昇。

話を聞いた畜産農家でも、月の負担が数十万円も増えているとのことでした。

子牛を育てるための飼料の価格が高騰している一方で、牛肉の価格が大きく変わらない状況では、子牛を高い値段で買い取ることはできないというのです。

子牛1頭が1000円 買い取られない牛も…

こうした中でも、八雲町の酪農家・片山伸雄さんの牧場では新たに子牛たちが生まれています。

去年10月、畜産会社の担当が、子牛を買い取るために片山さんの牧場を訪れました。

子牛の状態を詳細にチェックし、担当者が提示した金額は「1000円」。
手塩にかけて育てた子牛がこの価格。

片山さんも落胆を隠せない様子でした。ここまで子牛を育てるのに、3万円ほどの経費がかかっていました。

しかし値段が付くのならと、結局1000円で引き取ってもらうことにしました。

片山さんの牧場では、以前であれば買い取られていたような子牛であっても、買い取られないケースも出ています。

去年9月には5頭を殺処分するという重い決断をせざるを得ませんでした。

個人の力だけで乗り越えるには、あまりにも苦しい状況です。
片山さん
「なんとか自分の力でという気持ちもあるんですけど、もう限界に近づいてきています。この状況がさらに悪くなった場合に、酪農経営自体がもうやっていけないんじゃないかという不安を感じています」
肉用子牛の取引価格をまとめている農畜産業振興機構によりますと、地域によってばらつきはありますが、現在も子牛の取引価格は低迷していて厳しい状況が続いています。

飼料代高騰 経営を直撃

子牛の価格の大幅下落、輸入飼料の価格高騰…。

北海道の酪農家を取り巻く環境が厳しさを増す中、現場では対応を迫られています。

十勝地方の酪農ファーム経営者、小椋幸男社長です。
小椋社長は北海道上士幌町で乳牛およそ3900頭を飼育する国内最大級のギガファームを経営しています。

飼料代の高騰が経営を直撃。年間のエサ代は30億円に達し、経営コストの8割を占めるまでに膨れ上がっています。

規模拡大を追求する中で

北海道の酪農家は、規模の拡大が求められてきた背景があります。

2014年にバター不足が問題になると、国は地域ぐるみで畜産関連産業を強化する事業を推進してきました。
小椋社長も2019年、およそ40億円を投資して、最新鋭のロボット牛舎を新設。牛の数もさらに1000頭増やしました。

しかし、近年は新型コロナウイルスの感染拡大によって生乳需要が低迷。1か月におよそ4億円ある生乳販売のほとんどは、高騰するエサ代に消えるという状況に陥っていました。

生き残りかけ“アウトに出す”

去年10月、小椋社長は生き残りをかけ、苦渋の決断を下します。

この日、小椋社長は、オンライン会議で交渉に臨んでいました。
生乳の集荷は指定団体(北海道ではホクレン)を通じた「一元集荷体制」が一般的です。

しかし、小椋社長は生乳をより高く売るため、去年4月から群馬県の卸売り会社を通じて販売し始めました。この取引量をさらに拡大できないかと考えたのです。

指定団体以外に出荷することは“アウト(アウトサイダー)に出す”と呼ばれ、業界の枠組みから外れる行為だとみなされます。

しかし、小椋社長はみずから販路を拡大しなければ、ことし以降の経営が本格的に危うくなってくると感じていました。
小椋社長
「このままでは生き残れないんですよ、本当に。いいとこどりしているとか、ずるいやつだとか言われるけれども、それもしょうがないかなと。もう無理だって白旗あげるわけにはいかない。規模の大きな酪農家が倒れれば、地域の経済にも大きな影響が出る」

厳しい状況 どう打開?

北海道の農業が直面する危機的状況にどう対応すべきか。

帯広畜産大学の谷昌幸教授は次のように指摘しています。
帯広畜産大学 谷教授
「いまは厳しい状況が続いているが、これをずっと放置されてきた(飼料などの)外部依存体質の脱却に本気で取り組むきっかけにするべきだ。北海道の資源を最大限有効活用できるように、農業単体で考えるのではなく、畜産、農業、エネルギーなど総合的に考えていく必要がある」
道内では、これまでほとんどを輸入に頼っていた飼料用のトウモロコシを国内で生産しようという動きも広がっています。

生産農家は年々増え、いまでは100戸以上になりました。

それでも、飼料用トウモロコシは今もほとんどを輸入に頼っており、国内で生産できているのは、1%にも満たない状況です。

こうした現状を変えていくことができるのか。

「日本の食料供給基地」とも言える北海道は、いま大きな岐路に立たされています。
札幌放送局 ディレクター  
服部 泰年
2001年入局
旭川局、報道局などを経て現所属
山岳番組や農業・食料問題など幅広く取材
札幌放送局 ディレクター  
文室 理惠 
2019年入局
国際放送局を経て2022年から札幌局で勤務
多文化共生社会や地域の話題などを取材
函館放送局 記者      
西田 理人
2017年入局
長崎局を経て出身地北海道の函館局で勤務
農業など「食」に関する分野などを取材
帯広放送局 記者      
米澤 直樹 
2014年入局
札幌局や横浜局などを経て2021年から帯広局
主に農業や自然を取材
札幌放送局 記者      
波多野 新吾
2009年入局
長野局や福岡局、ニュース制作部を経て2022年から出身地の札幌局で勤務
北海道の一次産業や交通などの経済分野を取材