「余すことなくシカを活かす」ジビエビジネスに挑む若き経営者

「余すことなくシカを活かす」ジビエビジネスに挑む若き経営者
畑を荒らす厄介者のシカやイノシシ。

捕獲された後、どうなるかご存じですか?

ジビエに活用されるのはおよそ1割。

残りの多くは、処分されるのが現状です。

「せめておいしく頂きたい」

シカの獣害対策に携わりながら、余すことなく活用しようと奮闘する25歳の若き社長を取材しました。

(World News部記者 阪口実香歩)

命を無駄にしたくない

「シカは地域の資源になっていくと思うんです」

笠井大輝さん(25)は、京都府笠置町でシカ肉の加工販売会社を経営しています。
大学4年生だった4年前(2019年)、ゼミ仲間2人と共に会社を立ち上げました。

シカの捕獲、加工、販売のすべてを自社で行うビジネスモデルを実現しようとしています。

笠井さんは大阪府八尾市の出身。

狩猟とは縁遠い生活を送っていましたが、学生時代に各地の地域課題を学ぶ中で目の当たりにした光景に衝撃を受けました。
笠井大輝さん
「地域住民の方に裏山へ案内してもらいました。そこには25メートルプールぐらいの大きな穴があり、捕まえられたシカとイノシシが毎日運び込まれていました。あたり一面に死がいが広がっていました。見た目もすごくショックでしたし、においも強烈でした。それが認められなかったというか、このまま放っておいてよいわけがないと感じました」
「自分たちで1からすべて勉強して、おいしく消費できる社会にしていきたい」

“裏山”での体験からわずか3か月後には狩猟や精肉技術を学びはじめ、年内に会社を設立。
翌年には工房を構えました。

ジビエになるのは意外と少ない?

ビジネスの出発点である獣害対策は近年のシカの増加とともに、重要性が増しています。

全国のニホンジカの数は2014年度までの25年間でおよそ10倍に。

獣害被害が日本各地で深刻化し、農林水産省によりますと、2021年度の農業被害は155億円にのぼりました。

このうち、もっとも多いのはシカによる被害です。
農林水産省 鳥獣対策・農村環境課 藤河正英課長
「貴重な植物を食べてしまったり、農作物に被害を及ぼしたり、自動車や列車に衝突したりといったさまざまな社会問題を起こすような状況下で、シカの捕獲をしなければならなくなっています」
国を挙げた対策の効果もあり、シカの捕獲頭数も増えています。

しかし一方で、捕獲されたシカなどのうちジビエとして食用に活用されるのは、およそ1割にとどまります。

ヨーロッパなどと違って日本はジビエになじみが薄いことに加え、野生動物の食肉加工の難しさが障壁となっているのです。

笠井さんが学生時代に目にした、シカなどの死がいが広がるショッキングな光景は、こうした現実が引き起こしています。
農林水産省 鳥獣対策・農村環境課 藤河正英課長
「シカをしとめた後に時間をおいてしまうと、肉質が悪くなるなどして食用には適さなくなります。近くに食肉処理施設がない場合は、しとめた後に短時間で運ぶことができない個体が結構あり、例えば山奥で捕獲された個体などは利用できるにもかかわらず数多く廃棄されることは事実だと思います」

“生きたまま”連れ帰る

笠井さんは、いくつかの工夫と新しい発想でこうした課題を解決しようとしています。

1つ目のカギは「生け捕り」です。

通常、シカは捕獲した現場でとどめをさすのが一般的です。

しかし、笠井さんたちは猟銃は使わず罠を使ってシカを捕獲。
生きたまま加工施設まで連れていきます。

現場でとどめをさす方法と比べ、知識や経験、体力が必要とされますが、しとめてから加工までの時間を最小限にできるため、臭みを抑えられ、日本の消費者にも受け入れられる品質を追求できるといいます。

さらに、野生動物の課題である安定供給に向けた道も、同時に開けると笠井さんは考えています。
シカを生きたまま連れ帰ることで、鮮魚の“いけす”のように、一時的に飼育しながら需要に応じて出荷できるためです。
笠井大輝さん
「お客さんから『本当にシカ肉とは思えないほどおいしい』とか『シカ肉の概念が変わりました』っていう感想はよく頂いてます。経営者冥利に尽きるというか、やってきてよかったなと、すごく思います」

ネットで販路開拓

2つめのカギは、販路の開拓です。

商品の販売にあたっては、飲食店への卸売りといった従来の販路だけでなく、ネットを活用した販売にも力を入れています。
これにより、家庭に直接商品を届けられるほか、これまでシカ肉を食べたことがなかった若い世代へのアプローチも可能になりました。

特にコロナ禍では、飲食店の需要が低迷するなか、売り上げの8割をネット販売が占め、業績を支えました。

消費者の健康志向が高まる中、高タンパク・低脂肪で知られるシカ肉は今後さらに人気となり、ビジネス拡大のポテンシャルがあると笠井さんは考えています。
笠井大輝さん
「代替肉や人工肉などが話題になっていますが、日本ではジビエを食べることも1つの選択肢として、かなり可能性があると日々感じています。なぜ全国で捕獲されたシカなどの9割が廃棄されてるかというと、廃棄した方が楽だしお金もかからないからであって、事業として成り立つことが示せれば、ジビエのビジネスに続く方はこれからどんどん増えてくるんじゃないかと思っています」

“余すことなく活用したい”

食肉事業が軌道に乗った今、笠井さんは新たに革製品の制作や販売に向けて挑戦しています。

シカ1頭のうち食肉に加工できるのは体重のおよそ2割にとどまるため、肉以外の部分にも活路を見い出そうとしているのです。

革職人から革のなめし方などを基礎から学び、今ではほぼすべての工程を自分たちで行えるということです。

クッションカバーや名刺入れ、ブックカバーといった革小物を試作。
きめが細かくて柔らかいシカの革の特徴に加え、鮮やかでおしゃれな色使いが印象的です。

刻印にはブランド名とともに3匹のオオカミをあしらいました。
かつてシカの天敵だったオオカミに代わって、これからは自分たちがシカを捕まえ活かしていく、という思いが込められています。

準備が整い次第、自社サイトなどで製品の販売を本格的に始めることにしています。
笠井大輝さん
「2021年度に笠置町で捕獲されたシカはすべて私たちのところで処理をして流通させることができました。全国では90%捨てられてしまう動物が笠置町では100%活用されているというのは、社会的にもすごく意味のあることだと思います。こうした事例が少しずつ増え、やがては日本全国で100%活用されることを目指していきたいと思っています」
取材中、「僕たちが目指すビジネスを実現できれば、シカはもはや駆除する対象ではなく『収穫』という概念になっていくんじゃないかと思います」とまっすぐな瞳で話す笠井さんがとても印象的でした。

自分たちの思いに向き合い、一歩ずつ進む笠井さん。

SDGsや健康志向といった消費者の変化を追い風に「駆除」から「収穫」へと潮目を変えようとしています。
国際放送局 World News部
阪口 実香歩
2015年入局
経済分野を中心に英語ニュースの取材・制作を担当