地域の和牛ブランドに消滅の懸念!?

地域の和牛ブランドに消滅の懸念!?
「地元が誇る“和牛ブランド”がなくなるかもしれない」
去年夏に、島根県西部の畜産関係者から聞いたこのことば。『ブランドがなくなる』とはどういうことなのか?もう食べられないってこと? 背景を取材すると、ここ島根県でも世界の”食”の秩序を揺るがすウクライナ危機の影が見えてきた。(松江放送局記者 佐藤大輔)

全国でも人気!「石見和牛」

ブランドの消滅が懸念されているのは、島根県を代表する特産品「石見和牛」。

県西部を中心に年間200頭ほどが飼育され、昨年度の売り上げは総額で1億1000万円あまり。

ふるさと納税の返礼品としても人気で、全国各地に多くのファンを抱えるブランド牛だ。
私が初めて石見和牛の味にふれたのは去年の夏。

県西部を担当する浜田支局に赴任してまもなく県西部・邑南町にあるイタリアンレストランに足を運んだ。

月に100件以上の予約が入ることもあるという人気店。
看板メニューの1つが、炭火でじっくりと焼き上げた石見和牛のステーキだ。

一口食べると…。

肉は一瞬でとろけ、上質な甘みとうまみが口の中に一気に広がった。

これはおいしい!

料理長からも「店にとって“欠かせない存在”」と太鼓判を押された。

ウクライナ危機と円安で状況が悪化

ではなぜ、そんな地域に欠かせない存在が消滅の危機に直面しているのか。

きっかけとなったのは、この夏、地元のJAしまねが打ち出した和牛の肥育事業から撤退するという方針だった。

「和牛肥育事業」。

聞き慣れないことばだが、簡単に説明するとこうだ。

島根県内では、JAが5か所で「肥育センター」という施設を運営している。

その肥育センターが、県内各地の畜産農家から子牛を買い取って育て上げ、出荷するまでを一括して行ってきた。
農家にとって安定した販路を確保するための島根特有の取り組みで、このうち、県西部・邑南町の肥育センターで育てた牛だけが、石見和牛というブランド名がつけられて売り出されてきた。

JAは40年以上この事業を続けてきたが、一方で、この事業は長年の赤字に苦しんできた。

肥育センターの1つを取材で訪れたが、建物の老朽化が目立つようにも感じられた。
状況を悪化させたのは去年2月に勃発したロシアによるウクライナへの軍事侵攻だ。

穀物の一大生産地であるウクライナの情勢不安によって、畜産に欠かせない飼料価格が高騰。

経営をさらに圧迫した。
円安が急速に進んだことも価格高騰に拍車をかけ、JAは事業からの撤退方針を発表するという事態に追い込まれた。

仮にJAが事業から完全に撤退することになれば、JAの肥育センターが育てることで成り立っていた前提条件が崩れ、石見和牛というブランド自体も消滅してしまうおそれがあるのだ。

畜産農家の受け止めは

正直、JAとしても背に腹はかえられない決断だったと思う。

しかし、事業撤退方針の発表が事前の根回しもなく突然行われたこともあって、畜産関係者には衝撃が広がった。

「報道で初めて知ったときはウソだろうと思った」と語るのは、県内有数の石見和牛の産地、県西部・美郷町で畜産農家を営む山田昇さん(71歳)だ。
ひいおじいさんの代から70年以上畜産業を続け、今は9頭の牛を飼育している。

牛舎の掃除に牛の餌やりなど、朝6時から夕方6時までの重労働。

過疎や高齢化による後継者不足もあって、県内の畜産農家は衰退の一途をたどってきた。

山田さん自身が飼育する子牛の数も半減した。

さらにここ数年は、新型コロナの影響に飼料価格の高騰が重なり、ぎりぎりの経営を強いられている。

そこに飛び込んできたJAによる和牛肥育事業からの撤退方針。

山田さんは「ブランドがなくなったら大きなダメージだ」と肩を落とす。
山田昇さん
「JAにはJAの事情があると思うが、肥育センターあっての石見和牛。後継者がどうなるかは分からないが、自分が元気な間は畜産業を続けていきたい。できることなら、JAには事業を継続してほしい」

ブランドを守るための取り組みも

仮に石見和牛のブランドが消滅すれば、地元経済へのダメージははかりしれない。

県西部の自治体の中には、「なんとか事業の運営を続けてほしい」とJAに直接要望書を提出するところも出始めた。

一方で、JAに頼るだけではなく、独自に模索を始める自治体も現れた。

それが美郷町だ。

JAの発表以降、担当者が町内の畜産農家を定期的に訪問し、細かい要望の聞き取り調査を始めた。
私が取材したこの日、担当者は早朝から山道に車を走らせ、1時間以上かけて3軒の農家を回っていた。

町は、とりまとめた要望をJAに直接伝えるほか、今後は、町の仲介で農家と販売先を直接つなげることができないかなど、JA以外の新たな販路を模索することも検討している。
美郷町産業振興課 佐竹志保さん
「石見和牛はずっと地域とともにある存在で、上質な和牛ブランドだ。農家の声を実際に聞き、経営を維持・継続できるような支援策を講じてブランドを守っていきたい」
自治体が積極的に動き出す中、JAは肥育センターの直接の運営から手を引く方針は変えていない。

石見和牛を売り出している邑南町の肥育センターについては、運営を引き継ぐ新たな事業者の公募を進めていて、ことし3月をめどに事業者を見つけたいとしている。

JAしまね畜産部畜産課は取材に対し、「自治体や生産者など、関係者の声をしっかりと聞きながら検討を進めたい」と回答した。

しかし、本当に後継事業者が見つかるのか、今までどおりの品質は保証されるのか、何より、石見和牛というブランドを維持できるのか、先行きは不透明なままだ。
今回の取材を通じて目の当たりにしたのは、激動する世界経済や市場の動きに翻弄される地域の畜産農家や関係者の姿だった。

そして、長年培ってきた地域ブランドが消滅すれば地域経済が成り立つ前提条件が失われるという危うさだった。

こうした問題は島根県だけではなく、全国各地のどこでも起こりうる問題ではないかと強く感じた。
松江放送局記者
佐藤 大輔
令和2年入局
松江局が初任地
去年夏から県西部・浜田支局に赴任し畜産業などを取材