WEB特集

「戦争を終わらせる」国外から伝え続けるロシア人キャスター

「戦争を終わらせる責任がある。だから続けている」
逮捕されるおそれがあったことから祖国を逃れたロシア人ニュースキャスター。
各地を転々としたのち、オランダ・アムステルダムに移り、2022年10月末に開設したスタジオからロシア国内に向けた発信を続けています。
逆境の中でも、ロシアの人々に戦争の実態を伝え続けることで責任を全うしようとしています。
(国際放送局 World News部 ディレクター 町田啓太)

ロシアの人々に戦争の実態を伝えたい

アムステルダム中心部のビルにスタジオを構える、ロシアの独立系メディア「ドーシチ」(Dozhd,TV Rain)です。
「ドーシチ」のスタジオ(アムステルダム)
ロシア人やウクライナ人のスタッフおよそ20人で運営し、動画投稿サイトYouTubeを通じてニュースを配信しています。

YouTubeは現在もロシアでブロックされていないため、ロシア国内の人々も「ドーシチ」のニュースを見ることができます。

YouTubeの登録者数は、2023年1月時点で371万人を超えています。

「ドーシチ」の広報担当者によりますと、ロシアによるウクライナ侵攻が始まった2月下旬、そして部分的動員が始まった9月に登録者数が急増し、その半数以上がロシア国内の視聴者だといいます。

「ドーシチ」は、こうした視聴者のアクセスによる広告収入や、クラウドファンディングで得た資金などを基に活動しています。
政治ジャーナリストのミハイル・フィッシュマン氏。

「ドーシチ」が毎週日曜日の夜に生配信しているニュース番組のキャスターです。

プーチン大統領の側近から反政権派の政治家まで、みずからの人脈を駆使して直接取材し、番組で独自の分析を紹介しています。

取材先に迎合しない客観的な分析に定評があります。

フィッシュマン氏の信条、それは“プーチン政権による事実のわい曲と対決すること”だと言います。
「ドーシチ」キャスター ミハイル・フィッシュマン氏
「ロシア国内はまるでプーチンが築いた世界のようです。それは全く別の現実なのです。私は、このプロパガンダの泡の中に閉じ込められているロシア人に、本当に起こっているのは何かを伝え続けなければならないと思っています」
10月、政権のプロパガンダを検証する特集ではプーチン大統領を痛烈に批判しました。
番組出演中のフィッシュマン氏
フィッシュマン氏(番組中の発言)
「プーチンは金曜日に、“われわれの価値観はとりわけ博愛と思いやり”であると述べた。しかし、この演説の数時間前に、ロシアの大規模なミサイル攻撃で人道物資の輸送隊を破壊し、多数の死傷者を出しているのです」
フィッシュマン氏ら「ドーシチ」のメンバーは、去年2月24日の侵攻直後からウクライナでの被害やロシアの戦争行為など、プーチン政権に批判的な報道を続けてきました。

ところが3月1日、ロシア政府は「虚偽の情報を伝えた」という理由で、ウェブサイトへのアクセスを遮断。

これを受けて、「ドーシチ」の代表は“ロシア国内で自由な報道を続けることができない”と判断し、ロシア国内からの配信終了を決断しました。

そして、当局によって逮捕されるおそれがあったことからスタッフらは速やかに国外に脱出することとなったのです。
「ドーシチ」のモスクワでの最後の放送(2022年3月3日)
フィッシュマン氏
「終了の決定は私の生出演中の出来事でした。家族が手当たり次第に購入できる航空券を探してくれて、次の日の朝にはアゼルバイジャンの空港にいました。しかしビザも何も持っておらず長い旅が始まりました」
フィッシュマン氏はその後の数か月、妻と子どもと安全な場所を確保するために、思い出せないほど転々と移動を繰り返しました。

そして8月の終わりに、スタジオ設立の話が上がっていたアムステルダムにたどりつき、10月24日の配信開始に至りました。

次第にオランダでの生活に慣れてきた一方、国外に逃れた立場でロシアの人々に情報発信することに罪悪感を覚えるようになったと言います。
フィッシュマン氏と娘
フィッシュマン氏
「私がジャーナリストとして行ったことはすべて、私は祖国ロシアの一部であるという思いに基づいたものでした。しかし、国を出てしまった今はそうではありません。私は何者なのか。私の声はどのように聞こえるのか。ロシアの人々に語りかける権利はあるのだろうか。私を取り巻く環境は、今や大きく変わってしまいました」

拠点確保の裏にオランダ人実業家

なぜ、アムステルダムが「ドーシチ」の拠点となったのか。
スタジオの開設作業の様子(アムステルダム)
もともと「ドーシチ」はアムステルダムの拠点開設前は、ラトビアのリガ、ジョージアのトビリシの2つの都市に拠点を構えて活動していました。

しかし、設備やテナントの条件が限定的だったり、歴史的に市民の間で反ロシア感情が根強く残っている、などのことから現地に強力な支援者を必要としていました。

そうした中、アムステルダムで拠点を設けることができたのは、オランダ人実業家、ダーク・サウアー氏の存在が大きく関係しています。

サウアー氏は90年代初めにロシアで初めての英字新聞「モスクワタイムズ」を刊行し、政府から独立したロシアジャーナリズムの発展に大きな影響を与えてきた人物です。

ドーシチのスタッフが国外に逃れることになったことを知ると、活動資金を募り、拠点となるオフィスの確保に尽力しました。
中央:サウアー氏 右:フィッシュマン氏
ダーク・サウアー氏(「モスクワタイムズ」創業者・「2 Oktober Foundation」ディレクター)
「ドーシチが拠点を失ったと聞いた時とても心が痛みました。たとえ独立系ジャーナリズムの小さなともし火であっても、その火を絶やさないようにすることが私の義務だと感じています」
サウアー氏は、さらに数十名のロシア人記者がアムステルダムで活動ができるよう環境を整備し、「ドーシチ」を含め、ロシア国外における独立系ジャーナリズムの最重要拠点にすべく計画を進めているといいます。

同僚の“失言”で揺らぐ信頼 一転して窮地に…

アムステルダムの拠点開設から1か月がたった12月1日、ラトビアの首都リガの拠点からの生配信中にドーシチの信頼を大きく揺るがす出来事が起きました。

「ドーシチ」のキャスター、アレクセイ・コロステレフ氏がウクライナでの戦闘に参加する動員兵の動向について視聴者に情報提供を呼びかけた際に、次のような発言をしました。
アレクセイ・コロステレフ氏(番組中の発言)
「(私たちの得た情報は)多くの兵士の方々のために役に立つことを期待しています。例えば前線での装備や基本的な設備です」
この発言を受けて、ウクライナやラトビアなどでは、“「ドーシチ」がプーチン政権に同調していることを示している”と反発が広がります。
ウクライナの人による投稿
ラトビアの政治家からも「ドーシチ」にラトビアでの活動を認めてきたことを疑問視する声が相次ぎました。

「ドーシチ」はコロステレフ氏をこの放送のあとすぐに解雇し、釈明に追われました。
「ドーシチ」編集長 チホン・ジャトコ氏
「「ドーシチ」は絶対的に明確に反戦の立場をとっています。「ドーシチ」がロシア軍に装備品を提供しているかのような印象を与えてしまい、口が滑った代償は計り知れません。したがって、大変遺憾ながらアレクセイ・コロステレフ氏と決別するという難しい決定に至りました。「ドーシチ」はロシア軍に装備を送ったことも、これから送ることも一切ありません」
ラトビア当局は、国家の安全保障を脅かし、公序良俗に反したとして「ドーシチ」の放送免許を剥奪。

コロステレフ氏の発言が物議を醸してからわずか5日後の決定に、いかにラトビア政府がロシア人が発する情報に対して神経をとがらせているかがうかがえます。
ラトビア当局による「ドーシチ」への通達
コロステレフ氏自身はSNSで「私は戦争に反対です。私が侵略を支持していると疑うのはおかしい」と投稿し、“強制的に動員され、飢えに苦しむロシア国民に同情していたがゆえの発言だった”と弁解しました。

しかし騒動は「ドーシチ」の信頼に大きな影を落とし、「ドーシチ」と連帯するサウアー氏が創業した「モスクワタイムズ」でも、次のようにこの出来事を断罪しました。
モスクワタイムズ Kirill Rogov 12月13日付
Dozhd used the kind of language that could only have been appropriate for a domestic Russian television channel rather than one based,as Dozhd is now,in Latvia.
(ロシア国内のメディアであれば許される表現だったかもしれないが、「ドーシチ」は今はラトビアに拠点があるのだ)
さらにこの事件はロシア人への深い疑念を顕在化させたとも言及しています。
モスクワタイムズ 同上
…this incident has revealed another problem,namely the now widely held position that there are “no good Russians”- or at least that if there are,then their tiny number is statistically insignificant,and that even with them,you’ll find a “hidden imperialist” if you dig deep enough.
(もう一つの問題、「善良なロシア人はいない」という考え方が広く受け入れられていることを顕在化させた。仮に善良なロシア人がいたとしても、その数は統計的にごくわずかであり、さらに彼らを詳しく調べてみたら「隠れた帝国主義者」がみつかるという考え方だ)

戦争を止めるため、私は進み続ける

スキャンダルが起きた週末、改めて取材に訪れたアムステルダムのオフィスでは、「ドーシチ」のスタッフの間に「また活動ができなくなるのでは」と動揺が広がっていました。

一方のフィッシュマン氏は、配信に向けいつものようにノートパソコンにかじりつくようにコメントを練り上げていました。

配信では変わらず、プーチン政権が発信するプロパガンダに一点一点反論を続けていました。
フィッシュマン氏(番組中の発言)
「クレムリン(プーチン政権)の宣伝担当は言いました。『われわれが負けたりしたらすべては終わりだ。形にこだわることも、戦争のルールに従うことも無意味だ。何の役にも立たない』と。プーチンはこの戦いを極秘のうちに始めましたが、ロシアの敗北の代償は全員で支払うことになります」
この日、スキャンダルについて口にすることはありませんでしたが、10日後、フィッシュマン氏は私たちに対して心境を語りました。
ミハイル・フィッシュマン氏
「ドーシチ」キャスター ミハイル・フィッシュマン氏
「何も変わっていません。私は進み続けます。もし私が発信することでロシアの誰であれ、軍隊に入ること、徴兵されること、戦場に行くことを止めることができれば、それは私の仕事が影響を与えたということになる。だから私には責任があるのです」
オランダ当局は昨年末の12月22日付で、「ドーシチ」に対して放送の免許を交付したと発表しました。

この免許を受けて「ドーシチ」はケーブルテレビのネットワークを使い、欧州各地に向けて放送していくといいます。

さらに、ラトビアやジョージアなど、各地にいた「ドーシチ」のスタッフはアムステルダムに集まることとなりました。

真価が問われるジャーナリズム

フィッシュマン氏は、ロシア国内で取材に協力してくれる人たちへの当局の監視の目が日増しに厳しくなり、苦労は少なくないと話していました。

しかし「ドーシチ」のニュース配信は視聴数を伸ばし続けていて、ロシア国内の人々からの注目度の高さがうかがえます。

同僚の失言スキャンダルによって「ドーシチ」に対する懸念が広がった中、今後どのように信用を得て、活動を推進していくのか。

軍事侵攻から一年を迎えようとする今、ジャーナリズムの真価が問われています。
国際放送局 World News部 ディレクター
町田啓太
2013年入局
東欧取材他、在留外国人とともに番組を制作するプロジェクトを担当

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